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『ジーンズは復活するか』(日米比較編)(2019年09月11日付)
小島健輔 (株)小島ファッションマーケティング代表取締役

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世界のジーンズ市場は拡大している

 わが国のジーンズ市場は2000年代中盤の成長が急激だったから反動も大きく縮小も急激だったが、世界のジーンズ市場は波動はあるものの途上国が伸び続け、2018年から2023年にかけても金額ベースで4.9%、数量ベースでは6.6%伸びると予測されている(Just-Style.com予測)。

 最大市場の米国は11年段階で6億5000万本と当時の日本の9倍強、135億ドルの小売規模があった。12〜13年は伸びたが14年以降はアスレジャーに押されて17年まで減少が続き、18年は2.2%伸びて167億ドルに達したとされる(ユーロモニター調査)。この間に米国の消費者物価は11.6%上昇しているが実質でも10.8%伸びており、アスレジャー市場が年率7%のペースで拡大する中も日本市場のような急激な衰退は見られなかった。

米国の「ライトオン」たる「バックル」

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 ライトオンと比較される米国のジーンズカジュアル専門店チェーン「バックル」のこの間の業績推移を見ると、07年の6.2億ドルから売上高を伸ばしてピークの14年(15年1月期)は11億5300万ドルを売り上げたが、以降は年々減少して18年は8億8550万ドル(ピーク比76.8%)まで落としている。売上げピークからの落ち込みは07年から11年のライトオンと似ており、落ち幅(ピーク比75.6%)も近似しているが、近年も売上対比10%前後の営業利益を計上しており、19年8月中間期で再び赤字転落したライトオンとは収益力が異なる。

 販売効率のピークは12年の475ドル/sfで18年は334ドル/sfと七掛けに落ちているが、それでも円換算(108円)でほぼ130万円/坪と、18年8月期で96.4万円/坪に低迷するライトオンより35%も効率が高い。

 ライトオンがジーンズ市場で9%強のシェアを占めるのに対し、PBが大勢を占める米国の「バックル」(18年のデニム売上比率は41.0%)の占拠率は2.2%に過ぎないからジーンズ市場総体の動きを現しているとはいえない。ならば、米国最大のジーンズメーカーたるリーバイ・ストラウス社の業績推移を日米欧亜で比較してみよう。

リーバイ社の業績推移に見る日米ジーンズ市場の違い

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 リーバイ・ストラウス社の18年11月期は3年連続増収の55.75億ドル(前期比13.7%増)を売り上げてアンダーアーマーを抜き、全米アパレルメーカー5位に躍進。19年3月には34年ぶりにNY証券市場に再上場を果たし、直後の時価総額が87億ドルに達して『リーバイ復活!』を印象付けた。

 今上半期(12〜5月)も6.1%増と好調を継続するリーバイ・ストラウス社だが、ピークは96年11月期の71.4億ドルで、台頭するファッションジーンズに押されて年々売上高が減少し02年11月期には41.46億ドルまで急落。11年12月期には47.62億ドルまで戻したが、その後はファストファッションなどに押されて16年まで一進一退し、17年からの世界的なローカル回帰の奔流に乗って急回復している。

 リーバイ・ジャパンの軌跡とは大きく異なり、03〜05年のような急拡大も以降11年まで6年連続減収、9〜11年の3年連続赤字という凋落もなく、最初の上場以来、赤字を計上したこともない。リーバイ社の米大陸市場売上高の推移を見ても、97年から09年の停滞期においても05〜07年に回復が見られるし、リーマンショックを経て10〜14年も伸びている。15〜16年こそ小幅な減収となったが17年から回復に転じ、18年は10%近く伸ばしている。

 00〜18年間の売上高の上下振幅は米大陸市場が1.33倍に収まるのに対し、日本市場は3.24倍にも達する。

 リーバイ社の日米業績推移の違いこそ、日米ジーンズ市場の性格の違いを物語っている。米国においてはカントリーのワークウエアからストリートのファッションまでジーンズが生活文化として定着しており、ファッションジーンズやセレブジーンズなどトレンドで大きく伸びることもなく、カジュアルの根幹を変えてしまったアスレジャーさえも大きなダメージとはならなかった。

回復局面でも日本市場の特殊性が際立つ

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 16年からの回復局面でも日米欧亜市場特性の相違がうかがえる。リーバイの米大陸、欧州、アジア、日本、4地区の四半期ごとの売上前年比推移を比較してみよう。

 最初に回復を見せたのは15年第3四半期から16年第3四半期の日本だったが、16年第4四半期には失速して17年の第2四半期から再上昇している。続いて回復したのがアジアで、15年の第4四半期から上向いたが勢いを増したのは17年の第4四半期からで、日本のような山谷は見られない。欧州は16年の第2四半期以降、ぐんぐん伸びて18年の第1四半期でピークを打ち、以降は減速しているが、勢いのピークが高く継続期間も長かった。

 米大陸は浮上したのが17年の第1四半期と遅かったが、以降は18年の第1四半期をピークに山が低く安定した回復を見せている。それに対して日本は山谷の差が大きくサイクルも短い。飛び付くのも早いが飽きるのも早く、ジーンズがライフスタイルでなくファッションで購入されている側面が大きいことが分かる。それだけにセレブジーンズの反動も大きかったし、アスレジャーへの流出もダメージとなったのではないか。

アスレジャー台頭によるダメージも違った

 米国ではアスレジャー市場が拡大してもジーンズ市場は大きくは落ち込まず、17年以降はローカル回帰やワークウエア人気で回復しているが、わが国のジーンズ市場は縮小が止まらず、17年以降もヴィンテージデニムやダメージデニムなど点の回復はあっても市場規模の回復は見られない。この差はどうして生じたのだろうか。

