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WWD 小島健輔リポート
『成長戦略もブランド戦略も見えない三陽商会』
(2025年05月20日付)
小島健輔 (株)小島ファッションマーケティング代表取締役

 2025年2月期決算では減収・営業減益に転じて投資有価証券売却益で当期純利益を盛った三陽商会だが、次の成長を図る中期計画でも既存事業の延長以外の具体策が見えず、なんとか「止血」はしたものの成長への展望が開けない状況が指摘される。

 

「止血」はしても「再生」には遠い三陽商会

 

 三陽商会は23年2月期に16年12月期来(20年から2月期に変更)の6期連続経常赤字から脱却したものの、25年2月期は売上高が605億2600万円と前期から1.3%減少し、営業利益も27億1500万円と同10.9%の減益、経常利益も28億2500万円と同11.3%の減益となった。売上高は15年12月期の974億1500万円と比べれば62.1%、経常利益も同70億3600万円の40.3%の水準にとどまるから、「止血」が完了して容態が安定しただけで「再生」には遠い。

減収・営業減益となる中、投資有価証券売却益(19億1600万円)などで補填し、親会社株主に帰属する当期純利益は40億700万円と43.7%の増益に持ち込んだが、それによる包括利益の減少や自己株式の取得(27億9800万円)、剰余金の配当(10億2600万円)で純資産は393億100万円と19億5600万円減少した。15年12月期と比べれば純資産は6掛けに減少し、分母の減少と投資有価証券売却益もあってROEは4.1%から11.7%に上昇したが、ROE経営に必須の成長戦略は見えていない。

 真っ当な経営者がマネジメントして「止血」はできたが、再成長への戦線(販路)の再構築も新規の戦力投入(新規事業)もこれからで、装備(店舗やプラットフォーム、物流体制)や戦術(MDや在庫運用などのスキル)の刷新も試行錯誤を出ていないというのが実態ではないか。

25年2月期は主力の百貨店(構成費64.6%)が2%減、直営店(同5.9%)が3%減と低迷し、EC・通販(同13.6%)とアウトレット(同12.0%)がわずかに1%伸びても補えなかった。24年の衣服・履物消費者物価が2.4%上昇し、全国百貨店衣料品売上高が6.2%伸びた中での1.3%減収は明らかな「退潮」であり、オーガニック(既存戦力)のブランド力、マーチャンダイジング力の課題が露呈した。

 15年秋冬物で立ち上がった当初は19年2月期で合計300億円を構想した「マッキントッシュ ロンドン」と「マッキントッシュ フィロソフィー」もいまだ両者で6掛けにも届いていないようで(ブランド別売上高は未公表)、25年2月期の売上高も前者が上期6%増、下期2%増、後者が上期5%増、下期4%増と勢いを欠く。次の柱と期待する「ポール・スチュアート」も上期0%増、下期3%増と伸び悩んだ。百貨店がインバウンド消費に沸く中でこの伸びでは、「マッキントッシュ ロンドン」も「ポール・スチュアート」も外国人客にハイブランドと認識されていない。「バーバリー」とはやはり格が違うのだろうか。

今期立ち上げの3月も「マッキントッシュ ロンドン」「マッキントッシュ フィロソフィー」とも3%減、「ポール・スチュアート」2%減、4月も「マッキントッシュ ロンドン」4%減、「マッキントッシュ フィロソフィー」6%減、「ポール・スチュアート」2%減と成長をけん引する勢いは見られない。

 自社ブランドの「エポカ」は上期4%減、下期1%減、今期も3月5%減、4月3%減、「婦人服」(百貨店平場ブランド)は上期3%減、下期4%減、今期も3月7%減、4月8%減と低迷しており、セレクトの「ラブレス」は上期37%減、下期12%減、今期も3月23%減、4月8%増と破行が激しい。ファクトリーブランドの「コーポレート」(「サンヨーコート」「三陽山長」など)は上期4%増、下期5%減、今期も3月3%減、4月16%増と波があり、売上規模も限られて成長のけん引役とはなり得ない。

 既存事業が軒並み伸び悩む中、三陽商会はいったいどう成長戦略を描くのだろうか。

 

マーチャンダイジングとブランディングの課題を抱える

 

