小島健輔の最新論文

WWD 小島健輔リポート
『外してはいけないマーチャンダイジングの「新定石」』
(2025年04月30日付)
小島健輔 (株)小島ファッションマーケティング代表取締役

 アパレルのマーチャンダイジングはトレンドや営業政策で破行しては顧客もデータも流動化してマネジメントの精度も上がらないから、ポジションを明確にして編成の骨格と年間の展開シナリオを確立する必要がある。亜熱帯化など環境の変化や営業政策で中身の商品や展開は相応に変わっていくとしても、顧客に見えるブランドや業態の立ち位置と編成の骨格は揺るがしてはいけない。そんなマーチャンダイジングの「新定石」を整理しておきたい。

 

マーチャンダイジングの骨格たる編成構造

 

 気候変化や社会変化、トレンドや素材開発で商品は変わっていくにしても、マーチャンダイジング総体の編成構造(=顧客に見える売場の編成)はポジションを政策的に変えない限り変えてはいけない「骨格」だ。成功しているブランドや業態には一見してそれと判る「特有の編成構造」があり、行き詰まらない限り10年も20年も基本は変わらない。「ユニクロ」と「ザラ」のふた昔前の編成表を見れば、今日も骨格は変わっていないことが分かる。それはマーチャンダイジングの編成であると同時にVMDの様式であり、商品開発とサプライの仕組みも体現しているから、卓越したプロなら店頭の編成とVMDから商品開発やサプライの仕組みを推察することもできる。

 大型のブランドや業態は「ターゲット→シーンまたはウエアリング」というブロック編成が多く、ブロックの組み方で性格が出る。アスレジャー革命以前の米国カジュアル業態は「メンズ/ウィメンズ×ジーニング/ワーク(チノ軸)/スエット」の6ブロック編成が定石だったが、大人向けのカジュアル業態ではワークがビジカジ化して6ブロック編成が維持された一方、若向けのカジュアル業態ではワークが消えアスレジャー化したスウェットが拡大して4ブロック編成になった感がある。「ビジカジ」があるか否かがY世代以上かZ世代以下かを分けており、それは「キッズ」の有無も同様だ。

 Z世代以下のカジュアル業態ではジェンダーレスなウエアリングに対応して「メンズ/ユニセックスパーツ/ウィメンズ」という編成も見られるが、ユニセックスパーツの実態はメンズアイテムのサイズ展開である場合が大半だ。男性がウィメンズアイテムを選択するのはマイナーでも、女性がメンズアイテムの小さめサイズを好むのは以前からメジャーな習性だからだ(1990年代末の「ユニクロ」のフリースブームを支えたのは8割方が女性だった)。昨年の「ユニクロ」の都心店舗では「ユニクロ:C」(ウィメンズ企画)のアウターをメンズ売場に陳列してジェンダーレスな購入を訴求していたが、トレンチコートなどのメンズ由来アイテムをオーバーサイズで企画した例外的ケースと思われる。

 ドレス系の大人ブランド/業態ではシーン別のブロック編成が定石で、「フォーマル/ビジネス/ビジカジ/カジュアル/インティメイト(下着とナイティ)」という編成が一般的だ。メンズの「ビジネス」ではウーステッドのテーラードスーツと機能性合繊のセットアップ、「ビジカジ」ではジャケット軸とカジュアルアウター軸の構成比率が性格を分ける。

 

商品開発とサプライの仕組みが見える

 

 商品開発やサプライの仕組みが見えるのは「ブロック」の下の「カテゴリー」で、大半は以下の(A)〜(D)のいずれかに該当する。陳列ラックを一見すれば誰でも判るが、判らないとすれば、売れ欠けて他のユニットと圧縮陳列され構造が見えなくなっているのか、元から曖昧な構造で企画された単品MDが羅列されているかだ。

 

(A)アイテム軸で売れ筋要件をひと蒔きリレーする「横売りMD」(「ファストMD」とほぼ同義)

 

(B)素材軸で色を絞った(サイズは展開)単品やセットアップをひと蒔きする「開発型ファストMD」

(C)素材軸で単品の多SKU(色/サイズ)展開を継続補給する「縦売りMD」

 

(D)複数素材・アイテムのコントラストを設計したコーディネイトをセット投入する「コレクションMD」

ブランドビジネスでは「コレクションMD」に加え、イッセイミヤケの「プリーツプリーズ」のように(E)開発素材の後加工(染色とプリーツ)で多アイテムのカラーコーディネイトを仕組む「カラーコンポーネンツMD」も稀に見られるが、糸の染色と編み立てでカラーコーディネイトを組む「ニットコンポーネンツMD」から応用したものと思われる。どちらも独自のハーモニックなコーディネイトが可能だが、素材が限定されるだけにコントラストの弱さは否めない。