 SPAや量販チェーンのPBジーンズが大勢を占めるのは米国とて同様で、NBからPBへの交代はわが国よりはるかに早かった。全米ベースの統計はないが、73年まで「リーバイス」の全ライン/サイズをそろえていた「GAP」のジーンズPB比率が過半を超えたのは70年代末期、100%になったのは92年だから、「ユニクロ」が100%PBになった00年より10年近く先行している。

 米国でもPBジーンズは「リーバイス」などNBジーンズのトレードオフ(お値頃な焼き直し)から始まり、90年代後期からデザイナージーンズ、00年代はセレブジーンズの影響が強まったが、リーマンショック以降はアスレジャーが台頭してPBジーンズもストレッチデニムやジャージデニムなどアクティブフィットを取り入れていく。

 アスレジャーをリードしたルルレモン・アスレティカ社の売上高は08年1月期(71店舗)の2.7億ドルから急増して12年1月期(174店舗)には10億ドルに達し、全米アパレルチェーンの16位(前年は21位)に躍り出ている。直近の19年1月期(440店舗)も24.1%増の32.88億ドルを売り上げて同7位まで上昇しており、勢いに陰りは見られない。

 ジーニングが日常生活に定着した米国市場では、アスレジャーの台頭でPBジーンズはアクティブフィットなど機能性を追求する一方、NBジーンズはワークウエアやヴィンテージなど本来の味わいを訴求して独自のポジションを守るという二極化が進み、ジーンズ市場総体は日本のように萎縮することはなかった。日本でもPBジーンズは機能性追求が見られるが、ジャージや合繊クロスのトラックパンツが拡大した分、ジーンズ市場総体は萎縮を余儀なくされた。この差はなぜ、生じたのだろうか。

フィットの違いが明暗を分けた

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 図は日米のアスレジャースタイルやドームスタイル、ジーニングの各スタイルのフィットと面感(テカテカからダメージまで)を大雑把に位置付けたものだ。

 同じアスレジャースタイルでも、米国のそれがエクササイズをイメージしてボディコンなのに対し、日本のアスレジャースタイルは米国のドームスタイル(学生寮風着たきりジャージスタイル)よりさらにフィットがイージーだ。PBジーンズにしても米国のストレッチジーンズがかなりボディコンなのに対し、日本のストレッチジーンズはウレタンを抑えてボディラインの露出が控えめだ。

 日本のPBジーンズを代表する「ユニクロ」はボディコンなウルトラストレッチジーンズからイージーなカーブジーンズやワークなクラシックフィットジーンズまで幅広くカバーしているが(男女でラインアップが異なる)、ダメージジーンズやストリートジーンズはラインアップしていない。グローバルブランド化した「ユニクロ」は日米欧亜のジーニングを幅広くカバーしており、ウルトラストレッチジーンズは欧米好みに位置付けられる。

 元々のジーニングはジャストフィットより少し抜け落ちたワークフィットで、洗い晒した加工感が自然だが、90年代末の「アバクロ」最盛期にはダメージ加工のルーズフィットを落とし履き、トランクスを露出するのがはやったりもした。

 生活と生計に追われてゆとりのない今日の日本では楽に着こなせてTPOレスに着回せる“汎用パーツカジュアル”が拡大しており、欧米や中国より格段に緩いフィットが好まれる。

 アスレジャーにしても米国のエクササイズ・フィットとは異次元のイージーフィットが主流で、ヤンキーな着たきりジャージスタイルが国民服的に定着した感がある。

 そんな日本市場ではスキニーフィットのジーンズは主流とはなり得ず、緩い着たきりアスレジャースタイルが広がってジャージや合繊クロスのイージーなトラックパンツがジーンズを駆逐する結果となった。

ジーンズはカジュアルの本流に復帰できるか

 米国のようにライフスタイルに定着し切れず浮き沈みの大きいファッションという性格が付きまとい、ブームの後の低迷から立ち直れないまま、楽チンなフィットとTPOレスな着回しを求めて広がった“日本的アスレジャー”に駆逐された日本のジーンズだが、このままカジュアルの本流から外れてしまうのだろうか。

 米国のジーンズ市場が安定しているのはファッションやライフスタイルのトレンドに左右されない“ワークウエア”という土台が大きいからで、その延長にヴィンテージジーンズもプレミアムジーンズも位置付けられる。わが国のジーニングは“ワークウエア”という土台がほとんど存在せず、その時々のトレンドに乗って“お洒落”を売り、盛衰を繰り返してきた。

 それではジーンズはライフスタイルに定着しない。ジャージのトラックパンツが“日本的アスレジャー”のTPOレス着たきり楽チンアイテムとしてすっかり定着したのと比べれば、ジーンズは日常の必須アイテムになり切れないでいる。

 日米のジーンズ市場推移を比較すれば、ジーンズがファッション屋の博打アイテムとして翻弄されるのが良いことか疑問を抱かざるを得ない。ファッションアイテムとして仕掛ければしばらくは上向くだろうが、トレンドの熱が冷めれば元に戻ってしまうし、下手をすれば元より落ち込んでしまう。そんな繰り返しを脱して日常の“汎用ワークアイテム”として生活に定着させることが先決ではなかろうか。

 今日のわが国においては2方向が考えられる。1つは米国と同じくカントリーやアウトドアにおける“汎用ワークアイテム”、1つは都市生活の普段着からカジビジまでカバーする“汎用ワークアイテム”だ。そんな両面コンセプトで大成功を収めた「ノースフェイス」の事例が参考になるかもしれない。

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