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WWD 小島健輔リポート
『銀座店も退店「ギャップ」凋落はなぜ?市場と調達、組織の3要員を分析』
(2023年07月03日付)
小島健輔 (株)小島ファッションマーケティング代表取締役

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 87年に自らを「SPA」と宣言した元祖として知られる米国ギャップ社が長い迷走の果てに戦線を縮小している。日本法人もこの7月31日で最後に残った旗艦店「GAPフラッグシップ銀座」を閉店する。同社は次々と海外事業を売却・撤退しており、日本撤退の日も遠くないと囁かれている・・・・

 

■日本撤退は時間の問題か

 ギャップは95年に数寄屋橋阪急内に「GAP」一号店、99年には表参道に「Gap」旗艦店を開設。11年には7月末に閉店する「GAPフラッグシップ銀座」を開設し、15年には「GAP」「Banana Republic」「Old Navy」合わせて推計1060億円を売り上げるまで拡大したが、12年に進出した「Old Navy」53店を17年1月末で撤退。17年には渋谷店、19年には原宿旗艦店を閉店し、今回の「GAPフラッグシップ銀座」閉店で日本に旗艦店は無くなってしまう。

 では日本撤退は時間の問題かというと、否定する材料より肯定する材料の方が遥かに多い。6月26日段階で「GAP」122店舗、「Banana Republic」47店舗を展開して500億円強を売り上げていると推計されるが、販売効率の低さから見て採算は苦しく、本社の事業再構築戦略の如何によっては何時、撤退を決断しても不思議はない。 

実際、不振が続く欧州事業は04年にドイツ事業をH&Mに売却して撤退し、21年9月末には英国とアイルランドの全81店を閉鎖してECに特化し、フランスやイタリアの店舗もFCに切り替えると公表している。昨年の11月には10年に進出して200店以上を展開している「GAP」中華圏事業を、18年末から中華圏のEC運営を委託している中国EC大手の宝尊電昭に最大5000万ドルで売却すると発表している。宝尊電昭とは20年間の独占ライセンス契約を交わし、中華圏で「GAP」製品を企画・生産・広告・販売する権利を譲渡するとしているから、オーセンティックブランズと伊藤忠商事のようなブランド再生事業めいた展開になる。

ならば、日本の「GAP」事業も伊藤忠商事をマスターライセンシーにアダストリアあたりが「フォーエバー21」のリベンジみたいに国内展開を引き受けるといったシナリオが現実的になる。伊藤忠商事に限らず、どこかの商社が直接にフランチャイズ契約するケースも考えられるし、大型区画が大量に空いてしまうイオンモールや三井不動産がその任を引き受けるかも知れない。

いつ誰がどんなスキームで引き受けるかはともかく、もはや日本事業の譲渡・撤退は時間の問題と見るべきだろう。何故ならギャップ社本体の業績がかつてないほど落ち込み、ガバナンスも迷走しているからだ。

 

■成長力も収益力も失ったギャップ社

ギャップ社の直近23年1月期の売上は過去最高の売上となった前期の166億7000万ドルから6.3%減の156億1600万ドルとコロナ前20年1月期の95.7%にとどまり、13年1月期からも99.8%と10年間全く成長していない。「過去最高の売上」と言っても19年1月期の165億8000万ドル、15年1月期の164億4000万ドル、遡れば05年1月期の162億7000万ドルと大差なく、浮き沈みするだけで20年近く成長が止まっている。米国のインフレ率を考慮すれば10年間(27.5%)で売上が8掛け弱、05年から(55.4%)は64掛けになったも同然で、成長どころか衰退したというべきだろう。

 営業利益も、コロナ下21年1月期の8億6200万ドル(−6.3%)の大赤字から8億1000万ドル(4.9%)の黒字に浮上した前期から一転、23年1月期は6900万ドル(−0.4%)の赤字に転落している。近年の営業利益率は7〜9%台を上下し、コロナ前20年1月期は3.5%と既に低水準だった。最盛期の99年1月期には18.1%に達し、16年1月期までは10%前後から13%強を維持していたことを思えば、収益力は見る影もなく落ち込んでいる。

 粗利益率※は最盛期の48〜50%台はともかくコロナ前まで45〜48%前後で安定していたが、販管費率の方は35%未満に抑えて来たのが17年1月期から37%台に肥大し、コロナ前20年1月期は45.2%に跳ね上がっている。コロナ下とコロナ明けのジェットコースターを経て23年1月期は粗利益率が42.9%に落ち込む一方で販管費率は42.5%と肥大したままで、収支いっぱいに追い込まれた。

 商品財務もコロナ前20年1月期の棚資産回転93.6日がコロナ下の21年1月期は117.4日に延び、翌22年1月期は127.3日とさらに延びたが、23年1月期は値引き処分で在庫を圧縮し97.0日まで短縮している。この間、売上債権回転は7〜9日台と大差ないが、棚資産回転が悪化した21年1月期は買掛債務回転を83.5日と32.5日延ばしてCCC(Cash Conversion Cycle)の長期化を回避し、23年1月期は棚資産回転も買掛債務回転もCCCもほぼコロナ前20年1月期の水準に戻している。

