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『小島健輔が解説「アパレル業界のDXはなぜ、分断と混迷を抜け出せない?」』
(2023年03月24日付)
小島健輔 (株)小島ファッションマーケティング代表取締役

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コンビニやSM、DSやHCなど大手小売業で急進するDXだが、アパレル業界はEC&アプリ軸のOMOというCRM(顧客マネジメント)、3D・CADCAM軸のPLMやEDI軸のVMIというSCM(サプライチェーンマネジメント)、果ては位置付けの怪しいメタバースなど各分野の個別対応でDXが進む中、最大のコストセンターたる店舗運営や物流のDXが後手に回ってコストが肥大し、各分野の様々なASPと繋がって継ぎ接ぎだらけになった基幹システムがクラウドシフトに直面して抜本的な再構築を迫られている。

 

■コロナ下で急伸したECとOMO

 20年春から3年も続いたコロナ禍で衣料・服飾の店舗販売が低迷する中(回復が進んだ22年計の商業動態統計でも19年比20.7%減)、アパレル業界は採算度外視でEC拡大とSNS活用に注力し、E2Cプレイヤー化した販売員経由やアプリ経由の売上が急増。一息付いてからは店舗再生のOMOへとシフトし、店舗在庫表示や店舗取り置き試着、店受け取り(BOPIS)でEC顧客の店舗誘導を進めている。

 衣類・服飾雑貨のEC比率はコロナ前19年の13.87%から20年は19.44%、21年は21.15%と急上昇し(経済産業省「電子商取引統計」)、店舗販売の急落もあって大手でも20年はEC比率が過半を超えるケースが続出したが21年には落ち着き、22年はEC伸び率の鈍化と店舗販売の回復でEC比率はわずかな上昇に留まったと推計される。23年は規制の終了による外出機会の拡大やリベンジ消費、インバウンド復活や新鮮トレンド希求で店舗回帰が加速し、EC比率は中国や欧米のようには伸びず23%前後で足踏むのではないか。

 店舗販売回復の一方で調達コストや光熱費、物流費、人件費のインフレが加速し、採算度外視で広げたECやUI関連ASP、SNSやネット広告、物流の費用を見直すとともに、RFタグや画像AIによるセルフ精算やフェイス管理自動化など店舗運営の人時生産性向上へと、ようやく目が向き始めている。

※E2Cプレイヤー・・・・SNSやECを通して顧客に働きかけるスタッフ・インフルエンサー

 

■SHEINが煽った3D・CADCAMとPLM導入

  CADCAM導入は90年代から始まってはいたが生産段階の一部にとどまり、企画〜生産〜流通を一貫するPLMへと発展したのは90年代末のINDITEXなど欧米企業からだったと記憶している。導入が遅れていた我が国アパレル業界が動き出したのは、Blenderなどグラフィック3Dソフトに遅れてCLOなどアパレル向け3D・CADソフトが導入され始めた19年頃からで、行政の助成金も活用して工場へのCAD・CAM導入も進み始めた。

 そんな流れを煽ったのが、中国発の急成長ファストファッション越境EC「SHEIN」のDX装備スーパーファストサプライだった。最新のAIサポートによる高速企画と3D・CADCAMを駆使した小ロット短サイクル高速反復生産(自動ブレーキの感覚に近い)、実サンプル/3Dグラフィックサンプル掲載先行とSAL便・航空便の使い分けによる受注先行の実質無在庫販売、国際郵便小包での消費者直送による関税・消費税の回避、ローカルのインフルエンサーやアフィリエイターを活用したSNS浸透マーケティング・・・・によるロスとコストを極限に抑えた低価格、圧倒的な鮮度とバラエティで急成長を続け、22年の売上高は52.8%増の227億ドル(約3兆円)、流通総額は300億ドル(3兆9340億円)に達したと伝えられる。

 そのSHEINが日本向けECサイトを開設したのが20年末。公式インスタグラムのフォロワー数を米国と比較して単純計算したアバウトな日本市場の売上は21年で1400億円、22年では3600億円に達した。世界流通総額が4兆円近いのだから、3600億円はともかく3000億円近くは売ったのではないか。H&MやZARA、GAPなど主要外資アパレルチェーンの日本国内売上を合計しても1340億円ほどで、国内大手のGUでも2460億円(22年8月期)に過ぎないから、爆発的な売上を国内アパレル事業者が脅威に感じたのも当然だ。

 国内アパレル事業者は競って商品開発に3D・CADを取り入れ、商社やOEM事業者などサプライヤーも3D・CADCAMの導入を加速してPLM(製品ライフサイクル管理システム)を導入し、素材や製品のB2Bトレード・プラットフォームも広がっていった。

 

■出遅れた店舗のDX

  店舗のDXはオムニチャネルなCRMをベースとしたiD-POSによるUI(ユーザーインターフェイス)/UX(ユーザーエクスペリエンス)、RFタグやAIカメラによるセルフ精算やフェイス管理・ストック管理の自動化、BOPIS商品のロボットピッキングなどのストア・オートメーション、iD-POSとAIカメラ、電子棚札などを連携したストアのリテールメディア化の三分野がある。

 iD-POSによるUI/UXはECと店舗を連携するアプリの浸透率が高ければバーコードでも精算段階では機能するが、入店段階から機能させてリテールメディア化するにはアプリの起動を促す利便性と実利性の仕掛けが必要だ。商品検索・位置表示やクーポン発行などのメリットが期待できる大型店舗ならともかく、一般のアパレル店舗では動機付けに限界があり、精算段階の活用に限定されている。

