小島健輔の最新論文

WWD 小島健輔リポート
『アパレルチェーンの値上げの巧拙と市場適合度を検証する』
(2023年08月08日付)
小島健輔 (株)小島ファッションマーケティング代表取締役

366210057_2219883904874316_4100525385089895471_n

 45年ぶりとも125年ぶりとも喧伝される酷暑で空気が沸騰した7月、4年ぶりに開放された夏の人出にインバウンドの復活も加わって旅行も消費も活況を呈し、衣料消費もコロナ前の勢い?を取り戻したが、その大半は値上げが押し上げたもので、百貨店からアパレルチェーンまで客数減と言う現実は否めない。上場アパレルチェーンの直近販売成績から値上げの巧拙と市場適合度を探ってみた。

 

■半世紀ぶりに帰って来た「太陽の季節」

 予想通りの空梅雨となった日本の7月は45年ぶりとも観測開始来125年ぶりとも喧伝される猛暑となったが、それは日本に限らず世界的な現象のようで、観測史上に比類ない熱暑は12万年ぶりだと指摘する専門家まで出て来た。それなら世界の氷床が解けて8000年前の縄文海進時を上回る海面上昇を招くはずで、今頃は大宮あたりが海岸になっていないと辻褄が合わないから、白髪三千丈な地球温暖化陰謀の徒輩なのだろう。

何千年何万年スパンの古気候学的には1万1600年続いた温暖期から寒冷期へ転換する予兆の「極端気象」と危ぶまれており、農耕文明の終焉(養える人口が1万分の1になる)が警告されている。その視点に立てば猛暑の夏の後には極寒の冬が来るはずで、今冬の防寒衣料需要は期待できそうだ。

 それはともかく、45年前の1978年の記録を塗り替えた今年の夏は、コロナからの4年ぶりの開放感も加わって半世紀ぶりに「太陽の季節」が到来した感がある。60年〜70年代前半の夏は第二次大戦後ベビーブーマーの若者が青春を謳歌した「太陽の季節」で、湘南海岸は毎年のように芋洗い状態になったが、今年の夏は久方ぶりにそんな夏が帰って来た。コロナ下で青春が塩漬け状態になっていた若者はもちろん、大人も家族連れも海に山に大挙して出かけている。 

 そのおかげで衣料消費も旅行ほどではないが押し上げられ、7月の衣料販売は活況を呈したが、上場アパレルチェーンの売上月報を仔細に見れば、その大半は値上げ(客単価の上昇)が押し上げたものだということが分かる。19年同月と比べた既存店売上の回復度合いも下は86%から上は147%と明暗が激しく、客単価と客数に分解してみると、値上げ幅と客数の増減の微妙な関係が見えて来る。

 7月単月では在庫の持ち方と値引き販売の如何によって振れが大きくなるので、3〜7月(3月決算企業は4〜7月)通算、通算未開示企業は各月の単純平均で今シーズンの既存店客単価前年比と既存店客数前年比の関係を比較してみた(既存店舗前年比未開示企業は既存店舗&EC計前年比)。

 

■価格政策と市場適合度で3グループに分かれる(図表参照)

 図は紳士服と子供服を除く上場アパレルチェーン9社の客単価前年比を縦に、客数前年比を横にプロットしたもの。円安などで調達コストが上昇する中、客単価が前年を下回る企業はなく、「被服及び履物」消費者物価前年比(4〜6月平均、103.9)をやや上回るグループ、衣料品輸入単価前年比(1〜5月合計平均、109.9)に近いグループに分かれる。

 ちなみに、「被服及び履物」の中で最もインフレしているのは「下着類」で5月6.8%、6月6.7%、次いで「履物類」は5月6.2%、6月6.5%、トップスに相当する「シャツ・セーター類」は5月3.4%、6月3.0%、ドレス・スーツなどの「洋服」は5月2.6%、6月2.8%。高単価アイテムほど値上げに対する抵抗が強いようだ。

 客単価と客数をクロスして見ると、9社は3社づつ3つのグループに分かれる。A)大幅な値上げが受け入れられて客数が伸びているグループ(ユナイテッドアローズ、アダストリア、ハニーズ)、B)大幅な値上げが相応の客数減を招いたグループ(ユニクロ、良品計画、ライトオン)、C)値上げを消費者物価程度に抑制して客数変化が小さかったグループ(しまむら、バロックジャパン、ワークマン)だ。

 A)は値上げ以上に商品の魅力が向上したかマーケットが拡大した(市場適合度が高い)グループ、B)は値上げほどに商品の魅力が向上しなかったかマーケットが縮小した(市場適合度が低い)グループ、C)は値上げを抑制して客数変化が小さかったグループと見えるが、同期間の既存店売上19年比は格差が大きく、同じグループ内でもポジションは大きく異なる。

