小島健輔の最新論文

ファッション販売2002年1月号
『専門店V字回復の構図』
(株)小島ファッションマーケティング代表取締役 小島健輔

九月の神風とV字回復専門店

 九月は天候や営業日数等の要因が重なってファッション販売にも神風が吹き、大半の小売業が数年ぶりという活況を呈した。全国百貨店婦人服は前月から+5.5ポイントの104.3、同紳士服は+10.5ポイントの106.1と浮上し、都内百貨店婦人服は105.5と96年9月以来、同紳士服は106.7と91年11月以来の高水準を記録(特殊月除く)。低迷を極めていた量販店さえ婦人服が+7.5ポイントの100.1、紳士服が+16.8ポイントの106.4とともに19ヶ月ぶりに浮上した。 SCのブランドショップや専門店はさらに好調で、当社の推計だがレディスのブランドショップ既存店は+6.7ポイントの112前後、同専門店は+6ポイントの115前後、メンズのブランドショップ既存店は+8.3ポイントの117前後、同専門店は+6.5ポイントの112前後となったようだ。前年が超二百%とブレイクした反動で前年割れ必至と見られていた「ユニクロ」さえ、この神風に救われて5.6%増と水面上を確保した。
 日曜が前年より1日多く営業日数も平均して0.4日多いことなどで3.4ポイントの押し上げ効果があったとは言え、バブル期に匹敵する神風となって販売低迷に苦しむ業界の救いとなったのは間違いない。ただし、前述した前比水準が平均だったのだから、それ以下の成績の店は回復したとは言えない。加えて、十月第二週以降は各業態とも急激に数字を落としており、九月の神風は単なる前倒しに終わる公算が高い。「ユニクロ」など、既存店売上が24.6%減、全店売上も5.3%減と急失速してしまった。
 が、九月の神風の中でも水準を大きく上回り、十月も好調/堅調を継続している一握りの専門店がある。それもしばらくの低迷からのV字回復なのだから、低迷に苦しむ専門店業界としては『どうやって回復させたの?』と膝を乗り出したくもなる。

V字回復の主役はカジュアル専門店

 V字回復が目立つ専門店を決算発表や販売データから洗ってみると、メンズあるいはメンズ比率の高いカジュアル専門店に集中している。  タカキューが八月中間決算で、何年も続いた既存店二桁前年割れからようやく脱出。営業利益はまだ赤字ながら客数が3.7%、客単価が0.3%増加して既存店売上が4.1%増となり、回復に転じた。九月も28%増と好調で、本決算での営業赤字離脱が期待されている。ポイントも同中間決算で客数が2.1%、客単価が0.7%増加して既存店売上が2.9%増と浮上。営業利益率は前中間期の6.1%から10.7%と二桁に乗り、過去最高水準に到達。九月も29.2%増と快走しており、V字回復軌道に乗った。
 突出しているのがユナイテッドアローズで、5月以降、客数が急回復して九月の既存店売上は46.8%増に達し、九月中間決算の営業利益率は前中間期の5%から11.9%へと一気に回復。店頭公開当時の勢いを取り戻した。10月も既存店売上が32%増と好調を継続しており、V字回復を見せつけている。
 この他にもマックハウスの九月既存店売上が31.3%増、レオも同33.4%増、シーズメンも同36.1%増と浮上/加速する店が続出し、カジュアル市場総体が久方ぶりに活気づいた。

