小島健輔の最新論文

WWD 小島健輔リポート
『ワコールと資生堂、女性美の名門企業は何故つまずいたのか』
(2026年02月25日付)
小島健輔 (株)小島ファッションマーケティング代表取締役


 ワコールは23年3月期、24年3月期と最終赤字に転落。延べ千人を超える希望退職など相次ぐリストラや固定資産売却益で補って25年3月期は当期黒字に装飾しても、26年3月期予想も事業損益は赤字を脱せない苦境が続く。資生堂も24年12月期に最終赤字に転落。3次に渡るリストラで2057人を整理するも25年12月期も288億円の営業赤字、407億円の最終赤字と苦境が深まっている。ランジェリーとコスメと分野は違えども、揺るぎなきブランドイメージで業界に君臨して来た女性美の名門企業は何故、躓いたのだろうか。

 

■業績悪化に歯止めがかからないワコール

ƒƒR[ƒ‹‚̋Ɛѐ„ˆÚ 202602201810

ワコールの25年3月期連結業績は売上収益が1738億9600万円と前期から7.1%、ピークだった16年3月期からは14.3%減少し、「営業利益」は 23年3月期の34億9000万円の損失、24年3月期の95億300万円の損失からは脱却したものの33億2800万円と、近年のピークだった16年3月期の138億6500万円の4分の1(24.0%)に落ち込んだ。

この「営業利益」は固定資産売却益など営業外収支で補われたもので、営業損益の実態を現す「事業利益」は前期の35億1000万円の黒字から33億9700万円の赤字に転落。固定資産売却益などの営業外収支で67億2500万円、金融収支と投資利益で72億4500万円を補って当期利益を67億8800万円に装飾し、23年3月期(−16億100万円)、24年3月期(−87億4300万円)と2期続いた最終赤字からは脱却したものの、実態営業損益の悪化には歯止めがかかっていない。

国内ワコール事業の売上も878億2800万円と前期から6.8%、16年3月期の1205億7000万円からは27.2%減少し、損益実態を現す事業利益は47億7700万円の損失に落ち込んだが、固定資産売却益などで補って「営業利益」は29億7000万円を計上している。

23年から三次に渡る希望退職に応募した人数は1141人に及び、18年3月期末から25年3月期末で正社員は4780人、臨時従業員も447人減少している。この間の減少率は正社員で22.9%、臨時従業員では58.0%にも達したから、組織の活力も相応に衰えたと推察される。

 26年3月期第3四半期累計連結業績(4〜12月)は売上収益は前年同期から2.4%減と落ち止まっていないが、リストラ効果もあって事業利益は31億1800万円と前年同期の14億8400万円から倍増している。とは言っても第4四半期は在庫処分などで利益が落ち込むから、26年3月期の事業利益は15億円の赤字を予想しており、営業外収支や投資利益などで補って202億円の営業利益計上を目論んでいる。事業損益の赤字は変わっておらず、業績浮揚の兆しは未だ見えていない。

 

■ユニクロに追い落とされたワコール

 ワコールの業績を振り返ると、二段階で落ち込んで行ったことが分かる。ユニクロが2003年に発売した「ワイヤレスブラ」に象徴されるアパレルチェーンの機能下着に価格負けしたのが第一段階で、同じくユニクロが08年に発売した「ブラトップ」(ブラ機能を兼ねるトップス)にブラジャー需要が駆逐されたのが第二段階だった。ユーロモニターに拠れば20年段階で女性下着のシェアはユニクロが22%を占めてワコールは20%と2位に落ち、しまむらも14%を占めるに至った。

それでもワコールはセールと海外事業を拡大し買収で事業規模を保ったが、17年3月期以降は主力とする国内ワコール事業の売上が減少して連結売上も伸び悩み、19年10月の消費税増税に続くコロナ禍で大きく落ち込んだ。コロナが明けても国内ワコール事業の回復は鈍く、売上収益は25年3月期も20年3月期の82.8%、16年3月期の72.8%にとどまり、前述したように損益実態を現す「事業利益」も47億7700万円の損失に落ち込んだ。

その要因と考えられるのが女性の急激な社会戦力化と近年の夏場の亜熱帯化だ。女性が社会戦力化するに連れ下着の機能性要求が強まって装飾性やセクシー性は後退し、アパレルチェーン各社の手頃な機能下着がワコールのシェアを奪っていった。加えて、近年の夏場の亜熱帯化で吸湿速乾や汗シミ防止、接触冷感など機能性を備えたアパレルチェーンの手頃なブラトップやショーツが急速に拡大したこともワコールを追い詰めた。

それはワコールに限らず、アパレル市場(下着も含む)とインナーウェア市場の全体でも言えることだ。矢野経済研究所に拠れば、アパレル市場が23年、24年と21年のコロナの落ち込みから13%ほど回復したのに対し、インナーウェア市場は21年からさらに1.1%落ち込んで回復しておらず、アパレル市場に対するインナーウエア市場のシェアも21年の9.78%から24年は9.04%に落ちている。

