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WWD 小島健輔リポート
『SPAはアパレル流通を効率化したのか? DXによるオンデマンド生産を問う』
(2024年09月05日付)
小島健輔 (株)小島ファッションマーケティング代表取締役

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 かつての卸流通からSPA型の直販流通へ、さらにはオンライン軸のD2C流通、顧客と生産を直結するC2M流通へと、アパレル流通は顧客と生産の距離を縮めていったが、必ずしも効率化したとは言えないのが現実だ。様々なアパレル流通の実態を検証して効率化への突破口を探ってみた。

 

■流通経路とリードタイムを短縮していったアパレル流通

  過去半世紀のアパレル流通の変化を総括するなら、ブランド事業者が流通経路を短縮して顧客に近づく一方、小売事業者がSPAを志向して生産に近づき流通経路を短縮するという、流通ダイレクト化の歴史と言って差し支えないだろう。その究極は顧客と生産を直結するC2M※あるいはF2Cだが、マイナーなD2C※流通と思われているうちにSHEINやTemuなど中国系産直越境ECプラットフォームが世界を席巻して一挙にメジャーとなった。

 流通ダイレクト化は様々に試みられて来たが、中抜きして経路を縮めても「時間」を縮められないと、リスクと利益が背中合わせの在庫を抱えて売り減らしになるだけで需給ギャップを解消できず、値引きや残品のロスが利益を食い潰し在庫が滞貨する非効率な流通になりがちだった。生産から販売消化まで数ヶ月から半年以上も要する古典的なオフショア(低コスト海外産地)生産型のSPAは需給ギャップのリスクが付き纏って業績が不安定という欠点があったが、インディテックス(ZARA主力)は短サイクル小ロットの近隣国圏ミルクラン生産※、セントラルTC※を物流ハブとする蒔き切り無補給ディストリビューション、大規模な空輸で「時間」を買って需給ギャップを抑制し、安定した高収益体質を確立している。

 インディテックスの場合、ミルクラン生産は単価の高いドレスアイテムに限られ、低価格のカジュアルアイテムはライバルと似たような西アジアや南アジアでのオフショア生産だから、需給ギャップは解消しきれず値引きや残品が発生して在庫回転は4.93回(24年1月期、期初期末平均法)にとどまるが、ファストファッションなのにリードタイムの長い大ロットのオフショア生産に依存するH&Mの2.88回(23年11月期)に比べれば1.7倍速く、「時間効果」が如実に発揮されている。

 究極の「時間効果」は、需給ギャップをほぼゼロに抑え込める受注先行の「無在庫タイムマシン商法」に尽きる。越境ECや百貨店のECでは普通に見かける常套手段(受注してから仕入れる「お取り寄せ」)だが、SHEINなど中国系産直越境ECプラットフォームではDXを駆使した高速企画、CADCAM連携による小ロット高速生産、サンプル(バーチャル含む)の先行掲載などで受注を先行させ、週サイクルに受注と生産を擦り合わす大規模な無在庫ビジネスが成立している。

 C2Mも中国レッドカラー社に発したオンラインCADCAM連携短納期生産(最長1週間)が我が国でも広がり、既製スーツに代わるパターンオーダー市場が広がりつつあるが、採寸接客の人時効率が壁となって単価の高いフルオーダー志向に流れがちなことが市場の拡大を妨げている(8月19日掲載の『紳士スーツ需要は本当に復活しているのか?』参照)。

 

※C2M(Customer to Manufactory)・・・ネットやショールームで受注してから素早く生産して“個客”に届けるパーソナル対応の無在庫販売手法。F2C(Factory to Consumer)ともいうが、個客から生産へという方向に意味があるゆえC2Mと捉えたい。

※D2C(Direct to Consumer)・・・ブランドメーカーが店舗やネットの小売業者を通さず、自社のサイトやショールーム、ポップアップストアで直販する販売形態。

※ミルクラン生産・・・自社工場でCADCAM裁断したパーツと副資材をフランチャイズ工場に供給して完成した製品を回収するルート便集配方式の生産で、インディテックスでは近隣国圏(スペイン、ポルトガル、モロッコ)に限られる。

※DC(Distribution Center)とTC(Transfer Center)とPC(Process Center)・・・・入荷した商品を棚入れしてからピッキングして出荷する保管型のDCに対し、棚入れせず仕分けして送り出す通過型の物流施設がTCで、FC(Fulfillment Center)は通販の出荷用DC。PCは食品小売業において生鮮品や惣菜の仕入れと加工、包装、出荷を一括する地域拠点。

 

■卸流通と自主管理売場の現実

 アパレル流通のダイレクト化は究極のD2C、C2Mに達した感があるが、それはDXが進んだ一部の先端的な企業に限られ、大多数のアパレル事業者はその何段階も前で試行錯誤している。図表Aはアパレルの間接流通から直販流通への様々な段階をパターン化したものだが、我が国アパレル流通の大勢は「直卸型」と「SPA型」のせめぎ合いにとどまっているのが現実ではないか。

