小島健輔の最新論文

WWD 小島健輔リポート
『ユニクロ「国内売上高1兆円超え」の奮闘に学ぶ』
(2025年09月22日付)
小島健輔 (株)小島ファッションマーケティング代表取締役

ƒvƒŠƒ“ƒg

 

 9月14日の日本経済新聞は『ユニクロ売上高 国内一兆円超え』と銘打って、コロナ明け後の停滞を脱して一兆円を超えた国内ユニクロ事業の好転要因を「店舗の大型化とデータ活用によるサプライ制御」とざっくり解説していたが、一人勝ちに見えるユニクロもコロナ後の停滞から再成長へ相応に奮闘して結果を出したわけで、学ぶべきことが多い。

 

■国内ユニクロ事業売上高「一兆円超え」の現実

 ファーストリテイリングの25年8月期決算発表は10月9日になるから、「国内ユニクロ事業売上高一兆円超え」はファーストリテイリング側からのアナウンスか、9月2日に発表された8月度売上推移速報の「直営店+Eコマース売上高の期初からの累計前年比110.0%」を前期の国内ユニクロ事業売上高932,227百万円に適用した1,025,450百万円から推計したものと思われるが、「1兆300億円前後」と書いているから何らかのアナウンスがあったのだろう。

 「国内ユニクロ事業売上高」は、直営全店売上高(24年8月期で国内ユニクロ事業売上の84.58%)にEC売上高(同14.69%)を併せた「国内ユニクロ商品売上高」にFC関連収入・補正費(同0.80%)を加えたもので、「直営店+Eコマース」売上は国内ユニクロ事業売上の99.3%前後を占めるから、それが「期初からの累計前年比110.0%」であれば「1兆300億円前後」と言う推計は概ね妥当と思われる。

ならば19年8月期の「国内ユニクロ事業売上高」(872,957百万円)を18%近く凌駕することになるが、19年8月期を超えたのは23年8月期で、コロナに直撃された20年8月期の落ち込みからの回復に3年を要している。コロナ下でもECは伸び続けたが店舗販売(直営店売上)の回復は遅れ、前期(24年8月期)でようやく19年8月期の売上を超えている。

それは一店当たり売上高も同様で、平均売場面積がこの間に9.74%拡大したことも押し上げて24年8月期に9億9254万円と、ようやく19年8月期(9億6627万円)を超えているが、既存店売上が8.1%伸びた 25年8月期は少なくとも10億7293万円と19年を11%上回って10億円の大台に乗ったと推計される。坪当たり売上は24年8月期でも314.2万円と19年8月期の336.9万円に届いていないが、25年8月期の既存店売上8.1%増から推計すれば、平均売場面積の拡大を割り引いて届くかどうか微妙なところだ。

 国内ユニクロ事業売上高でマークすべきは「国内衣料品小売市場規模に対する占拠率」で、矢野経済研究所の集計(アパレル総小売市場規模/インナーウェア含む)をベースにすれば、19年8月期の9.52%をコロナ下の20年8月期も10.74%と上回り、21年8月期は11.07%に達している。国内ユニクロ事業売上が前期から3.84%減少した22年8月期は10.05%と落ち込み、23年8月期も10.66%、24年8月期も10.85%と足踏んだが、25年8月期は推計11.66%(アパレル小売市場規模伸び率を24年2.8%、25年2.4%と見て)と大きく伸ばしたと推計される。

 「万人のライフウェア」を謳うユニクロのインクルーシブ※マーケティングの本質的KPIは「国内衣料品小売市場規模に対する占拠率」であり、24年8月期と25年8月期の2期間で1.0ポイントも占拠率を伸ばしたことはコロナを経て再成長に転じた証と受け止めるべきだろう。

※インクルーシブ(inclusive)とエクスクルーシブ(exclusive)・・・インクルーシブは包括的・開放的、エクスクルーシブは排他的・独占的という意味で、マーケティング&マーチャンダイジングの基本政策を分ける。

 

