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現代ビジネスオンライン
『ドンキも参入! アパレル業界を揺るがす「オフプライス革命」の衝撃』
(2020年03月19日付)
小島健輔 (株)小島ファッションマーケティング代表取締役

何事にも臨界点と言うのがあって、行くところまで行くと雪崩打つように事が進んでしまう。

アパレルブランドを正価(フルプライス)で買うか割引価格(オフプライス)で買うかも、割引価格で買う方が多数派になってしまえば正価で買うのは馬鹿らしくなるから、もはや誰も正価では買わなくなる。米国ではとっくに現実になっているが、日本でもどうやら一線を超えたようなのだ。

多店化が始まった「オフプライスストア」

3月7日、相模原のニトリモールにオフプライスストアの「アンドブリッジ」が売場面積150坪の2号店を開設。3月19日にはオフプライスストアの「ラックラック・クリアランスマーケット」が新所沢パルコに224坪の5号店を開店し、3月24日にはあのドン・キホーテも「オフプラ」の1号店を名古屋郊外に開設する。

ブランドが自社の余剰在庫を値引き処分するアウトレットストアに対し、ブランドが放出した余剰在庫を仕入れて値引き販売するのがオフプライスストアだ。

米国では大手4社だけでも600坪から2000坪のストアを7300店も展開して703億ドルを売り上げ、大手百貨店4社合計売上の596億ドルを18%も上回る。百貨店のセールやアウトレットまで含めると米国市場のオフプライス購入は8割に迫り、カード会員優待まで含めるとブランド品のフルプライス(正価)購入はもはや数%でしかない。

そこまで来るとフルプライスで購入するのは流石に馬鹿らしいから、雪崩打つようにオフプライスに流れてしまう。

ワールド、ゲオ、そしてドンキが参入!

我が国でもアパレルは過剰供給で値引き販売が常態化し、19年も供給総量の52%が最終的に売れ残ったから、状況は米国と大差ない。

なのに米国のようなオフプライスチェーンがほとんど存在せず、値崩れと余剰在庫に苦しむアパレル業界の一部ではビジネスチャンスと注目されていた。

そこに目を付けたのがアパレル最大手のワールドとレンタル&リユース最大手のゲオで、ワールドは世界的な在庫処分業社ゴードン・ブラザーズのジャパン社と合弁会社アンドブリッジを設立して昨年9月14日、埼玉の西大宮に売場面積300坪の「アンドブリッジ」1号店を開設

ゲオの子会社ゲオクリアは昨年4月25日、横浜の港北に「ラックラック・クリアランスマーケット」1号店(427坪)を開設している。

 

「アンドブリッジ」は1号店の開店から半年で2号店の開設に漕ぎ着け、今年中に5店舗、22年末までに30店舗を布陣する計画だ。「ラックラック・クリアランスマーケット」も1号店の開店から一年足らずで5号店の開設に漕ぎ着け、今年中に5店舗以上、21年からは10店舗以上出店していく計画だ。

ドン・キホーテの「オフプラ」(名古屋郊外MEGAドン・キホーテUNY大口店内の1号店は960平米)は一年以上前から世界のオフプライス倉庫を回って準備を進めていたから、国内調達の先行2社とは狙いを変えて多店化していくと思われる。

どんなブランドがどんだけ安いのか

「アンドブリッジ」で売っているのはレディス中心にキッズやメンズのウエア、シューズやバッグ、スカーフや帽子などの服飾雑貨で、駅ビルや百貨店、SCでよく見るブランドが揃っている。

「アンタイトル」や「インディヴィ」「OZOC」「タケオキクチ」「ハッシュアッシュ」などワールドのブランドが目立つが、「ナチュラルビューティベーシック」「アメリカンラグシー」「ビルケンシュトック」「ティンバーランド」「リーバイス」など他社のブランドも多く、売場の奥には「ランバン」「ニナリッチ」「GAS」などインポートブランドも並んでいる。

毎週のように新しい商品が入荷し、50%オフから始まって2週間ごとに10%ずつオフ率がエスカレートする仕組みだから、こまめに覗けばお買い得商品をゲットできる。

1号店は大宮郊外のしまむらやダイソーが並ぶロードサイドモール(にしおおみやファッションモール)、2号店は相模原の16号線沿いパワーセンター(ヤマダ電気やGUが入っているニトリモール)と、どちらも車客主体の生活商圏立地。

西大宮店の売上は年間3億3000万円ペース、売場サイズを150坪にコンパクト化して衣料品・服飾品に特化し駅ビルブランドや百貨店ブランドを充実した相模原店は2億円の売上を見込んでいるから、郊外の生活圏立地にしては売れている。

今後はロードサイドやパワーセンターはもちろん、郊外の様々な商業施設にも出店して行くから、購入の機会も増えて行くだろう。

ブランド側もオフプライスストア依存へ

「ラックラック・クリアランスマーケット」も似たような構成だが、売場が大きい分、スポーツ用品やインテリア雑貨も扱っている。

SCブランドやお手頃な駅ビルブランドが中心で、メジャーなスポーツブランドやワークブランドはあっても百貨店ブランドから上は見かけない。ブランド正価からのオフ率表示だが、名の知れたブランドばかりではないから、知らないブランドはオフ率よりプライスで買うことになる。

ドン・キホーテの「オフプラ」は海外調達も加わるから、先行2社にはない欧米の高級ブランドや人気のストリートブランドも揃うと期待される。知名度も人気も高いブランドだから、ブランド正価からのオフ率表示、あるいは米国の大手オフプライスストアのような推定市場価格(COMPARE PRICE)からのオフ率表示になると思われる。

オフプライス商品はフルプライス(正価)で買うより絶対にお買い得だから、魅力ある商品が揃うなら確実に売上を伸ばせる。とはいえオフプライス販売は正価販売を圧迫しイメージも損なうから、ブランドメーカーとしては放出を最小限に抑えたい。この綱引きが大きく変わりつつある。

企画・生産から販売までのタイムラグが長くトレンドや天候に左右されるアパレルは需給ギャップが避けられず、余剰商品や売れ残り品の処分が課題だった。

これまで、高級ブランドは焼却処分、中級ブランド以下は持ち越した上で処分業社に放出し、正価販売への影響を回避してきたが、焼却処分はサスティナブルでないと非難され、持ち越して処分する経済的余裕もなくなり、オフプライスストアへの放出もやむないというブランドが増えている。

フルプライス(正価)で買う顧客は少数派へ

どうせ放出するなら売値が半減するキャリー品(持ち越し品)でなくシーズン中に見切るのが有利で、店頭に出すまでもなく余剰在庫を放出するブランドも増えている。

実際、オフプライスストアに供給されるのはメーカーや問屋が店頭に出すことなく放出した『色もサイズもロットも揃った手垢のつかない新品』がほとんどで、色やサイズが欠け手垢も着いた小売店の売れ残りは、どうしても欲しい人気ブランドに限られる。

アパレル業界の余剰品放出が増えオフプライスストアが多店化していけば、ますますフルプライス(正価)で買う顧客は少数派になって行く。

正価で買う顧客がいなくなるとしたら、アパレル業界や百貨店業界はホントに崩壊してしまう。

それを避けるには生産時期を販売時期に近付け生産量を抑制して需給ギャップを最小化するのが肝要で、店舗や顧客の発注に基づく受注生産に徹すれば根本的に解決できる。わかってはいても実行できない業界の性が正価販売を追い詰めているのではないか。

 

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