小島健輔の最新論文

WWD 小島健輔リポート
『アパレルチェーン2026年の経営課題は「賃上げ」できる店舗運営の効率化だ』
(2025年12月26日付)
小島健輔 (株)小島ファッションマーケティング代表取締役

ファーストリテイリングは2026年のグローバルリーダー(世界に転勤可能な総合職)新卒初任給を現行の33万円から37万円に引き上げる。19年の21万円から4度目の引き上げで計16万円、76.2%も積み上げ、アパレル業界の賃上げ競争にガソリンを注いでいる。

 

円安がぶり返しインフレが収まらぬ中、若者と女性の賃金上昇が加速しているが、アパレルチェーンの賃金や労働時間は産業界の水準とは依然、格差があり(国税庁によれば2024年の卸売業・小売業の平均給与は409.6万円と全業種平均477.5万円の85.8%にとどまる)、人手不足が深刻化している。にもかかわらず、店舗運営の効率化はファーストリテイリングなど一部の大手を除いて進んでおらず、人手不足で店舗が回せなくなる事態が危ぶまれる。26年はインフレと賃上げを吸収する運営の効率化が最大の経営課題とならざるを得ない。

 

インフレに追いつかぬ賃上げ

 

厚生労働省の賃金構造基本統計調査によれば、24年の平均賃金は男性で3.5%、女性で4.8%増加し、女性の20〜40代では大半の年齢区分で5.0〜5.8%も増加したが、通年のインフレ率は4.83%にも達したから、実質賃金が増加した労働者はごく一部にとどまった。毎月勤労統計によれば、25年に入ってもインフレは収まらず実質賃金は10月まで連続してマイナスを続けており、若者や女性は5%を超える賃上げが必定の情勢だ。

 

従業員世代構成の老化を防いで組織活力を高めるためにも若年層の拡充は不可欠で、少子化が進む中、優秀な若手人材を獲得すべく初任給の引き上げが競われている。ファーストリテイリングは25年に33万円に引き上げた新卒初任給を26年は37万円とさらに積み上げ、年収ベースで約10%増の590万円まで引き上げる(地域限定社員は初任給25.5万円・年収407万円から28.0万円・447万円へ9.8%引き上げ)。それを可能にしたのが25年8月期の一人当たり売上高4260.6万円、一人当たり粗利益2160.1万円という突出した人時効率であり、22年8月期からの3期間でそれぞれ43.9%、48.8%も伸ばしているが、店舗の大型化とセルフレジの拡大など店舗DXの貢献が大きい。

 

ファーストリテイリングの新卒年収は金融や商社の水準に近いが、ITやコンサルファームはさらに高い。初任給の水準が高まれば既存若手従業員の給与水準も応分にかさ上げる必要があり、賃上げ競争についていけないアパレルチェーンは若手人材の維持・確保が困難になる。

 

就業者が増えても就業時間減で労働需給は逼迫

 

少子高齢化でも24年の労働力人口は女性の戦力化(+21万人)で前年から16万人増加(男性は4万人減少)、就業者数も女性が19万人増加して18万人増加したが(男性は1万人減少)、女性の就業率は74.1%と人数ベースでは限界に近づいており(労働時間増は望める)、完全失業率は2.5%(男性は0.1ポイント低下の2.7%、女性は0.1ポイント上昇の2.4%)と完全雇用に近い。

 

就業者数が増えても労働需給が逼迫するのは労働投入量(就業時間)が減少しているからだ。平均週間就業時間は2000年の42.7時間から12年は40.1時間、24年は36.3時間と、今世紀に入って15%も減少している。リクルートワークス研究所によれば、月201時間以上の就労者が18年には25.8%を占めていたのが24年には18.6%に減少したのに対し、月121〜160時間の就労者は22.9%から30.4%に増えている。月81〜100時間の就労者を除き(「年収の壁」が要因)、月160時間以下の就業者は全て増えている。

 

労働投入量の減少はフルタイマーの残業抑制や所定就業日数の減少、パートタイマーの増加によるもので、今後の完全週休2日制(年間120休日)への移行や働き方改革の進展、若年労働人口の減少を考慮すれば一段の減少が避けられない。労働投入量が減少して労働需給が逼迫すれば時間給はどんどん競り上がっていくから、高単価で限りのある労働時間を無駄なく効率的に使うことが求められる。

 

