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WWD 小島健輔リポート
『ラグジュアリーは壁に当たったのか?』
(2024年07月04日付)
小島健輔 (株)小島ファッションマーケティング代表取締役

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 コロナ明けのリベンジ消費に乗って拡大して来たラグジュアリー消費に急ブレーキがかかっている。米国でも中国でもラグジュアリーやブランド消費が冷え込んで百貨店やブランドメーカーの業績が翳る中、インバウンドに押し上げられた我が国の都心百貨店だけは我が世の春を謳歌しているが、果たしていつまで続くのだろうか?

 

■ラグジュアリー消費に急ブレーキ

 些か旧聞になろうとしているが、4月16日発表のLVMH(12月決算)、4月23日発表のケリング(12月決算)の24年1Q(第1四半期、1〜3月)業績は投資家にはショックだったし、世界の消費トレンドの転換を示唆するものだった。

 コロナ明けのリベンジ消費と株高に押し上げられて好業績を続けてきた両社だが、LVMHの24年12月期1Qは売上高が前年同期から1.6%と僅かながら減少に転じ(現地通貨ベースでは3%増だがユーロ高に押し下げられた)、ルイ・ヴィトンを主力とするファッション&レザー部門も2.2%減少(現地通貨ベースでは2%増)。23年12月期で3.9%減に転じていたケリングの今期1Q売上高は11.3%減と大きく落ち込み、主力のグッチも前期の5.9%減から今期1Qは20.5%減と低迷が深まった。

それは米国を拠点とするカプリ(3月決算)とタペストリー(6月決算)も同様だ。カプリは24年3月期4Qの売上高が8.4%減少して通期も8.0%減少し、営業利益率は前期の12.1%から−4.7%の赤字に転落。ベルサーチは前期の1.7%増から今期は6.9%減(4Qは3.6%減)、ジミーチュウも前期の3.3%増から今期は2.4%減(4Qは9.3%減)に失速、マイケルコースは前期の1.8%減から今期は9.2%減(4Qは9.7%減)と低迷が深まった。タペストリーの24年6月期3Q累計売上高は前年同期比0.8%増と0.4%減だった23年6月期に続いて伸び悩み、コーチは前期の0.8%増から今期3Q累計は3.6%増とほぼ横這いで、ケイトスペードは前期の1.8%減から今期3Q累計は5.9%減と低迷を深めた。タペストリーによるカプリ買収も、そんな逆風下で合意されたのだろう(米連邦取引委員会は買収阻止に動いている)。

ラグジュアリーの勢いが翳る中でも好調を継続する企業もある。エルメスの24年1Qの売上高は前年同期比12.6%増(現地通貨ベースでは17.0%増)と、前々期の29.2%増、前期の15.7%増からは減速したが、コロナ明けの急回復から巡航速度に落ち着いたと見るべきだろう。別格のインベスティメント性が揺るぎないエルメスの好調はなるほどと思わせるが、ファッション性の強いプラダグループ(12月期)の好調は意外に受け取る方もあるかもしれない。23年12月期の売上高は12.5%増と22年の24.8%増からは減速したものの、24年1Qも11.5%増(現地通貨ベースでは16%増)と好調を継続している。プラダは7.3%増と22年の28.2%増から減速し24年1Qもリテイル売上は7%増にとどまるが、ミウミウは22年の24.5%増から23年は50.3%増、24年1Qはリテイル売上が89%増と急加速している。

ラグジュアリー全体が壁に当たっているわけではなく好調を維持する企業もあって斑模様だが、それは各地域マーケットも同様だ。各社の直近の地域別売上伸び率を見ると、日本を除くアジア(大半が中国)が落ち込み、北米、欧州が低調な一方、日本だけが突出して絶好調という図式が共通している。エルメスとプラダグループはどの地域も伸びているが、勢いの差は同様だ。日本の絶好調はコロナ明けの海外旅行ブームに円安が加わっての外国人観光客殺到が背景だが、そんなバブルがいつまでも続くわけがない。

 

■リベンジ消費からダウンサイジングへ

 好調企業もあるとは言え総じて翳りつつあるラグジュアリー消費だが、ブランド消費総体に冷え込みが広がっているのが現実だ。

 米国では21年3月から23年2月に至るリベンジ消費が一巡してインフレ対策のダウンサイジングに移行しており、百貨店売上総額は23年3月以降、23年12月を除き19年比を割り込み続け、それに伴って前述したカプリやタペストリーはもちろん、VFコーポなどのNBメーカーにまで業績の悪化が広がっている。

