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『イトーヨーカ堂はなぜ直営アパレル事業から撤退せねばならなかったのか』
(2023年05月18日付)
小島健輔 (株)小島ファッションマーケティング代表取締役

 セブン&アイ・ホールディングスがイトーヨーカ堂の直営アパレル事業からの撤退を決め、イオンリテールも苦戦が続くGMS衣料部門の試行錯誤を繰り返している。地方量販店の衣料部門も肌着・靴下などの実用衣料はともかく、アパレルはコンセに切り替えて直営売場は年々縮小している。GMSの衣料品(アパレル)は消えていく運命なのだろうか。

 

■縮小が続くGMSの衣料品

直営アパレル事業からの撤退を決めたイトーヨーカ堂衣料部門の売上はピークだった96年2月期の4568億円から06年2月期には3073億円に減少。直営衣料売上は15年2月期には2000億円を割り込み、21年2月期には1000億円も割り込んだと推計される(21年2月期以降は住居余暇と合わせたライフスタイル部門として開示)。直近の23年2月期は900億円を割ったと推計されるが、実にピークから五分の一以下への激減だ。

イトーヨーカ堂商品売上に占める比率も、96年2月期は35.3%もあったのが06年2月期には24.9%と10ポイント以上低下し、19年2月期は14.8%とさらに10ポイント低下し、23年2月期は12.3%ほどに落ちたと推計される。稼ぎ頭だったのが02年2月期には営業赤字に転落し、以降は浮上しなかった。

量販店や食品スーパー、ホームセンターの大手チェーンが加盟する日本チェーンストア協会の販売統計でも、00年から22年で年計売上が18.4%減少したのに対して衣料品売上は73.8%も減少しており、中でも婦人衣料は79.8%減と五分の一に激減している。総売上に占める衣料品売上のシェアも、同期間に17.25%から5.54%と三分の一以下に低下した。

 この間にしまむらの売上は2193億円(01年2月期)から6161億円(23年2月期)と2.8倍に、ユニクロ国内事業の売上は2244億円(20年8月期)から8102億円(22年8月期)と3.6倍に急増しているから、低価格衣料の購入先が量販店衣料売場から衣料品のカテゴリーキラー(SPAとは限らない)に流れたことは間違いない。統計によって誤差はあるものの、この間に衣料品の国内市場は単価ダウンも響いて15兆6400億円から7兆8500億円ほどに半減しており(12年以降はインフレに転じて購入単価は14.1%上昇し数量減に転じている)、その減少率を割り引いた量販店衣料売上の減少額と実際の減少額2兆717億円との差額6741億円ほどがユニクロやしまむらなど衣料品カテゴリーキラーに流れたものと推察できる。

 

■どうして衣料品カテゴリーキラーに流れたのか

 では、いったいどうして量販店衣料売場から衣料品カテゴリーキラーに購入が流れたのだろうか。それには競合要因と自爆要因があったと思われる。

 まず競合要因だが、しまむらはともかくユニクロと量販店衣料売場に絶対的価格水準の大差はない。ダウンジャケットなど一部の高機能商品はユニクロの方が高い(相応に品質も高いが)ものもあるぐらいだ。価格より品質と安定性・継続性への信頼感が大きかったのではないか。

 

1)定番継続供給への顧客とベンダーの信頼感

 後述するように「縦売り型」※のユニクロは「ライフウエア」をコンセプトにシーズン300アイテムほどに品目数を絞り込み(標準店は300坪なので一坪1アイテム以下)、定番企画を年々改善して完成度と売上予測精度を高めて来た。その品質と継続性への信頼感が顧客を定着させ顧客を広げて来た構図はワークマンとも通ずるものがある。

プロ向けの定番商品で顧客を掴んできたワークマンはPBアイテムは最低5年は継続すると謳うが、年々微修正を重ねて完成度を高め継続販売すれば顧客を掴めるし、売上予測精度もVMI補給体制も整って在庫効率も高まり、ロスを最小に抑えて価格信頼感も利益も獲得できる。ロスを抑えれば高い原価率でも粗利益率を確保できるから、顧客にお値打ちな商品を提供できて競争力も高まる。シーズン末に多少、補給在庫が残っても継続商品だからVMIベンダーは来期に持ち越せば良く、無理なく同盟関係を続けられる。それはユニクロと製販同盟を組む大手商社とて同様だと思われる。

無駄にトレンドを追わず変化を最小に抑え機能性を向上させるユニクロの定番商品は物理的にも感性的にも耐久力ある「ライフウエア」であり、それを長く愛用するエシカルなライフスタイルが馴染む、あるいは共感する顧客も多いのではなかろうか。

