小島健輔の最新論文

商業界2001年12月号
『ピカソ一号店に見るドンキの可能性』
(株)小島ファッションマーケティング代表取締役 小島健輔

 夜間営業と圧縮陳列という時間差&空間活用の特異な商法で急成長中のコンビニエンス・ディスカウンター「ドンキホーテ」が、コンビニを直撃する小商圏型ミニ・ドンキとして開発した「ピカソ」。その可能性を探るべく、六月十五日に横浜伊勢佐木町に開設された一号店を検証してみた。

一万三千品目を詰め込んだ商品構成

 「ピカソ」伊勢佐木町店は歓楽街に近接した国道十六号線に面する三層計三百平米の路面店で、四、五階は事務所とストックになっている。一階ではツルカメ風の食品売場に加えて階段下で日用消耗品を展開。食品の主力は日持ちの効く加工食品や飲料、菓子類だが、冷蔵の日配食品やパン、卵などもある。
 二階はメンズのカジュアル衣料やソックス、下着、レディスの下着やソックス、シューズとバッグ、細々とした家庭雑貨、文具類、HBCが詰め込まれており、スポーツ用品や健康食品、パーティグッズや玩具まである。三階は趣味家電とカメラ、生活家電、美容・健康機器、ブランド雑貨・趣味雑貨が満載で、喫煙具や香水まで揃う。
 各フロアを繋ぐ階段も立派な売場として活用されている。一二階間の階段では消耗家電やレンズ付きフイルム、メイクアップ小物、健康器具から楽器まで脈絡なく積み上げ、二三階間の階段では細々とした身の回り品、服飾雑貨、メンズの トランクスやソックス、果てはコスプレウェアまでが所狭しと氾濫していた。三四階間では携帯電話、AV関連雑貨、フイルム類から灰皿まで積み上げ、事務所を遮る垂れ幕までが陳列に活用されていた。階段アイテムの主力はスーパーで言うレジ前アイテムだが、次のフロアを予告するプレゼン・アイテムも目立っていた。
 これでざっと一万三千品目ほどで、坪当たりでは百四十三品目ほどになる。坪当たり百品目というコンビニは凌駕しているものの、四万六千品目を百三十九坪に押し込むドンキホーテ府中店には及ばない。売場のコンパクト化に当たってはカテゴリーのカットを避けて品目をカットしたとの事だが、インテリアや寝具、スポーツ用具、大型家電などはほとんどカットされてカテゴリーが無くなっている。

ピカソはミニ・ドンキに過ぎない

 開店後四ヶ月間の平均日販は270万円ほどで、このペースで行けば年商は十億円強、年間坪効率は一千百万円程度となる。これはドンキホーテ全社の前期の平均坪効率一千二百二十六万円には及ばないものの、当期の九百九十九万円は凌駕している。客単価は2,138円とドンキホーテ平均の四分の三ほどに留まるが、大物商品のカットや一階に食品を配置した事、駐車場を持たない事が要因で、ドンキホーテと品揃えが大きく異なるゆえではない。
 カテゴリー別の売上構成を見ても、食品が20.0%(ドンキホーテ平均は17.2%)、時計・ファッションが30.4%(同22.6%)とやや比率が高いだけで、日用雑貨は逆に20.9%(同24.1%)と比率が低い。売場が限られることもあってスポーツ・レジャー用品は2.5%(同9.8%)と極端に比率が低いが、家電製品は24.9%(同23.3%)と大差ない。
 水商売関係者が多い繁華街立地ゆえにブランド商品を核とした時計・ファッションの比率が高く、深夜における業務用調達もあって食品の比率も高いと推察され、日用雑貨比率の低さを勘案すれば、小商圏の日用購買業態と受け止められているとは言い難い。つまり、ピカソはミニ・ドンキそのものであって、小商圏に特化したコンビニ業態という性格は認められない。ドンキホーテとしての立地対応、売場規模対応の域をほとんど出ていないというのが結論だ。
 この点はドンキ側も認めており、本格的なプロトタイプ開発は二号店以降になると回答している。が、調達手法もジャングル陳列も補給体制もドンキと同じまま、コンビニ商圏でより広範な客層を取り込む業態が開発出来るのだろうか。その答えを見い出すには、ドンキホーテ本体の強みと弱味、調達とロジスティックスの実態を検証しなければならない。

