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WWD 小島健輔リポート
『14年ぶりに微笑む「ファッションの神様」』
(2022年09月21日付)
小島健輔 (株)小島ファッションマーケティング代表取締役

日頃はトレンドやクリエイションといったカルトに走りがちなファッション業界に対して、マーケットサイドとサプライサイドの両面の現実を直視した合理的な対応を提じているが、どん底まで落ち込んだ業界が急激なコストインフレと14年ぶりというトレンドの大反転に直面する今は「ファッションの神様」に賭けても良いと思う。

 

■インフレと劇的円安に直撃されるアパレル業界

 失われた20年の次にはリーマンショックに打ちのめされ、適者生存なき低金利資金供給でゾンビ企業を延命するアベノミクスで経済発展無き貧富差拡大という最悪の状況に追い込まれ、所得が伸びないまま少子高齢化と異次元緩和で悪化する財政を穴埋めせんとする増税と社会負担増で実質消費支出力は大きく目減りした(00〜20年で19%減)。すっかり貧乏になった国民の支出が必需の食料費や通信費に流れ、不要不急の衣料消費は年々減少していたところにコロナが襲い、20年の衣料消費は19年から8掛けに委縮して最盛期(91年)の43%まで激減してしまった。22年になっても回復は鈍く、消費総体はコロナ前の水準をほぼ回復したのに対し衣料消費は8月まで19年の85掛け前後で低迷していた。

 どん底のアパレル業界を襲ったのがコロナからの消費回復にロシアによるウクライナ侵攻が加わっての原材料費や物流費の高騰と劇的な円安で、数量ベースで98%を占める輸入衣料は1〜7月で前年から17.6%も値上がりし、8月の輸入額は前年同月から22.9%もの円安で47.3%も押し上げられた。為替予約でヘッジしている比率が高い今年の秋冬物は防寒アウターなど一部の値上げに抑制出来るとしても、来春夏物は30%に達するコスト高騰を吸収する術がなく、小売価格も10〜20%、上昇することが避けられない。

 川中(製品製造段階)から川下(製品販売段階)まで業界内でどう高騰分を分担するか、力任せの押し付け合いや先を見たアライアンスで吸収を図ることになるのだろうが、消費者は10%〜20%もの値上げをどう受け止めるのだろうか。燃料や公共料金、食品や日用品など削れない生活必需品が輸入インフレの直撃を受けて高騰しているのだから、不要不急の衣料品への支出を増やせるはずもなく、値上がりした分だけ購入数量を減らさざるを得ない。衣料消費全体はそうでも、ブランドやストアによって明暗は大きく分かれそうだ。

 その背景となるのが14年ぶりというトレンドの大反転で、それに乗れるブランドやストアは値上げしても売り上げを伸ばすが、それに乗り損ねたブランドやストアは大きく売り上げを落とすことになる。

 

■14年ぶりのフィット反転とオシャレ復活

 ファッションの世界では細かいトレンドは始終、出たり消えたりしているがフィットのトレンドはスパンが長く、極端に振れ切った時点で一気に逆転する。

振り返ってみれば、モッズルックやサンローランに象徴される65年来のスリムなフィットが70年代末期のDCブランド台頭によってルーズなフィットに反転し、80年代末期のボディコンとミニマリズムの台頭で再びスリムなフィットに反転。以来、ギャルファッションからY2K(セレブジーンズなどに代表されるボディフィットのミレニアムルック)まで、メンズでもクラシコイタリアやお兄系などスリムなフィットが続いたが、08年のリーマンショックで冷水を浴びてY2Kが終焉。11年の東日本大震災を契機にオシャレもライフスタイルも等身大に流れ、14年には販売不振から欧米のファッション業界が「ノームコア」(意気がってオシャレするより無理せずフツーでいいじゃない!)とギブアップした。

