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商業界オンライン 小島健輔からの直言
『プライシングと値引きロス圧縮に極意はあるか?』 (2018年11月02日付)
小島健輔 (株)小島ファッションマーケティング代表取締役

 ハイ&ローかEDLPか、期中値引きか期末処分か、キックオフかマークダウンか……、価格政策やプライシング・テクにはさまざまな考え方や手法があって、需給はもちろん、事業規模や競合関係、顧客や仕入先との関係性も複雑で、「正解」を見いだすのは極めて難しい。そんなプライシングに「極意」はあるのだろうか。

需給と賞味期限が価格を左右する

 価格を決める基本3要素は「需要と供給」「タイミング(鮮度)」「提供利便」だが、売り手にとっては「資金繰り」も少なからず関わるかもしれない。

 最大要素は需給関係で、需要が上回れば価格はインフレし、供給が上回ればデフレする。需要も供給も先が読みにくく変化が激しいが、流通段階で“競り”的需給調整が機能すれば店頭での振れ幅は抑制できる。流通段階で“競り”機能が働かなければ小売段階だけで需給ギャップを解消するしかなく、極端な投げ売りや高騰が生じやすい。生鮮食品では“競り”が機能するし、短サイクルな生産調整が働く工業製品でも多少はズレながらも需給ギャップが解消されるが、リードタイムの長い水平分業商品ではズレが数カ月にも及んで“賞味期限”が尽き、大量の廃棄が生じることも珍しくない。

  “賞味期限”が迫れば値引きしてでも売り切る他はなく、生鮮食品や日配商品は時間単位の勝負、衣料品など季節商品は週単位の勝負になる。“賞味期限”の限られる商品ではタイミング(鮮度)が価格を左右するから“賞味期限”管理が不可欠な売場作業になるが、食品では常識でも衣料品の売場では全く管理されていない。本部はPOSで掌握していても売場ではアバウトにしか掌握されず、本部が店間移動や値下げを決断して初めて探されピッキングされる。ホントは食品売場のように、その前にピッキングして“売り切り編集”にかけるべきだが、そんなスキルのある衣料品売場は滅多に見掛けなくなった(当社で11月7日に開催する『VMD技術革新ゼミ』で詳しく教えます)。

 ICタグは棚卸しやセルフ精算に役立つのに加え、賞味期限管理にも効果を発揮する。「レコピック」のようなリアルタイムRFID棚管理システムだと盗難防止や賞味期限管理も同時にやってくれるから、食品だけでなく衣料品でも活用すべきではないか。

提供方法も価格を左右する

 顧客がピッキングと持ち帰りの労働を負担する店舗販売が最も安く販売できるはずだが、店舗の不動産コストと運営コスト、在庫の負担とロスがそれを帳消しにし、宅配コストを効率的なフルフィル・プラットフォームで吸収するECの方が安くなって消費の移動を招いている。ECとて受け取りを急げば店舗より高くつくが、都合のよいところへ速く届けてくれる利便に顧客はアップチャージを厭わない。

 もとより店舗販売は時間に余裕のあるサラリーマン家庭の主婦層を主対象にほんの百年ほど前から主流となった小売形態で、それ以前は御用聞きや棒手振りが自宅や職場に届ける訪問販売が主流だった。チェーンストアが勃興する直前の20世紀初頭には欧米日で今日のECブームのような通信販売ブームがあったことも記憶にとどめるべきだろう(筆者の近著『店は生き残れるか』に詳しい)。近年は自分で選び探す手間も厭う人が増え、食材サービスやスタイリストサービスが選んだ商品セットを活用する人も珍しくなくなった。それら“時間節約サービス”には当然、サービスコストが乗せられるが、それが受け入れられ広がっていることも正視すべきだ。

 価格は購買労働(選択/ピッキング/持ち帰りなど)の分担によっても左右されるから、少子高齢化が急進して核家族的家事分担が崩れていく中、時間節約な購買サービスも含め、価格は多様化していく。提供方法やタイミングで同一商品の価格が異なるのは当たり前になるのだから、「一物一価」「正価販売」など時代錯誤な価格政策にこだわってはいられない。

プライシング政策とハイテク

 ハイ&ローかEDLPかは価格政策の永遠の課題のようにいわれるが、EDLPは圧倒的寡占企業のみ可能な例外だから選択の余地がない。消費心理学でも比較購買と囮の効果は証明済みで、ハイ&ローと二重価格表示は不動のプライシング政策といわざるを得ない。

 二重価格表示については景品表示法の規制があるが、消費者庁による摘発は不自然に恣意的で、野放しで不正な成功を謳歌する企業もあれば些細な難癖をつけられて困惑する企業も見られる。二重価格のみならずPOPやアフィリエイトには「有利誤認」を仕掛ける荒技が氾濫しており、消費者保護もいたちごっこを強いられているから止むを得ないのかもしれないが、正直・公正な小売業者としては憤まんやる方無い限りだろう。

 二重価格はともかく粗利ミックスなハイ&ローや囮価格はプライシング・スキルの問題で、賞味期限も絡めばマークダウンやキックオフのタイミングや使い分けが問われる。

 需給と賞味期限が価格を動かすのは航空券や宿泊施設とて同様で、ネット予約の一般化とともに平日と週末、オンシーズンとオフシーズン、早割や逆のギリ割、席/部屋タイプや顧客タイプによるダイナミック・プライシングも定着し、AIによるパーソナル・プライシングさえ始まっている。ECでも需給や賞味期限によるタイムセールやクーポンが乱発気味で、AIによるダイナミック・プライシングやパーソナル・プライシングが一般化するのも時間の問題だろう。

 店舗販売が後手に回れば売上げを奪われるのは必定だから、店舗のプライシングもECサイトと自動連携され、棚の電子値札やタグのスキャニングで即時に売変されるのが日常風景になるのも秒読みではないか。販売がオムニチャネル化しても売変はズレますでは済まされないだろう。

プライシングの極意は?

 タイミングや値下げ幅はAIを駆使するにしても、プライシングのスキルはマークダウンとキックオフ、まとめ割引(ホリューム・ディスカウント)の使い分けに尽きる。

 マークダウンは不可逆的値下げだが、キックオフは実施期間が過ぎれば元の価格に戻す一時的な値引きで、立ち上げ直後(景品表示法で2週間の正価販売を要する)の勢い付けや販売ピーク前後の消化計画達成に使われる。売れ残ってから期末に値引きするより期中にキックオフや小幅の値引きで機動的に消化を図る方が歩留まり率は格段に高く、当社主宰SPAC研究会メンバーでは値引きロスで5.6ポイント、商品回転で1.9回転もの格差があった。「見切り千両」とはよく言ったものだ。まとめ割引は客単価アップに効果的だが、売れ残り品番にECみたいなセット買いクーポンを付けてコーディネイトに組み込むのも効果的ではないか。

 もっと劇的に値引きロスと残品を圧縮するのが、不振SKUのみ二次展開店舗に移動して値引き販売し、残したSKUはプロパーで売り切る手法で、当社主宰SPAC研究会メンバーの平均で7.1ポイントも値引きロスを減らす効果があった。やったことのない企業には想像がつかないかもしれないが、営業利益率を5ポイントも引き上げる“戦術核兵器”なのだ。

 AIやITのハイテクも現場のリアルな運用につながらないと実効をあげられない。まずはトップや大幹部が自ら売場に立って“売り切る”再編集スキルや二次展開店舗移動を実証するのが先ではないか。 

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