ドンキの強みと弱味

 驚異的な販売効率で急成長を続けるドンキホーテだが、人々は何故、他店ではなくドンキで買い物をするのか。それは『深夜営業+ジャングル陳列』、すなわちナイト&宝探しショッピングの魅力と言われるが、果たしてそうなのか。安田社長の言うには『深夜は有力小売業が営業していないからドンキが独占出来る』という事だが、クールに見れば有力小売業が深夜営業したらドンキは生き残れるかという疑念にもなる。
 まず女性に人気のHBCだが、コンビニよりは全然揃っていて価格も安いけど、中途半端なバラエティしかなく価格も大差ないから、近くにマツキヨや百円ショップがあると負けてしまうとの見方が多い。
 食品については、ツルカメそっくりでジャンクなイメージが強く、マイナーなブランドや賞味期限ギリギリの商品もあって怪しい印象。目玉を除けばスーパーより安い訳でもなく、深夜に買うしかない人が利用するのではと見られている。  家電については、旬の売れ筋が揃っていて価格もヨドバシ並みに安く(ポイント分までは知りませんが)、若者好みのMDやウォークマン、モバイル系は特によく揃っているとの評価だが、専門的接客には限界があるようだ。近くにヨドバシやコジマがあって夜間営業したら、まず勝てそうもない。
 ファッション関連については水商売がらみのプレゼントやコスプレ等の遊び感覚アイテムが目立ち、下着や靴下を除いては見る気にもなれないとの酷評が多い。唯一、ヤンキー好みのカジュアルアイテムだけはまともに揃っていたという評価だ。
 こうして見ると、ほとんどのカテゴリーで有力小売業の夜間営業には対抗できず、夜間に動くライフスタイルの人達に特化した品揃えと提供方法で独自のポジションを確立している業態という見方が強くなる。もちろん、郊外立地の大型店は広く一般消費者の夜間購買に応えて成立していると考えられるが、それとてイオン系SCのように有力小売業が11時まで営業するようになればダメージは避けられない。
 となれば、出店立地はかなり限定されざるを得ないし、有力小売業の夜間営業リスクも折り込まなければならない。ドンキ側もそれは承知しているようで、都心では深夜族や水商売関係者が期待出来る立地、郊外でも夜間行動が可能な単身者やヤンママ・ヤンパパ、ニューファミリーの多い立地を選択しているようだ。
 弱味が先になってしまったが、ドンキの強みも否定し難い。ギッシリと詰め込まれた品種品目の豊かさは経営側都合の効率主義で絞り込まれたコンビニのミニマムな品揃えとは比較にならないし、合理性を超えたジャングル陳列とカテゴリーの交錯は、探す楽しみと人の熱気を感じさせる。探せば確かに掘り出し物もあるし、時間が許せば宝探しで心を癒す事もできる。が、それはあくまでコンビニに比しての魅力であって昼間の有力小売業に囲まれた時の弱体さは否定出来ないし、短時間で効率的に買い物を済ませたい大部分の消費者にとっては特殊な店でしかない。
 ドンキは小売業の常識を超えた魅力的な業態であり顧客に買物のエンターテイメントを与える希有な店だが、このままでは発展は限られる。かと言って、下手に小売業の常識を持ち込めば魅力を削いで元も子も無くしてしまう。ではいったい、ドンキはどうしたら良いのだろうか。その答えがピカソのコンセプトを決する事になる。

