小島健輔の最新論文

商業界オンライン 小島健輔からの直言
『小売店の省力化は周回遅れ』 (2018年06月01日付)
小島健輔 (株)小島ファッションマーケティング代表取締役

 中国ではコンビニばかりでなく飲食店もどんどん“無人化”しているそうだ。どちらもモバイル決済がベースだが、コンビニが無人精算に留まるのに対し、後者は精算もパントリーも無人化されている。無人化はわが国でも飲食店が先行しており、牛丼屋も立ち食いそば屋も随分と前から券売機による無人精算が定着しているが、小売店ではようやくセルフレジが普及し始め、無人精算は実証実験が始まったばかりだ。この差はいったい何に起因しているのだろうか。

小売店と飲食店の運営はどこが違う?

 小売店のオペレーションはフロントヤードのエントリー(購買意向の掌握)/販売/決済という接客業務、バックヤードの搬入/品出し陳列/補充整理/在庫管理などマテハン業務から成り、セルフサービス店ではエントリーと販売が不要で、ピッキングも顧客が分担する。飲食店のオペレーションはフロントヤードのエントリー(配席と注文取り)/パントリー(配膳・下げ膳)/決済というホール業務、バックヤードの仕込みと調理、食洗というキッチン業務から成り、セルフサービス店ではフロントヤードのほぼ全業務を無人化できる。

 小売店には生鮮食品を除いてキッチン業務が存在しないから飲食店では一般的なフロント(ホール)とバック(キッチン)の分業もなく、飲食店でホールが分担するパントリー業務が小売店のマテハン業務に相当する。最大の相違は売上対比人件費率で、業態や規模で幅はあるが、小売店では高くても20%までなのに飲食店では35%前後と倍近く違う。ゆえにセルフ化/無人化に真剣に取り組まざるを得なかったのだ。

セルフ化/無人化で先行する飲食店

 小売店では決済のセルフ化が進み始めたばかりで無人化はまだ実験段階だが、飲食店ではタブレットPOSやタッチパネル券売機が定着。エントリーと決済はセルフ化/無人化が進み、チャットボットAIによるメニュー推奨や配席指定も始まっている。小売店でもECフロントと連携したタッチパネル・エントリーが普及すれば飲食店に近い無人化が可能になるだろうが、タブレット接客やセルフチェックアウトが連携なく進む状況は無人化にはほど遠い。

 飲食店ではエントリーと決済の無人化に加えてキッチン業務も調理から食洗までどんどん自動化されているが、上げ膳・下げ膳のパントリー業務が課題で、顧客にやってもらうセルフ化が進んでいる。中国で見られるパントリーボックスはスマホ決済と連携しただけでセルフパントリーと何ら変わらず、わが国でもセルフパントリーにエントリー決済(要は券売機です)か画像認識AI決済を組み合わせば同様な無人化がいとも簡単にできる。中国人はよほどスタッフと顔を合わせたくないのだろう。

マテハン業務の自動化が難しい小売店

 小売店のマテハン業務は物流センターのような自動化が難しく、飲料の後方自動補充を除けば放置されたままだ。自動化するよりECプラットフォームに乗せて“販物分離”するショームーム販売の方が現実的だから、キッチン業務のような自動化は今後も期待し難い。

 小売店にはパントリー業務はないと思われるかもしれないが、実は販売対応で生ずるマテハン業務が少なからぬ負担になっている。顧客要望による在庫探し、試着品や返品の棚戻しがそれで、接客中に煩雑に発生すれば販売に支障をきたしてしまう。ZARAがロンドンのストラットフォードシティSCにリニューアル開店した4500㎡のEC一体型未来店舗では、EC購入品の受け取り(クリック&コレクト)とサイズ試着に対応する自動ピッキングのロボット倉庫を装備したことが注目されるが、試着品の検品と棚戻しは人海戦術のままだ。

 飲食店では原則、ホールスタッフがキッチンに入ることはないが、小売店では接客スタッフがバックヤードに入って在庫を探すという“変事”が日常的に発生している。これなど自動化以前にフェイシング管理の励行と分業で解消すべきで、小売店にもパントリーカウンターを設けてフロントヤードとバックヤードを分業すべきかもしれない。

労働価値の認識が低い2つの理由

 店舗小売業に長らく関わってきて思うのは、店舗運営における“労働価値”認識の低さだ。何でそんな無駄な作業に毎日、終始しているのかと訝られることが多い。そんな“労働”の無駄遣いが続いてきた背景は2つあると考えられる。1つは、低賃金の非正規労働力が容易に入手できたことだ。

 2013年以降は次第に逼迫してきているとはいえ、小売業は第3号被保険者(第2号被保険者に扶養される年収130万円未満の配偶者)、近年では年金受給者など、正規労働者より低賃金で使える労働力に恵まれ、労働の生産性向上や付加価値化に真剣に取り組む必然性が薄かった。

 飲食店も一昔前まで大差なかったが、近年の少子高齢化と女性就業率の急上昇で国内非正規労働力の供給が逼迫し、会話力に制約のある外国人労働力への依存が進む中、タッチパネル券売機などによるエントリーと決済の無人化が急進している。小売店とて一歩遅れて大差ない状況に追い込まれつつあり、飲食店で先行した会話レスな無人化(音声対応AIは店頭での実用性に限界がある)が急進するのも時間の問題と思われる。

セルフサービスは本当に労働を軽減?

 もう1つの背景は、今やECのメジャー化で神通力を失ったセルフサービス神話にあったのではないか。顧客が購買労働を分担する分、店舗側の労働が軽減されて安く売ることができるという“神話”だが、果たして本当だろうか。

「作用・反作用の法則」は『一方が受ける力と他方が受ける力は向きが反対で大きさが等しい』という物理学の真理だが、これをセルフサービス店舗での購買に置き換えれば『顧客が棚からピッキングして持ち帰る労働と店まで物流して棚入れする労働は向きが反対で大きさが等しい』となってしまう。ECや訪問販売(御用聞きや棒手振り)のように自宅や職場まで持って来てくれれば顧客の購買労働は軽減されるが、店まで出掛けるセルフサービス販売は顧客にも小売業者にも労働を強いる。だから消費がECへ流れてしまうのだ。

 店舗小売業はセルフサービス神話を脱して労働の効率化と付加価値化に真摯に取り組まないと、購買労働負担が軽く利便が大きいECに顧客を奪われ衰退が加速してしまう。経営陣の発想の転換が急がれよう。

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