小島健輔の最新論文

Japan Innovation Review(JBpress)
『衰退する既製スーツの救世主は「OMO/DX」と「アクティブスーツ」だ』
(2023年11月25日付)
小島健輔 (株)小島ファッションマーケティング代表取締役

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 かつてはビジネスマンの階級的制服として定着していたスーツも経済の停滞や非正規雇用の増大で市場が年々縮小し、コロナ下でリモートワークが広がって一段と激減した。コロナ明け以降は外出も通勤も回復して需要が回復していると伝えられるが、本当だろうか。既製スーツの長期的衰退と直近の動向をデータを揃えて検証してみた。

 

■ピークから4分の1に激減した販売着数

 紳士既製スーツの販売着数ピークは1992年の1350万着だったと言われるが、バブル崩壊以降は年々減少し、リーマンショック以降は700万着を割り込んだ。13年はやや回復して720万着まで戻したが、14年以降は再び700万着を割り込んで18年には600万着まで減少。コロナ前19年は消費税増税を契機に500万着を割り込み(推計480万着)、コロナに直撃された20年は350万着まで落ち込んだと推計される。22年、23年と紳士服チェーンの売上は回復しているがインフレによる単価上昇とフォーマル需要によるもので、スーツ販売着数の回復は鈍い。

家計消費支出におけるビジネスアイテム(紳士のスーツ、Yシャツ、ネクタイ)支出を見ても、00年から19年で45.1%と半分以下、コロナ下の20年には3掛け以下(28.8%)に減少しているから、スーチングというビジネススタイルそのものが一般的ではなくなったのではないか。そのように見るなら、コロナ明けのスーツ需要回復が鈍いのも理解されよう。

スーツ業界に正式な販売統計は存在しないから、青山商事のビジネスウエア事業とAOKIホールディングスのファッション事業が毎期(3月決算)、公表する販売着数をベースに両社の推定占拠率や業界の供給数量(こちらは輸入統計と国内生産統計が開示されている)などから年々の販売数量を推計したもので、誤差はあるにしても趨勢は間違いない。文中で供給数量を言う場合は年(1〜12月)、販売着数を言う場合は年度(4月〜翌年3月)と3ヶ月のずれがあるが、供給から販売消化までの期間は新規品で6ヶ月前後、持ち越し品では18ヶ月にも及ぶから、概ね、相対すると思われる。

1350万着から350万着へ、実に4分の1(25.9%)への激減だったが、それはストッキングとて大差なく、同様にピークの92年から22年へ6分の1以下(16.0%)に激減している。ビジネスマンの制服たるスーツとビジネスウーマンの必需品たるストッキングの同期したような激減の軌跡は、この間のワーキングスタイルと男女の業務分担の変化(社会分担・家庭分担も同様)を如実に表しているのではないか。

家計調査の勤労者世帯収入中の世帯主収入が92年から22年で2.5%減少して貢献率が82.0%から73.0%に低下する一方、配偶者収入は90.7%も増えて貢献率も9.1%から15.8%に増大している。女性の社会進出と機会均等の進展と見るか、家計を支えるべく労働戦力化したと見るかは別として、男性同様に外で働くことが一般化したことは間違いない。実際、女性の就業率(15才〜64才)は05年の58.1%から22年には74.3%に急上昇している。青山商事もAOKIもスーツなどワーキングウーマン向け商品を拡大しており、直近23年3月期では青山商事ビジネスウエア事業売上の18.0%、AOKIファッション事業売上の21.1%を占めている。

 

■売れ残り在庫の持ち越しと値引き販売が常態化

 販売着数が減少しても既製スーツの供給数量は相応に減少せず、販売数量との乖離が極端に広がって、売れ残りの持ち越し在庫に新規商品を継ぎ足す「鰻のタレ」型品揃えが業界の常態になっていった。

 紳士スーツの品揃えはブリティッシュやコンチネンタル、イタロクラシコなどのスタイル、身長×ドロップ(Y、A、AB,B)の多数のサイズ、ベーシックなウーステッドから様々な織り地まで素材のバラエティが求められるから、ロードサイドの紳士服店では最低でも1400着が必要と言われ、大型店では2000着以上を揃えていた。

それだけの在庫を抱えても90年代初期までのロードサイド紳士服店は一店平均年間3億5000万円(当時のスーツ売上比率は40%前後もあった)、スーツだけで4000着も売っていたから、在庫は3回転近く回って70%前後が消化され、翌期に持ち越されるのは3割ていどだった。実際、販売着数が1350万着とピークを記録した92年(供給総量1803.5万着)の消化率は74.9%にも達していたが、92年の消化率の実態は91年の供給総量(1937.2万着)から計算すべきとしても69.7%と7割近い。