24年1Q(2〜4月)も最大手のメイシーズが売上3.3%減、純利益60.0%減、ディラーズが売上2.5%減、純利益10.7%減、コールズが売上5.3%減で最終赤字、ノードストロムこそ売上は4.8%増でもやはり最終赤字と苦闘する一方、オフプライスストアのTJXは売上6.0%増、純利益20.1%増、同ロスストアーズも売上8.0%増、純利益31.5%増、手頃価格のメジャーポジションにリコンセプトしたアバークロンビー&フィッチは売上22.0%増、純利益は5.87倍、アメリカンイーグル・アウトフィッターズは売上6.0%増、純利益は2.67倍、アーバン・アウトフィッターズは売上7.8%増、純利益16.9%増、ギャップも売上3.4%増で黒字転換と軒並み上向いている。衣料品だけの数値は公表されていないがディスカウントストア最大手のウォルマートも売上6.0%増、純利益2.05倍と好調で、インフレで生計が圧迫される中、高額なブランド商品を敬遠してオフプライスストアや手軽価格のカジュアルチェーン、さらに低価格の量販店衣料品や中国系越境EC

(TemuやSHEIN)に衣料消費がダウンサイジングしている。

 円安インフレに圧迫され実質賃金が4月で25ヶ月連続して減少する我が国が例外であるはずもなく、家計消費支出における被服及び履物支出は23年で19年比90.3%にとどまり、24年1〜4月もその水準は変わっていない。インバウンド効果で回復著しい百貨店でも、全国百貨店衣料品売上は23年で19年比86.6%、24年1〜5月も88.2%と9掛けに届いていないし、商業動態統計の衣服・身の回り品小売業売上の24年1〜5月も19年比75.2%にとどまる。

 衣料品の輸入単価は円安も加わって21年から23年で29.8%も上昇し、家計消費の購入単価(洋服とシャツ・セーター)も12.1%上昇した一方、購入額は7.75%しか増えて(回復して)いないから、購入数量は3.9%減少したことになる。衣料消費に関わるさまざまなアンケート調査でも衣料支出を切り詰めている人が大多数で、増やしている人は数%に限られる。

 過去最高売上を華々しく更新し続けている一部の都心百貨店も、売上を押し上げているのは外国人観光客と愛顧店舗が閉店して周辺から流れてきた買い物難民客であり、ラグジュアリーブランドが低迷する地方の百貨店から撤退して好調な都心店に戦力を集中していったことも追い風になっている。自店の郊外店を次々に閉め、渋谷の東急本店や新宿の小田急百貨店などライバル百貨店が相次いで閉店・縮小した新宿伊勢丹本店など典型ではないか。銀座や東京駅の百貨店も、千葉方面の百貨店が次々に閉店した買い物難民に外国人観光客が重なったバブルであり、いつまでも続くと思うべきではない。

 

■ラグジュアリーバブル崩壊のリスクをどう見る

 外国人観光客と買い物難民客に押し上げられて絶好調の都心百貨店のラグジュアリーブランドだが、果たして何時まで続くのだろうか。私は三つのリスクが迫っていると思う。

 まず第一は「安い日本」の終焉ではないか。「安い日本」は長年のデフレ体質に円安が加わって生じたものだから、円安がコストに波及して値上がりすれば次第に割安ではなくなっていく。円安も4シーズンに及ぶから、ラグジュアリーブランドの仕入れコスト(本国からジャパン社あるいは代理店)も円安が波及して本国や周辺国より割高になっているはずで、値上げすれば外国人観光客も腰が引けていく。割安なラグジュアリーブランドを買い漁る外国人観光客は過去のものになり、日本の自然や文化を味わうコト消費に移行していくのが必然ではないか。

 第二は周辺国のバブル経済の崩壊だ。中国が不動産バブルの崩壊で日本の「失われた○○年」ような債務デフレに落ち込んでいく公算が高まっているが、アセアンやインドがバブル消費の主役を担うにはまだ時間がかかる。欧米や日本の株価バブルが何時まで続くかも神のみぞ知るだから楽観は禁物だ。

 第三は「クワイエットラグジュアリー」への変質だ。我が国でもリーマンショックまでは通勤電車のOLの過半がブランド物のバッグをこれみよがしに下げていたが、今や滅多に見ることがない。売り飛ばしたのかタンスに眠っているのかはともかく、ロゴもあからさまなブランド商品を身に付けるのは憚られるという感覚が一般化したことは間違いない。

 街では今でもロゴが悪目立ちするブランドものを身につけている人を稀に見かけることがあるが、日本人ではあるまいと思われてしまう。そんなふうに眉を顰められるのも嫌だから、なおさらロゴが目立たない商品を選ぶことになる。いわゆる「クワイエットラグジュアリー」で、ロゴ目立ちを疎むならブランドに拘らず上質洗練の品を求めれば良い。 

