小島健輔の最新論文

WWD 小島健輔リポート
『アパレルの供給と消費の構図を変えるのはPDMとVMIだ』
(2025年06月20日付)
小島健輔 (株)小島ファッションマーケティング代表取締役

ˆß—¿•i‚Ì‹Ÿ‹‹—ʂƒP‰¿‚̐„ˆÚ 202506151416

 

 

日本繊維輸入組合が発表した「日本のアパレル市場と輸入品概況2025年版」と家計調査のアパレル消費支出、環境省のマテリアルフロー調査などからアパレルの供給と消費の最新構図を検証し、アパレル流通効率化の方策を探ってみた。

 

過剰供給は緩和されたが業界の利益は減少

 

 24年の衣料品国内供給数量は34億301万点と23年からわずかに(0.65%)減少し、コロナ前19年からは14.6%減少した。輸入数量は33億5290万点(日本繊維輸入組合の輸入数量には「付属品」が含まれているので除外)と0.5%減少したが、国内生産数量も6001万点と6.6%減少し、輸出数量990万点を差し引いた輸入浸透率は98.5%と0.1ポイント上昇した。その一方、国内の小売市場規模は8兆5904億円と23年から2.8%拡大し、19年の93.6%まで回復したと推計される(矢野経済研究所の23年推計額×商業動態統計「織物・衣服・身の回り品小売業」売上前年比102.8%)。

 

 供給数量が絞られたことで19年と比べれば消費に対する衣料品の過剰供給は9%ほど緩和された計算になるが、供給単価と消費単価の推移を見れば円安などによるコスト上昇を転嫁できず、業界とりわけサプライヤーの収益が圧迫されたと推察される。

 

19年から24年で対ドル為替は108.98円から150.51円へ38.1%も円安に振れたが、衣料品の輸入単価は低コスト生産地へのシフトもあって26.9%増、繊維製品の企業物価も16.1%増に抑制された。その一方、衣料品の消費者物価は9.5%の上昇にとどまり、衣料品の小売供給単価(推計小売市場規模÷供給数量)も9.6%の上昇と、両者はほぼ一致している。単純計算すれば、輸入コスト上昇分の卸価格転嫁率は91.5%、卸価格上昇分の小売価格転嫁率は94.4%になるから、それだけ業界の収益が圧迫されたことになる。

 

家計消費支出(2人以上世帯)は19年比102.3%(インフレ修正後実質93.0)と回復したが、食料品のインフレでエンゲル係数が跳ね上がる中、被服・履物支出は89.1%、アパレル(洋服+シャツ・セーター)支出は87.6と回復は鈍かったから、コスト上昇分の価格転嫁が進まずアパレル業界の利益が圧迫された。

 

もっと長期で見ても、衣料品の消費単価に対する供給単価の比率はジリジリと上昇し、業界の利益が細っていったことがわかる。100円割れの円高だった11〜13年頃の54〜55%から円安と共に上昇し、22年以降は60%を超えている(60.9〜62.6%)。消費単価に対する輸入単価の比率も14%前後だった11〜12年頃から円安と共に16〜18%と上昇し、22年以降は23%前後まで上昇しているから、OEM事業者や専門商社の利益が細っていったと推察される。大手商社が衣料部門、とりわけOEM事業の圧縮や撤退を進めたのは無理もなかった。

 

アパレルマーケット総体は回復が鈍く業界の付加価値も細っているが、若年世代(Z〜Y世代)や女性への所得移転が加速して消費意欲が高まり、フィルターバブルなスモールマーケットやカルチャーマーケット、機能的なライフウエアマーケットやエシカルなライフスタイルマーケットは盛り上がっているから、国内マーケットにもビジネスチャンスはあふれている。社会もライフスタイルも気候も変貌して求められる商品もマーチャンダイジングも一変しているのに、アパレル事業者の多くは旧弊にとらわれて対応が遅れているということなのだろう。

 

売れ残りと持ち越しの実態

 