 A)グループでもハニーズの19年比は124.3と回復が早く、伸びが一巡して値上げ(10.7%)と客数が拮抗しているのに対し、ユナイテッドアローズの19年比は90.6とまだ回復途上で、商品鮮度が大きく向上したようには見えないが、客数の回復が値上げ(8.5%)抵抗を上回っている。アダストリアの19年比は105.3と回復は一巡しているが、素材開発などによる商品鮮度の向上と絶妙なプライシング・ミックス効果が値上げ(10.2%)抵抗を上回る客数を獲得している。

 B)グループでもユニクロの19年比は101.0とほぼ回復は一巡しており、機能訴求合繊アスレジャーアイテムの拡充が遅れ、アメカジベースの変化に乏しい品揃えが値上げ(10.1%)に押されて客数減を招いたと思われる。ワークマン(プラスと女子)の台頭を軽視したつけは大きく、「GAP」の二の舞にならないとも限らない。

 良品計画の19年比は76.1(衣料・雑貨はもう一回り低い)と低迷を脱しておらず、回復の遅れというより市場との根本的な乖離が危惧される。エコナチュラルなコンセプトがエシカルの奔流に埋没し、機能訴求合繊アスレジャーアイテムの時流にも乗れず、値上げ(8.6%)が客数減に輪をかけている。ライトオンの19年比は75.3と良品計画と大差なく、NBジーンズ軸の旧態なアメカジが市場と大きく乖離し、慢性的な客数減に値上げ(5.8%)が輪をかけた。

 C)グループでもワークマンの19年比は137.3と伸び切っており、マーケティングは今風に上手くても、それを超えて商品開発を根本から刷新しないと40代以下の若い客層、とりわけ「女子」は捉え切れないのではないか。客層が広がらない限り、今以上に客数を伸ばすのは難しく、自腹を切って値上げ(4.2%)を抑えても客数減に陥っている。

 しまむらの19年比は120.4と、コロナ下のエッセンシャル効果に生活圏マーチャンダイジングへの原点回帰とJB(ジョイントPB)作戦効果が加わって好調だが、抑制した値上げ(5.2%)でも僅かながら客数減を招いたのは施策の一巡による伸び止まりが危惧される。店頭を見ても相変わらず生活感と合理性が剥き出しで「華」がなく(パシオスに負けている)、オープンOMO(他社商品のEC取り込みと店渡し)による顧客層の拡大にも踏み切れていないのは勿体無いに尽きる。

 バロックジャパンの19年比は88.6と、回復が遅れているというよりマーケットの縮小による慢性的な客数減が推察される。それはボディコンシャスでもアメカジベースを否めない旧マルキュー系ブランドに共通するもので、バロックは先んじてブランド/店舗の集約を進めて運営効率を高めて来たことは評価されるが、アスレジャー対応を欠いては客数増は望めない。値上げ(4.9%)を抑制して多少の客数増に繋げているが、アスレジャーアイテムを拡充して10%前後の値上げに踏み切った方が客数も売上も大きく伸ばせたのではないか。

 

 6月以降は再び円安に転じて調達コストが上昇しており、秋冬商品は二桁のインフレになると思われるが、市場適合度が低いと価格転嫁が客数減に直結してしまう。既成概念や自己流のこだわりに捉われることなく、顧客の支持が広がるマーチャンダイジングが先決だと肝に銘ずるべきだろう。

 

■値上げを客数増に繋げるプライシング・ミックスと粗利ミックス

 調達コストの上昇を一律に価格転嫁すれば顧客の抵抗感は大きく、客数減に直結しかねないから、抵抗感を最小化するようメリハリを付けるプライシング・ミックスのスキルが問われる。プライシングの手法はいささか怪しい有利誤認誘導紛いのものから食品スーパーで定着している心理学的法則や粗利ミックス手法まで幾つも専門書が流布しているが、衣料品に適した二つの基本を提示しておきたい。

 ひとつは行動経済学で「フレーミング効果」と言われる松竹梅の論理で、売り込みたい価格の商品に誘導するには価値訴求のプレミアム価格品と価格訴求のバリュー価格品で挟むのが効果的というものだ。メーカーの商品企画でもECや店頭の品揃えでも定着した手法だが、アパレルでは意外と疎かにされている。松竹梅の3ラインを欠かさないのは当然だが、各ラインの調達数量に相応のメリハリを付け、数を仕込んだ「竹」商品は大量陳列して「2点目は20%オフ」などのキックオフを加えると効果的だ。

コンビニ業界では付加価値志向のPBと価格志向のPBでメーカーNBを補完するプライスミックスが定着しており、メーカーPBを「松」として付加価値志向PBを「竹」、価格志向PBを「梅」とする構成が見られる。セブン-イレブンでは付加価値志向PBが「セブンプレミアム」、価格志向PBが「セブン・ザ・プライス」で、どちらもお値打ちを実感できる商品開発が進んでいる。セレクトチェーンなど、そんなPB戦略を学ぶべきではないか。