我が国ではその頃から抜けて緩く着こなすフィットが広がり、コロナ下ではノーメイク感覚の緩い普段着ばかりになった感があったが、22年の春先から一部でY2Kが復活し、秋冬シーズンに入ってオシャレが本格復活した感がある。
 景気の良い中韓で先行したY2Kが貧困化する我が国にも波及してジューシークチュール風やアバターダンサー(ボーカロイドキャラやVTuberキャラ)風のタイニーなスタイルが台頭し、駅ビルではフリル/ボウタイ/レースなどを施したフェミニンアイテムをクラシックにウエストマークするエドワード朝ドレススタイルが氾濫し、異世界コスプレ起点のクラシックレイヤード(「ゴスロリ」の発展型?)も広がった。

 そんな22年春夏を経て22年秋冬の立ち上げでは春夏のエドワード朝ドレススタイルがビクトリアンやアールヌーボーへ発展し、細身のライダースやコートジャケットにスリムパンツやキルトスカートなどブリットチェックアイテムを合わせる「モッズルック」が台頭。期せずしてエリザベス女王の葬儀も重なり、レトロな英国スタイルに注目が集まった。「モッズルック」と前後する「IVY崩し」や70年代にかかる「サイケ」「ロック」も台頭の兆しを見せており、あたかも「Swingin London」の復活を思わせる。

 リーマンショックによるY2Kの終焉から14年、東日本大震災を契機とする等身大な「普通服」から11年、「ノームコア」宣言から8年を経て、すっかり勢いを失っていたファッションが復活しようとしている。ゆる抜けから極端なオーバーサイジングまで広がったフィットもタイトに反転し、コロナ禍もあって何年も購入されていないオシャレ着の購入条件が揃った。

 

■新鮮トレンドとファストMDに商機あり

コレクションシーンも一部でストリートやメタバースのトレンドを取り入れて自信が戻り始め、お篭もり生活の反動もあって消費者の購入意欲も高まっているが、急激なインフレと円安による値上がりが購入にブレーキを掛けている。その押し引きがどんな結果をもたらすか予測は難しいが、『新鮮トレンドに商機あり』となるのではないか。

従来と変化の乏しい商品は新旧価格をモロに比較できるから価格抵抗感が大きい一方、近年はラインナップに無かった新鮮トレンド商品は価格を比較する術がないから価格抵抗感が小さい。結果、新鮮トレンド商品は価格が通って単価アップ×数量増で売り上げが伸び、変化に乏しい在来商品は価格が通らず単価ダウン×数量減で売り上げが落ち込むことになるから、新鮮トレンド商品にシフトする方が優位に立てる。

加えて、トレンド転換期にはMD政策の風向きも反転する。トレンドが変わらず継続品中心の展開となるシーズンは、素材の集約や品番数の絞り込み、工場閑散期の計画生産などコストを抑制する効率優先のMD政策が採られるが、トレンドが大きく変わり多くの新商品が投入されるシーズンは、新たなヒット商品を見極めるべく素材やデザインのバラエティを広げ、生産・調達も引き付ける必要がある。その分、素材や品番が分散してコストは上昇するが、新たな売り上げを広げる方が先決だ。

今秋冬期や来春夏期はコストが高騰しているから、素材や品番数を集約し閑散期に計画生産する効率優先のMD政策を選択するアパレル事業者も多いと推察されるが、前述したように、それではコスト高騰を価格に転嫁できず粗利益が圧迫されるばかりか、値上げの通る新鮮トレンド商品で売り上げを伸ばすことも難しくなる。ここは非効率は承知の上で、新鮮トレンド商品で顧客を惹きつけて売り上げを伸ばすことを優先し、素材やデザインのバラエティを広げ引き付けた企画・発注でヒットを狙うファストなMD政策を選択すべきだ。

今はマーケットサイドは14年ぶりのトレンド大転換、サプライサイドは33年ぶりのコスト高騰という一見すれば相反する股裂状況にあるが、値上げの通り方を推察すればマーケットサイドに合わせてトレンド即応のファストなMD政策を採る方が売り上げも伸びて粗利益も確保しやすく、結果として両サイドの課題を解決することが出来る。MD政策はマーケットサイドとサプライサイドの両面の実情を睨んで優位に立てる方針を選択するもので、その時々の情勢で柔軟に選択すべきだ。

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