 「直卸型」と言っても、在庫の所有権が小売店に移行する「卸売り型」と移行しない「消化型」に大きく分かれる。「卸売り型」でも原則、小売店が買い取る「買取型」と売れ残りはメーカーが引き取る「委託型」に分かれるが、「買取型」でも前が詰まれば返品がないわけではない。

「委託型」では在庫の所有権が小売店側に移行するから、メーカー側が在庫を管理しても自由に出し入れ出来る訳ではない。小売店側の了解を得て返品伝票を切ってもらう必要があるから機動的な在庫の振り替え運用は難しく、小売店の破綻時には在庫を回収することも出来ない。「消化型」なら在庫の所有権は移行しないから、メーカー側の都合で機動的に出し入れして振り替えることが出来るし、小売店の破綻時には回収することが出来る。90年代にオンワードとレナウンや小杉の業績が開いたのは、いち早く「消化型」に転換したかどうかの差が大きく、00年のそごう破綻時も明暗を分けた。

 メーカー側が卸先小売店の在庫を自主管理しても、「委託型」では機動的な在庫運用は困難だから「消化型」でないと実効性はない。「消化型」なら、より販売消化が見込める他の自主管理売場や直営店、あるいはECに在庫を移動することは出来るが、在庫を抜かれた売場の売上はさらに落ちてしまう。その壁を越えようとするのが「販売員派遣型」だが、消化仕入れのコンセッショナリー売場はブランドイメージの訴求力が弱くスペースも流動的で、派遣販売員の人件費に見合う売上の確保は難しいと言われる。

 「販売員派遣型」が大半のヤマトインターナショナル(「クロコダイル」主力)は23年8月期で直営店13店、管理コーナー865店を展開しているが、全社売上(多少の卸売上も含まれる)を店舗数で割れば2369万円、派遣店員数(平均臨時雇用者数)で割れば1992万円と効率は低く、人件費が売上の21.5%と嵩み、営業利益率は1.5%にとどまる。百貨店インショップ主体では、レナウンのアクアスキュータムやダーバンを譲り受けた小泉グループのオッジ・インターナショナルが24年2月期、630人の販売員で95億円を売り上げている。一人当たり売上は1508万円と百貨店主体にしては低いが、高単価で粗利益率が高く、経常利益率は4.9%(前期は6.2%、小泉グループの有価証券報告書による)と収益は健闘している。

繊研新聞によれば、量販店内の自主管理婦人服コーナーではエフリードが98店(うち販売員付き94店)を展開して21億円を売り上げているから一店平均は2143万円、クロスプラスが510店(うち販売員付き370店)を展開して35億3000万円を売り上げているから一店平均は692万円、ジュニアーは300店(全て販売員付き)を展開して28億5000万円を売り上げているから一店平均は950万円と極めて低く(3社とも24年3月末までの1年間)、「販売員付き」と言っても曜日や時間帯で無人になるワンオペ店舗がほとんどと思われる。そんな運営で顧客を捉え、在庫を管理して販売消化が進むのだろうか。

「消化型」卸先売場の在庫を自主管理すれば消化が進んで値引きや売れ残りのロスを圧縮できるというのは、ブランド力があって顧客の認知度が高く、振り替え先の自主管理売場、直営店やECに販売力がある場合に限られるのではないか。

 

■SPA化で我が国のアパレル流通は効率化したのか

 図表Bは90年から23年に至るアパレル流通のダイレクト化(W/R比率※)を表したものだ。アパレル流通のダイレクト化は90年代から進行していたが急進したのは03年〜10年で、1.0を割り込んで19年には0.61まで低下したが、以降は徐々にではあるが逆転している。

  00年から19年で「繊維品・衣服・身の回り品」の卸販売額は18.3%(5.5分の1)に激減する一方、小売販売額は23.9%の減少にとどまり、W/R比率は2.54から0.61に低下したから、直販流通が急進したことになるが、それでアパレル流通が効率化したとは言い切れない。衣類(外衣+下着類)の供給点数はこの間に19億4500万点から39億8400万点と2倍強に増えたが、家計消費の購入点数は2割弱しか増えなかったから、滞貨して持ち越される流通在庫が積み上がっていった。

世帯平均の購入点数に全世帯数を乗じた推定総購入点数は過去5年間の平均で供給点数の56.9%にとどまるから年々、供給量の半分近くが売れ残って持ち越されていることになるが、9000世帯弱のサンプルに基づく家計調査と全国5583万世帯(2020年国勢調査)の国内消費全体とは統計誤差も大きいし、近年は家計消費に計上されないインバウンド売上も拡大している(逆に小売販売で捉えられない越境EC支出が家計消費に含まれる)。20年の環境省調査や業界の断片的なデータから、実際の売れ残り率は商社などサプライヤーの抱える未引き取り在庫も合わせて総供給量の3分の1程度と推察されるが、これがアパレル流通の実態ならダイレクト化は必ずしもアパレル流通を効率化しなかったことになる。