■既存店前年比/19年比の推移に見る紆余曲折の奮闘

 怖いものなしに見えるユニクロだが、コロナからの回復には相応に苦闘したようで、既存店前年比(売上/客数/客単価)の推移からは紆余曲折の奮闘があったと推察される。

 過去6期間で既存店売上前年比が伸びたのは21年8月期と23年8月期以降の4期間だが、客数が伸びたのは21年8月期と25年8月期だけで、23年8月期と24年8月期は客数の減少を客単価の伸びでカバーして前年を超えている。23年8月期の客単価は11.3%増、24年8月期の客単価は4.1%増で、円安が押し上げた22年の輸入単価上昇率22.6%、23年の同5.9%を抑制しながらも反映したと思われるが、二桁の客単価増となった23年8月期は客数が3.1%減少している。

 25年8月期の既存店売上は19年8月期を12.1%上回ったが、19年8月期の水準を回復したのは23年8月期(100.5%)で、25年8月期に至るも客数は92.4%と19年8月期の水準を回復していない。既存店売上を12.1%伸ばしたのは、この間の21.4%と言う客単価の伸びであり、ユニクロのプライスポジションは上振れしてしまった。

 この間(19年〜24年)の衣料品輸入単価の伸びは26.9%だったからユニクロの21.4%は抑制されたものという見方もできるが、この間の衣料品供給単価の伸びが9.6%、衣料品消費者物価の伸びが9.5%だったことを鑑みれば、国内ユニクロは政策的にプライスポジションを上方シフトしたことは間違いない。ラグジュアリーブランドからスポーツブランドやカジュアルブランドまで、グローバル展開のブランドがこの間の円安進行に伴って日本国内価格を値上げしていった動きと軌を一にしたもので、「グローバルブランドたるユニクロ」にとって必然的な選択であった。それでも都心のユニクロには外国人観光客が溢れているから、まだ現地価格より割安なのだろう。

 グローバルブランドと言う視点に立てば、24年8月期までの5期間で6.8%(25年8月期まででは17.5%)しか売上が伸びなかった国内ユニクロ事業は、5期間で66.8%も伸びた海外ユニクロ事業はもちろん33.7%伸びたジーユー事業にも劣る停滞事業であり、連結売上(同35.5%増)の足を引っ張っていることは否めない。収益水準も含めて、客単価上昇による経営効率のグローバル化が求められたと受け止めるべきだろう。

 一人当たり売上も22年8月期までは19年8月期の水準を下回っていたが、客単価が11.3%上昇した23 年8月期には平均店舗面積の1.18%拡大も加わって34,766千円と17.4%も跳ね上がり、19年8月期を11.5%上回った。客単価が4.1%上昇した24年8月期も、平均店舗面積の1.75%拡大も加わって一人当たり売上は38,440千円と10.6%上昇している。4%前後のインフレが続いてそれ以上の賃上げ(賃料上げも!)が必定となる中、それを上回る単価上昇を欠いては賃上げも賃料上げも困難で、採算も苦しくなっていく。

 国内の競争環境では値上げは難しく見えても、グローバルブランドの視点から内外価格差を縮めようとするなら、段階的になるにしても円安分の値上げは必定ではないか。

 

■インクルーシブを貫徹したサプライDX

 日本経済新聞の記事は直営店の店舗面積拡大と「経営コックピット」という情報プラットフォームの貢献を挙げていたが、翻訳が必要だろう。

前述したように、店舗面積の拡大と客単価上昇による一店当たり売上高の上昇に、RFIDによる在庫管理やマテハンの効率化と一括読み取りセルフレジの拡大も加わり、23年8月期以降、一人当たり売上が飛躍的に伸びて経営効率を押し上げた。「経営コックピット」は顧客レビューから売上・在庫・物流まで一貫してリアルタイムで可視化し、生産性と損益を管理して計画のKPIまで設定すると説明しているから、PLM(製品ライフサイクル管理)とERP(財務会計管理)を一体化したオリジナルのプラットフォームと推察される。開示情報は商品企画CADや調達管理PDMには触れていないから(情報円環には生産とR&Dが表記されている)、企画〜生産管理システムは別途にあって連携していると思われる。※図表参照

「経営コックピット」を活用して需要予測の精度を高め、オンデマンドに生産して販売までの時間を短縮したとしているが、「供給不足(欠品)は犯罪!」とまで言い切るインクルーシブ戦略に徹しながらのオンデマンド供給は消化歩留まり至上の在庫最適化とは次元が違うはずだ。