ドンキの調達体制とロジスティックス

 各店の売場担当者に経営を任せる商店主システムで成果を追うドンキでは、かつては各店商談・発注、ベンダー店納品・ベンダー棚入れといった古典的な支店調達体制であったが、インターネットを活用したベンダーの本部登録・各店商談・発注、継続商品は本部商品登録・各店発注という体制へと進化し(この段階ではベンダー店納品・棚入れのまま)、昨年から今年にかけてはベンダー共同の運営依託方式ながら、継続商品の物流センター一括納品・各店仕分け、自社各店配送・自社棚入れというセントラル・バイイング型の体制へと格段の進化を遂げつつある。
 共同配送センターを経由する商品は継続補給の日用雑貨や食品等、全体の六割ほどで、登録ベンダーの店舗営業で各店が発注するような店舗対応商品では各店直納品の流れが残されている。また、一部の継続商品についてベンダーに棚入れ作業の継続を依頼するケースも有るようだ。
 物流センター一括納品体制になって各店への納品トラック台数は半減したが、店スタッフの納品対応業務量の圧縮、センター手数料の徴集と仕入れ原価低減が予定通りに進行しているとは言えないし、センターでの仕分けから各店到着までのタイムラグも問題になっている。
 このような事はロジスティックス体制の移行期にはつきもので、時間が解決する性格のものだが、ジャングル陳列が変らぬ限り、店舗オペレーションの簡素化は困難であろう。
 ジャングル陳列は宝探しショッピングというドンキ特有の魅力を訴求して来たものだが、限られた売場に豊富な品目を詰め込む圧縮陳列はともかく、身を屈めなければならないようなジャングル陳列が顧客が求めているものかどうか、そろそろ検証してもよい頃かも知れない。

 

安さと面白さの限界を打破するには

 現行のベンダー仕入れ調達では安さにも面白さにも限界があるし、バッタ調達でそれをカバーするにも断片的なイベント以上の役割は期待出来ず、昼間の有力小売業に対抗するためには安定した訴求力の確立が急務となっている。
 その壁を超えるのがグローバル開発調達である事は言うまでもなく、ドンキも『開発輸入価値創造商品』として拡充を急いでいる。が、今期の仕入れ目標はわずかに十億円に過ぎず、本部調達体制の遅れが災いした事は否めない。八割以上が開発調達という大創の価値創造力とは雲泥の差があり、今後の昼間有力小売業との競争を考えれば全力で拡充するしかない。
 その手法は安価な生活雑貨や単機能の家電については大創流の現産地工場生調達方式、ファッション商品についてはしまむら流のブランドベンダーによるセカンドラベル方式かドンキらしいデザイナータイアップ方式が向いていると考えられる。
 グローバル開発調達の急増とともに、ドンキ最大のネックであった逆回転差資金の問題も解決される日が来る。自社LC決済の仕組みが確立されれば 海外調達比率の増大とともに支払い勘定回転日数は90日に近づいていくから、今期で約56日という販売資産回転日数をクリアするのも不可能ではなくなる。商品原価率も大創並みに圧縮出来るはずで、そうなると売上利益率も資本利益率も格段の向上が期待出来る。

 

ピカソは何に化けるか

 これらの改革が実現される中で開発されるピカソの姿は、現在とはまったく別のものになる。昼間の客にも有力小売業との競争の中で支持され、夜の客には今とは次元の違う宝探しの楽しさを提供する、そんな店になるはずだ。盛り沢山に詰め込まれた圧縮陳列は変らないものの、ジャングル陳列という演出は役割を終えて消えているだろう。
 継続補給商品の大半はグローバル開発調達商品に変り、季節商品も同様な手法で安さと楽しさを創造した商品となる。何処の量販店にもあるプラスティック製の扇風機よりも開発調達のダルトン風ベンチレーターの方が、よほどドンキ系の客には受けるはずだ。
 もはやコンビニで生活雑貨やHBCアイテムを買う客はいなくなり、大創VSと分け合うように、楽しいグローバル開発商品を圧縮陳列したピカソというVSが生活雑貨、HBCから日用衣料、理美容家電からモバイル家電までを一手に引き受ける姿が見られるはずだ。

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