小島健輔の最新論文

WWD 小島健輔リポート
『ユニクロ症候群の罠
「縦売り商法」と「横売り商法」を見極めよ』
(2023年05月09日付)
小島健輔 (株)小島ファッションマーケティング代表取締役

 アパレル業界には「ユニクロ症候群」とも言うべき流行病が蔓延して久しく、量販店衣料部門の崩壊を加速させ、多くのアパレルチェーンの経営を混乱させて来た。様々な手法によるPB開発は経営とマーケティングの必然だが、それが品揃えの魅力を損なって顧客を離反させ業績を悪化させるとしたら本末転倒も甚だしい。そんな失策が生じるのは「縦売り商法」と「横売り商法」の本質を読み違え、相矛盾した施策が足を引っ張り合ってしまうからではないか。

 

◼️「ユニクロ症候群」とは

 「ユニクロ症候群」とは「ユニクロ」の異例の大成功劇に触発され、コンセプチュアルに品目を限定した(色・サイズなどSKUは広げる)開発PBによるマーチャンダイジングを志向するもので、表面的なVMDや調達手法はそれらしく仕組んでも、補給や売り切りの在庫運用スキル、サプライチェーン総体の商流や物流(当然、金流も)、店舗システムとマテハンなど運営スキル、商圏立地と出店政策が噛み合わなければ売上と損益が目論見に届かず、在庫も積み上がって破綻してしまう。

 衣料品の生産が急速に海外シフトしデフレが進んだ90年代、とりわけフリースブームで「ユニクロ」がブレイクした98年以降、量販店衣料部門もアパレルチェーンも我れ先に開発PBによるSPA化を志向したが、目論見通りに成長と収益を手に入れたケースは限られる。リードタイムの長い一括調達の開発PBにシフトするより、機動的なODM調達のPBやサプライヤーが補給を分担するジョイントPBを拡充した方が在庫回転も収益性も高かったというのが実態ではないか。

 開発PB主体の「縦売り」型SPAでは店舗在庫は最大4割程度で倉庫在庫が6割を超え(商社管理の生産地在庫を除く)、FC※出荷のオンライン販売が拡大すると店舗在庫はさらに圧迫される。EC比率が2割を超えるとFCを含む倉庫在庫が店舗在庫を圧迫して品揃えが薄くなり、欠品が多発して「縦売り」が阻害されるようになる。

店頭ではシーズンごとに在庫が回転しているように見えても、倉庫在庫を合わせた実際の在庫回転は半分ほどに落ちる(良品計画の単体決算と連結決算に如実に見られる)。開発PBの在庫(倉庫在庫+店舗在庫)が2〜3回転に留まるのに対し、奥行きの浅いODM調達PBや小売業側は補給在庫を抱えないジョイントPBの在庫は開発PBの何倍も回転する一方、粗利益率はそこまでの差がなく、結果、商品資本効率たる交叉比率は後者の方が高くなるケースが多い。実際、ODM調達主体だったポイント時代ピークの07年2月期の粗利益率が60.3%と60%を超え、交叉比率も790.5と800に迫る水準だったのに対し、開発型SPAに転じたアダストリアの23年2月期の粗利益率は54.7%と5.6ポイントも低く、交叉比率は273.5と3分の一強にとどまる。

値入れは開発PBの64〜72%に対してODM調達PBはそれより4〜5ポイント、ジョイントPBは20ポイント近く低いと思われるが、一括調達売り減らしの開発PBの値引きロスは補給在庫をサプライヤーが分担するジョイントPBより10ポイント前後あるいはそれ以上も嵩むため、着地の粗利益率の差は10ポイント未満に縮まることが多く、値引きが嵩めば逆転することさえある。販管費率を粗利益率の差より低く抑えれば、開発型よりODM型やジョイント型の方が高収益になる。

 人件費やキャッシュレスコスト、家賃が嵩む昨今、仕入れ調達では販管費を吸収して利益を残すのは困難で、同質化競合を回避するにもPBによるSPA化は不可避だが、「ユニクロ症候群」に陥っては成果が得られない。成果を上げているアパレルチェーンでは開発PBとODM調達PB、ジョイントPBなど複数の調達手法を現実的に組み合わせ、売上と消化回転、粗利益と販管費のバランスを取って利益を確保している。

