小島健輔の最新論文

ダイヤモンド・チェーンストアオンライン
『値下げ率大きいユニクロと値下げ率小さいしまむら どちらが高収益?』
(2024年07月12日付)
小島健輔 (株)小島ファッションマーケティング代表取締役

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 アパレルに値引き販売は付き物だが値引きの実態はさまざまで、値引きが少ないから収益力が高いとも限らない。しまむらやチェーンストア衣料品からユニクロやカジュアルSPAまで、値引きと損益の実態を明らかにしたい。

 

■「値下げ率」の大小と収益力は一致しない

 始終値引き販売しているアパレルチェーンと期末に集中してセールするブランドメーカーとどっちが「値下げ率」が大きいのか、「値下げ率」には顕著な差は見られないが消化率は前者の方が確実に高くなり(ブランドメーカーは持ち越し比率が高い)、調達方法によっては「値下げ率」に大差が出る。それについては後で詳しく説明するが、まずは主要チェーン/事業タイプの実態を知っておくべきだ。

 主要チェーンで最も「値下げ率」が小さいのが「しまむら」(「ファッションセンターしまむら」業態)で、「仕入れ売価」から「実現売上」への減少率は9.8%にとどまる。しまむらは株式公開アパレルチェーンで唯一、主要業態の「値下率」を開示しているが、「値入れ率」から「粗利益率」への落差を指すもので、「仕入れ売価」から「実現売上」への減少率という本来の「値下げ率」とは異なる。それによれば24年2月期の「しまむら」は6.5%、「アベイル」は13.2%だが、後述する計算方式による「値下げ率」はそれぞれ9.8%と21.6%になる。

 同様に国内ユニクロの開示情報(23年8月期)から推計した「値下げ率」は27.1%、アダストリアなど大手カジュアルチェーンの平均的「値下げ率」は24.4%、チェーンストア衣料品の平均的「値下げ率」は22.6%と計算できるから、当用調達の「しまむら」を除けば「値下げ率」に大差はないのが現実だ。

「値下げ率」が最も小さい「しまむら」の営業利益率が9.7%(連結業績から推計)と高いのはともかく、「値下げ率」が27.1%と最も大きい国内ユニクロの営業利益率が13.2%と一段高く、国内ユニクロよりは多少、「値下げ率」が小さいカジュアルチェーンやチェーンストア衣料品の営業利益率は遠く及ばないから、「値下げ率」だけが営業利益を左右しているのではないことが分かる。

国内ユニクロの粗利益率は47.9%とカジュアルチェーンの平均(55.0%)より一回り低いし、仕入れ調達の「しまむら」は33.7%と格段に低い。なのに「しまむら」より粗利益率が4.3ポイント高いチェーンストア衣料品、同21.3ポイントも高いカジュアルチェーンが低収益に甘んじているのは売上と販管費のバランスが悪いからで、販売効率を上げるか経費構造を再構築して圧縮しないと収益は上向かない。そんな経営論はまたの機会に譲るとして、「値下げ率」の定義と圧縮方法に論を移したい。

 

■「ロス率」と「値下げ率」はイコールではない

 アパレルに限らず、値引きと損益の実態を掴むには、「調達原価」と「売上原価」、「仕入れ売価」と「実現売上」の関係を理解しておく必要がある。

期中に売り上げた商品の小売総額が「実現売上」、その商品の調達段階の小売売価総額が「仕入れ売価」で、ざっくり言えば「仕入れ売価」から値下げ分が目減って「実現売上」になる。「実現売上」を「仕入れ売価」で割った比率が業界で「歩留まり率」とか「換金率」とか言われる指標で、その差が「値下げ率」とか「ロス率」と言われるが、盗難や破損、棚卸しミスなどの減耗ロスも含まれるから厳密には「値下げロス」だけではない。「ざっくり言えば」と断ったのは、そんな事情があるからで、ポイント値引きなどは販促費計上だから「値下げロス」には含まれない。

