小島健輔の最新論文

マネー現代
『大流行「売らない店」は「百貨店の救世主」になるのか…?
プロの「意外な答え」』
(2022年03月19日付)
小島健輔 (株)小島ファッションマーケティング代表取締役

「B8TA」に追従した百貨店業界、RaaS型かOMO型か

「B8TA」が丸井や三菱地所なども出資してジャパン社を設立し、20年8月に新宿マルイ本館と有楽町電気ビルに出店したのがよほどインパクトがあったのか翌21年9月2日、西武百貨店が渋谷店パーキング館1階に”メディア型OMOストア”を謳ってD2Cブランドを集積した700平米規模の「チューズベースSHIBUYA」を開設した。

QRコードから専用サイトにアクセスしてショッピングカートに入れ、売場で精算して持ち帰ることもECで購入して宅配してもらうこともできるから、RaaS型の”売らない店”ではなく店舗にも在庫を抱えて”売る”OMO型だ。

大丸松坂屋百貨店も間髪を入れず10月5日、大丸東京店4階エスカレーターサイドのイベントスペース100平米にD2Cブランドを集積したショールームストア「明日見世(ASUMISE)」を開設したが、こちらは在庫は持たずECに誘導し、ブランドから固定の出店料を取るから「B8TA」と同じRaaS型の”売らない店”だ。

高島屋も22年3月4日、ショールーミングストア事業への参入と4月下旬の一号店開設(高島屋新宿店2階)、5年以内の国内外5店舗の布石を発表しているが、店舗に在庫を持たないからRaaS型の”売らない店”と見られる。

商社の双日もニューヨーク発の体験型ショールーミングストア「ショーフィールズ」に出資し、今年夏にも国内一号店を開設するが、こちらも米国と同様ならRaaS型となる。

“売らない店”ってなんなの…?

「B8TA」は15年にサンフランシスコ近郊のパロアルトに一号店を開設し、最盛期には米国内に23店、ドバイに1店を展開していたが、今年2月18日には全店を閉鎖している。

B8TA Japanは上陸直後の20年9月には早くも米B8TA Inc.との資本関係を解消してライセンス契約に切り替え、21年11月には渋谷に3号店を開設し、12月末には日本国内事業の商標権と運営ソフトウエアのライセンスを米B8TA Inc.から取得して独立。資本を増強して「B8TA」の国内展開を加速しアジアにも進出すると発表しているが、RaaS型のまま拡大していけるのだろうか。

そもそも“売らない店”と小売業界で注目されたのは、RaaS(Retail as a Service)を謳うショールーミング業態で、気の利いたガゼットやD2C(ネット直販)のアパレルやコスメなどのサンプルをブランド毎のブースに並べ、固定の出品料を取って商品説明やECサイトへの誘導を行うとともに、来店客の購買行動を画像解析してマーケティング情報も提供するという付加価値型の売場サブリースビジネスだ。

来店客は展示商品を見たりスタッフの説明を聞いて興味を持てば、商品に添付された二次元コードをスマホでスキャンしてECサイトのさ・さ・げ情報などを閲覧し、気に入ればその場でも後でもECサイトに注文するもので、店頭での販売を主としないから業界では”売らない店”と注目された。

”売らない店”と言っても出品者から在庫を預かって店頭でも販売する場合があるし、西武百貨店の「チューズベースSHIBUYA」のように、在庫を預かってECと店頭の販売を連携させるOMO(オンラインとオフラインの融合)でBOPIS(Buy Online Pick-up In Store)対応するものもある。

一般の”売る店”と比較してどれほどの利便性があるのかは当初から疑問視されたが、サンプルだけが並ぶスマートな売場空間とスマホでショールーミングするというイケてるアクションが話題となって一時はブームとなった。

“ショールーミング”“ウェブルーミング”って何なの

売場の商品タグに添付された二次元コードをスマホでスキャンしてECサイトに飛び、商品情報や価格を比較して購買を決定するという”ショールーミング”は、家電など価格を比較できるNB(National Brand)商品では一般化して久しい。