 マーケットの変化に立ち遅れたり、マーチャンダイジングや在庫運用のスキルが伴わなかったりすれば、売り上げが期待に届かず値引きロスや売れ残りが嵩んで利益が圧迫される。アパレル業界の付加価値が細っているのは前述したが、究極、どれほどの商品が期末に売れ残って、持ち越されたり二次流通に放出されたりしているのだろうか。

 

 環境省が三菱UFJリサーチ&コンサルテイングに委託して調査した「令和6年度(2024年)循環型ファッションの推進方策に関する調査」は数量ではなく重量(kt/キロトン)ベースの報告で、下着やナイティまで含む。輸入と国内生産から輸出を差し引いた国内新規供給量は822kt(前述の34億0301万点に相当。平均241.55g)、販売量はユニホームなど業務用も含めて811ktだったが、前期からの持ち越し在庫が205kt投入され16ktが廃棄されたから、新たな持ち越し在庫が201kt発生したとまとめている。

 

 国内新規供給量(822kt)に対する発生持ち越し在庫(201kt)の比率は24.4%になるが、これは環境省が矢野経済研究所に委託した「令和4年度(2022年)アパレル事業者アンケート」(小売・メーカーから卸・商社まで対象190社中109社、57.4%が回答)に基づくもので、平均売れ残り率は29.6%で24.4%を持ち越して販売し、2.7%を二次流通業者に売却、1.9%を廃棄・焼却している。

 

  持ち越しと売却、廃棄・焼却が一様に並んでいるが、現実は売れ残った在庫を持ち越し、翌期に販売しても残った在庫を二次流通業者に売却し、引き取ってもらえなかった在庫を廃棄・焼却したという時系列が推察される。二次流通業者の引き取り価格は持ち越せば半減するから、当シーズン中の売却が選択される場合もある。

 

アパレル製品の感性的な「賞味期限」はハイブランドのインベスティメント商品(資産性のある高質な定番品)でもない限り当該シーズン中かせいぜい翌シーズンまでで、物性的な「消費期限」も翌々シーズン(3年目)までだろう。化粧品も未開封で3年が「消費期限」とされるが、衣料品もスパンデックス糸などは物性が変化してしまうし(PTT糸は耐久性が高い)、日焼けなどによる変色もあるから3年が「未使用新品」としての販売限界と思われる。

 

そもそも「平均売れ残り率29.6%」は業界の実態を反映しているのだろうか。私が知る限り、小売段階の売れ残り率は仕入れ型の数%からSPA型の10%前後、紳士服チェーンの30%前後まで事業形態によって幅があり、平均すれば10%に届かないと思われるが、アパレルメーカーは各シーズンの好不調で10%弱〜30%と振れが大きい。川中のOEM/ODMサプライヤーが抱える返品や未引取り在庫は例外的なはずだが、川下から川中まで「平均売れ残り率29.6%」という回答が実態を反映しているとすれば、川中も相応の売れ残り在庫を抱えていることになる。

 

29.6%は川下から川中まで各段階の109社の回答の平均だから、川下から川中までを累積すれば、いかほどが売れ残ったのか空恐ろしい。2020年の同様な調査では「平均売れ残り率は13.61%」だったから、29.6%という数値は設問方法・聞き取り方法や集計方法に問題があった「異常値」と受け取るべきで、川下から川中までを累積して30%前後というのが実態に近いと思われる。

 

PDMとVMIでサプライチェーンをつなぐ「全体最適」

 

 売れ残り率に象徴されるアパレル流通の非効率性は「川下」「川中」の各段階で捉えるべきではなく、川下〜川中〜生産を一貫して捉えるべきで、その意味では衣料品の消費単価に対する供給単価比率の上昇は「流通が効率化した」と捉えることもできよう。サプライチェーンが分断されては各段階で需給ギャップが発生し、流通トータルのロスや売れ残りが肥大するから、「川下」あるいは「川中」の有力事業者がサプライチェーンを連携して「オンデマンド・サプライ」を追求するべきだ。その鍵となるのがDX(デジタルトランスフォーメーション)とりわけPDM※1.とVMI※2.ではないか。

