小島健輔の最新論文

ダイヤモンド・オンライン
『断末魔のアパレル業界、企業の破綻リスクを見分ける3つのポイント』
(2020年06月16日付)
小島健輔 (株)小島ファッションマーケティング代表取締役

ダイヤモンドオンラインが『アパレル24社「余命」ランキング』と銘打って3月時点の損失ペースから破綻リスクをランキングしたが、それから2ヶ月を経た5月末段階の状況は一段と深刻化し、「余命」はさらに3ヶ月ほど縮んだはずだ。3月末のアパレル各社の売上減少が20〜40%台だったのに対し、4月は休業店舗が広がって減少率が50〜80%強と落ち込みが倍増し、地方から再開業が始まった5月も20〜50%台の減少と3月より厳しかったからだ。

休業による売上の落ち込みが大きいほど、休業が長引くほど、手許の現預金が少ないほど危ないということになるが、売上の減少が現預金を食いつぶして即、破綻につながるわけではない。自己資本の蓄積や収益力の評価で借り入れが可能だと現実にはかなり延命できるし、取引先を泣かす狼藉を働けば、さらに延命できる。

そんなわけで「余命」何ヶ月とは断定できないが、どんな経営体質を抱えていれば破綻リスクが高くなるかは明白だ。コロナクライシスに直面して、どこがどれだけ危なっかしい経営をしてきたか露呈することになる。そのリスク体質とは、以下の3点ではないか。

 

■日銭が入らないテナント店や百貨店の比率が高い

路面の独立店舗だったら現金決済分が即、手元資金になるが、商業施設内店舗では月の前半と後半の2回締め、前半は固定家賃や共益費など固定費用が差し引かれて当月末に、後半は家賃の売上歩合部分など変動費用が差し引かれて翌月15日に入金されるのが一般的だ。平均すれば22.5日分、日銭が回る独立店舗より資金繰りが不利になる。消化仕入れ取引の百貨店も毎月の締め後支払いだから、商業施設よりさらに2〜4週間、売上の入金が遅れる。

クレジットカードなどキャッシュレス決済の場合、独立店舗ではアクワイアラや決済代行業者との直接契約になり、月末締めの翌月末入金が一般的だから平均45日、現金決済より入金が遅れることになるが、金利や手数料を負担すれば15日程度の早期入金サービスも利用できる。商業施設内店舗の場合、運営会社(デベ)がアクワイアラと包括加盟契約しているから売上金は一旦、運営会社に振り込まれる。そこからテナントに支払うとさらに22.5日遅れるから、テナントに入金するまで2ヶ月以上を要する。それではテナントの資金繰りが厳しくなるから、立て替えて先払いする運営会社も半分程度あると聞く。

キャッシュレス決済の手数料もテナント店舗を圧迫しており、デベ包括契約の決済手数料率は直接契約より1.5ポイント以上高く、駅ビルのハウスカードなど5%にも達する(百貨店では百貨店側が決済手数料を負担する)。国を挙げてのキャッシュレス化となんちゃらペイ(スマホのコード決済)の氾濫にコロナ感染の恐怖も加わって現金決済は急激に減っているから、商業施設店舗の比率が高いと資金繰りはますます苦しくなる。

百貨店や駅ビルなど、日銭が回らずコストも高い商業施設に偏った出店をして来たアパレルがコロナ休業でどれほどダメージを受けたか、想像に難くない。いざという事態を考えれば、最低でも2割ぐらいは日銭が入り自由に営業できる独立店舗を確保しておくべきだったのではないか。

 

■在庫の回転が遅く、買掛金の支払いサイトが短い

 わかりやすく言えば『商品が売れて在庫がお金になる速度が遅いのに、仕入れ代金の支払いは速い』わけだから、日頃から多額の運転資金が必要なところに、コロナ休業のように売上が激減する事態が生ずれば容易に資金繰りに窮してしまう。