V字回復の要因

 急回復各社の売上を客数と客単価に分解して見ると客数増が主要因だと解るが、客単価の下げ止まりによる下支え効果も店によっては加わっている。タカキューの場合はほとんど客数の回復によるもの、ポイントの場合は客数の回復に客単価の回復が加わったもの、ユナイテッドアローズの場合は客単価の低下を大きく上回る客数増がV字回復をもたらしている。ただし、客単価=商品単価ではなく、商品単価は上向いたものの急激な客数増で一人当り買上点数が減少したことが客単価低下の要因。ユナイテッドアローズでもポイントでも高付加価値品へのシフトが明らかで、一品単価は上昇傾向にある。
 各社の公表している回復要因を要約すると、タカキューでは『店舗毎の立地や客層に対応したタイプ別品揃え』、ポイントでは『立地や客層に対応した業態の再編と個性化』、ユナイテッドアローズでは『特性別商品構成と売場オペレーションの再構築』という事になるが、基軸はほとんど共通している。その背景も含めて共通する回復の構図をまとめれば、以下の三点に尽きる。
 1)価格競争と同質化からの脱却
 数字の上では目立たないが、V字回復のすべての原点となっているのが価格競争と同質化からの脱却だ。「ユニクロ」的万人うけ幻想からの脱却と言ってもいいだろう。
 過去二年ほどの間、「ユニクロ」の国民的人気に惑わされ、カジュアルチェーンから大手セレクトショップまで大なり小なり、低価格・高品質・万人うけ商品に流された事は否めない。それによって価格競争に巻き込まれたばかりか自店のポジションが曖昧になり、専門店としての顧客の支持を失ったのが最大の失速要因だった。V字回復各社はようやくその失策に気付き、自店のポジションを曖昧にする低価格ベーシック(万人うけ)商品をカット。自店のキャラを明確に打ち出す付加価値商品と自店ゆえのこだわり定番の再構築を急いだ訳だ。
 「ユニクロ」フィーバー下で商品単価を二割以上も落としたカジュアルチェーンも多く、元ポジションへの回帰だけでその分の増収効果が出る。が、それには「ユニクロ」以前を格段に上回る付加価値創造力が不可欠で、次の二点が避けては通れない課題となったのだ。
 2)NC的標準化幻想からの脱却
 万人うけ幻想から脱却して自店のキャラとポジションを訴求する品揃えに回帰するとなれば、ナショナルチェーンという幻想からも脱却しなければならない。  多くのカジュアルチェーンは成長過程で郊外大型SC(モール)や量販店系箱型疑似SC、ロードサイドやパワーモールまで手を拡げてしまったし、大手セレクトショップにしてもダウンタウンの路面やターミナルのファッションビルから百貨店内、一部の郊外大型モールまで立地を拡大していた。これほど多様な立地に拡げては客層もテイストも価格帯も絞り切れず、中庸路線に収斂していく他はなかったはずだ。そこに「ユニクロ」的万人うけ幻想に付け込まれるスキがあったのではないか。
 このNC的標準化幻想を脱して立地と客層別に業態、あるいは品揃えタイプを細分化再編し、対応困難な店は閉め、キャラとポジションを訴求出来る体制に組み直したのがV字回復の起点なのだ。タカキューではビジネスの「タカキュー」を量販店型、モールSC型、総合大型、特殊店舗、アウトレットの5タイプ、カジュアルの「ムービン」をEC型、AC型、トレンド総合型、ヤングレディス型(「ネットワン」)の4タイプに再編、ポイントは全百一店を「ローリーズファーム」「エヌフィロー」「グローバルワーク」等、三店から五十店までの七業態に再編している。
 かつてナショナルチェーンと言われた大手専門店チェーンはあらゆる手を打ちながら凋落を止められなかったが、最後の最後になって一部はキャラを明確にした複数の業態に細分化再編して回復のチャンスを掴みつつある。これも今回のV字回復と共通する図式と見て良いだろう。
 3)付加価値型SB開発への転換
 「ユニクロ」幻想下では価格優先のベーシックMDが追求され、価格競争と同質化の泥沼に陥ったが、立地と客層別に業態や品揃えタイプを再編してしまえば、自店のキャラとポジションを訴求する付加価値型SBやこだわり定番SBを拡充出来る。事実、タカキューではPB比率が前中間期の20.7%から今中間期では48%に急伸して粗利益率が+2ポイントの48.6%に上昇、ポイントでもPB比率が前中間期の68.5%から今中間期では84.2%に伸びて粗利益率が+3.5ポイントの53.2%に上昇している。セレクト系ゆえにPB比率拡大には限界があるユナイテッドアローズでも、PB比率は前中間期の35.6%から今中間期では39%に伸びている。
 いずれの場合でも単にPB比率が伸びたのではなく、高機能素材や高質素材を使ったり付加ディティールや後加工に凝った付加価値訴求商品がSBの主力となった点が共通している。「ユニクロ」的万人うけベーシック商品の幻想から、V字回復各社のSB開発はようやく脱却出来たのだ。
 4)ポジションとコスト構造の再確立
 「ユニクロ」の万人うけビッグサクセスの幻影に振り回された二年間でカジュアル専門店各社はすっかり自分のマーケット・ポジションを崩してしまったが、V字回復各社は前述した三点を克服して自社のマーケット・ポジションを再確立することが出来た。専門店はやはりナロウ&ディープに切り込んでこそ活路が開くものなのだ。
 新手のセレクトショップや裏原系マイナーSPAはもちろん、最近では百貨店インショップでもナロウ&ディープに切り込むブランドが既存店売上を超倍ペースで伸ばしている。トレンドを生に取り込んで同質化する既成ブランド/SPAを尻目に、独自の“こなし”にこだわったブランドやセレクトショップが敏感な客を捉えて急伸しているのだ。
 立地と顧客に対応して業態やタイプを再編し、独自に“こなし”たSB商品を拡充していけば、立地と顧客に相応したコスト構造を確立出来る。ターミナル並みに高コスト化してしまった郊外大型モールにあって利益を確保するにも、高感度なターミナルにあって顧客の支持を得て利益を確保するにも、差別化SBを中核とした高粗利益体質が不可欠だ。V字回復各社は、マーケット・ポジションとともにそのコスト構造までも手に入れた。まだ「ユニクロ」の幻影を吹っ切れずに回復出来ないでいる専門店の経営者は、対症療法を脱してこのV字回復の戦略構図を真剣に学ぶべきではないか。

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