※TCとDCとFC・・・TC(トランスファーセンター)は入荷商品を棚入れすることなく自動ソーターで高速仕分けして出荷する方

式の物流センター、DC(ディストリビューションセンター)は入荷商品を棚入れ保管してからピッキングして出荷する方式の物流

センター、FC(フルフィルメントセンター)はECなど通販のDC型出荷センター。

 

 

◼️「縦売り商法」と「横売り商法」

 「縦売り」とは在庫を積んで同一商品を大量に継続販売するもので、補給在庫を抱えて在庫回転は遅くなるが、計画通りに販売できれば大きな売上が稼げる。「横売り」とは奥行き浅くバラエティを揃えて売り切っていくもので、適品をタイムリーに供給できれば高い消化回転が望める。

「縦売り」では過剰在庫を抱えることなく欠品なく補給できること、「横売り」では死に筋を消化して売れ筋をリレー展開(売れる要素を類似商品に引き継いで広げていく)できることがポイントで、どちらも編集陳列や店間移動を売価変更で補完する在庫運用消化スキルが問われる。「縦売り」では生産工場→生産地倉庫→消費地倉庫→店舗後方→売場の在庫移動スキルも要で、設備投資と在庫負担を伴うから商社やサプライヤーとの商流・物流一体の長期的製販同盟が不可欠だ。「横売り」ではチームMDやVMIなど素材背景を持ったサプライヤーとの機動的な連携が要だが、サプライヤーを競わせないとタイムリーな適品調達が敵わないから、長期ではなくシーズン毎に更新する連携が主流のようだ。

SKU毎の数量が多い「縦売り」では、初期投入分は店舗タイプ別SKUパッケージの品番毎、補給分はSKU毎のパッキンあるいはオリコンで生産地倉庫から出荷し、消費地倉庫では初期投入分は棚入れせずパッキン/オリコンのまま仕分けてスルーで店舗に運ぶ。補給分はSKUパッキン/オリコンのまま棚入れ保管し、必要数量をトータルピッキングして店別に仕分け、バンドルにまとめて店舗に出荷する。店舗の品出しも後方ストックでピッキングせず、パッキン/オリコンやバンドルのままカートに乗せて指定アドレスのラックに運ぶ。

SKU毎の数量が限られる「横売り」では、店舗タイプ別SKUパッケージの品番毎にバンドルにして生産地倉庫から出荷し、消費地のTCでバンドルごと仕分けてスルーで店舗に運ぶ。店舗の品出しは後方でバンドルごとアドレスに仕分け、カートで指定アドレスのラックに運ぶ。倉庫にも店舗後方にも補給在庫は持たず、欠品した店舗には店間移動で補充し、早々に売り切っていくのが鉄則だ。「横売り」では在庫を積むFC出荷のECは鬼門で(H&MはFC出荷型ECが在庫回転の足を引っ張るという失策を犯した)、しまむらのようにサプライヤー在庫のドロップ・シッピング※から始めて店在庫引き当ての店渡しに移行するのが賢明だ。

店舗物流では店間移動を除けば「縦売り」はパッキンかオリコン、「横売り」はバンドル単位の物流で、一品毎のピッキングや物流は例外的だが、EC物流では売れ筋のトータルピッキングはあっても原則、一品毎のピッキングと注文毎の出荷になる。故に店舗物流の数十倍も高額な負担になるが、より重大な問題は在庫の分断と物流単位/プロセスの違いによる在庫効率と物流効率の障害だ。その究極の解決策はFC出荷を廃して店舗在庫引き当ての店出荷/店渡しに徹することだが、店舗の運営負荷の見極めも必要だろう(ピッキングは必須だが出荷プロセスは外注できる)。