「値引き」の実態に迫る本稿ではざっくり「ロス率」=「値下げ率」と見做すことをお許し頂くとして、減耗ロスを無視するなら「調達原価」=「売上原価」だから、「調達原価率」を「売上原価率」で割れば「歩留まり率」になり、その差が「値下げ率」と見做せる。

 

■「持ち越し在庫」と「賞味期限」

ここで言及しなければならないのが「値引きしても売れずに持ち越す在庫」で、売れなかったのだから「値引き」も「売上」も計上されないから「値下げ率」の計算には入らないが、「消化率」「棚資産回転」とキャッシュフローの足を引っ張る。

期中に調達した商品のうち売れ残って翌期に持ち越す比率は、仕入れ型のアパレルチェーンなら5%以下、SPA型のアパレルチェーンでも10%以下が目安だが、紳士服チェーンでは3〜4割が当たり前で「鰻のタレ」型品揃えが慣習化している。アパレルメーカーは好不調で変化が激しいが、平均すれば14〜15%が持ち越されているようだ(環境省のアンケートと当社のアンケートより推測)。

持ち越した在庫は商品の性格(後述)によって、減損して二次流通に売り飛ばすものもあれば、翌シーズンに公然と正価販売するものもある。高額品になる程インベスティメント性(資産価値)が高まるから持ち越しても販売が可能で、三陽商会は24年2月期末の前期からの持ち越し在庫比率が18%だったと開示している。ラグジュアリーブランドのレザーグッズなどは持ち越しても正価販売が可能だから、ブランドによっては紳士服チェーン並みに持ち越していると推察されるが、ワインやシャンパン、ブランデーなど寝かせるほど値が上がるヴィンテージ商材も扱うラグジュアリー事業者にとっては違和感はないのだろう。

値引き処分するにしても持ち越すにしても「賞味期限」が問われるが、アパレル商材の「賞味期限」は生鮮食品などと比べれば長く、トレンド商品や季節商品でも8週間程度あり、定番的な商品ではその倍ほどに伸びる。食品に生鮮や惣菜、日配と冷凍食品やグロサリーがあるように、アパレルにも「ファスト商品」「ランニング商品」「インベスティメント商品」の違いがあって「賞味期限」が異なるが、食品のようなルーチンの賞味期限管理は行われておらず、消化進行の遅い品番や消化率の低い品番を店間移動や売価変更すべく随時にピッキングするにとどまる。

「ファスト商品」は持ち越せないから、消化率が悪ければ期中にも値引きするし、売れ残れば二次値引きしてもシーズン中に売り切る。「ランニング商品」は定番性のボトムやスウェット、シャツなどで販売期間が長く、持ち越しても正価販売できるものも少なくないが、量販する商品であって販売消化進行が計画とズレると在庫が嵩むから、計画との乖離が大きくなるとキックオフ(一定期間だけの小幅値引)を仕掛けて乖離を解消する必要がある。「インベスティメント商品」は持ち越しても正価販売が可能な上質定番的な商材で、ブランド商品には珍しくないがカジュアルチェーンや量販チェーンでは極めて稀だ。「松」ランクのカシミヤ商材ぐらいではないか。

持ち越せると言っても「賞味期限」ひいては「消費期限」の限界がある。アパレルのトレンドは3シーズンで陳腐化するから、それを過ぎれば二束三文になりかねず、それまでに売り切れなければ減損して二次流通業者に叩き売るしかない。定番的な商品でも6年サイクルぐらいでパターンのトレンドが動くから、それまでに売り切れないと同様な運命になるが、その前に財務上の限界が来てしまう。これらは「賞味期限」であり、物理的な「消費期限」が来てしまう場合もある。日焼けや色褪せ、繊維の劣化(ストレッチ素材に使われるウレタン糸は要注意)がそうだが、「賞味期限」に先行するケースは極めて稀だ。

 