 

■コロナ明けの回復から暗転した資生堂

ƒƒR[ƒ‹‚̋Ɛѐ„ˆÚ 202602201810

資生堂はコロナ明けの回復から一転して業績が悪化。24年12月期は営業利益が75億7500万円と前期から73%も減少して108億1300万円の最終赤字に転落。25年12月期も287億8800万円の営業赤字、406億8000万円の最終赤字と苦境が深まっている。売上高は25年12月期で9699億9200万円と前期から2.1%減少し、21年7月のパーソナルケア(日用品)事業の売却(19年12月期で売上高1056億円)もあって、コロナ前19年12月期の1兆1315億4700万円からは14.3%減少している。

3次に渡る希望退職募集で2057人を整理するなど人員の削減も急ピッチで、常勤従業員数は19年12月期末の40000人から25年12月期末の26330人へと34.2%(13670人)も減少。25年12月期末の臨時従業員数の開示はないが、前期までの趨勢から見て19年12月期末の8130人から4780人ほどに41%強減少したと推計される。合わせてコロナ前から実に35.4%、17000余人が会社を去ったわけで、社内の暗澹たる敗戦気分は想像に難くない。

そこまでの言い方をするのは、国内でもアジアでも(日本・中国&トラベルリテール・アジアパシフィック事業売上は連結売上の4分の3近くを占める)長年磨き上げて来た資生堂のブランド力は不動で、コロナが明け始めた21年12月期の力強い業績回復からは以降の急激な暗転は想像もつかなかったと思われるからだ。当時の従業員は会社の将来に微塵も不安を抱いていなかったのではないか。

 

■パーソナルケア事業売却が転落の契機

24年12月期は中国事業とトラベルリテール(免税店卸)事業の減収に加え、早期退職募集に伴う費用やデッドファイナンス引き当て費用128億円など計266億円の構造改革費用、25年12月期は中国事業とトラベルリテール事業、米国事業におけるスキンケアブランドの販売不振に加え、構造改革費用206億円、米州事業ののれん減損468億円など計513億円に上る減損損失の計上が響いたとされるが、そのような減収と巨額の構造改革費用や減損を招いたマーケティング戦略の失策が転落の元凶だったと思われる。

暗転の契機となったのは21年7月のパーソナルケア(日用品)事業の売却だったのではないかと指摘する業界関係者は少なくない。

化粧品の店舗販売には百貨店、免税店、専門店、ドラッグストア、バラエティストア(百均なども含む)の五つのチャネル、それに呼応するようにラグジュアリー、プレミアム、スペシャルティ、コモディティ、ガジェットの五つのクラスがあり、メイクアップ系、スキンケア系、ボディケア系、ヘアケア系、フレグランス系などのカテゴリーからなる。それぞれのチャネル、クラス、カテゴリー毎にマーケットと競合があり、化粧品メーカーのマーケティングはそれら個別市場におけるシェアとポジション、それらの結果としての企業ブランディングと収益構造が問われる。市場規模はドラッグストア、コモディティ、パーソナルケアが最も大きく、これらを欠いては事業規模が限定され、マーケティング費用や固定費用の負担力が制約される。

ブランディングは長年に渡る研究開発や宣伝活動による刷り込みの成果であり、マーケティング費用の絶対額で競り負けてはジリ貧に陥ってしまう。資生堂の25年12月期のマーケティング費用と研究開発費用の合計は3211億円、売上対比33.1%であり、絶対売上高で勝る花王(25年12月期)の2124億円、売上対比12.6%を大きく凌駕する。そのマーケティング費用と研究開発費用を支えるのが売上の絶対規模であり、ドラッグストアを中心とするパーソナルケア(日用品)事業は19年12月期で1056億円と資生堂全社売上の9.3%を占めていた。

単価が低くマーケティング費用に見合わないとして1600億円で売却されたパーソナルケア(「TSUBAKI」「uno」など日用品ブランド)事業は低いマーケティングコストで安定した売上が稼げるコモディティ商品であり、実は収益力も資生堂に残されたプレミアム化粧品より高かった。実際、パーソナルケア事業スピンアウトの受け皿となったファイントゥデイHD(旧ファイントゥデイ資生堂)の売上はコンスタントに1000億円を超え、営業利益率は22年12月14.4%、23年12月期22.8%、24年12月期13.7%と資生堂より格段に高収益だし、それに相当する花王のヘルスビューティケア事業の営業利益率も9.0%と高い。付加価値はプレミアム化粧品ほど高くないがマーケティングコストが格段に低く、結果として営業利益率は大きく優る。