リーマンショック前までは、まだ一店平均年間2億2000万円、スーツだけで3500着近くを売っていたから1400着を揃えても在庫は2.5回転ほど回って60%近くが消化されていたが、18年には一店平均年間2億円、2300着前後まで落ち込み、紳士スーツの総販売着数は600万着まで落ちて消化率は55.0%(供給総量1090.2万着)に落ち込んだ。コロナ前後は極端に上下しているので19年から22年の4年間合計で見たが、一店平均年間売上は1億5000万円前後、スーツ売上比率は30%を割り込んで販売着数は1500着前後まで落ち込み、在庫を絞っても1.2回転するかどうかという限界まで追い詰められている。業界全体で4年間計2862.8万着を供給しても1550万着しか売れず、消化率は54.1%にとどまった。

これでは半分近くが売れ残って翌期に持ち越され、新商品を足して品揃えしても値引き販売が常態化して利益の確保も難しく、1400着ものバラエティを揃えるのはもはや不可能となっている。

 

■在庫回転と選択肢を両立するOMO販売と短納期POの台頭

そんな中、16年に登場して今や270店に導入されている青山商事の「デジタル・ラボ」は、販売員がタブレット端末を操作して大型のサイネージにオンライン在庫を映し出して接客するOMO※販売システムで、私は開発初期から在庫圧縮の決定打になると注目してきた。

店頭現物在庫を試着してスタイルとサイズを決めれば、同スタイル・サイズのオンライン商品の素材バラエティから選択できる(どの素材もどれかのスタイル・サイズの現物在庫で確かめられるよう品揃えするのが肝)。店頭在庫を試着して販売員が採寸しインプットすれば、オンライン(FC※)在庫を補正した商品を自宅でも店舗でも受け取れ、店舗物流とマテハンの無駄も回避できる。

スーツ販売では裾上げや袖丈など、何処かお直しが必定だから、店頭在庫をそのまま持ち帰るケースは稀なゆえ、店頭在庫の補充物流を回避する仕組みが容易に成り立つ。かつては各店舗にミシンと修理要員を配して即日のお直しサービスを提供していたが、売上の激減と修理スキルのある人材の減少で対応できなくなり、地域母店にお直し要員と在庫を集中して周辺店舗のお直しニーズに対応するようになっていたから、お直しサービスという点でもOMO化は必定だった。

品揃えに制約のないオンライン販売と現物を試着できる店舗販売の両面を生かしたハイブリットなOMO

販売システムは、400着の在庫で2000着以上からの選択を可能にするから店舗在庫圧縮の決定打となり、売場スペースもコンパクトになるから賃料など不動産費負担も圧縮できる。紳士スーツに限らず、靴売場でも似たようなOMO販売(同じ木型・サイズの現物と素材・色柄をクロス)が見られるから、スタイル・サイズも素材・色柄も多様で大量の在庫を要するカテゴリーでは一般化していくに違いない。

販売不振で品揃えが絞られ、妥協して選択したり何ヶ所もお直しする期間と費用が負担になる中、短納期PO(パターンオーダー)が拡大している。採寸データをプログラムされたCADでマーキングデータに自動変換して工場のレーザーCAM裁断機に電送し、2〜3日で縫製してプレス仕上げし、採寸から1週間以内に顧客に届けるクィックオーダーサービスで、中国のレッドカラー社に発して世界に広がりつつある。

※OMO(Online Merges with Offline)・・・ネットと店舗の垣根を超えた連携を意味し、ショールーミング(店舗からネット)による情報取得で店舗やネットの購入を促進したり、ウェブルーミング(ネットから店舗)による店取り置きや店渡し(BOPIS)、店出荷で顧客利便と在庫効率を高め物流コストを抑制するリテール戦略。

※FC(Fulfillment Center)・・・在庫を棚入れしてECの注文に即してピッキング出荷する保管型出荷倉庫。

 

■ビジネスマンのスーツには3クラスがある

もとよりスーツは組織人としての階級を表す裃か軍服みたいなものだから、スーチングスタイルには不文律のクラスが存在し、身分違いのスーチングはビジネス社会で浮いてしまう。

米国のメンズ市場は階級意識がシリアスで、経営層の「スーツ」、中間管理職・現場監督層の「オフィサー」、労働者階級の「ワーカー」や「セールスマン」というビジネスウエアの階級区分が厳然と存在する。「スーツ」は上質なウーステッド素材でピッタリ仕立てたテイラードスーツに首元も手首もピッタリの華奢なドレスシャツ、「オフィサー」はブランドもののレディメイドスーツをオーダーライクにピッタリ補正するか、ジャケットにタフなワーキングシャツとセンタープレス・スラックス(ビジカジスタイル)、「ワーカー」はブルゾンやパーカにラフなカジュアルパンツ(カジビジスタイル)、「セールスマン」はフィットの緩い安手な吊るしの既製スーツにワーキングシャツ、というのが東海岸や中北部ではお約束になっている。

