小島健輔の最新論文

ファッション販売2003年9月号掲載
『脱同質化へ “店格”向上の志を持って売場の技術革新を急げ』
(株)小島ファッションマーケティング代表取締役 小島健輔

脱同質化への格戦争勃発

 長引くデフレ不況下で消費者が支出を抑える一方、小売業も経費削減を進めてデフレ経営に徹して来ましたが、その過程で内装投資が極端に抑えられたり、店舗スタッフが削減されてパートやバイト中心に組み換えられたりして、差別化と顧客満足が蔑ろにされた事は否めません。商品面でもリスク回避の引き付けとQR、低価格が競われた結果、極端な同質化に陥り、かえって売上を落とした店の方が多かったのではないでしょうか。
 ところが政府のバブル期を上回るほどの金融供給とその一方での国民負担の増大で、貧富差が急激に開いて消費の二極化が急進。一部のラグジュアリーブランド人気やバブリーな都心商業施設乱立の一方、大衆のファッション消費はさらに圧縮されて極端に選別性が強まって来ました。同質化し顧客を蔑ろにする店は疎まれ、限られた支出を本当に納得できる商品やお店にだけ投じようという購買姿勢が顕著になってきたのです。
 この変化を察した一部のブランドやセレクトショップは逸早くコスト効率優先のデフレ経営を脱し、差別化と顧客満足を至上とする格戦略に転じています。商品の差別化を目指した開発体制の強化はもちろんですが、店舗環境やVMD、営業展開や販売技術の格上げによる店そのもののブランド化が競われているのです。ターミナルの百貨店やファッションビルに限らず郊外の大型SCまで、まさに格戦争勃発という情況にあります。
 流動客に頼って同質化の波に翻弄されていては、もはや先がありません。市場縮小と選別消費の奔流下で生き残るには店格を突出させてブランド化し、顧客を定着させて客単価を向上させる格戦略が不可欠なのです。その実現へと、デフレ経営下で疎かにされてきた店舗環境やVMD、営業展開や販売技術の再構築と格上げが急務となっているのです。