量販店衣料部門がユニクロと似たような「縦売り型」SPAを志向しても試行錯誤が続いて企画が安定せず、トレンドに流されて顧客を掴む継続性の定番を確立できないまま不良在庫が積み上がってサプライチェーンが崩れ、トップの号令でリセットされてしまうケースを幾度も見て来た。商品企画も店舗運営もサプライチェーンも顧客との関係も、カイゼンをコツコツ積み上げて継続しない限り、ユニクロやワークマンのような成功は望めない。

※「縦売り」と横売り」・・・「縦売り」とは在庫を積んで同一商品を大量に継続販売するもので、補給在庫を抱えて在庫回転は遅くなるが、計画通りに販売できれば大きな売上が稼げる。「横売り」とは奥行き浅くバラエティを揃えて売り切っていくもので、適品をタイムリーに供給できれば高い消化回転が望める。

※VMI(Vendor Managed Inventory)・・・あらかじめ定めた陳列棚割と販売計画に基づいてベンダーに在庫管理と補給・補充生産を委任する取引形態。同一商品を継続補給する「台帳型サプライ」が一般的だが、アクセサリーやベルトなど服飾雑貨では類似アイテムをリレー供給する「トコロテン型サプライ」も多い。

 

2)生活圏の利便性と価格安心感

 「縦売り」のユニクロと「横売り」のしまむらでは顧客が支持する理由が異なる。おそらく同一顧客が両者を使い分けることも少なくないと思われる。

 しまむらの魅力は第一に下駄履きで行ける生活圏のアクセス利便、第二に日常生活に必要な衣料品や服飾品、寝具やホームリネンが一通り揃うコンビニエンス性、第三が量販店衣料部門やユニクロより一回り安い低価格と言えよう。生活圏の300坪級「ファッションコンビニエンスストア」でありながら、数倍規模(1000〜2000坪)の量販店衣料部門に遜色ないバラエティがあって量販店より低価格なのだから、人目に触れる華やかな生活をしている方々は別として、普段着(季節によってはファーマルやお受験服もある)の気負わないオシャレなら第一選択となるのではないか。

多少は整理されて小綺麗になったが、かつてのしまむらは300坪強(23年2月期末の平均売場面積は1046平米)の売場に量販店衣料部門に匹敵する10,000品目近い(坪密度は30品目!)商品が揃うと喧伝されていた。シーズン初めの売場が綺麗な段階では到底そんな密度には見えないが、売れ残りのバラ残品が詰め込まれてくるシーズン後半になると、なるほどと思わせる状態になる。そんなしまむらもコロナ前の3期間(18年2月期〜20年2月期)は、在庫運用の効率化を志向して品揃えを集約するというユニクロ的な「縦売り」に流れ、品揃えの魅力を損ねて客数減で業績が低迷した。

そんな多品目を詰め込んでは売れ残りのリスクが大きいと思われるかもしれないが、リードタイムが長い大量調達のSPAとは異なって引き付けた当用仕入れの比重が高く、肌着や靴下を除くアパレルは原則1SKU=1点在庫であり、補給在庫を抱えずTC(トランスファーセンター)で仕分けて自社ルート便で店舗に配り、売れ切れると自社ルート便による店間移動で補充する仕組みだから、23年2月期は値引きロスを6.1%に抑えて34.1%の粗利益率を確保している。当初値入れは40.2%と調達原価率は60%近いから、値引きロスが大きく調達減価率が50%を割り込む量販店衣料部門より一回り安く売れる訳だ。

それでも不動産コストの軽い生活圏ロードサイドの独立大型店舗をパート主体のシングルシフト(9時間営業)で運営して販管費率を25.6%に抑え、8.7%の営業利益を確保している。

 

■量販店衣料部門の自爆要因も大きかった

 量販店衣料部門が崩れるように売上を落としていったのは、逆効果の施策に走った自爆要因も大きかった。それは「縦売り」志向の「ユニクロ症候群」と現場軽視の「トップダウン病」に他ならない。

 

1)「縦売り」志向マーチャンダイジングの客数不足

補給在庫を積んで同一商品を量販する「縦売り」には相応の客数(商圏規模)が必要で、ユニクロは生活圏のロードサイドからステップを踏んで広域商圏の大型モールやターミナルに立地を上って行ったが、量販店衣料部門は客数の限られる生活圏のCSC(コミュニティセンター)立地のままユニクロ紛いの「縦売り」マーチャンダイジングを志向して客数不足に苦しみ、ロット調達の在庫が積み上がって悉く行き詰まった。イオンリテールがGMS衣料部門の存続を賭けて4月28日に改装オープンしたイオン船橋店(イオンモール船橋の核店舗)の衣料品売場も同じ問題を抱える。