 

 わが国アパレル業界のDXは在庫圧縮や人時圧縮など各事業者内での「個別最適」な業務効率化にとどまることが多いが、欧米やアジアのアパレル業界ではむしろ納入業社など取引先との業務連携に活用されており、PDMのオンラインプラットフォームが広く普及している。遠隔地の工場やサプライヤーと生産仕様を2D・3DのCADデータで擦り合わせ、詳細に工程を見積もって価格と納期を詰めていく。実物サンプルでの検証がなくなるわけではないが、その回数が減って商品開発のリードタイムとコストが目に見えて圧縮されるのは間違いない。オンラインプラットフォームでのデジタルな「つながり」は追加生産にも即応するから、「オンデマンド・サプライ」のベースともなる。

 

 小売りチェーンが「オンデマンド・サプライ」で需給ギャップを圧縮するには、補充生産もコントロールできるサプライヤーと取り組むVMIが効果的だ。VMIでは小売りチェーンが陳列フェイスの維持管理と納品在庫の買い取り、未納品在庫の期中あるいは翌期中の買い取りを約してサプライヤーとデータ連携し、サプライヤーは欠品しないよう製品在庫を抱えて補給し、欠品が予想されるSKUは補充生産する。一括納品買い取りでは「オンデマンド・サプライ」は敵わないがVMIなら可能で、補給在庫を時限的に分担する分、納入掛け率は一括納品買い取りより多少は高くなる。

 

 VMIを活用して欠品回避と在庫リスク軽減を両立させたのがワークマンで値引きロスは1〜2%に限られていたが(FC店が買い取った在庫の売れ残り率は不明)、「ワ―クマンプラス」や「#ワークマン女子」への急激なシフトでPB比率も直接調達比率も高まり(25年3月期のPB比率は68.5%、海外直接調達比率は63.1%)、VMIが崩れて在庫回転が減速し値引きロスも増えた。

 

 JB(Joint Development Brand)という擬似VMIで在庫効率と付加価値を両立させているのがしまむらで、サプライヤーと取り組んで付加価値を付けたオリジナル商品を実質的なVMIで補給して売り上げも粗利益率も伸ばしている。JBは取引シェアを伸ばしたいサプライヤーを競わせる効果もあって各社が商品企画を競うから、変化に乏しかったしまむらの品揃えも多少は目新しくなったのではないか。

 

 似たようなJB方式でサプライヤーを競わせて高収益を稼いでいるのが米国のジーンズカジュアルチェーンの「ザ・バックル」で、売上規模はギャップの12分の1に過ぎないが、粗利益率は58.9%とギャップより11.7ポイントも高く、営業利益率は19.8%とギャップを12.4ポイントも上回る。アスレジャーに押されてカントリージーニングは退潮傾向が続くが、JBによるVMIと在庫運用のエリア分権で高収益を維持している。

 

 PDMもVMIも小売とサプライヤーが「オンデマンド・サプライ」を志向して「つながる」ことが共通しており、アパレル流通を効率化して値引きロスや売れ残りを確実に圧縮する。アパレル事業者は「在庫圧縮」や「人時圧縮」など目先の個別最適に流れるのではなく、PDMやVMIでサプライヤーと繋がることで「オンデマンド・サプライ」に近づき、サプライチェーンの「全体最適」を図るべきだろう。

 

※1.PDM(Product Data Management)…企画と生産のCADデータ擦り合わせ、コストと納期の見積り、ワークフロー管理の実務マネジメントシステム

 

※2.VMI(Vendor Managed Inventory)…あらかじめ定めた陳列棚割と販売計画に基づいてベンダーに在庫管理と補給・補充生産を委任する取引形態。同一商品を継続補給する「台帳型サプライ」が一般的だが、アクセサリーやベルトなど服飾雑貨では類似アイテムをリレー供給する「トコロテン型サプライ」も多い。

論文バックナンバーリスト