小島健輔の最新論文

販売革新2013年9月号掲載
「円安、原材料高騰下の価格抑制」衣料品編
『原価抑制よりロス抑制が課題』
(株)小島ファッションマーケティング代表取締役 小島健輔

 昨年11月以降、急進した円安で輸入品浸透率が96%を超える衣料品は調達原価の高騰が避けられず、円安が直撃する秋冬物以降のコスト抑制が業界の課題となっている。加えて、来春には消費税の増税も予定されている。どうすれば調達コストを抑制出来るのか、どうすればコスト上昇を売価に転嫁しないで済むのか、根本から検証してみたい。

調達手法を直接化する

1)売場面積や展開スペース
  衣料品の調達手法には間接から直接の順に大きく1)仕入れ、2)ODM調達(業者企画商品の製品買取)、3)OEM調達(発注者企画商品の生産委託製品買取)、4)自社開発調達(発注者企画商品の賃加工委託)の4手法があり、高額品では5)自社開発自社工場生産という選択もある。
 間接ほど調達コストが高く直接ほど調達コストが低くなるが、直接化するほど発注者側の開発固定費(大半が人件費)が肥大するから、生産ロットが小さいと逆にコスト高になりかねない。駅ビルなどに30〜40店を展開する程度だとロットが限られ、自社開発調達だとODM調達の倍以上の価格になってしまう。ユニクロが膨大な開発費をかけてもコストに響かないのはロットが数百万枚にも昇るからだ。  加えて、「自社開発調達」では素材を調達しての賃加工委託になるから仕掛かり在庫負担も大きい。商社金融を活用すれば資金負担は軽くなるが手数料がコストに乗り、OEM/ODMの誘惑も大きくなる。商社にシッピングや輸入決済を委託しても手数料がかかるから、それらを自社で行えばコストは下がるが、社内組織の固定費に見合うかは疑問だ。
 小売業者のオリジナル調達で最も原価率が低いのが「自社開発調達」で28〜35%程度。「OEM調達」はそれより1〜2ポイント高く、「ODM調達」は同4〜5ポイント高いが、ロットが小さいと開発固定費の方が高く付いてしまう。「ODM」や「OEM」から「自社開発」に切り替えてコストが落とせるのは最低でも60店、出来れば100店以上の展開規模が望まれる。
 但し、直接開発するほど付加価値も高まるから売価を高く設定出来、結果的に原価率を抑制出来る場合も多い。店舗数と調達ロットはスライドするとは限らず、素材やアイテムを限定して集中すれば店舗数の数倍のロットに乗せられる。シャツやパンツのシングルライナー業態はその好例だ。

生産原価に踏み込む

 さらに踏み込んで生産原価の中身を抑制するにはどうしたら良いのか。衣料品の生産原価のうち材料費(生地/糸/付属)がほぼ42%、工賃がほぼ49%、間接費が9%程度と言われる。これに生産業者の粗利益が乗るのは言うまでもない。
 調達コスト上昇の要因として工賃(人件費)や原糸の高騰が言われ、工賃抑制には人件費の低い南アジアなど発展途上国への生産地移転が効果的とされるが、現実はそんなに単純ではない。工賃が低いのは非熟練労働者を大規模分業で使っている面も大きく、国内工場では数工程で分業(部分セル生産に近い)しているのに対し中国では数十工程、南アジアでは数百工程にも分業している事がある。人員規模で言えば国内が数十人、中国が数百人に対して南アジアでは数千人がミシンを並べている。と言う事は工賃が安いほどロットが桁違いに上がって行くという事だ。工程を細かく分業するほど生産準備も手間取るから、ロットによるコスト差も大きくなる。
 素材や付属もロットによるコスト差が大きい。生地の織り立ては仕掛かり準備が途方もなく手間取るから、生産ロット丸買いなら数反買いの半額で買えるし仕様も指定出来る。コストを落とすには素材の集約と生産ロットの桁上げが不可欠だが、それには展開規模の拡大だけでなくMDの組み立て方が突破口になる。より素材を集約しアイテムを限定するMDをどう組むかが問われているのだ。
 物理的な生産原価に加え、商品の仕様を開発するコストも馬鹿にならない。テイストやアイテムを放漫に拡げればパターンや縫製仕様の開発コスト、サンプル代も嵩んで行く。これらを集約してコストを下げ、ロットを拡大してコストを吸収しないとトータルコストは下げられない。結局はブランドコンセプトや商品政策がコスト効率を決めるという真理に行き着く事になる。

