小島健輔の最新論文

Japan Innovation Review(JBpress)
『「高まり続けるEC化率」を喜べないアパレル業界の不合理な因習』
(2023年06月23日付)
小島健輔 (株)小島ファッションマーケティング代表取締役

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 ほんの一昔前まで試着もできないネット通販(EC)でアパレルを買うなんて酔狂沙汰と思われていたのが、スマホの普及とともにあれよあれよと拡大。行動規制で店舗から足が遠のいたコロナ禍では爆発的に成長し、売上の過半をこえるブランドや企業も続出した。コロナが五類に移行して行動規制もなくなり店舗販売も急速に回復しているが、ネット通販はアパレル購入の2割を超えて定着している。ネット通販の拡大を許した背景には店舗販売の不便な「因習」もあったのではないか。

 

■急拡大したアパレルのネット通販 

  経済産業省「電子商取引に関する市場調査」に拠れば、21年の「衣類・服飾雑貨」のB2C(消費者向け)EC販売額は2兆4280億円と前年から9.35%伸び、小売シェア(EC比率)は21.15%と2割を超えた。コロナ禍の行動規制で店舗売上が激減した20年の16.25%増からは減速したが、19年まで3年続いた7%台の伸びに比べればまだ勢いがあった。20年のEC急拡大はコロナ禍の行動規制に加え、20年7月から始まった買い物袋の有料化も影響したと思われる(通販品は過剰なほどの「無料」包装で届く)。

22年の調査結果公表は8月末頃になるが、急拡大の反動と店舗回帰で3%前後の伸びに留まったと思われる。それでも19年比で8掛けに留まった衣服・身の回り品の小売総額と対比すればEC比率は22.7%ほどに上昇している。

世界の衣料品EC比率は40%に迫っているという統計もあるがBOPISも含んだもので、ネット注文と宅配で完結する「衣類・服飾雑貨」ECは我が国ではせいぜい30%が限界ではないかと思う。それでもスマホ普及前(iPhone 3Gの日本初上陸は08年7月11日)の09年の「衣類・服飾雑貨」EC比率が3%にも届かなかった(「電子商取引に関する市場調査」では3379億円だった)ことを思えば隔世の感がある。

ECがここまで拡大したのは何時でも何処でも注文できて都合の良いところで受け取れる利便に加え、店舗販売の不便な「因習」が禍したことも大きかったのではないか。ECが確立した便利なUI手法(検索利便やビジュアル表現、購買履歴や個人情報に基づくサイズやコーディネイトのレコメンドetc.)が新たな購買慣習を広げたと見るべきだろう。逆に言えば、そんなUI手法が店舗で提供されるようになれば、宅配運送の逼迫と料金高騰もあってBOPISや取り置き試着を軸に店舗回帰が進むと考えられる。

※BOPIS・・・Buy Online Pick-up In Storeの略称で、ECで発注して店舗で受け取るショッピングスタイル。Curbside pickup(駐車場受け取り)もその一種。

※UI(User Interface)・UX(User Experience)・・・顧客接点・顧客体験

 

■プライスタグは隠すもの

 アパレル店舗販売の「因習」の最たるものはプライスタグを執拗に隠す業界慣習だ。見た目が格好悪いと言うのがその理由だが、タグの形状や取り付け位置・取り付け方次第だと思う。取り付け位置も各社で統一されているわけでもなく、アイテムやデザイン、サプライヤーでバラバラで、お客は上から下から商品を弄って探すことになる。多くの商品を見比べていくには不要に手間取るし、プレゼントなどで男性客がスカートの中を弄る姿は尋常では無いだろう。

 プライスタグと言っても価格だけでなくサイズや素材、原産国などが記載されていれば便利だが、必ずしもそうはなっていない。素材や原産国は洗濯タグに記載することが多く、プライスタグに記載されていないと二度手間で服の内側を弄ることになる。

