小島健輔の最新論文

現代ビジネスオンライン
『小島健輔が指摘
「アパレルの『社販割引』がヤバイこれだけの理由」』
(2019年11月27日付)
小島健輔 (株)小島ファッションマーケティング代表取締役

アパレル「社販割引」の問題点

あのスーパーブランド「ルイ・ヴィトン」が税務当局の指摘を受け、社員とその家族を対象とした割引販売プログラムの縮小を余儀なくされたという。

ブルームバーグの報道によれば、税務当局はこれまでの最大90%という大幅な割引販売を社員に対する福利厚生費と捉え課税対象とするのが適切と指摘。「ルイ・ヴィトン」は割引率の上限を75%に切り下げて課税を回避したが、フランス国内社員が社販品購入に払う価格は倍以上になってしまったそうだ。

ところが、わが国では75%割引でも福利厚生費どころか「報酬」と見なされて課税対象となる。他にも社販割引には様々な問題が指摘されており、ファッション業界の慣習はこのままでは済みそうもない。

社販も値引率が過ぎると「報酬」とみなされる

社販も極端な割引率だと給与の現物支給とみなされて所得税の課税対象となる。国税庁の法令解釈通達では、「役員または使用人に対して商品、製品などを値引き販売することで供与する経済的利益について、以下の要件のいずれにも該当すれば課税対象としない」としている。

1)値引販売に係る価額が、使用者の取得価額以上であり、かつ、通常他に販売する価額に比し著しく低い価額(通常他に販売する価額のおおむね70%未満)でないこと。

2)値引率が、役員若しくは使用人の全部につき一律に、又はこれらの者の地位、勤続年数等に応じて全体として合理的なバランスが保たれる範囲内の格差を設けて定められていること。

3)値引販売をする商品等の数量は、一般の消費者が自己の家事のために通常消費すると認められる程度のものであること。

以上は通達の原文だが、これを「ルイ・ヴィトン」に当てはめてみると、幾らラグジュアリーブランドの原価率が低いと言っても90%引きでは「使用者の取得原価以上」とはみなされないだろう。

75%引きでも我が国の国税庁は認めないと思われるが、包装費や物流費、仕掛かり原料や工場設備の償却まで盛った広義の取得原価率としては実態に近いかもしれない(皮革製品や時計など「ルイ・ヴィトン」の商品は自社工場生産に徹している)。

LVMHグループの18年12月期決算ではファッション&レザーグッズ部門の売上は2兆3070億円、営業利益が7430億円、営業利益率は32.2%だったから、部門売上の6割近くを占める(推計1兆3500億円)「ルイ・ヴィトン」の営業利益率は35%以上と推察される。

ラグジュアリーブランドの贅沢な経費率から推察される原価率は20%以下だが、我が国の百貨店アパレルとて大差ない。「ルイ・ヴィトン」の経営陣が75%引き社販を「使用者の取得原価以上」と位置付けるのは合理性があるのだ(※決算期間中の平均為替レート125円で円に換算)。

アパレル業界の社販は「5割引が最多」のワケ

アパレル業界では試着販売が定着しており、毎月のように販売員に新作を着て売場に立ってもらうには社販割引が不可欠だが、ブランドの価格帯よって割引率にはかなりの幅がある。

販売員の負担を軽くするには割引率を高くしたいが、現物支給とみなされて所得税が課税されては販売員の負担は却って重くなる。

その兼ね合いは商品の価格帯で決まってくるのが実態で、高価格ブランドほど割引率が高く、低価格ブランドほど割引率が低い。

二年ほど前の調査だが、アパレル求人サイト「GIRLSWOMAN」が行った正社員アパレル販売経験者101名アンケートに拠れば、最も多かったのが5割引の41.9%で、5〜8割引計で65.6%を占めた。3〜4割引も25.5%、1〜2割引も7.8%あったが少数派だ(以下、グラフ参照)。

回答者数が限られるのでこれが実態を反映しているとは言い切れないが、業界通としての私の情報とほぼ一致している。アパレル求人サイト「GIRLSWOMAN」より

低価格ブランドは10〜20%引き、中価格ブランドは30〜40%引き、高価格ブランドは50〜80%引きというのがバックリとした傾向だが、同価格帯でもかなり幅がある。

それは調達方法による原価率の差が要因で、セレクトショップでは仕入れ品は40%引き、オリジナル品は60%引きというケースが見られるし、お手頃ブランドでも極端な低コスト調達をしているS社など販売員募集で50%引きを謳っている。

50%引きはアパレルのサブスクリプション(レンタル)における会員買い取り価格でもあり、不合理な流通のロスとコストを省けばアパレルの価格は半分にできると推察させる。

販売員「負担の重さ」から無償貸与へ…

高価格ブランドほど割引率が高いと言っても限界がある。

「使用者の取得原価以上」という非課税ラインを考えれば仕入れ品で50%引き、オリジナル品でも70%引きが限界だろう(ラグジュアリーなら80%まで可能かも)。

それでも試着販売用に毎月1セットの新作商品を社販割引で購入させようとすると、上下で正価10〜20万円なら70%引きでも販売員の負担は3〜6万円にもなる。

アパレル販売員の年俸は近年の人手不足で多少は上昇したとは言え、お手頃ブランドで270〜320万円、高額ブランドでもせいぜい380万円まで、店長クラスでも400万円台止まりだから(外資ラグジュアリー系はもう少し高い)、月々の手取りはお手頃ブランドで16〜18万円、高額ブランドでも22万円までと推察される(14ヶ月割)。

そこから20%引きのお手頃ブランドで1万6000円ほど、40%引きの中価格ブランドで2万4000円ほど、60%引きの高価格ブランドで4万円ほど、75%引きのラグジュアリーブランドで5万円ほども社割購入で差し引かれてしまえば生活は成り立たない。

現実には社割購入して試着販売した服は翌月にはお役御免になるからメルカリなどフリマアプリや古着買取店で換金して回転させる販売員が多いし、60%以上の割引率でも負担に耐えないような高額ブランドでは会社が無償で貸与したり制服を支給するのが主流になっている。

プロパー販売の足を引っ張る懸念も

外資系の高額ブランドでは無償貸与や制服支給が当たり前で、給与とイメージの高さもあって優秀な販売員が集中し、給与が劣り社販購入負担も辛いローカルブランドは販売員不足が深刻だ。

試着販売した服のフリマアプリなどへの放出はシーズン中で鮮度も高く、それを狙う顧客も少なくないから、プロパー販売の足を引っ張るという懸念もある。貸与なら回収してサンプルセールに回すなど放出時期をコントロールできるから、そんな懸念も一掃できる。

社販割引制度自体は昔からあって、呉服業界やアパレル業界では販売ノルマの達成を迫られた販売員が大量購入するという「自爆買い」が指摘されて来た。

ノルマはなくても毎月、新作を試着販売しないと「販売員」として機能しないのが実情で、外資高額ブランドで一般化した無償貸与が国内ブランドにも定着することが望まれる。

 

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