コントラストのあるコーディネイトを志向すれば、(F)異なるテイストや素材のアイテムを組み合わすセレクトMD、になる。多くは基軸となるオリジナルMDにセレクトアイテムをコントラストするが、セレクト比率が低いとコントラストの効いた「ルック回転VMD※1.」手法が困難になって「定型ルックVMD※1.」化してしまい、ウエアリングが平版になって価格が通り難くなる。

小売業態では企画の性格に応じて複数のMD手法を使い分けるが、ブランドビジネスではMD手法がウエアリングを規定するケースが多い(逆も同様)。個別のデザインでは突出してもMD手法に固有の技がないとウエアリングのキャラが定まらず、人気の継続も難しくなる。

以上は半世紀にわたって国内外のブランド/業態のマーチャンダイジングを売場から検証して来た私の認識だが、他に注目すべきMD手法があったらご指摘を頂きたい。

 

※1.「ルック回転VMD」と「定型ルックVMD」…「ルック回転VMD」は隣接するアイテムが悉くルックになるように素材やカラー、フィットや丈をコントラストさせながら連続するハンガー陳列で、異なるテイストや素材のアイテムが揃うセレクトショップに特有なVMD手法。「定型ルックVMD」は特定のアイテム/品番を組み合わせて定型化したルックを訴求するVMD手法で、ハンガー陳列でも棚陳列でも行われる。通常は組み合わせるアイテムを色・サイズを揃えて並べるが、量販ぽく見せたくない場合は色の組み合わせを変えてルック回転風に陳列する手法や色毎にまとめてコンポーネンツ風に見せる手法もある

 

シーズンを構成するMD手法

 

 ブランド/業態としてのマーチャンダイジングの骨格が定まっても、シーズン展開が的確でないと顧客ニーズを取りこぼして売り上げが不安定になり、欠品や売れ残りに苦しむことになる。3月11日掲載の「AIに在庫運用を任せる前にアパレルに問われる『根源的決断』」(★リンク貼るhttps://www.wwdjapan.com/articles/2058818★)で「『消化率』を優先するか『需要充足率』を優先するか」と問うたように、「売り切り」を優先するか「欠品回避」を優先するかで顧客の満足度は大きく異なり、定着率にも響いてくる。

 「前シーズンはあった定番が無くなった/欠品していた」「この季節にはあると期待したアイテムや色/サイズが無かった/欠品していた」が続くと顧客が離れて売上が不安定になり、販売予測の精度も落ちていく。POSは実現した売り上げはつかめるが、品ぞろえの欠落や色・サイズの欠品で落とした売り上げはつかみようがない。そこに顧客を失う落とし穴があり、「消化率」ばかり見ていると欠品に気付かないまま顧客が離れていく。

 シーズンのMD編成はそんな落とし穴を回避すべく、過去から未来へ継続的に修正して固めていくもので、以下の3つがポイントとなる。

 

(1)年間の売り上げと在庫の流れを直近の現実に対応する

 

 売り上げと在庫は月次・週次の流れを組むが週次は天候やイベントの影響が大きく、決済の締めである月次が基本になる。キャッシュレス化が進んでも月末・月初に売り上げの山が来ることは変わらないが、末締めと20日締めで季節在庫の投入タイミングがズレるのは要注意だ。

 近年は日本が亜熱帯化して夏が長くなり、秋と春が短くなって冬の山が低くなり、冬が梅春と二分される傾向が強まっている。ざっくり分ければ「春」が2ヶ月(2月、3月)、「初夏」が2カ月(4月、5月)、「盛夏・晩夏」が3カ月(6月、7月、8月)、「初秋」が1カ月(9月)、「初冬」が2カ月(10月、11月)、「梅春」が2カ月(12月、1月)というのが実情に近いのではないか。地域によって前後するし、先行型と実需型でも2週間以上のズレが生じるから、販売期間の大枠と捉えたい。

「初夏」から「晩夏」まで夏が5カ月も占めて秋は1カ月しかないから消滅も同然で、「春」も「初冬」も短くなって売れ筋を二次投入する販売期間がなくなった。暖かさが残る「初冬」は冬色・冬素材(紡毛ウール見え)の軽いアウターやニットで終わって防寒アウターは動かず、寒さが厳しくなる12月、1月に春色・冬素材の「梅春」防寒アウター(中綿/ダウンコートが主流)が盛り上がるのが近年の実勢だから、ウール系コートの出番は極めて限られる。