 サイズもMとかLとかの表記のみで、ECのささげ情報のように各部位の寸法が絵型に表示されているわけでも、サイズアプリがフィットするサイズをレコメンドしてくれるわけでもなく、色展開とサイズ展開の全体が図表示されているわけでもないから、逐一、販売員を呼んで色違い・サイズ違い在庫を問い合わせ、試着してみるしかない。お客の不便に加え、店も多くの販売員を配置し、フィッティングルームに面積を割かねばならないから、人時コストは肥大し売場が圧迫される。

 ネット販売の感覚では、それらは購買を妨げる立派な「カゴ落ち」要因だが、そう気づく事業者など滅多に見たことがない。お客の不便は解消されることなく、運営コストも垂れ流されるままだ。これまで幾度もクライアントにそのことを指摘し、「ささげタグ」の導入を提案して来たが、未だ一社も導入に踏み切っていない。プライスタグを見せることさえ躊躇する不思議な業界だから、目立つ「ささげタグ」など検討の余地もないのだろう。

 「ささげタグ」はキャッチコピーと価格はもちろん、サイズやカラーの展開、各サイズの実寸表記、素材の混率と洗濯方法、物性までECサイトのささげ情報を印刷したタグで、コーディネイト提案や類似商品の紹介などまで見たければ印刷されたQRコードをスマホでスキャンすれば良い。相当に大きくないとこれだけの情報は印刷しきれないと思われるかもしれないが、名刺サイズの裏表、あるいはその二つ折りなら十分に収容できる。

 

■接客販売スキルの低下

 もう一つの「因習」は情報もスキルも乏しい販売員のアプローチだ。こちらのことを知りもしない販売員にピントのズレたアプローチをされても戸惑うだけで、鬱陶しく感じる時もある。個人情報や購買履歴は知る由もないが、デザイン毎の色・サイズ展開や在庫情報も疎いとなれば、自分でショールーミング(スマホでECサイトに行って調べる)したほうが手早いから、ますます鬱陶しくなる。

 かつてはお客を一見しただけで体型やフィットの好み、テイストやコーディネイトの嗜好まで掴み、服の素材特性はもちろんパターンや縫製まで解ってアドバイスし、店舗はもちろん他店や本部の在庫情報、次の入荷予定や近々のマークダウン予定まで即座に答えられる凄腕の熟練販売員もいないではなかったが、00年6月の「大店立地法」施行以降は状況が一変した。商業施設開発・運営の規制緩和で急増した店舗面積と営業時間の延長でアパレル業界は慢性的な販売員不足に陥り、スキルの乏しい未経験者が大半となって接客の水準は目に見えて落ちて行った。02年から08年で新設商業施設の店舗面積は2.36倍に急増、主要アパレルチェーンの出店数は3倍近くに増え、主要SCの営業時間は2時間も延刻されて二交代勤務が必須にななったから、熟練販売員を充当するのは不可能だった。

 そんな現実に接して消費者はアパレル店舗の接客に失望し、セルフで効率的に買える「ユニクロ」などの量販店やEC以前の通信販売、黎明期のネット通販に流れたのではないか。「ユニクロ」の国内売上は00年から08年で倍増し、通販業界の衣料品売上(ECも含む)は06年の7,526億円から11年には12,282億円に伸びて衣服・身の回り品小売総額に対するシェアも11.49%に達したから(ECがそのシェアに届くのは17年)、そんな推察も成り立つ。

 

■店舗にもUIアプリが必要だ

 実物を見て触って試せないネット通販では3Dビジュアルや動画、サイズレコメンドやスタイリングレコメンドのUIアプリを駆使して不便を解消しているが、店舗販売では販売員の奮闘に任せっきりで、繁忙時には「カゴ落ち」が頻発している。一部の実験的なOMOストアを除けば、ECで駆使されているようなサイズレコメンドやスタイリングレコメンド、類似商品レコメンドは望むべくもない。