 売上高が1.3%減少する一方で期末在庫は24.3%も増加して在庫回転日数は115.2日から145.7日へ30.5日も長期化し、期初期末平均在庫で見た在庫回転も3.03回から2.78回へ減速した。繰越在庫比率が18%から16%に減少して今期在庫が84%に改善されたと言っても、製品のお値打ち感という原点的な課題に加え、シーズンMD展開や在庫運用スキルの未熟さも指摘される。

 「サンヨーコート」「三陽山長」などインベスティメント商品は1〜2年持ち越しても陳腐化するわけではないが、その他のブランドは持ち越せば相応に減価し、3年を超えれば物性も劣化し始めるから、ビンテージ商品として滅菌・防虫・空調管理保管しない限り減損処理せざるを得なくなる。16%という繰越在庫比率が許容範囲かどうかは中身にもよるが、アパレルメーカーの繰越在庫比率は単品カジュアルの8〜10%から紳士重衣料の30〜40%まで幅があり、三陽商会の商品内容から見れば管理可能な範囲ではある。

三陽商会は、プロパー販路は正価販売に徹して不振品や過剰品はアウトレットで値引き消化しているが、25年2月期のアウトレット売上比率は12.0%だから平均40%オフとすれば20%が値引き消化されており、繰越比率16%から逆算すれば正価販売比率は64%という計算になる(開示情報とも一致する)。繰越比率との兼ね合いになるが、「ブランド価値」を維持するにはアウトレット売上比率を抑制すべきで、中期計画で14.3%への拡大を計画しているのはブランディングに逆行する。

繰越比率を下げながらアウトレット売上比率を抑制するには製品スペックのブラッシュアップによる「お値打ち感」の向上、ブランドイメージを外さないシーズンMDのアップデイトが不可欠だが、店頭の展開を見ているとどちらも不十分に思える。前述した売上の伸び悩みを見ても、顧客の期待に応えていないのは明らかだ。

 

ウエアリング変化と温暖化への対応が遅れている

 

 マーチャンダイジングの課題はウエアリングの変化と気候温暖化への対応だ。トラデショナルなブランドでも近年の社会構造とライフスタイルの変化に伴うウエアリングの変貌に立ち遅れては顧客を失いかねないし、日本の亜熱帯化に伴う夏場の長期化と熱暑、春・秋の短期化、暖冬と防寒需要の後ズレには対処せざるを得ない。

 所得が伸び悩んで社会保障負担が年々重くなり、生計を支えるべく老若男女を問わず労働力化が進み、女性の労働力化率は欧米を超えて核家族の男女分担が崩れ、男性から女性へ高齢層からZ世代やY世代の若年層に所得が移転する中、旧来のTPOの概念を超えて軽量で機能的、イージーケアでイージーフィットな「生活服」が求められている。軽量・高機能で心地よい新素材や機能加工が次々に開発され、それがまた服とウエアリングを変えていく。

 そんな変化に多少なりとも応えているのは「マッキントッシュ フィロソフィー」ぐらいで、三陽商会の他のブランドはトラディショナルな概念にとらわれてか対応が遅れている。今時の機能的なトラディショナルウエアを志向する「マッキントッシュ フィロソフィー」とて、亜熱帯化する気候へのシーズンMD展開は後手に回っており、毎月のように店頭のMDを見ているとチグハグな展開が目に付く。

ユニセックスなアウター企画はサイズでパターンを分けてメンズとウィメンズに対応したり、イメージ倒れのゴム引きを超える機能性の追求も好感を持てるが、どれも単品企画にとどまってボトムやトップスとのコーディネイトMDが稚拙でウエアリングに幅がなく、トップスの色展開とボトムのサイズ展開でアウターの売り上げをドライブするMDとVMDの仕掛けもできていない。セレクト感覚のコントラストアイテムの発想も欠くからVMDのインパクトも弱く、「アウターを売る」というブランドの根幹がMDにもVMDにも仕組まれていない。元から手薄な夏場ももちろんだが、稼ぎ期の冬場のアウター軸コーディネイトVMDが根幹を外しているのは残念と言うしかない。

百貨店ベターNB(ナショナルブランド)的コンサバ色が強い「マッキントッシュロンドン」はなおさらで、コート、スーツ、ボトム、シャツ、ニットといった単品MDに終始して着回しに幅がなく、オーセンティックなジャストフィットも高齢者向きのイメージを免れない。「アウターを売る」というMDの仕掛けなど発想にないようで(だったらニット企画は一変するはず)、コントラストアイテムを欠くVMDも百貨店ベターNBの域を出ていないから、Y世代への浸透は進まないだろう。