これら調達と物流、在庫運用と販売消化といった一連の商流・物流を含めて「縦売り商法」と「横売り商法」と捉えるべきで、食い違えば売上や損益の足を引っ張ることになる。両商法に関わる金流政策(CCC/Cash Conversion Cycle)や出店政策も経営の根幹を左右するから、中長期視点で慎重に判断するべきだ。

※ドロップ・シッピング・・・FCに在庫を抱えず受注して、サプライヤーから顧客に直送するEC物流方式。

 

◼️金流政策と出店政策

 「縦売り」では継続補給する在庫を物流過程で多段ダム式に積むから倉庫在庫も合わせると在庫回転は2〜3回(120日〜180日)と極めてスローで(「ユニクロ」をファストファッションと呼ぶ感覚は理解しかねる)、売上金を直接収納して売掛債権回収を速めても、買掛債務回転を長めにしないとCCCが長くなり、運転資金負担が重くなる。自己資本を積むROA経営のファーストリテイリングは資金が潤沢で運転資金負担は軽いが、自己資本を絞るROE経営の欧米SPAには資金負担が純資産に迫るケースも見られる。

実際、ファーストリテイリングの22年8月期では、売上は7.9%伸びても棚資産回転日数が162.1日と26.0日も延び、買掛債務回転日数を116.8日と41.0日延ばしてCCCを54.9日と14.0日短縮しても3458億円の運転資金を要したが、純資産が1兆6154億円と潤沢ゆえ純資産対運転資金率は21.4%と負担は極めて軽い。対してH&Mの22年11月期ではファストファッションなのに棚資産回転日数は140.7日とスローで、買掛債務回転日数が69.8日でもCCCは75.8日とファーストリテイリングより20.9日も長く、純資産が507億5700万SEKと前期から15.4%も減少したことも響いて純資産対運転資金率は91.4%と再び(19年、20年は100%を超えていた)危険水域に上昇している。

「横売り」が必須のファストファッションなのに調達コストを抑えるべくリードタイムの長い大ロット調達に流れて在庫が積み上がり、買掛債務回転日数も70日に迫っては(コロナ前の19年は25.9日だった!)機動的な調達が適う訳もなく、すでにビジネスモデルは破綻している。

「横売り」では「縦売り」より在庫回転が格段に速いが、機動的な調達には「払いの速さ」も不可欠で買掛債務回転日数は30日以内が好ましく、在庫回転が減速すると覿面に資金負担が嵩んでくる。資金力の乏しいH&Mはもはや金流もファストではなくなっているが、23年2月期末で現金・預金・有価証券だけでも2632億円と資金力潤沢なしまむらは棚資産回転日数も49日前後を維持して買掛債務回転日数はコロナ以降も30日以内を保っており、23年2月期は21.8日まで短縮して一段とファストになっているから、適品の機動的調達力は一段と高まっている。

出店政策も「縦売り商法」と「横売り商法」で方向が異なる。コンセプトや価格帯にもよるが「縦売り商法」には客数が必要で、「縦売り商法」を推し進めるには「上り」(大商圏)方向の出店政策が不可欠だ。実際、「ユニクロ」は生活圏のロードサイドからステップを踏んで大商圏のモールやターミナルに出店立地を移行して来たが、「無印良品」は“お値打ち”価格を維持すべく「縦売り」を志向しながら出店立地を生活圏に「下り」つつあり、客数不足が危ぶまれる。コストインフレで値上げを余儀なくされる中での「下り」は客数減が加速されかねず、極めて危険な賭けになる。

復活著しいしまむらにしても、コロナ前の3期間(18年2月期〜20年2月期)は生活圏立地から動かないまま、在庫運用の効率化を志向して品揃えを集約するという「縦売り」方向に流れ、品揃えの魅力を損ねて顧客の離反を招き、客数減で業績が低迷した。

「縦売り商法」と「横売り商法」ではマーチャンダイジングのみならず、サプライチェーンと物流プロセス、金流政策や出店政策まで方向が異なるから、両者の本質を見極めて矛盾のない施策を積み上げることが肝要で、マーチャンダイジングと他の施策が逆行する過ちを犯してはなるまい。

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