“店格”を決する8要素

 顧客に“店格”を訴える基幹要素は、1)品揃えのフォーカスと商品の品格、2)営業展開の品格、3)店舗環境とVMDの品格、4)接客とフィッティングの品格、5)パッケージとラッピングの品格、6)プロモーションの品格、7)顧客の品格、8)店舗スタッフと会社の品格、の8つと考えられます。
 1)品揃えのフォーカスと商品の品格、はその中でも原点的な要素です。安易な売筋依存と既存調達背景の壁を超える努力とリスク負担が求められますが、顧客は敏感に反応してくれます。ワンシーズンで諦めないで持続的に積み上げていけば、間違い無く“店格”を押し上げるでしょう。
 2)営業展開の品格、は企業の意志と力量を示す重大な要素です。各シーズンの立ち上げと打ち切りの流れをどう組むかで、市場をリードする事も追従する事も出来るからです。
 リードするには開発・調達において独自の仕掛けが必要ですし、リスクも大きくなります。加えて、ピークの深追いを抑制して期末の売上を捨てない限り、次シーズンをリードする事は出来ません。営業的には不利な面もありますが、顧客の品格が高まって消化率も向上し、“店格”は確実に上昇します。逆に追従は容易ですし目前の営業面でも有利ですが、確実に同質化の波に飲み込まれ、消化率も顧客の品格も低下します。
 どちらの営業展開戦略を採るかで、企業のマーケットポジションや志しが顧客に見えてしまいます。“店格”を高め店をブランド化させたいなら、市場をリードする前倒し型の営業展開を仕組むべきでしょう。
 3)店舗環境とVMDの品格、には投資と技術の両面の要素があります。投資回収の速さばかりを追求しては機能剥き出しの安っぽい店になり、“店格”でライバル店の後塵を拝する事になります。むろん損益の限界はありますから、低コストで高い“店格”を表現できる設計技術が突破口になりますし、見積り合わせ〜発注のプロセス改善だけでも一割は違ってきます。
 店舗デザインの技術面では様式美の貫徹(デザイン様式は問いません)、縦線または横線の統一的強調、床素材の重みと上部空間とのコントラスト、点照明のミックスによる陰影感、什器のシステム的統一とワンポイントの崩し、演出補助什器の美術的体系化、等がポイントと思われます。VMDはこれらの上に成り立つものであり、商品分類の明確化と面のストーリー化がもうひとつの前提となります。これらが出来ていないと、テクニックでは誤魔化せません。
 VMDの技術面を言うなら、まずMD構造毎の棚割りの基本がマスターされていて、在庫や天候、客層等の情況に応じて崩し外しの応用が出来る事、素材対比や色彩対比、マッス対比等のスタイリング構築の基本がマスターされていて、最新のトレンド等を取り入れた崩し外しの応用が出来る事、陳列のフォルムや色順の基本がマスターされていて、情況に応じた韻律が表現出来る事・・・・などが指摘されます。これらはかなりの習熟と美術的素養を要する技術で、体系的な教育を欠いては組織としての水準は上がりません。当社では年に数回、VMD技術の体系的セミナーを開催していますから是非、受講してみて下さい。
 4)接客とフィッティングの品格、は顧客満足の根幹ですが、技術研修だけで解決する問題ではありません。まず、曜日と時間帯別に客数をカバーする人員配置が適確に行われる事が先決なのです。品出しと商品整理しか出来ないような人員配置では、技術以前に接客そのものが不可能だからです。
 曲がりなりにも客数に見合った人員配置がされたとしても、VMDが出来ていないと購買プロセスを誘導する事が出来ませんから、アプローチがピンボケになり、顧客の望まない接客が押し付けられるリスクが発生します。接客はVMDを基軸とした提供方法の一貫であり、顧客の購買プロセスをサポートするのが本質なのです。
 このような認識に立てば、接客には特殊な話術や技術は不要だということが解ります。顧客の購買プロセスが必要とする時点で必要とする情報やアシストを提供する事こそ、接客の本質なのです。もちろん、そのタイミングや提供すべきアシスト、その時の距離や姿勢、表情やイントネーション等は十分に教育される必要があります。ただし、定型マニュアル方式でロボットのように対応するのはいただけません。個々のスタッフが情況に応じて人間らしく対応出来るよう、考える教育を大切にすべきだと思います。
 もちろん、コーディネイト提案やフィッティングでは技術が問われます。顧客のスタイリングの好みを見極め、ベースを共通させながら鮮度と選択を訴求する事、顧客なりのTPOルールを理解して押し付けを避ける事、顧客を目で採寸した上でサイズを用意する事(過去の買い上げ歴があるなら、それを確認する)。フィッティング前にお見置きを好まれるかどうかの判断、フィッティングで顧客が許容する個体距離の見極め、顧客の体型と希望されるシルエットとの詰め方、ピン打ちにおける技術と安全確保、採寸した寸法の確認(買上げ歴が在れば必ず検証する)等々、このプロセスでは技術と個客対応が要になります。
 5)パッケージとラッピングの品格、はチェックアウトと並ぶクロージングの要です。店舗環境も商品も接客も気に入っていただいたのに、洗練を欠くパッケージやラッピングでは満足感が一気に覚めてしまいます。「ラグジュアリーブランドに負けない」までは求められないにしても、商品より一格上は常識だと思います。
 これは技術と言うよりコストとデザインの問題であり、VMDやプロモーションと一貫したビジュアル戦略に位置付けられるべきものです。ラッピングとパッケージがVMDを華やかに彩っていた、かつてのヘンリーベンデルの麗姿を思い出して下さい。人気ラグジュアリーブランドのようにパッケージを持ち歩いていただけるなら、宣伝費と思ってコストをかけるべきではありませんか。
 もちろん、ラッピングは技術を要します。それこそマニュアル化と研修で品質水準を保つべきですが、凝り過ぎて時間がかかるようでは逆効果になりかねません。接客が疎かになったり、顧客を待たせてしまったりするからです。技法を凝るより資材に凝って、手間暇かけずに見栄えの良さを狙うべきでしょう。
 チェックアウトについては99%、レジシステムの問題です。お待たせせず、明解迅速に処理出来るよう、改善を急ぐべきでしょう。精算書を小袋に入れて財布を膨らますより、ラッピングペーパーとデザインを共通させたレジペーパーにする方が、顧客には好評だと思います。
 6)プロモーションの品格、も“店格”を大きく左右します。どんなに格調高い店舗やVMDも、安手なPOPや格下げ札を前にしては一瞬にして色褪せてしまいます。コストをケチった三色刷りの折り込みでも打とうものなら、確実に台無しに出来るでしょう。
 プロモーションはインストア・ツールからメディア・プロモーションまで一貫したデザイン戦略が不可欠で、それが店舗環境やVMD、パッケージやラッビングと連動してこそ、“店格”が成り立つというものです。
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 これらの統合的な格戦略の結果として新たな顧客層が形成され、7)顧客の品格、が“店格”を支えるに至れば、店のブランド化は完成の域に達した事になります。が、如何に戦略と技術を労したとしても、身内である8)店舗スタッフと会社の品格、が顧客の品格にほど遠いものであれば、“店格”の実現も継続も困難です。店舗スタッフと会社が一丸となって志しを立て、その実現に切磋琢磨していくマネジメントと組織文化なくしては、店のブランド化など机上の夢に終わってしまうでしょう。“店格”は現場と会社が一丸となっての志しが築くものであり、個々の技術を取り込めば良いというものではないのです。

企業最適と顧客最適の狭間で

 同質化を脱して“店格”を築く様々な要件を提示しましたが、大半の企業において企業最適の体質が定着しており、一時的にはコストバランスを崩しかねない格戦略が企業総体の強い意志として実行されるとは限りません。恐らく販売現場は様々な技術革新を要求される一方で、シビアなコスト削減も平行して要求され続けるに違いありません。
 店舗が顧客最適の志しを持って日々の業務にあたっても、企業総体が同じ志しを持ってサポートしてくれなければ、顧客に強いインパクトを与える事は困難でしょう。その狭間で店舗スタッフが苦労するとすれば、極めて残念な事と言うしかありません。出来る事なら企業総体が明確な志しを持って、“店格”の実現に取り組んで欲しいものです。 

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