人件費負担率は売上高・粗利益というトップラインと運営人時量のバランスで決まるから、客単価と客数を増やしてトップラインを拡大するか、運営人時量を削減するか、という2つのアプローチがある。インフレ局面ではトップラインの拡大も容易だから、そちらに依存しがちだが、トップラインの拡大は運営コストの肥大を招きがちで、風向きが変われば急激な損益の悪化を招くから、トップラインの拡大だけに依存するのはリスクが大きい。まずは店舗運営作業の効率化による必要人時量の圧縮に注力するべきだ。

 

作業効率化による店舗運営人時量の圧縮

 

店舗運営人時量の最大を占めるのが(A)商品の搬入・補充・陳列・整理などのマテハン人時量で、検品や棚卸しなどの在庫管理も一体の作業と捉えるべきだろう。(B)精算人時量、(C)売り場保守人時量、(D)業務管理人時量と続くが、これらは売り上げにつながらない管理業務だから、限りなくゼロに近づけるべきだ。

 

在庫管理業務はRFID活用で飛躍的に効率化できるし、低単価商品を量販するならセルフレジによる精算人時量の圧縮効果も大きい。RFIDは絶対単品管理だから、レジ精算による売り消しで盗難対策にも活用できる。マテハン作業の中核を占める日常のフェイシング管理(品出し・補充・陳列整理)も、RFIDレーダーによる商品位置探索など効率化できる作業が多い。今やRFIDタグも10円を割り、インレイを縫製段階で縫い込んだりランドリータグに封入するなど使い勝手も良くなっているから、アパレルでは「使わない」という選択はもはやないだろう。

 

RFIDを活用してもマテハン作業がなくなるわけではないから、作業を効率化・短時間化して人時量を圧縮するべきだが、そのアプローチには3つの方法がある。

 

1つは品出しカートの機能を高めて作業の負荷を軽減することで、キャスターの口径を大きくしたりカートを電動化したり、スマートカートのようにタブレットとRFIDリーダーを連携して作業効率を高めたりなどが考えられる。未だ買い物かごで品出しするチェーンも見られるが、作業の負荷は辛いし速度も遅くなる。

 

2つ目は作業のタイミングを組み替えて無駄な重複を避けることで、陳列整理や店間移動のピッキング、品出しやフェイシング管理を閉店時と開店前後に分離せず、(開店直後や開店前に)まとめて定時化すれば半減出来る。

 

3つ目はプレハブ化したり外注することで、物流段階で品番やカテゴリー毎にバンドル化して品出し作業を軽減したり、これらのマテハン業務の全部または一部を外部業者に委託する。プレハブ化はしまむら、外部委託は外資のスポーツブランドなどで見られる。

接客販売とマテハンは適性が異なるから、高単価商品の販売スキルのあるスタッフに作業時間帯も異なるマテハン作業を求めるのは不合理で、ハイブランドなどはマテハン業務を社内で分業したり外部委託するケースがあるようだ。食品スーパーでもグロサリー(賞味期限の長い加工食品)はフェイシング管理を丸ごと納入業者に委託するケースが少なくない。業務管理とりわけレジ締めとシフト組みは店長の負担が大きく、オンライン支援で定型化・半自動化するべきだ。

 

効率的な「人と在庫のデザリング」が可能なドミナントを築く

 

アパレルチェーンの店舗運営を効率化するには「人と在庫のデザリング」が不可欠であることは言うまでもない。ここで言う「デザリング」とはエリア内での融通であり、地域商圏に集中出店してドミナントを形成すれば、人も在庫も融通し合えて効率が高まる。

 

ドミナント出店すればマネージャーの複数店舗管理や店舗スタッフの一括募集はもちろん、シフトの不足を埋め合ったりイベントや模様替えにスタッフを集中させたりもできる。賃料の安い大型の路面店やパワーセンター店舗が在庫を抱えてテザリングやECの店出荷を担い、賃料も効率も高い好立地の店舗に補充在庫や取り寄せ試着品を融通する。

 

賃料が安くても飛地になってドミナントを形成できず、「人と在庫のデザリング」が組めない物件は店舗運営の効率化にも限界があり、マネージャー職の動きも非効率化してしまうから、避けるべきだろう。

 

客単価と客数でトップラインを上げる

 

作業改善の積み重ねで必要人時量を削減するより客単価と客数で売り上げを伸ばす方が手っ取り早いが、MDとVMDを連携して仕掛けを積み上げる必要がある。

 