とは言え、この間に商品資本の生産性を示す交叉比率は191から141と74掛けに落ち込み、純利益が減少しても赤字になっても配当を継続(減額はしているが)しているため、株主資本は19年1月期の35億5300万ドルが23年1月期は22億3300万ドルと63掛けに減少し、自己資本比率は同44.1%から19.6%に落ちている。それにより、株主資本対運転資金率は20年1月期の67.3%から22年1月期は90.2%、23年1月期は98.4%とかなりタイトになっている。

 財務的にも余裕がなくなっており、最終赤字を容認できる状況ではない。ならば、赤字を垂れ流す海外事業を放置するわけにはいかず、売却やFC転換を急がざるを得ないのではないか。

 

※ギャップ社のPLは我が国と違って原価に店舗家賃を含んでおり、粗利益率は家賃分だけ低く開示されている。よって、家賃分を原価から除外して粗利益率を算出している。

 

■ギャップ社凋落の3つの要因

 ギャップ社がここまで凋落した要因はマーケットサイドとサプライサイド、インサイドの3面にあったと思われる。

 

マーケットサイド

  米国のカジュアルマーケットは「デニム」「チノ」「スウェット(ジャージ)」の3軸とアクティブ・スポーツウエアの「機能合繊」の4軸から成るが、今世紀に入ってはアクティブ・スポーツウエアのアイテムや機能素材がカジュアルマーケットに浸透し、「アスレジャー」のブーム化で「スウェット」も機能的な合繊素材にシフトしていった。こうしてカジュアルの概念は前世紀とは一変してしまったが、その奔流に乗った事業者と取り残された事業者で明暗が分かれた。「ルルレモン」や「ザ・ノースフェイス」(日本ではワークマンやアダストリア)が明の側だとすれば、「GAP」(日本ではライトオン)は暗の側を代表すると言っては厳しすぎるだろうか。

90年代までの米国カジュアルチェーンは「デニム」「チノ」「スウェット」の3軸×メンズ/ウィメンズの6ボックス構造が基本で、最盛期の「アバークロンビー&フィッチ」はMDから店舗構成までそのセオリー通りだった。それはトウィーンズ向けの「アバークロンビー」も同様だった。

「GAP」も90年代初期まではその構造を踏襲していたが、「チノ」はトレンドによる拡縮が激しく「デニム」の拡大で消えて行き、今世紀に入ってセレブデニムのブームがピークアウトしてもロゴ物の「スウェット」を水増しするだけでウエアリングの鮮度もバラエテイも欠き、01年1月期から既存店売上が割り込んで売上が伸び悩むようになった。以降は「OLD NAVY」や海外事業で事業規模を嵩上げしていったが、それも一巡し、15年以降は「アスレジャー」に圧されて「デニム」も「スウェット」も勢いを失っていった。

もしも「GAP」が綿素材の「デニム」「チノ」や「スウェット」に拘らず、機能合繊の「アウトドア」や「アスレジャー」にシフトしていたなら、変貌するマーケットとすれ違って業績を悪化させることもなかったのではないか。

 

サプライサイド)

 ギャップはユニクロがお手本にした古典的なダム型サプライSPAで、リードタイムの長い海外の低コスト生産地で大量に作り溜めし、生産地倉庫→消費地倉庫→店舗と移動して売り減らしていく後方集中配備型ロジステイクスのビジネスモデルだ。大量計画生産で低コストに調達できるが、生産から販売までの期間もプロセスも長く需給が乖離しがちで、翌期も定価販売できるような継続定番品ならともかく、多少なりともシーズン性やトレンド性が加われば需給ギャップで在庫ロス(機会ロス、値引きロス、残品ロス)が嵩んでしまう。DXを駆使しても物理的にジャスト・イン・タイムにもジャスト・イン・ケースにも対応できない化石化したビジネスモデルと言わざるを得ない。

 ユニクロはそんな化石化したビジネスモデルを合繊メーカーや商社などサプライヤーとの製販同盟で擬似VMI化して回しているが、それでも在庫回転は2.56回、交叉比率は125(22年8月期の国内ユニクロ)にとどまる。中央集権的な購買方式とロジスティクスのギャップはサプライヤーのバッファー機能がなく、ダム型サプライのリスクとコストを丸抱えしてしまうが、それでもユニクロを凌駕する3.32回の在庫回転と141の交叉比率(23年1月期)を叩き出しているのは長年磨いてきた業務手順の完成度によるものなのだろう。

 事業モデルの完成度は高くても、「アスレジャー」など機能合繊対応が遅れてマーチャンダイジングがマーケットニーズとすれ違い、販売効率の低下から販管費負担が重くなってマネジメントでカバーできなくなった以上、旧来のダム型サプライモデルを放棄して新世代のDX直流型サプライモデルへ転換するべきではないか。