 もうひとつは食品スーパーでは当たり前の粗利ミックスで、カテゴリー間で意図した粗利率格差を設定し、低粗利カテゴリーで価格訴求して集客し、高粗利カテゴリーを売って利益を確保している。スーパーマーケット協会がまとめた22年の指標によれば、粗利率の低いグロサリー(加工食品、粗利率19.2%)や日配品(同22.4%)を目玉に集客し、水産(同28.2%)や畜産(同28.2%)、惣菜(弁当も含む、同37.2%)で利益を確保する粗利ミックスが見て取れる。

とりわけ利益率が高いのが中食需要を取り込む惣菜や弁当で、開発輸入加工食品の商品供給FC「業務スーパー」を展開する神戸物産は供給商品のFC店粗利益を17.0%に抑えて集客の目玉とし、FC店が独自に調達する生鮮食品や惣菜の高粗利で収益を確保するビジネスモデルを売っている。ドンキホーテ(PPIH)はライバルの量販店より食品の粗利益率を意図して低く抑えて価格訴求で集客し、高粗利の衣料品や雑貨を売って利益を確保している。

スポーツ&アウトドアやアスレジャーのライフスタイルがアパレル消費を侵略する中、スポーツ系の店舗では衣料品とシューズ、ギヤの併売が当たり前になっているが、アパレル店舗でのシューズやギヤの扱いはサブの域を出ておらず、侵略されるがままになっている。シューズやギヤと衣料品を粗利ミックスするビジネスモデルを確立すれば攻守逆転も可能なのではないか。

 

■在庫最適消化へのDB権限バトンタッチ

 商品の企画・調達で粗利ミックスを図っても、実際の販売消化が計画と乖離しては意図した粗利益が確保できない。QRやVMIなどサプライで実需対応を図るのもコスパ・タイパの限界があり、配分・補給の精度と速度に加え、編集陳列や店間移動、売価変更による消化促進のスキルが欠かせない。色々と策を講じても結果が出せないチェーンは基本的なDBの体制や業務プロセスに問題があり、個々のスキルも未確立なケースが多いようだ。

サプライとDBの基本体制については6月21日掲載の『SPAは脱「売り減らし」の協業型へ
リテールテクノロジーを探究せよ』で詳説したので参照いただくとして、本稿ではシーズンの前半から後半への在庫運用権限のバトンタッチについて特筆したい。

チェーンストアで言うDB(Distribution)とは各店舗への初期配分と補給、再配置や集約処分などの店間移動を指すもので、EOSによる自動補給や自動振替(店間移動)、客注やBOPISなどを除けば、アルゴリズムやAIが立案するにしても本部のDB(Distributor、在庫運用職)かエリアマネージヤーが決定する。

かつての米ギャップ社では初期投入から期末の処理まで全てサンフランシスコ本社のDBが完遂していたが、データだけを見た遠隔操作では個店の事情は反映されにくく粗い運用になり、マークダウン依存症に陥っていった。在庫運用権限はシーズン初期からシーズン末まで同一職種が一貫するのがベターとは限らず、米バックル社のように本部DBからエリアマネージャーへ移るケースが大勢だが、逆にZARAのようにストアマネージャー(数入れ発注者)からカントリーマネージャー(コントローラー)へ移るケースもある。

縦売り型ではVMDカセット単位で初期配分して立ち上げ、過半をDCにストックしてEOSで自動補給するが、補給在庫が切れたSKUはEOSによる自動振替で店間移動され、カセットを構成するSKUの大半が補給在庫が尽きてフェイスを解体する段階で在庫運用権限が移る。本部DBとエリアマネージャーが協議する定例ミーティングで解体後の店間移動と集約の方針、売価変更予算が決まり(そこまでの売価変更額はDBが負う)、以降はエリアマネージャーが消化進行を見て店舗間の集約と編集陳列、売価変更を決めていく。売価変更予算の上振れも下振れもエリアマネージャーの手腕次第で、結果が評価されることになる。

ファストな横売り型ではDCに補給在庫を備蓄せず、ZARAのように小ロット調達品をTCで仕分けて店舗に直送するストックレスDBが理想で、以降はしまむらのように欠品を自動振替で店間移動し消化していく。好調品は人気要素を引き継いだ類似商品を単サイクル調達してリレーしていくが、不人気品やサイズ・カラーの偏りによる残品はどうしても発生してしまう。

初期投入指示は本部DB(ZARAはストアマネージャーが数入れ発注)で、非稼働商品の売価変更や高販売力店舗への集約はDBが指示しても、散発的に残っていくサイズ・カラーの偏ったバラ残品の編集陳列訴求と店舗集約は売場を実見して再編集を指揮できるエリアマネージャーでないと難しい。しまむらは最後まで本部DB管轄だが、ハニーズはブロック・スーパーバイザーにバトンタッチしているようだ。

各社のマーチャンダイジング手法やサプライ背景で事情が異なるから、バトンタットするのかしないのか、するならどの段階で誰にバトンタッチするのが最適か、答えはひとつではないが、自社の体制を再考してみる価値は十分にあるのではないか。

論文バックナンバーリスト