 前述した「ささげタグ」のQRコードをスマホでスキャンすればECサイトに飛べるから、スマホで自分を撮って幾つか質問に答えればUIアプリのレコメンドを得られるし、発声やテンキー入力でAIやリアル販売員とチャットすることも出来る。ストアアプリ(当然ながらECやSNSと一体)をダウンロードして登録したメンバーなら、インストアモードで新入荷キャンペーンやクーポンなどジャストな店舗情報はもちろん、個人情報や購買履歴からより的確なレコメンドが得られる。リアルタイムのOMOならストアアプリ顧客の店内行動は店舗の販売員にも共有されるから、顧客がアプリから販売員を呼べばピントの合ったサポートが可能だ。

  スマホからECサイトに飛ばなくても、店舗のミラー型デジタルデバイスに映してサイズレコメンドを得たり、こちらと向こうを同時に映して店舗にいないスタイリストや販売員と双方向にコミュニケーション出来る。コロナ禍の米国でエクササイズの対面レッスンが困難になり、インストラクターがリモートでホームレッスンするデバイスとして開発されたもので、ルルレモンは早速、開発したミラー社を5億ドルで買収し、窮地に陥ったストアアンバサダー(多くはローカルのフリーランス・インストラクター)の支援に活用した。

https://www.mirror.co/shop/mirror/

※OMOストア・・・ショールーミング(店舗からネットへ)とウェブルーミング(ネットから店舗へ)の双方向の情報を駆使してUI・UXを高めるDX装備のストアで、ウェブルーミング(BOPISと取り寄せ試着)方向とショールーミング(サンプル試着でFC出荷)方向のバランスで性格が異なる。

 

■試着は本当に必要か

 ネット通販に対するリアル店舗の最大のアドバンテージは商品を見て触って試せる(試着できる)ことだが、逐一試着しては疲労困憊してショッピングを完遂できなくなってしまう。そんな経験をされた方も少なくないのではないか。ならば、本当に試着が必要な数点に絞り込むまではアプリのレコメンドや仮装試着で済ませる方が合理的だ。

 アプリのレコメンドについては前述したが、店舗では現物の商品を使って手早く仮装試着する方法がある。アパレルメーカーのサンプル検討会などでは一般的に行われている方法で、規格サイズのトルソーに着せてフィットやシルエットをチェックすると言う直感的なものだ。実際の試着に比べれば手間も疲労も格段に軽く、直感的な分、即座に判断が可能で、多数の候補の中から絞り込むには手っ取り早い。

 フィッティングルームは必要数を揃えないとピーク時の試着待ちで「カゴ落ち」が発生するが(某パンツショップはそれもあって顧客が離れた)、そんなに並べてはスペースを取って売場が圧迫されてしまう。ならばフィッティングルームは必要最低数に抑え、その横に各サイズの「お試しトルソー」を置いてみてはどうか。サイズ規格が確立している「ユニクロ」や「GU」はもちろん、レジ横のフィッティングが限られる「しまむら」でも効果は大きいと思われる。規格サイズのS、M、Lで合う人なら、それで十分かも知れない。

 フィットを試すのなら現物を使うそんな方法がある一方、イメージを膨らまして買い気を高揚するのなら3Dアバターモデルを使ったランウェイ・ウォークという方法もある。顧客の3D写真と要望(カワイイとかスタイリッシュとか)から体型やイメージの近い3DアバターをAIが即席でモデリングし、好みの曲と振り付けを選べば※ランウェイ・ウォークやダンシング・パフォーマンスを見せてくれるというもので、高級ブランドやデザイナーブランドでは実効性があると思われる。AIの開発が急進する中、手軽に使えるようになるのも時間の問題だろう。

※アバターモデルを駆動する方法は、ダンサーが慣性センサーを装着して踊ったデータを使うモーションキャプチャー方式、CGソフトのプログラムで動かすMMD(MikuMikuDance)方式がある。

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