今や夏日が5カ月以上、真夏日が3カ月にも広がって亜熱帯化する夏場のウエアリングとMDの設計は通年の採算性を左右する正念場で、最低保証家賃の固定費負担が重いテナント店舗では死活問題となっている。温暖化対応のシーズンMDについては4月30日掲載の「外してはいけないマーチャンダイジングの『新定石』」(★リンク貼るhttps://www.wwdjapan.com/articles/2102994★)をご一読いただくとして、三陽商会の季節売上指数を検証してみよう。

25年2月期の季節売上指数は1Q(3〜5月)25.4%、2Q(6〜8月)20.7%、3Q(9〜11月)25.8%、4Q(12〜2月)28.1%で、春夏(3〜8月)46.1%、秋冬(9〜2月)53.9%という秋冬に偏ったバランスだが、コートやアウターに強いというイメージにしては同期間の国内ユニクロの春夏45.5%、秋冬54.5%ほどではないから、強いとされる秋冬のコートやアウター、それをドライブするニットの企画にも課題がある。

同期間の百貨店衣料品(24年で婦人服が69.5%、紳士服が19.8%を占める)は春期(3〜5月)25.8%、夏期(6〜8月)22.7%、秋期(9〜11月)24.8%、冬期(12〜2月)26.7%で、春夏48.5%、秋冬51.5%というバランスだったから、三陽商会(前期で婦人服が51.2%、紳士服が39.6%を占める)は百貨店衣料品より春期が0.4ポイント、夏期は2.0ポイントも低く、秋期が1.0ポイント、冬期が1.4ポイント高い。三陽商会の前期(23年3月〜24年2月)は1Q(3〜5月)26.0%、2Q(6〜8月)19.9%、3Q(9〜11月)26.8%、4Q(12〜2月)27.3%だったから、夏期と冬期が0.8ポイントずつ拡大し、春期が0.6ポイント、秋期が1.0ポイント落ちている。亜熱帯化する夏期に多少なりとも対応したという見方もできようが、秋期を1.0ポイントも落としたダメージは大きかったはずで、営業減益の一因となったと推察される。

三陽商会の主力ブランドはいずれも旧態な単品構成で着回しが限られ、コンセプトに適したMDのシーズン展開ストーリーも確立されておらず、近年の急激なウエアリング変化と温暖化にも対応が遅れているが、そんなテクニカルな課題もともかく、ハイブランドに不可欠の「お値打ち感」にも課題が指摘される。

 

ものづくりは価格に見合う「お値打ち感」を実現しているか

 

 ベタープライス以上のブランドには、その価格に見合った「格別のお値打ち感」が求められるが、三陽商会の主力ブランドのようなインベスティメント性の強いトラディショナルなブランドではファクトリーブランド的な「手仕上げ感」や「耐久性」が問われる。高価格なのだから当然で、細部の仕様や仕上げのていねいさはもちろん、見てくれだけでない「耐久性」も問われるから、購入後のメインテナンスサービス体制も「お値打ち感」を大きく左右する。

英国の「マッキントッシュ」のゴム引きは撥水性はともかく透湿性に乏しく、湿気がこもって接着テープが剥がれがちだが、ブランドとしてのメインテナンスサービスはなく、第三者の修理加工会社に頼るしかない。その費用は万円単位でお手軽とは言えず、再度の購入を躊躇わせるほどだ。

「マッキントッシュ ロンドン」「マッキントッシュ フィロソフィー」は、英ヨークシャーの自社工場で生産される「マッキントッシュ」とは別物のライセンスブランドであって、都市生活感覚のモダンブリティッシュだからヘビーデューティな耐久性は問われないが、「マッキントッシュ」と言う名に見合うファクトリーブランド風の品質感は期待される。NBプライスの「マッキントッシュ フィロソフィー」は元よりモダンブリティッシュなライフスタイルブランドで、アウトドアブランド的な機能性を加えて独自のポジションを固めつつあるから、ファクトリーブランド風の品質感をさほど問われないが、インポートの「マッキントッシュ」に迫るベタープライスの「マッキントッシュ ロンドン」はそれを免れない。