物流プロセスを変える

 生産原価に踏み込むより先に小売業者が手掛け易いのが物流プロセスの改革によるコストダウンだ。物流プロセスには1)工程間物流、2)集荷基地物流、3)物流加工、4)消費地物流の四段階がある。コストの高い国内で行う工程をコストの低い生産地に移転するのが基本で、しまむらが進めているように生産地の集荷基地で検品やタグ付け、配分仕分け(初期配分は店別に補充分はエリアDC別に)などの物流加工を済ませて国内DCにコンテナで直送する。
 さらにコストを落とすには工程間物流に踏み込むしかない。インディテックス社のように素材の染色整理/裁断/副資材揃えという入り口工程とプレス仕上げ/検品/物流加工/出荷という出口工程の間を短時間にミルクラン集配出来るようアイテム別のファブリケーション(縫製/編み立て)工場を配置してコンビナートを形成するのがベストだが、中国も南アジアもかつての日本のように狭い地域にサプライチェーンが繋がった‘産地’を形成しておらず、交通網の利便性も比較にならない。工程間物流が非効率という事はコストと同時に時間も食うという事だから、販売機会損失も無視出来ない。
 インディテックス社のような自前コンビナートを形成するなど不可能に思えるかも知れないが、自動車や一部の家電、台湾の自転車業界などではコスト競争上不可欠な戦略であり、インディテックス社のコンビナートもトヨタが設計したものだ。圧倒的コスト優位に立つ決定打だが、ユニクロ並みのロットと素材の集約が前提となる。ここでも『グローバルに勝ち残る事業規模』というハードルが立ちはだかっている。
ロス圧縮の方が遥かに効果的
 調達コストや物流コストを切り下げるには必ずロットというハードルが付きまとう。より事業規模の大きい商品政策が確立された企業ほど優位になるから、中小の事業者はもちろん、大きくても商品政策が流動的/分散的な企業は不利を否めない。しかも、あらゆる手を打ったとしても原価の抑制はせいぜい数ポイントであり、円安分はおろか消費税の増税分を埋める事さえ難しい。ならば流通ロスを圧縮する方が遥かに現実的なのではないか。衣料品業界の流通ロスは小売段階だけで初期設定価格の25%以上と推計されるからだ。
 プロパー消化率が50%で残りを平均50%オフで売り切った(最終廃棄ロスも含む)場合、ロス率は25%、歩留まり率は75%になるが、この水準を割り込むと収益の確保が難しくなる。アパレル商品の店別配分をSKUあたり各1に抑えて自社ルート便による毎日の店間移動でロス率を7%に抑えるしまむらは望外の特例で、高収益を誇るユニクロ(国内事業)とてキックオフを多用した大量販売のロス率は24%強と推計される。ましてや量販店の衣料部門など30%前後のロスを垂れ流しているのではないか。
 当社の主催するSPAC研究会メンバー企業の13年回答の平均ロス率を見ても、一部リスク分担のあるリテイラーメンバー平均が20%強なのに対し、全量完全買取のアパレルメンバー平均は26%に達する。メンバーの調達原価率とロス率をリーマンショック前の07年と直近の13年で比較すれば、調達原価が36.4%から33.9%に2.5ポイント下がった一方でロス率は18.6%から22.4%に3.8ポイント肥大し、初期価格総額対比の粗利益率は45.0%から43.7%に低下している(実現売上対比では55.3%から56.3%に微増)。この期間の円高進行が現地の生産コスト上昇を相殺して調達コストはやや低下したが、流通ロスの肥大が値入れを食い潰して粗利益率は逆に1.3ポイント低下したのだ。

なぜロスが拡大したのか

 SPACメンバー企業のロス率は07年と13年の比較だったが、上場アパレル企業の粗利益率推移や衣料品の輸入単価指数推移を見れば調達原価率の切り下げは99年頃から加速し、それと呼応するようにロス率も肥大して行った事が伺える。が、小売業のロス率肥大、すなわち在庫消化運用技術の低下は00年を契機に歯止めが利かなくなっていったのだ。
 00年は小売業界にとって正に世紀の変わり目となるレジュームチェンジの年だった。3月1日には改正「借地借家法」が施行されて定期借家契約が導入され、テナント出店の固定投資が格段に軽くなった一方、営業継続の保証もなくなった。6月1日にはまちづくり三法に基づく「大店立地法」が施行されて商業施設開発の用途地域が厳しく制限される一方、営業時間規制が撤廃されて閉店時間の延刻が急速に広がった。
 営業時間の延長は店舗運営要員の二交代制を必然化し、夜間勤務も嫌気されて全国的継続的な要員不足をもたらし、未経験非熟練人材が急増して店舗運営の水準が急速に劣化して行った。熟練人材を前提とした質の高い店舗運営は非現実的となり、接客はもちろん在庫編集や陳列も非熟練人材でも可能な水準に下げざるを得なくなった。結果、消化率や回転率がジリジリと低下してロスが肥大し、それを埋めるべく調達原価を切り下げ、宣伝費を増やして売上を下支えするという構図が深まり、それがまたロス率と経費率の肥大を招いて原価率の切り下げに繋がるという悪循環に陥って行った。
 そんな店頭の劣化がネットショッピングの急拡大を招いた要因のひとつである事は間違いない。実際、最近のECショップでは店頭のベテラン販売員を超える懇切丁寧ビジュアルな商品紹介や購入者レビュー掲載、送料無料や返品自由が広がり(米国ではリアルチャット接客も広がりつつある)、店舗在庫照会など店頭とのO2Oも便利になってオムニチャネルなショッピングがストレスなく楽しめる。素人臭い店員のおぼつかない接客や在庫照会より余程、信頼に足ると考える消費者が増えるのも当然なのではないか。