「万人のライフウェア」を志向して定番アイテムのスペックを磨き上げ、サイズやカラーを幅広く揃えて最大多数の需要に応え、多数のSKUを欠品させないよう多段階(売場/後方ストック/消費地DC/生産地出荷倉庫)に在庫を積んで生産をコントロールするのだから、相応の値引きや持ち越しは覚悟の上での最適化・効率化と思われる。それで国内直営店の在庫回転を19年8月期の2.15回からコロナ下でも落とすことなく少しずつ改善し、23年8月期は2.83回、24年8月期は3.42回と19年8月期から6割も高速化したのだから、十分な結果を出している。

「万人のライフウェア」たるにはウエアリングとパターンの汎用化が必定で、機能性や風合いを求めての素材開発に加え、内外のクリエイターやブランドとのコラボを重ね、グローバルに通用するパターンとスペック(生産仕様)が追求されて来たが、23年9月にウィメンズプロジェクト「UNIQLO : C」のデザイナーに着任し、24年9月から「ユニクロ」全体のクリエイティブディレクターを務めるクレア・ワイド・ケラー氏の功績は極めて大きかったと思われる。 

23年9月に「UNIQLO : C」が登場して以降、それまでコラボ商品を除けばコンサバなウエアリングに留まっていた「ユニクロ」のウエアリングは大きく変わった。オーバーサイズに抜けた「UNIQLO : C」のパターンはウィメンズ企画なのにメンズでも抜けて着こなせる余裕があり、都心の旗艦店ではメンズ売場にも展開された。

クレア・ワイド・ケラー氏が「ユニクロ」全体のクリエイティブディレクターを務めるようになった24年秋以降は抜けたパターンが「ユニクロ」の一部商品にも波及し、値上げでワンライン高くなった商品に相応しい付加価値を加えた。グローバルに通用する「万人のライフウェア」を目指して世界各国での販売とさまざまなコラボを積み重ねて来た結実が「UNIQLO : C」であり、そこから「ユニクロ」本体も大きく変わっていった。

 

■ユニクロ「一兆円超え」の奮闘から何を学ぶか

 個々の事業者としては売上と粗利益の確保、採算のバランスをどう取るかの選択が問われるが、消化歩留まりを重視して在庫とMDを絞っては顧客も売上も限定し、縮小均衡に陥るリスクが指摘される。

「在庫最適化」は需給バランスの戦略的選択の上に成り立つもので、「万人のライフウェア」を謳ってサイズとカラーを豊富に揃え、「供給不足(欠品)は犯罪!」と言い切って、売れ残りを恐れず多段階に在庫を積むインクルーシブ政策ゆえ、国民的ブランドとなって国内衣料品小売市場の12%に迫る偉業を成し遂げた「ユニクロ」から学ぶことは多い。その真似は難しいにしても各々の事業者に適した需給バランスがあるはずで、安易な「在庫最適化」やエクスクルーシブ政策で顧客と売上を自ら限定する愚を犯すべきではあるまい。

もうひとつの課題がインフレ下の価格政策で、「ユニクロ」とて試行錯誤してきたのは前述したとおりだ。円安などによる調達コスト増をどこまで吸収し、どこまで売価に転嫁するか匙加減は難しいが、消費者物価のインフレ率を下回っては調達コストを吸収できないばかりか、賃上げも賃料上げも敵わず、従業員にも商業施設にも見限られてしまう。

物価上昇に先行したマンション価格や地価の上昇も、それに続いた株価やREIT指数の上昇も、全ては日本の国力低下による円安が招いたもので、ラグジュアリーからスポーツやカジュアルまでグローバルブランドが悉く日本国内小売価格を上方是正(値上げ)していく中、国内のアパレル事業者が従業員の賃上げを抑制してまで、これまでの価格水準に固執する意味は無くなったのではないか。衣料品の価格がグローバル水準に上方是正されていくのは必然で、顧客の離反を招かない範囲(消費者物価上昇率が目安)の値上げを継続して賃上げも賃料上げも果たし、企業の社会的ポジションを高めていくべきだろう。

論文バックナンバーリスト