■「値下げ率」を左右するのは調達と販売の時差

「値下げ」は需要と供給の乖離が生むものだから、受注してから調達して販売するならゼロになるはずで、韓国や中国の越境ECサイトでは在庫リスク無しの受注販売を前提とした格安商品が珍しくないし、AI活用のデジタルサンプル先行掲載とPLM※連携(オンラインCADCAM)の短納期調達で生産より販売が先行するシーインでも事実上の無在庫受注販売が成り立っている。激安なのには需給ギャップの回避に加え、関税も消費税も回避し国際郵便条約の恩恵に便乗しているからで、シーインやティームーに圧されたアマゾンさえ類似の越境EC手法の誘惑に流されそうになっている。

 需給のギャップを最小化するなら「当用調達の横売り※」が理想で、一定期間で売り切れるだけの少量を仕入れてひと蒔きし「売れた量だけ仕入れる」を繰り返せば、「値下げ」は極小化され在庫は高速で回転する。スーパーマーケットの生鮮品や日配品では週サイクルの回転が必定だが、アパレルでも生鮮的な産直調達が可能なら、最盛期のメーカーズシャツ鎌倉やセシルマクビーのような2週サイクル回転、ポイント時代のアダストリアや同時代のしまむらのような4週サイクル回転が成り立って「値下げ」は極小化される。

07年2月期のポイントの在庫回転13.11回、粗利益率60.3%(交叉比率790)、同期のしまむらの在庫回転14.23回、粗利益率30.9%(交叉比率440)という高効率も、当時の国内産地や韓国産地を活用した短納期調達ゆえのマジックであって、それら産地背景が崩れた今日では昔話でしかないが、崩壊する産地にアパレル企業が設備投資して再構築し短納期生産体制を維持拡張したケースがある。染色整理工場とオンラインCADCAM、部材資材供給と製品回収のミルクラン物流、プレス仕上げと物流加工というコア工程とPLMに投資して、崩れかけたスペイン・ポルトガルの繊維産地を短納期生産コンビナートに再構築したのがZARAを主力とするINDITEX社だ。

コスパよりタイパと品質を優先して世界最大のSPA企業となり、直近24年1月期も359億4700億ユーロ(5兆4618億円)を売り上げて68億900万ユーロ(1兆346億円)の営業利益(EBIT※)を稼ぎ出し、在庫回転4.93回、粗利益率57.8%(交叉比率285)、営業利益率(EBIT)18.9%と突出した効率でH&Mもファーストリテイリングも突き放している。

 調達コストを最小化するなら「計画生産調達の縦売り※」が理想だが、企画・数量発注から販売までの期間が極端に長くなり(大ロットでは半年以上)、需給のギャップが開いて値引ロスが大きくなる。定番的商品を長年継続すれば週サイクルの販売消化量を予測するアルゴリズムの精度も高まるが、大量調達した在庫を消化するには少なからぬ「値下げ」が必要になる。それでも顧客間口の広さによる売上規模と大型店の効率的運営で販管費を抑えるならユニクロのように高収益が成り立つわけで、確立されたビジネスモデルであることは間違いない。

 現実のマーチャンダイジングでは「当用調達の横売り」と「計画生産調達の縦売り」をどう組み合わすかが問われるのは言うまでもなく、それは物流体制や店舗のマテハンにまで波及する。「値下げ」を抑制するDB.※手法やVMD編集手法、売価変更手法も奥が深くそれなりの成果も得られるから機会を改めて紹介したいが、調達と販売の連携という根本に優るものではない。

※PLM(Product Lifecycle Management)・・・商品の企画・開発から生産・物流、流通・販売、二次流通までライフサイクル全体の流れを戦略的に管理・運用して品質とブランド価値、利益とキャッシュフローを最大化するITマネジメントシステムとされるが、実際の運用では企画・発注側と受注・生産側のオンラインCADCAM連携が要となる。

※縦売りと横売り・・・同一品を補給して大量継続販売するのが「縦売り」、バラエテイを揃えて少量を売り切っていくのが「横売り」。

※EBIT・・・利払い・税引前利益

※DB.(Distribution/Distributor)・・・チェーンストア運営では調達した商品を多数の店舗に最適配分・補給・移動する在庫運用業務あるいはその責任者を指す。

 

 

 

 

 

 

 

 

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