小島健輔の最新論文

ダイヤモンド・チェーンストアオンライン
『拝借スペックのPBでは生き残れない!GMS衣料品は自前開発を決意せよ』
(2024年07月24日付)
小島健輔 (株)小島ファッションマーケティング代表取締役

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 円安インフレが止まらない中、価格を抑えた小売業PBへの期待が高まっているが、ことアパレルに関する限り、チェーンストアPBの「品質」や「お値打ち」には疑問符が付く。販売消化の歩留まりや販管費率もともかく、商品の開発体制に根本的な課題があるのではないか。

 

■消費者に見える「品質」を左右する三要素

 アパレルの品質に言及する時に着目されるのは一番に「縫製品質」、二番に「素材クオリテイ」、三番に「仕上がり姿」だが、思い込みや偏見で語られることが多いし、消費者の目が行く順序は逆だと思う。

「仕上がり姿」は一見して商品の品質感を左右するものだが、実際の品質とは必ずしも一致しない。「縫製品質」が高くても、プレス仕上げが雑だったりパターンと食い違えば(専用ボディの高価なプレスマシンが必要)、あるいは物流工程が雑で畳み皺が生じたり縒れて仕舞えば、一格二格下の商品に見えてしまう。自社のパターンが確立されているなら外注工場にプレス仕上げを任せず、自社専用のプレスボディで成型仕上げするべきだし、理想はハンガー物流だが最低限、緩衝材を入れたパッキン物流でシワやヨレを防止するべきだ。 

ニット製品では洗い縮絨仕上げで風合いとサイズ感が激変してしまい、商品価値が倍にも半分にもなってしまう。縮みが足らないとサイズが不自然に大きく打ち込みが甘く耐久性も怪しくなる一方、縮み過ぎれば毛足が寝てふんわり感が損なわれサイズが小さくなってしまう。大手のブランドアパレルでも下手が目立つケースもあって熟練を要する業務だが、逆に言えば低価格品でも技次第で高品質に見せられる。泊まりがけで作業に立ち会うのが理想だが、ニットの縮絨管理に長けたサプライヤー(コントラクター/商社/企画問屋など)と組むのが現実的だろう。

「素材クオリテイ」はコストを左右する最大要素(生産原価の5〜6割)で、一般消費者も見て触れば物性を直感できるから誤魔化すのは難しい。似たような物性を素材の混率や合繊素材への置き換えなどでトレードオフするのが低価格商品の定石だったが、近年は軽く薄く柔らかいイージーケアな機能素材を売りにして旧来仕様のトレードオフとは一線を画する商品も多くなっている。今時のイージーケア機能素材やイージーフィット仕様については後述する。

 同格素材でコストを落とすのは調達ロットで、千反単位、万反単位ともなればコストは激減するから、大手チェーンでは素材を集約して大型のMDを組むことが競われる。「ユニクロ」は定石通りに色数とサイズ数でMDを増幅するが、「ZARA」は色数を1〜2色と極端に絞って、生産ロットもデザインもので1〜2万着、定番的単品でも5〜6万着強に抑制してひと蒔きで終わらせるのに加え、同一素材を自社の染色整理工場で面を変えて何段階かで消化し、製品の小ロット生産と素材の大ロット調達を両立させている。

 「縫製品質」は量販品でも工場段階とサプライヤー段階で二重に検品されているはずで、もとより発注者が『B品でも良いから安くしろ』と指示しない限り縫製始末が破綻した商品が売場に並ぶことはない。理屈はそうだが、「B品」とは言えないまでも始末が多少粗雑な商品が紛れ込むことはある。

アパレルの縫製仕様はアイテム毎にほぼ確立されており、各工程を担う専用工業ミシンと冶具と工員の熟練度が揃う限りは「縫製品質」は担保されるが、納期やコストが折り合わないとこれらが揃わない工場に発注されることもあるし、揃っていても納期やコストに無理を言えば仕事が荒れて始末が粗雑になることがある。それが一般消費者に判るかというと疑問で、「仕上がり姿」や「素材クオリテイ」の方に目が行くのではないか。一般消費者が一見して判るほど始末が荒れていれば「B品」に入るから二重の検品をすり抜けるはずはなく、生産地のローカル市場やアウトレットに放出される。

一般消費者には判らなくても、洋裁を習ったことがある人には始末の荒れは見過ごせないし、高級品に慣れた顧客や業界の玄人は許せないかも知れない。量販品として検品をクリアする以上の「縫製品質」求めるなら、発注者がサプライヤーや工場に指定するスペック(生産仕様)の課題となる。

 

■「お値打ち」はスペック(生産仕様)開発体制が決める

 素人目には「デザイン(商品企画)」=「製品」かもしれないが、実際に商品化するにはディティールを詰めて仕様を固め、パターンメイキング、マーキング、裁断、縫製、プレス仕上げという工程(布帛製品の場合)を経る訳で、途中の何処かですれ違いが生ずれば全く違う製品になってしまう。多くの場合は途中の擦り合わせで解消され、無事に商品化されるが、小売業のバイヤーやマーチャンダイザーが安易に企画した場合、完成品が「商品」にならずに丸ごと二次流通に放出されることがある。

 二次流通(バッタ屋)に放出される商品は売れ残り品という認識だろうが、中には欠落なく色サイズが揃っている放出品がある。キャンセルされた未引き取り品もあるが、発注側の企画意図と生産仕様が噛み合わず、元より「売り物」にならなかった死産品も少なくない。二次流通事業者のコンサルティングに関わっていた時、この手の死産品を幾度も見かけたが、デザインとパターン、素材とディティールが噛み合っておらず、買う人がいるとは到底思えない異形品ばかりで、300円とか500円均一で投げ売りされていた(リメイク資材として購入する人がいる)。