 三陽商会は生産子会社のサンヨーソーイングを擁して青森ファクトリーはコートを月産1000着、福島ファクトリーはスーツを月間1300着生産するキャパがあるが、「サンヨーコート」や「マッキントッシュ ロンドン」のトレンチコート、スーツの一部を計画生産するのが精一杯で、「マッキントッシュ ロンドン」のニットやシャツ、ボトムなど単品はもちろん、スーツやジャケットの多くもアジアの外注工場(ベトナムや中国が目立つ)で生産されている。アジアの外注工場での生産も縫製仕様指定と仕上げ検品を徹底すれば品質に問題はないが、コートやスーツにファクトリーブランド風の「手仕上げ感」があるかと言うと、明確な「手仕上げ感」があるサンヨーソーイング製とは比較すべきもない。ニットやカットになるとお手頃な平場ブランドと仕上がりに目に見える差がなく、「マッキントッシュ」と付いているから高いだけと揶揄されてもやむを得まい。

 インポートの英国製「マッキントッシュ」に迫る「マッキントッシュ ロンドン」の価格設定ならコートやジャケットは全量、スーツも高価格品は自社工場で生産すべきだが、バーバリーを失って以降の業績悪化局面で自社工場もリストラの対象となって売却や人員削減が行われ、かつての5工場が2工場となり、今や縫製工員も50名を割り込んでいる。

 外野から見れば、一旦は縮小しても戦略的に必要なら新たに投資して生産力を拡充すれば良いと思うが、新たに策定された中期計画を見る限り、出店や新規ブランドの開発、M&Aへの投資は謳われていても自社工場への投資計画は見当たらない。ブランディングにおける自社工場の戦略的価値を認識していないということだろう。欧州のハイブランド企業が自社工場の設備投資と職人の育成に注力するのと比べれば、三陽商会は「ハイブランド企業」を目指していないということになるが、それで良いのだろうか。

 三陽商会が自社生産、果てはものづくりを軽視しているのではないかと疑いたくなるのがサンヨーソーイングの労務待遇で、募集要項を見ると今時とは思えない数字が並んでいる。三陽商会の年間休日数が122日で実労7時間15分×243日の1762時間に対し、サンヨーソーイングは年間休日数が105日(増やす事を検討)で実労8時間×260日の2080時間と318時間も多い。大卒初任給は三陽商会の24万8000円(院卒、専卒も同じ)に対してサンヨーソーイングは18万1000円と73%の水準で、年間基準労働時間で割った時間給は三陽商会の1689円に対してサンヨーソーイングは1044円と62%の水準でしかない。青森、福島という地域性はあるにしても、格差が大き過ぎるのではないか。これでは三陽商会が自社生産、ひいてはものづくりを軽視していると受け取られてもやむを得まい。

 

ハイブランドビジネスらしからぬ中期計画

 

 中期計画ゴールの28年2月期にはオーガニック(既存事業)で690億円、新規ブランドや海外展開、M&Aで310億円、計1000億円を売り上げて営業利益率10%(営業利益100億円)、ROE10%を構想している。M&Aなど新規の拡大は読みようがないが、既存事業は年率4.48%増で伸ばす必要がある。過去2期間の伸び率は年率1.9%に過ぎないから、装備も戦術もこれまでのやり方を刷新する必要がある。

 既存事業の改革では在庫管理の強化によるプロパー販売比率の向上(64%→70%)と繰越在庫の削減を挙げている。素材開発からの計画生産を欠いては「お値打ち感」を高められず、初期配分と移動運用のテクニカルな精度向上だけでは改善は限られるから、ブランド固有の年間MD展開ストーリー確立が先決と思われる。期中商品対応力の強化もうたっているが、インベスティメントな品質による「お値打ち感」とは相いれず、年間MD展開ストーリー確立による計画生産比率の向上とも逆行する。ファストなアパレルチェーンのようなMD戦術がうたわれるのには違和感しかない。アウトレット専用商品の開発も戦術的には定石だが、ブランド価値を確実に引き下げる。

 他にも数々の戦術が羅列されているが、商品開発と生産を連携した抜本的な「ブランド価値」と「お値打ち感」の向上策はどこにもうたわれていない。ハイブランドビジネスに必須たる自社生産拡充への設備投資や職工の育成、外部優良工場の買収、アフターサービス体制の確立など、優先されるべき施策がことごとく抜け落ちている。三陽商会の経営陣は自社のビジネスをどう捉えているのだろうか。ハイブランドビジネスを志向するのではなかったのか。

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