小島健輔の最新論文

WWD 小島健輔リポート
『外資SPAの落日
「H&M」原宿店の撤退が意味するもの』
(2022年07月20日付)
小島健輔 (株)小島ファッションマーケティング代表取締役

 H&Mの国内2号店で最大規模の旗艦店だった原宿店が8月2日で閉店する。お隣のフォーエバー21は17年10月15日で閉店しており、19年10月末には全14店を閉鎖して日本から撤退している。インディテックスも7月18日に渋谷の旗艦店も閉めてBershka全店を撤退し、ZARAHOMEも急速に店舗を絞っており、表参道のZARA旗艦店も閉店の噂が絶えない。17年にOLDNAVYを撤退したギャップも値引き販売を止められないまま精彩を失い、何時まで日本に残るのか心細いばかりだ。

『アパレルはローカルなもの』とSPAのグローバル展開に疑問を投げかけて来た私としては必然の結末と見るが、外資SPAは総崩れのまま日本から消えていくのだろうか。

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■ピークから半減した外資SPAの国内売上

 08年までは外資SPAの日本国内売上は1000億円に満たず大半を米国ギャップ社が占めていたが、08年9月のH&M上陸、翌09年4月のフォーエバー21上陸によってファストファッションブームに火が付き、09年は1164億円、10年は1316億円、11年は1386億円、12年は1600億円と急速に拡大。ピークの16年には2670億円まで拡大したが、17年1月末にOLDNAVYが撤退したのを契機に減少に転じ、18年には2370億円、フォーエバー21(10月末)とアメリカンイーグル(12月末)が撤退した19年には2147億円、両者の売上が消えた20年には1730億円まで急落。コロナ禍で休業が広がった21年はインディテックスの大量閉店も響き、1340億円とピークの半分まで落ち込んだと推計される。

 これをどう受け取るかだが、H&Mやフォーエバー21が高販売効率だったのは人気先行で店舗が限られた12年頃までで、以降は多店化と共に販売効率が急落。近年は郊外の大型モールでの販売効率はユニクロ(月坪24万円前後)の4掛け以下に落ち込み、外資勢で最も販売効率が高いZARAでさえ7掛けに届かなくなっていた。

初期の人気や集客力を前提にユニクロ並みの家賃条件で出店していたから販売効率は低くてもなんとか採算に乗る店舗も少なくなかったが、家賃条件の良い(立地が悪い)モールに出店したり販売効率の低下で採算割れする店舗が増え、粗利益率もジリジリと落ち込んで持ち堪えられなくなっていた。

外資SPAの日本進出を振り返ってみれば何とか定着出来たのはGAPとZARA、H&Mぐらいなもので、過半はは数年以内、大半が十年以内に撤退しており、15年以降は目立った進出が途絶えている。日本市場のローカル性や参入障壁が諸外国と比べて強いわけではないが(参入障壁は極めて低い)、少子高齢化と経済の凋落による消費の衰退が加速しており、進出投資の回収が困難な「終わった市場」と認識されたと思われる。

定着したはずのH&MやGAP、ZARAまで先行きが危ぶまれるとなれば、新たに投資して進出する事業者が途絶えるのは必然だろう。性懲りも無く出店を続ける国内アパレルチェーン事業者も認識を改めるべきではないか。

 

■店舗再編か撤退か

 店舗網の再編やコスト抑制で乗り切れると見るか、そもそも日本市場にマッチせず採算の維持は困難と見るかだが、大手外資SPAで最も販売効率が高いインディテックスは明らかに後者の判断に傾きつつあり、コロナ禍の2期間で日本国内店舗を145店から86店に激減させている(ZARAは94店から75店と8掛けに留まったが、ZARA HOMEは18店を9店と半減、Stradivariusは8店が0店と撤退した)。そのペースは今期に入って加速しており、25店もあったBershkaは渋谷の旗艦店も閉めて撤退に至っている。新疆綿問題から不買運動に発展した中国本土が20年1月期末の570店から303店(香港は30店から20店)に激減したのに匹敵する減少であり、インディテックスは貧困化とモード離れが加速する日本市場に見切りをつけたと推察される。この辺りが有料への切り替え点か?