国内産地が衰退する中でのオフショア生産の拡大は必然的に生産のロットとリードタイムを肥大させることになり、需給ギャップが拡大して流通効率は却って低下していったのではないか。

アパレルに限らず流通を効率化するのはダイレクト化ではなく、リードタイムの短縮とオンデマンド生産による需給ギャップの圧縮であり、理想は受注(販売)が生産に先行する無在庫サプライであることは言うまでもない。それに逆行するリードタイムの長い大ロットのオフショア生産に流れ、売り減らし体質に陥ったSPA化が流通を効率化するはずもなかったのではないか。

ダイレクト化はリードタイムの短縮とオンデマンド生産による需給ギャップの圧縮を第一義として進められるべきで、DXがそれを可能にしたことはSHEINやレッドカラーの躍進を見れば明らかだ。

 

※W/R比率・・・W(Wholesale 卸)売上をR(Retail 小売)売上で除した比率で、高いほど流通過程が複雑で、低いほどダイレクト化している様相を表す。

 

■リードタイムと需給ギャップをDXが圧縮する

 需給ギャップ圧縮の究極は顧客と生産を直結する受注生産のC2M、あるいは中国系産直越境ECに見られる「無在庫タイムマシン商法」だが、それを可能にしたのは近年の急速なDXだったことは言うまでもない。「無在庫タイムマシン商法」はオンライン販売でないと無理だか、店舗販売のSPAでもDXを活用すれば調達の無理無駄とすれ違いを回避してリードタイムを短縮し、需給ギャップもコストも圧縮できるのではないか。実際、欧米アパレルと中華圏サプライヤーの間ではオンラインPLM※プラットフォームを活用した効率化が急進している。

 PLMというと企画・生産のみならず流通・販売や経理処理まで一貫して管理するERP※のイメージが強いが、実務上は企画・発注側と受注・生産側を時差・誤差・誤解なくオンラインで擦り合わすPDM※のデジタルプラットフォームが中核となっている。PDMの基本は商品企画を工場と擦り合わせて「生産仕様」に詰め、生産ラインのワークフロー(工程と使用機材、分業流し方式)を組んでコストと時間を積算して納入価格と納期を見積り、受注すればワークフローに基づいて各工程の人員シフトを運用し生産進行を管理するものだが、オンラインPLMプラットフォームを使えばアナログな擦り合わせの何分の一かに着工までの時間を圧縮できる。

 メーカーやSPAが仕様書発注するにしても工場の生産機材を想定した「生産仕様」に落とすわけではないから、工場側の「生産仕様」に沿ったサンプルを作製して擦り合わす必要があり、アナログにやれば相応の手間と時間がかかる。それを回避したければ、間に入るコントラクター(OEM/ODM事業者や商社)の生産仕様に任せることもできるが、それでは思い通りにならないこともあるし、同じコントラクターに発注するライバルと同質化するリスクを拭えない。

生産段階でも、マーキングを工場側に任せては柄合わせや織り組織の向きが食い違うことがあるし、発注側のマーキングCADデータをオンラインCAM連携できないと思わぬ誤差が生じることがある。ZARAのミルクラン生産のように自社工場でCADCAM裁断までして付属も揃え、工場に渡すのが理想だが、発注側がマーキングしてデジタルプラットフォームで工場とCADCAM連携するのが今時のデフォルトではないか。

需給ギャップはリードタイムに比例して大きくなるから、企画・発注と受注・生産をオンラインPLMプラットフォームで連携して最短化する(インディテックスは生産圏も近距離化)のがグローバルトレンドになっているが、我が国アパレル業界はまたしてもガラパゴスに取り残されるのだろうか。

アパレル流通の効率化は、作ってしまった在庫の流通経路短縮や消化管理運用だけでは到底、果たせない。作る段階からリードタイムを最短化し、短サイクルにオンデマンド生産して需給ギャップを最小化する仕組みが不可欠だ。「時間」こそ利益の源泉であり、オンラインPLMプラットフォームが突破口になるのなら躊躇すべきではあるまい。

 

※PLM(Product Lifecycle Management)・・・商品の企画・開発から生産・物流、流通・販売、二次流通までライフサイクル全体の流れを戦略的に管理・運用して品質とブランド価値、利益とキャッシュフローを最大化するITマネジメントシステムとされるが、実際の運用では企画・発注側と受注・生産側の見積り合わせとオンラインCADCAM連携が要となる。

※ERP・・・Enterprise Resources Planning(経営資源管理システム)の略で、商流・物流・金流を一体に管理しヒト・モノ・カネを的確に配分して企業運営を効率化する。

※PDM(Product Data Management)・・・企画と生産のCADデータ連携、コスト&タイム見積り、ワークフロー管理の実務マネジメント。

 

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