資金繰りの基本は『在庫回転も売上金の回収も速く、仕入れ代金の支払いは遅い』だが、ファッション性や高級感で付加価値が乗ったブランドほど購入する人が限定され商品回転も遅くなりがちなのに、付加価値の高いブランドほど仕入れ条件が厳しい、というのがアパレル業界の事情だ。クリエイティブなブランド物はそれなりに付加価値が乗って小売価格も仕入れ原価も高く、支払い条件も厳しいのに、売れる速度は遅く、売り切るのも難しい。逆に低価格でベーシックな商品ほど回転が早くて売り切りやすく、仕入れ条件も緩いから資金繰りも楽だ。

高付加価値なブランドやストアほど都心部の百貨店や商業施設への依存度が高く、キャッシュレス比率も高く売上金の回収も遅い上に、休業期間も長引いて売上の落ち込みも大きく、多額の運転資金を要する商売体質が破綻リスクを高めた。

 

■ギャンブル性が高い

 高付加価値な商品ほど顧客を選び、企画から販売までのタイムラグも長いから、利幅はあっても売上の予測が難しく、売れ残る確率が高い。逆に低付加価値な商品ほど顧客の間口が広く、前シーズンからの変化も小さいから売上予測が容易で、売り切れる確率が高い。

ハイリスク・ハイリターンなギャンブルか、ローリスク・ローリターンな安全投資か、という二択に見えるが、前者がハイリターンを得る確率は極端に低く、後者がハイリターンを得る確率は意外に高い。ならば誰もが後者を選択しそうなものだが、安全な商品ほど類似品との同質化競争で値崩れしやすく、需給を上手く読んで機動的に動かないと利益が残らない。スキルがあれば額に汗する労働が報われる「ビジネス」だ。

大多数がハイリスクでローリターンに終わる前者を志向するアパレルが絶えないのは、我が国のものづくり信仰もともかく、確率は低くても当たれば高収益と賞賛をほしいままにできるからだ。確率論的にはギャンブルでしかないが、夢を追って突き進むアパレルが絶えない「ロマン」なのだろう。

景気が良い時は高付加価値な商品を求める顧客も多くギャンブルの確率も高まるが、景気が陰ってきたところにコロナが直撃して必需品以外に目が向かなくなった今回のようなクライシスでは、ギャンブルの確率は限りなくゼロに近づく。前項で指摘したように高付加価値商売の体質は逆風に脆く、クリエイティブなブランドやストアの破綻が広がると危惧される。

 

■多産多死のゾンビがアパレル業界を脅かす

どちらも商売だから好きにやれば良いようなものだが、アパレル流通の行き詰まった実態を考えれば、コロナクライシスを契機に大規模な淘汰が進むと覚悟するしかない。

 アパレル業界は過剰供給が慢性化して多産多死状態に陥っており、セールを繰り返しても年間の供給数量の51.8%(19年)が売れ残り、大量に廃棄されたり中古衣料としてアジアに輸出されているから、エシカルでもサスティナブルでもない業界だ。これは国内に供給された商品(98%を占める輸入品と2%の国産品)に限ったもので、商社や工場が日本向けに作って生産地の倉庫に積み上がっている在庫も合わせれば毎年、需要の2.5倍近くのアパレル商品が供給されている。

 当然ながら、売れ残った在庫は流通段階の倉庫に積み上がっており、それらがオフプライスストアなど安売り店に流れたり、ブランドのデッドストックが人気を呼んだり、消費者のタンスから溢れる中古衣料も加わって新品の割高感が際立ち、アパレル業界は自分たちが作り出した過去のゾンビに脅かされている。「タンス在庫百年分・流通在庫十年分」と揶揄されて新作品の市場が行き詰まったキモノ業界ほどではないにしても、刻一刻と近付きつつあったのは間違いない。

 多産多死の過剰供給は顧客にとっては選択肢が豊富だが、値引きや廃棄のコストが乗って割高な価格になってしまうから、どうしてもセールやオフプライスに流れてしまう。それがまた値引きや廃棄を広げて割高な価格にしてしまう。こんなチキンレースをいつまでも続けられるはずがなく、誰かが強制的にリセットするしかなかった。そんなアパレル業界に、コロナパンデミックが引導を渡したのだ。

論文バックナンバーリスト