 人気のラグジュアリーブランドは値上げを繰り返して法外な値段になり、それが買える成金に媚びて商品の品性を損なうケースさえあったから、目の肥えた顧客は上質洗練ながら良心的な価格のファクトリー系D2Cブランドなどに流れつつあるが、売上の桁が違うこともあって百貨店の対応は遅れ気味だ。円安インフレが「安い日本」を過去のものにしバブル経済が崩壊すれば外国人観光客も潮が引くように減っていくだろうが、洗練された国内顧客が支える「クワイエットラグジュアリー」は揺るぎないのではないか。

 

■自社生産とクワイエットラグジュアリーに帰結する

 中国で売上が落ち込み、欧米でも売上が伸び悩み、絶好調の日本でも先行きのリスクが危ぶまれるものの、主要なラグジュアリービジネスの収益性は依然、突出した高さを保っている。

直近通期決算で最も粗利益率が高いのはプラダグループの80.4%で、ケリングの76.3%、エルメスの72.3%が続き、タペストリーも70.8%と高い。LVMHは68.8%と低いが仕入れ小売業のセレクティブリテイリング部門を含むためで、ファッション&レザーグッズ部門の粗利益率はエルメスと大差ないと推察される(LVMHは各部門の粗利益や販管費を開示していない)。

営業利益率はエルメスの42.1%が最も高く、LVMHのファッション&レザーグッズ部門が39.9%、ケリングのグッチ部門が33.1%、タペストリーのコーチ部門が30.8%と続く。営業利益率が高いのはレザーグッズを主力とするブランドで、アパレルを主力とするブランドは値引きや廃棄ロスの負担で利益率が低い。売上が好調なプラダグループでも営業利益率が22.5%にとどまるのはアパレルが売上の32.2%を占めるためで(他にレザーグッズ45.6%、フットウエア18.5%)、売上が伸び悩んでいてもタペストリーのコーチ部門はレザーグッズが大半ゆえ30.8%と水準が高い。

ラグジュアリービジネスは自社生産と外注生産で財務体質が大きく異なる。財務分析は別の機会に譲るが、工場と職人に設備投資して自社生産するレザーグッズは利幅が大きいが設備投資の減価償却負担も重い反面、持ち越しても正価販売が可能なインベステイメント商品だから値引きロスや廃棄ロスは限られる。その分、在庫回転は遅くなるが、粗利益率も営業利益率も極めて高い。

レザーグッズ以上にインベスティメント性が高く(寝かせるほど値上がりしていく)粗利益率も高いが、仕込み投資から回収まで何年もかかるワイン&スピリッツ事業などラグジュアリービジネスの原型で、財務体質は不動産デベロッパーに近い。巨額投資を十数年かけて回収する不動産デベロッパーの決算期営業利益率は30%を超えるのが健全で、自社生産型ラグジュアリービジネスの営業利益率が30%を超えるのは法外とは思えない。

対してアパレルはアトリエ生産する一部のオートクチュール系メゾン(シャネルやディオールなど)を除いて外注生産であり、クリエイティブチームを抱える経費負担はあっても工場や職人に先行投資する負担はない。洗練されたモデリストを擁する外注ファクトリーの生産スペックも付加価値で、それゆえに品質や着心地が評価されるブランドもあるぐらいだが、利幅は自社生産に及ばない。コロナ前までの百貨店ブランドは小売価格の二掛けで作らないと利益が残らないと言われたが、直販化が進んだ今日のラグジュアリーアパレルでは、売れさえすれば同程度の調達コストで20%近い営業利益率が残る。

アパレルの課題はトレンド性とインベスティメント性の匙加減だ。トレンド性に偏れば注目度が高まって新規客の広がりは期待できるが消化率の振れが大きくなり、持ち越せない商品ばかりになって値引きと廃棄のロスが利益を左右してしまう。インベスティメント性に偏れば話題性を欠いて新規客も広がらないが消化が見通せ、売れ残っても多くは翌年に持ち越せるから(2〜3割の持ち越しは珍しくない)、在庫回転は停滞するが値引きと廃棄のロスは限られる。

前述したように世界のラグジュアリー消費はコロナ明けリベンジ消費の熱気が醒めればインベスティメント方向に収斂して「クワイエットラグジュアリー」が本流になっていくから、自社生産のレザーグッズやウォッチ&ジュエリーは揺るぎないものの、生産履歴が不透明な外注生産のレザーグッズやウォッチ&ジュエリーは淘汰されて行き(イタリア司法当局が摘発したクリスチャン・ディオールの中国資本下請業者事件は重い警鐘となった)、ラグジュアリーアパレルはトレンド性のデザイナーメゾン系からインベスティメント性のファクトリー系へ主役が移行していくに違いない。

百貨店が好業績に慢心してラグジュアリー消費の変質を正しく捉えないなら、バブルの熱気が醒めれば再び逆風に曝されることになる。市況に左右される水商売体質を脱却する好機とすべきではないか。

 

 

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