が、販売価格が統一されたアパレルやコスメ、とりわけ店舗が限定されたD2Cブランドではサステナブルなコンセプトやこだわりの生産背景などを訴えるに留まり、”ショールーミング”による”売らない店”は市場導入期のキャンペーンとしてはともかく、販売手法としては継続性が疑問視されていた。

“ショールーミング”と真逆のアクションが“ウェブルーミング”で、ECサイトやSNSで事前に商品や店舗を比較した上で、ECサイトから商品を取り置いた店舗に出向いて実見したり試着して購入する。

BOPISと直結するアクションで購買利便が高いが、手早く低コストに店舗に商品を用意するには店舗在庫の引き当てが必要で、店舗在庫が限られるか無いに等しい”売らない店”にはハードルが高い。

RaaS型ショールーミングストアは店舗数も店舗在庫も極めて限られ、EC出荷倉庫からの店舗配送は店舗在庫の引き当てに比べて時間もコストもかかるため、店舗在庫を引き当ててBOPIS対応する小売チェーンに対し利便面でもコスト面でも競争力が無かった。

RaaS型ショールーミングストアの「限界」

限られた店舗数と無いに等しい店舗在庫という弱みに加え、手間取るショールーミングが疎まれるという危惧も現実となったようだ。

RaaS型以前にもアパレル業界では「ZARA」や「GU」がショールーミングストアを開設しているが、どちらも実験に終わって多店化には至っていない。その敗因は試着用サンプルの運用に手間取る割にショールーミングによる売上が伸びず、在庫を抱える通常店舗に販売効率も収益性も及ばなかったからと推察される。

通常店舗でもタグの二次元コードから容易にECに飛べるし、店受け取りが出来る小売チェーンも多くなった。BOPISが広がるに連れ、ショールーミングストアの存在意義は失われていったのではないか。

実際のところ、売場の商品タグを逐一、スマホでスキャンしてECの商品情報を閲覧するだろうか。絞り込んだ一点、二点ならともかく、物色する段階では手早くタグを読める方が有難い。

執拗にタグを隠す慣習をやめられないアパレル業界に合理的な判断を求めるのは困難だが、ECのさ・さ・げ情報程度なら名刺サイズの二つ折り吊りタグに印刷すれば済む(さ・さ・げタグ)。在庫情報や購入者レビューまでとなれば二次元コードのスキャンが必要だが、販売員を煩わせることなくスイスイと商品情報をチェックして手早く商品を選択できるメリットは大きい。

出品するD2Cブランドの側からしても、「B8TA」のように40cm×60cmの陳列スペースに月額30万円も支払うのは、在庫管理や物流、店頭スタッフによる説明やマーケティング情報がパッケージされているとは言え、アパレル業界では市場導入のプロモーション段階はともかく継続利用は難しい。

店頭では”売らない”でもECでは”売る”必要がある出品者側にとって、サステナブルなパートナーとは言えないのではないか。

百貨店ショールーミングストアの突破口

では「B8TA」に追従した百貨店のショールーミングストアも一時の徒花に終わるのだろうか。おそらく大半はそうなるだろうが、突破口を見出せば新たな発展が期待できるかも知れない。

もとより消化仕入れでEC受注では物流にワンクッション入って手間取り、BOPISもメーカー在庫客注型のお取り寄せになるが、ドロップシッピング型(出品者が顧客に直送)OMOと割り切れば、物流の泥沼に手を突っ込むことなく、売場スペースに制約されることなく、取り扱い品目を拡大できる。

店頭にはサンプル以外の在庫を持たず、顧客はECで注文して宅配かBOPIS(店受け取り)か選択できる。出品者には固定課金のRaaS型でも在庫預かり消化仕入れのOMO型でもない手数料率課金型になるから、物流の重複も避けられコストも格段に軽くなる。

消化仕入れの店舗販売から自然なOMO転換で、百貨店がドロップシッピング手数料率課金型”売らない店”に目覚めれば、「B8TA」のようなRaaS型の”売らない店”は存在が難しくなるだろう。

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