2100坪という広大なフロアの中核にユニクロかと見紛う巨大な「トップバリュコレクション」を構え(イオンモール船橋にはユニクロは出店しておらずGUも撤退した)、アスレジャーの「スポーツジアム」やテイーンズカジュアルの「ダブルフォーカス」、トラベルグッズの「+MOOVE」を揃えて10代から40代のヤング〜ユース層の取り込みを図る一方、「Otonagi」や「スマートメドレー」で従来のシニア層にも対応している。「Otonagi」や従来からの「ESSEME」「SELF+SERVICE」はそうでもないが、「トップバリュコレクション」はユニクロ並みにSKU在庫を積んで「縦売り」を目論んでいるから、相応の客数がないと行き詰まってしまう。

イオンモール船橋という施設は12年2月に閉店したマックスバリュ新船橋店の跡地をイオンリテールが再開発して12年4月に開業し、13年11月に運営管理をイオンモールに移管したもので、生活圏業態跡地の再開発に加えて道路アクセスも苦しく、南南東1.3kmの船橋駅商業集積や同3kmのららぽーとTOKYO-BAYの存在もあって千葉街道以北に実勢商圏が限られ(推計人口13万人)、開発段階から客数不足が危ぶまれていた。

売上は開示されていないが、店舗面積46,200平米のうち20,900平米をイオンが占めてモール面積が25,300平米と小さく、当初の158テナントのうち今も残るのは50テナントほどに過ぎない。アパレル系や服飾系のテナントはほとんど撤退してしまい、ティーンズやキッズのテナントは全滅状態で、モールには各種教室や空き区画が目立つから、客数不足は明白だ。そんな生活圏立地で2100坪もの広大な衣料売場を構え、ユニクロ紛いの「縦売り」マーチャンダイジングを志向するフルサイズの「トップバリュコレクション」を維持する成算は到底見えない。

 

2)現場軽視のトップダウン病

 量販店のみならずチェーンストアは中央集権のトップダウン体質が根強く、現場の運用力や市場見識を無視して机上の戦略を強いるケースが跡を絶たないが、大半は悲劇的結末で終わっている。トップが交代する度に異なる方針や戦略を打ち出し、それまで現場が積み上げた運用スキルや顧客支持をご破産にするのは無謀というしかない。

 凋落の一途を辿ったイトーヨーカ堂の衣料部門では、92年10月に代表取締役社長に就任した鈴木敏文氏による「行革」でMDの効率化が志向され、POSデータに基づく売れ筋への絞り込みを推し進めた結果、品目数が絞られてSKU数が半減し、品揃えのバラエティと変化が損なわれて顧客が離反し売上が落ち込んだ。数値経営を徹底する鈴木氏が衣料部門の好調を支えてきた現場の売場運用(週サイクルの編集陳列)を否定したことも、現場の士気と販売消化の低下を招いて売上の減少を加速した。伊勢丹出身の藤巻幸夫氏を取締役衣料事業部長に招聘して06年春に仕掛けた百貨店的変身は下駄履き感覚の顧客を離反させ、決定的な致命傷となった。

 イオンでも、バブル期にはアップグレードなPDS(大衆百貨店)を志向したり、バブルが弾けるとウォルマートを志向して集中レジのスーパーマーケット型レイアウトに変えてみたり、2003年には大型SCの核テナントを意図して2万平米級の大型化を志向し、2010年にはユニクロ型の「縦売り型」SPA「トップバリュコレクション」を立ち上げている。2015年には米国のメインストリートコンセプトに触発されて専門店複合型の「イオンスタイルストア」に転じ、一部ユニットをモールにスピンアウトするようになった。前述したイオン船橋の衣料品売場もその延長上に位置付けられる。

 時代ごとの潮流に対応したと言えば聞こえは良いが、2000坪もの衣料品売場を何十店も、その度に数百億円を投資して何度も方向転換して来た試行錯誤は成果の疑わしい消耗戦を否めず、意思決定のプロセスが合理的であったかどうか考えさせられる。

小売業はどんなに先鋭な戦略やビジネスモデルであったとしても、顧客の支持が得られないと(客数が足らないと)離陸しないし、現場の運用スキルが伴わないと収益の目処も立たない。成果を確かなものにするにはマーケットの先行きを見通す鷹の目と現場の運用を見切る蟻の目、加えて組織の総合的な知力・活力を引き出すガバナンス(統治)が問われる。GMS衣料部門にはそれらが欠けていたのだろう。

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