インディテックスはBershka、PULL & BEAR、Stradivariusの中国向け公式オンラインストアとTモールストアも7月31日に閉める。これらの実店舗は既に閉店しており、3ブランドは中国市場から完全撤退することになる。日本のZARAHOMEも厳しいから、いずれZARAだけになるだろう。中国では国潮の高揚で外資ブランド離れ、日本ではライフスタイルの質素化でモード離れ、と状況は異なるが、ローカルマーケットに見切りを付けたことには変わりない。

アパレルは元よりローカルなもので、コーカソイド系(アングロサクソン系とラテン系)、モンゴロイド系(華南系と華北系)、ネグロイド系は衣服文化や性表現意識はもちろん、フィット感覚が全く異なる。ZARA(ユーロラテン系)のモードな商品には魅力的なものもあるが、「サイズに無理なく気持ちよく着れるか」「生活の中で自分流に着こなせるか」と問われれば、コーカソイド系に近い躯体でもない限り、試着するのも疎む人が少なくないかも知れない。ローカルフィットやローカル企画に消極的でグローバル展開するインディテックスについては、元より限界があったと見るべきだろう。

インディテックスについては19年後半から進めて来た店舗軸のOMO戦略※も絡む。各国のEC向け出荷倉庫を廃して店舗に在庫を集中し、店在庫引き当ての店渡しや店出荷への切り替えが完了したが、その過程で採算の取れないローカルマーケットから撤退している。日本市場におけるブランドと店舗の急激な集約もその一貫と見るべきかも知れない。

H&Mは撤退より店舗の再配置などによる採算改善で切り抜けようとしているが、EC向け倉庫の在庫負担や物流費用などOMO戦略の遅れは運営効率の足を大きく引っ張っており、グローバルなコストインフレが加速する中、お手上げに追い込まれかねない。その時は店舗網半減か全面撤退かという極策に出るのではなかろうか。その日はもう遠くないと思う。

※OMO(Online Merges with Offline)・・・・オンライン(EC)とオフライン(店舗販売)を融合するマーケティング戦略で、ナショナルなオンライン軸とローカルな店舗軸の二つの選択がある。前者ではローカル対応の物流費が嵩むが、後者ではBOPISを活用して物流費を圧縮し店舗も活性化できる。

 

■サステナブルなRRR循環

 アパレル業界のみならず全産業界でサステナブルなRRR(リデュース・リユース・リサイクル※)循環効率が問われているが、ファストファッションは元より「衣類ゴミ」量産機として批判に晒されて来た。「速い・安い」と評価されて在庫が回転していた頃はともかく、近年は在庫が停滞して値引き販売が常態化し、そのロスを埋めるべくさらに原価が切り詰められて安っぽさが露骨になっていた。

ギリギリ品質ゆえに物理的な耐用期間も短く、愛着の持てないキワモノ商品ゆえ賞味期限も限られ、分別回収されず「可燃ゴミ」として生ゴミ・紙ゴミと一緒こたに捨てられて焼却処分されてしまうことも多い。これが相応の吟味と支出を伴うブランド商品なら耐用期間も賞味期限も長く、着なくなってもリセール・リユースに回るのが普通なのだろうが、ファストファッション品はリユースにもリサイクルに回りにくく(安価混紡素材の問題)、トータルのリデュース効率も低くなる。

批判を交わそうとグリーンウォッシュ紛いのスタンドプレイに走りたくもなるのだろうが、事業活動自体がRRR効率の高いものでない限り、批判は強まりこそすれ和らぎはしないだろう。遠隔地で見込み量産する旧世代ファストファッションが需給ギャップを改善してRRR効率を高められる可能性は極めて低く、グローバルなサプライチェーンのコストインフレが追い詰める。DX装備のオンデマンド生産・産直出荷・無在庫越境ファストファッションが急拡大する今日、アナログな旧世代ファストファッションは成長性も収益性も壁に当たっており、RRR効率という視点からも退場を迫られている。「衣類ゴミ」量産機はもういらないのではないか。

※リデュース・リユース・リサイクル(Reduce・Reuse・Recycle)・・・Reduceは物を大切に使いゴミを減らすこと、Reuseは使える物は繰り返し長く使うこと、Recycleはゴミを資源として再利用すること(環境省地球環境局)。

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