小島健輔の最新論文

商業界オンライン 小島健輔が警鐘
『スマホ決済も“無人店舗”も幻想に終わるか』 (2019年08月26日付)
小島健輔 (株)小島ファッションマーケティング代表取締役

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 7Payの大失策でスマホ決済そのものの普及も怪しくなってきた。不正利用の不安に加え、あまりの乱立で使い勝手が悪くレジで手間取り、キャンペーンに乗せられて登録しても使っていない人が多い。加えて、中国ではスマホ決済と一蓮托生の“無人店舗”まで実用性が怪しくなっている。

スマホ決済乱立で共倒れか

 経産省の「キャッシュレスビジョン」を契機に火がついて、10月の消費増税に絡むキャッシュレス還元へ向けて乱立が加速するスマホ決済だが、このままでは使い勝手の悪さから共倒れになって普及も頓挫しかねない。

 わが国のキャッシュレス決済では後払いのクレジットカードや即引き落としのデビットカード、手軽で素早い流通系や交通系のプリペイドICカード(キャリア系などポストペイ型もある)が普及しており、操作が手間取るスマホ決済がいまさら必要か当初から疑問視する声もあった。それが予想を上回る乱立となってQRコードの規格統一も難航する中、7Payが立ち上げから不正利用で行き詰まって廃止を決めるに及び、普及機運の熱気も冷めた感がある。

 スマホ決済は中国系のアリペイやウィーチャットペイはともかく、ソフトバンク系のPayPayやLINE Pay、独立系のOrigami Pay、流通系の楽天ペイやAmazon Pay、メルカリのメルペイ、キャリア系のd払いやau Payなど乱立しており、さらに30以上が立ち上げを準備しているといわれる。中国で普及したのは0.55%という手数料の低さやECでのエクスロー決済機能に加え、アリペイとウィーチャットペイの二者択一に収斂したからで、幾つものアプリから選択して立ち上げるのにまごつく必要がなかったことも指摘したい。

 7月9日の当サイトで『スマホ決済は便利でも有利でも安全でもない』と指摘したように、わが国のスマホ決済は面倒臭いだけで突出した魅力がなく、各社の登録キャンペーンや消費増税のポイント還元が終われば潮が引くように忘れられかねない。乱立で面倒さにも輪がかかれば、ますます普及が遠ざかることになる。

 PayPay(株)の19年3月期決算は開発費用に導入キャンペーンコストも加わって367億円もの巨額赤字を計上し、共同出資しているヤフーとソフトバンクグループは19年3月期連結決算でそれぞれ183億円の持分法投資損失を計上している。ヤフーは19年4〜6月期にも57億円の損失を計上しているから、PayPayの赤字は拡大している。LINEもLINE Payの先行投資で19年6月中間連結決算が266億円の最終赤字に転落、メルカリもメルペイと米国事業への投資がかさんで19年6月連結決算で137億円の最終赤字を計上している。

 乱立するスマホ決済各社が同様なコストをドブに捨てることになれば膨大な損失で、キャッシュレス大国の掛け声も死屍累々の前に頓挫してしまう。まさに“乱立”で共倒れという状況なのだ。

“無人店舗”も怪しくなってきた

 スマホ決済が頓挫することになれば、一蓮托生の“無人店舗”も怪しくなってくる。既に中国では、雨後のタケノコのように乱立した“無人店舗”が認証システムの面倒、人的サービスや品揃えへの失望から人気が離散し、次々と“有人運営”に回帰しているという。

 筆者の近著『店は生き残れるか』で指摘したように、無人店舗の実態は“無人精算店舗”であって、搬入・棚入れ・補充整理などマテハン作業は無人化できない。決済も精算確認(盗難防止)もICタグとセルフレジの進化で十分に対応可能で、ID認証や画像解析AIの大仕掛が本当に必要か疑問を否めない。顧客データマーケティングには必要でも決済と精算の無人化には必須ではない。ならば、客数が多いコンビニやスーパーマーケットではスマホ(ID)決済よりはるかに素早いICカード決済の方が適している。

 実際、“無人店舗”の元祖たる「Amazon Go」にしても、多数のカメラによるAI画像解析は膨大な処理能力を要し、初期はゲートを出てからスマホに決済明細が表示されるまで30分近く要していた(今も2〜3分かかる)。それでいてマテハンやフードサービスはもちろん、利用方法の説明に有人店舗以上の従業員を要しているから、無人運営や省人時運営が目的でないことは明らかだ。

 ましてや、お試しや受け取り、近隣宅配のラストワンマイルC&C拠点として活用すれば、ますます人手を要する。C&Cで逆襲するウォルマートに対抗するには3000カ所でも不十分だし(ウォルマートも自社店舗以外にC&Cデポを増やしている)、バックヤードも含め店舗規模も小さ過ぎる。やはり、真の戦略目的は他にあると見るべきだ。

「Amazon Go」の深慮遠謀

 無人運営には遠く採算性も疑わしい「Amazon Go」を全米に3000店舗も展開せんとする本当の目的は、おそらく他にある。ITビジネスでは表のサービスと収益の源泉が異なるのは珍しいことではなく、無料のSNSサービスの裏で広告やパーソナルデータ活用で高収益を稼ぐなど典型だ。

 そんな視点で見れば、「Amazon Go」の本当の目的は膨大なデータ処理能力を要するAI画像解析無人精算店舗の開発を小売業界に競わせてAWS事業の売上げを飛躍的に伸ばさんとする深慮遠謀なのかもしれない。実際、同社は「Amazon Go」のシステム外販を計画している。

 もとよりアマゾンの社是は『ECで消費者利便を最大化する』ことであって収益は二の次であり、ECの低収益(海外EC事業は万年大赤字)をAWS事業の高収益で支えているのが現実だから、ありえない話ではない。むしろ正鵠を射ているのではないか。

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 そんな策謀に乗せられて無人店舗に膨大な投資を競ってはアマゾンの思う壺で、83年の西友能見台店メカトロスーパーを笑えなくなる。西友のメカトロスーパーは当時のマテハン・オートメーション技術を駆使した歴史に残る大真面目な“大実験”で失笑すべきものではないが、後方スペースが売場面積を圧迫するなど実用性に課題があり、多店化するには至らなかった。その後方自動補充システムが今日のコンビニに生かされているように、「Amazon Go」のAI画像解析無人精算システムもデータ処理効率を高めて広く活用されるようになるだろうが、マテハンもカバーする“無人店舗”には永遠に届かないだろう。

“無人店舗”への現実的なアプローチ

 店舗運営効率化のキーテクノロジーはICタグと画像解析AIであることは間違いないが、マテハンの効率化には物流やIoTなサプライチェーン連携も含めてICタグが欠かせない。画像解析AIの進化も目覚ましいがICタグの低価格化とスキャン技術の進化も加速しており、困難とされてきた個品探索も容易になるなど使い勝手が格段に高まっている。

 顧客行動データマーケティングを別とすれば、ICタグと連携したセルフレジと防犯システムで“無人決済”のみならず“無人精算”を確立し、マテハンの課題はICタグ活用による店舗作業の効率化とC&CやIoTによる物流総体の効率化に委ね、画像解析AIがそれらを捕捉するというのが現実的なアプローチではないか。

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