客数を増やすにはシーズンスタイリングのキーとなるアイテム(一般にアウターかボトム)を「縦売り」で仕込む必要があり、通常商品より色やサイズの間口を広げ、調達ロットを積んでお値打ち価格に設定する。この「縦売り」キーアイテムで客数を稼ぎ、幾つかの「横売り」アイテムと定型ルックを組んで多重出前を仕掛ければ客単価も稼げる。

 

ニットやスエットなどの単品で「縦売り」を仕掛けて客数を稼ぐ方法もあるが、店頭で客数を稼いで終わりでは客単価が稼げないから、店奥へと誘導して客単価を稼ぐ仕掛け必要だ。ドラッグストアでは、店頭のティッシュペーパーなど日用品の特売で顧客をキャッチし、3000円以下のドラッグコスメ、4000〜6000円のドクターコスメやナチュラルコスメ、万円単位の基礎化粧品と順に奥の売り場へ配置して顧客を誘導している。これは飲食店でも同様で、入り口近くはカウンター席で客数と回転を稼ぎ、中程ではカッブルや家族向けの席でほどほどの客単価を稼ぎ、奥の個室や追い込み座敷でグループ客の高客単価を稼ぐという仕掛けが定着している。

 

アパレル店舗でこの仕掛けを回すには、店頭で手頃価格の単品や雑貨で客数を稼ぎ、中程で定型ルックやセットアップ、クロスセットアップ※、奥のフィッティング前空間でオケージョンのドレスやスーツ、アンサンブルで客単価を稼ぎ、買い足しのキレイ目トップスやジュエリーで客単価を積むというMD配置を組む。当たり前と言えば当たり前だが、私の知る限り、意図して仕組む店舗やブランドは極めて限られる。

 

※クロスセットアップ…ソリッド/マスキュリンなセットアップとソフト/フェミニンなBS(小柄プリントか透け素材)をクロスしてTPOと着回しの幅を広げるMD提案

 

人材の質は「棚」に露呈する

 

人時効率の向上には売上高・粗利益を拡大するか運営人時量を削減するかと論じてきたが、「運営の質」と言う課題が残る。

 

11月30日の日本経済新聞朝刊にウォルマートの次期CEO、ジョン・ファーナー氏を紹介するコラムが載っていて、アルバイトからの叩き上げであるファーナー氏の口癖(「座右の銘」と言うべきだと思うが)が「店員の質は『棚』に表れる」だと書いていたが、まさしく小売業の本質を突く名言だ。

 

「棚」とは店舗の陳列棚のことであり、「質」とは「棚割り陳列のフェイシング管理精度」を問うものだと思うが、アパレルでは「VMDの表現力とフェイシング管理精度」と言うことになるのだろう。表現力もフェイシング管理精度も店員のスキルと労働意欲に左右されるもので、店員というより彼ら彼女らを教育・管理する組織のマネジメントやガバナンスの質を問うものと受け止めるべきだ。

 

待遇が悪くマネジメントも劣悪だと高質な人材が集まらず定着率も低く、スキルも労働意欲も低位にとどまるから、その乱れは「棚」に露呈する。逆に好待遇でマネジメントも秀逸だと高質な人材が集まって定着し、研鑽し合ってスキルも労働意欲も高まるから、「棚」は乱れがなく整い創造的な工夫が施される。

 

毎月のように主要な商業施設を一巡してアパレルチェーン各社のMDとVMD(「棚」)を定期的に検証していると、「棚」の創造的な工夫が消え失せて凡庸になり、陳列も乱れがちになってしまうケースが時折、見られる。多くは店長の交代などで生じる部分的・一時的なものだが、時にはチェーン全店が一斉に色を失うケースもある。創業社長・会長の退任やファンドによる支配など経営陣の交代が起因している場合で、マネジメントどころかガバナンスも崩れて低迷が長引くこともある。逆に「棚」の管理精度が上がって創造的な工夫が加わることも稀にあるが、これも買収などによる経営陣の交代によるもので、西友衣料品の「棚」はトライアル傘下になって息を吹き返した感がある。

 

「店員の質は『棚』に表れる」とは言っても「マネジメントの質は『棚』に露呈する」「ガバナンスの質は『棚』に露呈する」のが現実であり、業界水準を凌駕する給与・待遇で組織の活力を高め、店舗運営のみならず組織全体を効率化してガバナンスの好循環を仕組むべきではないか。

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