日本も一部のおしゃれな若者を除けばビジネス社会の不文律に大差はなく、似たようなロードサイドの紳士服チェーンやデパートの紳士服売場が役割を分担しているし、ビジカジやカジビジも氾濫している。多少違うところは欧州風のイタロビジカジ(いわゆるモテ親爺系)が経営層や自営業者に人気があることぐらいで、クラスの不文律に捉われない開放感がある。

 スーチングに限ればエグゼクティブのオーダーメイドスーツ、中間管理職のブランドものレディメイドスーツ、セールスマンの安手な既成スーツと3クラスになるが、近年、台頭しているのが取り敢えずはクラスに捉われないイージーケアの機能性合繊スーツ(いわゆるアクティブスーツ)だ。

 

■アクティブスーツが変えるスーツの常識と新たな市場創造

 多様なスタイルとサイズ、素材・色柄のバラエテイを要するスーツの常識から変えて仕舞えば、在庫は格段に圧縮できるし、素材が絞られ生産プロセスも簡略化されて市場投入までのリードタイムも大きく短縮できるから、在庫リスクも格段に小さくなる。カジュアル商品のように2〜3ヶ月で作って週サイクルに色・サイズ在庫を補正生産していくQRサプライも可能だから、リードタイムが一年と極端に長いスーツ業界の常識も革命され、万年繰越在庫を抱える「鰻のタレ」体質も解消されるに違いない。

 紳士服業界の常識に囚われない革命児はスポーツウエア業界から発した機能素材の「アクティブスーツ」(セットアップ)で、2018年頃から「adidas」や「DESCENTE」などスポーツウエアブランドが売り出し、瞬く間に大手紳士服チェーンやユニクロにまで広がった。軽くてイージーケアな「アクティブスーツ」は現場作業にも対応できるタフさに吸汗速乾、撥水透湿、消臭抗菌、UV(紫外線)カットなどの機能が加わり、使い勝手の良さと手頃な価格でマーケットが急速に広がった。セットアップで下は量販チェーンの1万円未満(ワークマンなど税込4800円で売り出している)から上は4万円台まで幅はあるが、アッパーラインでは洒落た織り柄プリントやスタイリッシュなハリコシ素材もあってジェットセッターなエグゼクティブにも出張スーツとして好まれている。

 「アクティブスーツ」は輸入統計、生産統計、各社の販売集計ともセットアップに分類されて単品扱いになっており、「スーツ」の統計数量には含まれないから、急拡大しても販売数量の下支えになっていない。既製スーツに代わって主流となりクラス分化していく今後は、カジュアルチェーンで販売される低価格品を除き、「スーツ」として集計すべきだろう。

 素材を絞った多サイズ揃えというMDは機能素材でなくてもメリットが大きい。ユニクロの「カスタムオーダー」は合繊のセットアップ単品を素材を絞って色・サイズ在庫を抱え、大半を即日出荷している。「カスタムオーダー」と名乗っても実際は色・サイズ在庫をFCに抱えており、工場に素材を積んで不足サイズを短サイクルに補充生産している。そんなセットアップMDがスーツの大勢となれば、新たなスーチングスタイルが需要を喚起し、過剰在庫も抜本的に解消されるのではないか。

 アクティブスーツが主役になれば、これまでの既製スーツの平均単価(紳士服専門店チェーンの平均単価は2万円台後半)が崩れるという不安はあるが、需要が拡大するとともに既製スーツ同様のクラス市場が成立される公算が高く、平均単価は極端には落ちないと思われる。ワーカー向けの1万円以下のクラスはカジュアルチェーンが担う一方、ロードサイドの紳士服専門店は19800円を裾に3万円台までのクラスを担い、百貨店やセレクトショップで売られるブランドは4万円台を裾に6万円台までのクラスを形成するのではないか。それだと既製スーツと平均単価は極端には変わらず、手軽さもあって購買頻度も高くなり、アクティブスーツがスーツ市場の縮小を加速することにはならない。

青山商事の「アクティブライン」やAOKIの「パジャマスーツ」、ユニクロの「カスタムオーダー」など、積極的に仕掛けてバラエティを広げていけば、女性や若者の新たな顧客も広がって、むしろスーツビジネスの救世主となるのではないか。ワーキングスタイルも男女の役割分担も変わっていく中、スーツも相応に変貌していくべきだ。

 

 

 

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