ロス圧縮の四原則

 店舗運営の劣化が招いたロス肥大を放置したままでは調達原価を圧縮しても笊に水になってしまう。まずは店舗運営の質を高めてロス肥大に歯止めを掛けるのが先決だが、そのポイントは以下の四点に尽きる。
 1)在庫配分・補給・店間移動の精度を上げる
 在庫の初期配分の精度を上げるには「カセット配分」と「傾斜配分」の適確な使い分けが不可欠だ。単品毎には「傾斜配分」が最速消化をもたらすが、店舗格差の拡大が避けられないし品揃えのバランスも崩れてしまう。「カセット配分」は店頭フェイスと品揃えの標準化を可能にするが、店別の消化の偏りが避けられず、膨大な店間移動が必要になる。
 両者の欠点を補正して使い分けるのが基本で、「傾斜配分」には投入枠の上限下限を設け、「カセット配分」には販売効率別にSKU量のタイプ設定をした上で、主力/定番商品は「カセット配分」、デザイン物/スポット物は「傾斜配分」を行うべきだ。
 補給頻度を高めるほど販売機会は高まるが、物流費や店頭の品出しと陳列整理の作業量も肥大するから、初期配分の精度を高めるのが先決で、補給は客注を除き曜日と時間帯を定めてルーチン化したい。センター備蓄比率は商品政策で異なるが、定番比率の高いMDなら三〜四割、一般的なケースでは二割程度を備蓄に回すのが効率的なようだ。
 店間移動は不振時にあたふたと行うより投入サイクルと合わせて毎週定期的に行うのが効果的で、人時配置も計画的に対応出来る。期中にエリア内で行うルーチンではDCを経由せず店舗へ直送するが、エリア内で店タイプを定めて異動先を固定するのが好ましい。期末のエリア間移動では送り先エリアのDCに集荷してから各店に仕分けるのが現実的なようだ。
 移動の単位は品番が基本だが、重点商品や色/サイズで消化に偏りがある場合はSKU単位で行いたい。
 2)プライシング技術向上でロス率を圧縮する
 期末にまとめてマークダウンするより消化状況に則して随時にマークダウンしたり、販売ピーク直前や投入直後(二週間後)にキックオフを仕掛ける方が消化は遥かにスムースで、商品回転にも顕著な差が出る。当社のSPAC研究会メンバー企業でも期末集中型の平均5.3回転に対して毎週定期型は平均7.5回転と明らかに優れており、ロス率もキックオフ非活用企業の平均24.5%に対して活用企業の平均は18.8%と格段に低い。
 マークダウンは品番単位が一般的だがSKU単位の方がロス率を低く抑えられるから、色/サイズの消化の偏りが目立つ品番はSKU単位にマークダウンすべきだ。SPAC研究会メンバー企業でもSKU単位に運用している企業の平均ロス率は16.4%と、品番単位に運用している企業の平均24.0%より格段に低い。マークダウンとキックオフの手法は極めると商品回転/ロス率を格段に改善出来る打ち出の小槌なのだ。
 3)店舗在庫の編集陳列運用で消化率を高める
 80年代までの一流専門店やイトーヨーカ堂は消化動向に即して店頭在庫の分類配置や打ち出すルックを組み替え、消化の勢いを回復させる編集技術を確立していたが、POSデータ依存で売れ筋を後追いする傾向が深まるに連れ経営陣が現場の編集運用を軽視するようになり、今日ではすっかり技術が失われてしまった。編集技術が損なわれた分、ロス率も回転も悪化し、それを調達原価率の切り下げで埋めるという悪循環に陥って久しいのが実情だ。
 しかし、今日でも店頭在庫(後方ストック含む)の編集運用は極めて効果的で、定期的に行えばロス率/回転はもちろん、売上も目に見えて改善出来る。SPAC研究会メンバー企業でも、毎週定期的に行っている企業の商品回転は平均7.2回と、その他の企業の平均5.8回を大きく凌駕している。
 現場に定着させるには手順マニュアルを作成して研修するのはもちろん、新規投入や店間移動を定期化して編集作業と連動させ、熟練者が現場で運用を指導して技術水準を高めて行く必要が在るが、ほとんどの企業で技術体系が散逸している現状では外部専門家の指導が不可欠だ。 4)商品編成と季節展開のシナリオを固める
 どのような技術を駆使しても、コンセプトも計画性もない継ぎ接ぎのMDでは効果が笊に水になってしまう。コンセプトを明確にして計画的なMDをインパクトある編成と陳列フェイスに組み上げ、その骨組みを状況に即して運用しない限り、継続的な成果は望めない。前述した三つの技法を大きな成果に繋げるには、商品編成と季節展開のシナリオを明確に組み立て店頭フェイスに表現する事が出発点になる。それを欠いては顧客の支持も得られず、商品開発から店頭の在庫運用まで社内の業務も効率化出来ない。

※列記したような技術体系は当社の主催するSPAC研究会で基礎から最先端まで学ぶ事が出来るが、近々では10月17日に開催する「マーチャンダイジング&在庫運用技術革新ゼミ」でメンバー外の方々にも公開する。

論文バックナンバーリスト