 

インサイド)

 マーケットサイドとサプライサイドに加え、インサイドのマネジメント体質とガバナンスもギャップ社の凋落を招いたと思われる。

 ギャップのチェーンストア運営は、後方集中型のロジスティクス※同様、極端な中央集権型で、本部のDB.が全店舗の在庫運用をコントロールし、店長やエリアマネージャーの在庫運用権限は極めて限られる。それはエリアマネージャーが粗利益責任を担って売価変更と店間移動の権限を持つバックルとは対極を成す。

 戦闘も大時代的な師団単位・艦隊単位の集中決戦型から中隊単位・強襲船団単位の局面対応型に移行し、衛星通信によるリアルタイム連携が定着した今日では分隊や個人・個艦が戦闘単位となっている。情報システムもタワーコンピュータに象徴される80年代までの集中処理型から90年代以降はパソコンによる分散処理型に移行し、10年代以降はスマホやタブレットなどモバイル端末とクラウドサーバがリアルタイムに連携する時代になった。そんな分散進化に取り残された大時代的な中央集権組織が激変する今の世界で上手く機能するはずがない。それは前大戦の機動部隊(大戦車軍団)戦の成功体験を引きずるロシア軍と大差ないのではないか。

 そんな中央集権型の運営は好調期の攻めの局面には強くても、逆風下できめ細かいローカル対応が求められる守りの局面では極めて脆い。それぞれに状況が異なるエリアや個店に素速く的確に対応できないばかりか、現場で運用経験を積んで経営を担えるまでに育つ人材が限られるという副作用も大きかったのではないか。内部人材から登用したCEOが業績を立て直せず次々と交代していった経緯を見ると、その指摘は当を得ているかもしれない。

 

※ロジスティクス・・・前線への補給体制を意味するもので、「兵站」と訳されることが多い。前線の各部隊に重点配備する前進分散型と後方の補給陣地に重点配備する後方集中型があり、チェーンストアではTCで通過処理して店舗に重点配備するのが前進分散型、DCに重点配備して補給するのが後方集中型。

※DB.(Distributor)・・・一般には在庫を所有して配送する卸業者(所有しない卸御者はBroker)を意味するが、チェーンストア運営では調達した在庫を多数の店舗に最適配分・補給・移動する在庫運用責任者を指す

 

■ミッキー追放は痛恨のミスジャッジだった

ギャップ社はコロナのダメージを抜け出せないのではなく、コロナより遥か前の17年1月期から崩れ始めていた。それから今日に至る業績の低迷と政策の迷走にはリーダーシップの不在が指摘される。

15年からCEOを務めてきたアート・ペック氏が業績不振で19年11月に退任し、20年3月にソニア・シンガル氏がオールドネイビーCEOから昇格してギャップ社のCEOに就任するまで、創業家の跡取りで取締役会会長を務めるロバート・フィッシャー氏が暫定的にCEOを兼務した。そのソニア・シンガル氏も就任直後からコロナに翻弄されて守りに徹せざるを得ず、業績不振にカニエ・ウエスト(Ye)との「YEEZY・Gap」をめぐるトラブルも重なって22年7月に突然、退任。前回と同様、取締役会会長のボブ・マーティン氏が暫定的にCEOを兼務して後任CEOを探しているが、未だ後任の目処は立っていない。

創業家のオーナーシップは変わらないものの(創業家と経営陣で株式の51.06%を所有)ロバート・フィッシャーも執行経営陣を離れ、内部から昇格させたCEOはいずれも期待に応えられずに短期で退任するというガバナンスの迷走を見るにつけ、中興の祖であったミラード・ドレクスラーCEOを追放した創業者ドナルド・フィッシャー氏の02年の決断が正しかったのかという疑念を深めてしまう。

ミッキーを追放しても業績は改善せず、むしろ低迷が深まって失われた10年(04年1月期を除き既存店売上が低迷)を招いたこと、ミッキーはJクルー社のCEOに転じて奇跡的な成功劇を果たしたこと(20年5月に連邦破産法第11条の適用を申請して破綻した経緯は筆者の近著「アパレルの終焉と再生」に詳しい)を思えば、やはりこの決断が凋落劇のトリガーを引いたことは否めない。決断したドナルド・フィッシャー氏も09年9月に死去し、近年の業績低迷でフィッシャー家は10億ドルを失ったという。

創業オーナーによる中興の祖の追放が企業の将来を閉ざしたとしたら、痛恨のミスジャッジだったことになる。ギャップ社に限らず小売業では少なからずあることで、属人的な事情が経営を左右する典型的なケースだ。小売やアパレルの世界では属人的な要素は無視し難い比重を持つから、人が育ち人が集まる組織環境をどう築くか、意見の相違や確執を乗り越えて異質な人材をどう活かすか、経営者のガバナンスが問われよう。

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