 よほど特殊なケースと思われるかもしれないが、「#ワークマン女子」の店頭で見た夏物のカジュアルアイテムにも危なっかしいものが数点あった。アウトドアやワークのアイテムは従来からのサプライヤーが開発したスペックが踏襲されていて不安はないが、従来のサプライヤーになかった女子向けのカジュアルアイテム、とりわけ盛夏向けの緩い商品は危なっかしく見えた。 

 商品企画を製品化するにはパターンや縫製仕様などのスペックが必要で、従来の定番スペックに乗せるならともかく、新規に開発ないしは大きく変更するにはデザイナーやパタンナーなど専門スタッフが不可欠だが、ワークマンには存在しない。部分的な外注はあるのかもしれないが、全製品に通底する「プランド仕様」を確立して顧客に認識されるには、正社員か契約社員かはともかく常勤するチームが何年もスペックを磨き上げていく必要がある。

 それはワークマンに限らず、多くの製品仕入れ型アパレルチェーン(私は「バイイングSPA」と分類している)や量販店衣料部門に共通する課題だ。イトーヨーカ堂衣料品はバイヤー・MDによる企画仕入れの域を出られず、サプライヤー依存のPBとコンセに終始して顧客層の世代交代に取り残され、曲がりなりにも開発体制がある(メーカー系とは比較にならないが)カジュアルSPAのアダストリアに子育て世代向けカジュアル平場(「ファウンドグッド」)を委託することになった。

 対して『直営でやり切る』と決意を表明しているイオンリテールの衣料品はイオンスタイル船橋、イオンスタイル浦和美園と2000坪級の専門店構成型衣料品売場に再チャレンジし、イオンスタイル橿原で6店に拡大しているが、「TVC」(「トップバリュコレクション」から組織統合して改名)と「セルフサービス」の一部商品を除けば量販店衣料部門の企画仕入れを出ていない。仕様を積み上げて来た「セルフサービス」はともかく、「TVC」には従来型の企画仕入れ品や企画の狙いが定まっていない商品、生産仕様の詰めが甘い商品も散見される。「TVC」は一見「ユニクロ」的な汎用カジュアルSPAを志向していても、「ユニクロ」のように大所帯のデザインチームを抱えているわけではないから、新たな企画の生産仕様を詰めていける開発体制とは言えず「SPA」には遠い。

 「ユニクロ」とて商社依存のSPA体制でPB100%を達成したのはフリースブーム(98年冬)後の00年8月期であり、デザインチームを抱える自社開発体制に踏み切ったのは元イッセイミヤケ社長の多田裕氏を室長に招いてデザイン研究室を立ち上げた02年4月と意外に遅かった(筆者旧著の「ユニクロ症候群」に詳しい)。「ユニクロ」の商品開発力が確立されたのは自社開発体制が軌道に乗った08年8月期からではないか。

 

■トレードオフからスペックの自主開発へ

 チェーンストアのアパレル商品開発は長らく、既存のブランド商材やサプライヤー商材の「生産仕様」を拝借し、トレードオフして低価格化する手法が常套化し、自ら開発チーム(デザイナー、パタンナー、生産管理)を抱えて「生産仕様」を自社開発する体制には踏み込まないで来た。

 それでも何とかなったのは食品部門やドラッグ部門の収益が支えて来たからで、売上が年々減少して収支の境を彷徨い、お荷物部門に甘んじて来たのは否めない。トレードオフの壁を超えて新たな企画と仕様を開発していくには、自ら開発チームを抱えて変化していくマーケットに対応するか、それが出来るサプライヤーと製販同盟を組むしかない。

 トレードオフはマーケットが大きくは変わらず既存商品の「生産仕様」が使える状況での手法だから、ウエアリングや素材、パターンが大きく変わってしまうと対応できなくなる。

 トレードオフで安手薄地の合繊混素材に置き換えていたのは前世紀の話で、元々の「ブランド」仕様は密度感があるウールやコットンなどナチュラル素材だった。リーマンショック頃から軽量で機能的なイージーケア素材が好まれるようになり、2014年頃からインドア系・アウトドア系の合繊機能素材スポーツアイテムを普段着使いする「アスレジャー」が広がって、重くて堅いジーニング系やワーク系のカジュアルはジリジリと淘汰されていった。それがコロナ禍を経てビジネスウエアまで広がってアクティブスーツ(イージーケアな合繊機能性セットアップ)がウール系の既製スーツに取って代わり、この夏は「アイスシルク?」(ポリ100%かポリ・レーヨン混)と喧伝される接触冷感のフルストレッチ(PTT系)パンツ/ジャケットが広がるなど、ウエアリングは一変してしまった。

 当然ながらフィットも大きく変わり、アウトドア系やストリート系はゆる抜けたイージーフィットへ、インドア系やスタイリッシュビジネス系は見た目ピッタリでも楽ちんな抜けストレッチフィットへ大きく変わり、パターンや縫製仕様も一新された。チェーンストアの商品開発がそれに追い付けているかと言うと、残念ながらサプライヤー企画を取り込むだけで、PBの仕様開発は追い付けていない。イオンリテールの「スポージアム」もスポーツアパレルのブランド編集が主体で、SPA的なアスレジャーアイテム開発は一部にとどまる。「TVC」同様、バイヤー・ MDによる開発体制を出ていないのだろう。

 チェーンストア衣料品は自ら開発チームを抱え、使い古された外部スペックに依存してマーケットに取り残されるという何十年も続いた「敗北構図」に終止符を打つか、いざぎよく自社開発を諦めてサプライヤーの今時のスペックにお任せするか、最終分岐点に立っているのではないか。

 

 

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