パーソナルケア事業の売却は売上規模を縮小してマーケティング費用の負担力を損なっただけでなく、人件費など固定費用の負担力も切り下げたから、売上が落ちればリストラが必定になってしまう。資本力ある会社は売上が伸び悩めば同業の買収で売上規模を拡大して固定費率を落とし収益力を高めるのが定石とされるが、資生堂はわざわざその逆を断行して骨身を削る悲劇に転落した。その決定をした当時のCEOが会社を追われたのは当然だが、その愚行を止めなかった社外取締役も責任は免れない。なのに未だ当時の社外取締役が居座るのは資生堂のガバナンスを疑わせる。

 

■名門企業は何故、愚行に走ったのか

 ワコールは女性が急激に社会戦力化する中で手頃な機能性下着や機能性トップスへのシフトが遅れ、ユニクロなどアパレルチェーンにシェアを奪われて業績が悪化した。資生堂は付加価値もマーケティングコストも高いプレミアム化粧品に集中すべく、マーケティングコストの低いコモディティのパーソナルケア事業を売却して売上規模を切り下げた結果、中国事業や米国事業の売上減少も加わってマーケティングコストや人件費などの固定費を支えられなくなり、業績が暗転した。

表面的には両者の転落構図に共通する要因は見えないが、マーケットサイドとマネジメントサイドそれぞれに共通する決定的な要因があった。

 

マーケットサイドでは、女性の急激な社会戦力化がもたらす衣生活やパーソナルケアの機能性要求とコストパフォーマンス要求が共通した背景として指摘される。アウターとインナーを問わず(男女も問わないが)衣料品に対する機能性とイージーケアは必須の要求で、ワコールの転落はアメカジや既製服にも通ずる。機能性合繊のアスレジャーがカジュアルに浸透して旧来のアメカジ(綿系ワークカジュアル)が駆逐され、コロナ禍を経て既製スーツの過半は合繊のアクティブスーツに代わり、残った既製スーツも過半がウォッシャブルに変貌している(「洋服の青山」では約7割)。

インバウンドに沸く百貨店や免税店のプレミアム化粧品はともかく、日常のパーソナルケア(スキンケア、ボディケア、ヘアケアなど)はドラッグストアなどで買える手軽な高機能商品が主流で、表層的なトレンドで替わっていくメイクアップ商品などより格段にマーケットが大きい。女性が社会戦力化する中、化粧品の主流はメイクアップ商品から機能性のパーソナルケア商品(お手頃品だけでなく高額品もある)にシフトしており、それを切り捨てれば成長性も収益性も限定されてしまう。

 

マネジメントサイドでは、執行経営陣の「暴走」や「不作為」を監視するガバナンスの欠落が指摘される。ワコールの場合は創業二世経営者による08年のピーチ・ジョン買収という愚行に懲りてか、内部昇進の堅実な経営陣が変化への対応に遅れるという「不作為」がジリ貧を招いた。海外事業買収や国内の業態開発、EC対応(26年3月期3Q段階で連結EC比率は31.1%)は着実に進められたが、手頃な機能商品の開発やサプライチェーンの再構築は変化の速さに追いつけなかった。資生堂の場合は初めて外部から招いたプロ経営者が名門としての伝統的なブランディングや部門バランスを無視して安定した売上と収益のパーソナルケア事業を売却し、外部環境も逆風となって売上規模が収縮し固定費を支えられなくなった。

事業の買収や売却は外部環境などで結果は分かれるが、売上・粗利益と固定費のバランス改善による収益性の向上は必須条件で、資生堂のパーソナルケア事業売却はメリットのない自傷行為にしか見えない。おそらく当時も疑問を抱いた幹部もいたに違いないが、魚谷雅彦代表取締役執行役員社長に全権が集中した状況では異論は挟めなかったのだろう。それでも外部取締役は異議を唱えることができたはずで、その「不作為」は責められて然るべきだ。

 

両社がたまたま女性美の名門企業だっただけで、似たような執行経営陣の「暴走」や「不作為」はどこでも見られる日常風景だ。外部取締役が軋轢を嫌って「不作為」を極め込んでも、外部のアドバイザーという立場で苦言を呈することはできるが、取締役でもないのだから聞き入れられることは滅多になく、「不快」として遠ざけられるだけだ。

第三者による制御が困難な以上、企業が躍進するのも躓くのも執行経営陣とりわけ代表取締役の見識と能力次第であり、その人選次第で企業の命運は決まってしまう。ほとんどの場合、その人選が決まるプロセスも極めて不透明だから、突き詰めれば「運命論」に帰結せざるを得ない。ワコールの凋落も資生堂の暗転も「運命だった」とすれば、職を失った従業員や不利益を被った取引先も「災難だった」わけで、マーケティングや経営判断以前に、執行経営陣を監督する外部機能や組織ガバナンスが欠落していたことが悔やまれる。それは両社に限らずアパレル業界や化粧品業界にも限らない組織の普遍的な課題ではないか。

論文バックナンバーリスト