 セルフ精算はiD認証とバーコードのセルフスキャンにAIカメラによる監視を備えれば容易で、スマートカート方式とセルフレジ方式が並行しているが、アパレル分野ではAIカメラ付きセルフレジが現実的だろう。RFタグ一括読み取りならスピーディだがタグ付け替えの監視が必要で、AIカメラによる商品画像のデータベース照合が欠かせない。それでもハリネズミのようにAIカメラを網羅して行動解析する設備投資と演算負荷に加えて人間のバックアップも要するamazonGo(コンビニサイズで設備投資が200万ドル、ランニングコストが月に15,000ドルと聞く)に比べれば、スマートカート方式もセルフレジ方式も極めてお手軽で実用的だ。

 セルフ精算でもフェイス管理でも画像データベースとの照合が欠かせないが、グロサリー商材やドラッグ商材では画像データベースのクラウドサービスが普及しているから逐一撮影する必要はない。アパレル商品とりわけオリジナル商品では撮影と登録が欠かせないが、今時はECやSNS用に多角度撮影するのが必然だから余分に手間がかかるわけではないだろう。

 BOPIS商品のロボットピッキングはウォルマートやZARAの実験店で試みられたが、定着したとは言い難い。FC(出荷倉庫)でのピッキングはともかく、FCから店舗に届いた配送形状品や試着取り寄せ品、店在庫から引き当てる商品にはロボットピッキングは非現実的だ。スーパーマーケットやコンビニでは逆の棚入れ自動化が幾度も試みられたが、フロントからもバックからもスペースを要し、缶やペットボトルの飲料から広がってはいない。

 

■DXの肝は目的と手段の見極め

店舗運営に限らずDXは目的と手段が交錯しがちで、手段が先行して無駄な投資をしたり、使えないシステムのレガシーや減価償却に足を取られてライバルに立ち遅れてしまうことがある(「リープフロッグの罠」)。顧客利便と生産性の向上という目的をぶらさず、各分野の実用技術革新を睨んでコストと効果のバランスを見極めるべきで、新技術に飛び付いて「リープフロッグの罠」に嵌るより、一歩引いて実用技術の進展やASP(クラウドサービス)の登場を見極める方が賢明かも知れない。

店舗運営のDXではRFなどタグ技術と画像AI技術の使い分けが要で、顧客の店内行動を追ってハリネズミのようにAIカメラとセンサーを配置する初期のデジタルストアは重装備・高ランニングコストが足を引っ張って普及が遅れるうちにレガシー化し、RFタグ一括読み取りのセルフレジは低価格商品ではコスト負担が重くて普及に限界があり、タグ付け替えのリスクも抱えてしまう。

画像データベースのクラウドサービスで商品画像のAI照合が手軽にできるようになった以上、RFタグ一括読み取りセルフレジにAIカメラを装備すれば商品画像の照合でタグの付け替えを防止できるし、バーコードをセルフスキャンするセルフレジでも上部にAIカメラを装備すれば容易にスキャン回避を防止でき、顧客にバーコードを探させる愚を犯すことなく画像照合で購入商品を特定できるからレジ通過速度が格段に速くなる。

流行りのメタバースにしても、ヘッドギアやモーションキャプチャーを装着する没入型は高額な費用と体力消耗で一般普及が進まず、工業分野や建築・インテリア分野、メディカル分野などの産業向けVR(デジタルツイン)が先行し、オンラインRPG(ロールプレイングゲーム)やマッチングアプリから発展した「あつ森」式の非没入型アプリサービスが桁違いの規模と速度で伸びている。

先行するプレメタのVTuberビジネスにおいても、モーションキャプチャーフル装備の3D技術にこだわったカバー社(ホロライブ)がVTuber人気世界ランキングのベスト10を独占しても設備投資負担で高収益化が遅れ、軽装備の2D技術で早期に高収益化したANYCOLOR社(にじさんじ)がIPO(東証グロース)も先行した。

※ANYCOLOR社の上場は22年6月8日、カバー社の上場は23年3月27日

 

■継ぎ接ぎだらけで脆弱化したERP

 在庫管理(POS)と財務管理を両軸としたシステムベンダー依存のERPに、ECとOMOの拡充に伴うOMS(受注管理)やWMS(倉庫管理)、CRM(顧客管理)のASPが幾重にもつながる一方、3D・CADを軸とした PLMも加わり、開発言語も理念も世代も大きく異なるシステムの継ぎ接ぎとなったアパレル企業(に限らないが)の情報システムはメインテナンスやパフォーマンスはもちろんセキュリテイも極めて脆弱で、手直しを続けても限界が見えている。大きなトラブルが起きる前に(すでに頻発しているが)ゼロから再構築しないとシステム停止が事業の停止を招きかねない。

 最近のシステムトラブルやサイバー攻撃によるシステム停止は短期の復旧が難しく、数週間あるいは月単位に及ぶこともあり、その間、EC受注や物流が停止してしまえば損失は多岐に及ぶ。今年1月18日に露見したアダストリアの不正アクセス事件では自社ECサイト「ドットエスティ」の休止は8日間で収まったが、2019年にユナイテッドアローズがECシステムのリプレイスに失敗して自社ECが休止したケースでは休止期間が2ヶ月半にも及んだ。

一度システム停止が起きた時の損失は計り知れず、某銀行のように中途半端な手直しを続けてはトラブルが多発して損害が広がり信用も損なうから、いずれ覚悟を決めて全面再構築を決断するべきだろう。

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