1カ月しかない「初秋」は薄いひと蒔きで売り切るトランジットアイテムに絞るしかないが、他の季節も2カ月程度しかないから季節アイテムとりわけアウターはひと蒔きで売り切るしかなく、季節をまたいで売れるニットやスエット、ボトムで稼ぐことになる。防寒アウターで売り上げを作るには、冬色紡毛ウール系(といっても今時はウールちょっぴりの合繊混だが)などの冬物アウターは薄いひと蒔きで逃げ、11月から春色・冬素材の梅春アウターを投入して12月、1月の山を仕掛けるしかない。となると合繊中綿系や獣起毛系(今時はアクリル系かフリース系が中心だが)の比率がますます高まり、紡毛ウール系は脇役になっていく。

 

(2)売り上げの基盤となる「縦売り」アイテムのストーリーを確立する

 

 前述した季節をまたいで継続する「縦売り※.2」アイテムを欠いては売り上げが不安定になり、「横売り※.2」アイテムに依存しては品番数が肥大して消化管理・運用が粗くなってロスが肥大しがちで、品ぞろえの継続性を崩せば顧客の継続性も損なわれる。顧客を継続するLTV※.3には毎年、微妙に修正しながら継続する「縦売り」アイテムが必須で、そのシーズン展開ストーリーの確立が問われる。

 ビジネスアイテムでもカジュアルアイテムでも必須の「定番」アイテムがあり、長期的なトレンドでフィットや素材、カラーリングが微妙に変わりながら継続されていく。必須の「定番」アイテムなんだから落とすブランド/業態などあるはずがないと思うかもしれないが、毎月店頭を巡回していると結構、外しているブランド/業態がある。「横売り」アイテムでトレンドを追い過ぎたり、「縦売り」アイテムの在庫負担を回避しようとして起こると推察するが、「『縦売り』アイテムの展開ストーリーを固める」重要性を認識していないブランド/業態も多いのではないか。

 「縦売り」アイテムは冬場の防寒アウターや夏場の耐暑アイテムのようなシーズンアイテムもあるが、多くは素材や色展開を切り替えて複数の季節を継続する単品で、中にはほぼ年間あるいは3シーズン展開できるものもある。代表的なのがビジネス系ではアクティブ・セットアップ、カジュアル系ではトラックスーツだろう。

アクティブ・セットアップは軽量な合繊ストレッチ機能素材のテーラード(女性向けはノーカラーもある)セットアップで、Y世代、Z世代のビジネスウエアとして定着した感がある。通年素材/冬場の発熱保温素材やボンディング/夏場の耐暑クール素材と切り替えるが、見た目のデザインと基本カラー(黒/グレー/ネイビー)は変わらず、春夏はベージュやカーキも加わる。

トラックスーツはジップブルゾンとイージーパンツのアクティブ・セットアップで、春・秋のポリ系ジャージ/夏場のナイロン・リップ/冬場のポリ系ベロアと素材を切り替え、年間展開のベーシックカラーに夏場はアウトドア系、冬場はパステル系の差し色を加える。カジュアルではスエットの単品やセットアップも素材/色の切り替えで通年に近い展開が可能で、春・秋の裏起毛/夏場の度詰め天竺/冬場のフリースと素材と差し色を切り替えていく。

ジーンズはシーズンでオンスや加工、シルエットが大きく変わるからやや異色だが、通年展開しないと顧客が付かない。ウィメンズのMA-1ブルゾンやミディ丈プリーツスカートも、素材と色を切り替えて3シーズン展開するアイテムとして定着している。

これらは一例であって素材の切り替えはブランド/業態で異なるが、必要な「縦売り」アイテムを落とすことなくそろえてシーズン展開ストーリーを確立し、顧客を定着させることが大切だ。当然ながら、トレンドや気候変化などによって「縦売り」アイテムのスペック(素材やフィット、ディティールやカラー)を的確に修正し、「横売り」アイテムとのバランスを運用する必要がある。

 

※2.縦売りと横売り…同一品を備蓄補給して大量継続販売するのが「縦売り」、バラエテイを揃えて少量を蒔き切りで売り切っていくのが「横売り」

 

※3.LTV…Life Time Value(顧客生涯価値)の略で、新規顧客開拓と比較して既存顧客の長期定着メリットを言う

 

(3)ウエアリングを立体化するコントラスト/アクセントアイテムを添える

 

 「縦売り」アイテムのストーリーを確立して売り上げの基盤を固めても、コーディネイトするコントラスト/アクセントアイテムを欠いてはウエアリングの立体感が出ず、着回しの幅も広がらないから、「縦売り」アイテムの売り上げも伸びない。

 前述した「縦売り」アイテムの多くはキレイ目ソリッドな無地素材の定番だから、加工感や落ち感のある素材や柄物、ウィメンズでは透け感や光沢感のある素材のデザイントップやデザインボトムがコントラストアイテムになる。コントラストアイテムは「縦売り」アイテムの真逆で、ひと蒔きで売り切るデザインアイテムだから、色はモノトーンやトレンドカラーに絞り、サイズもフリーサイズやSML展開に限定する。

 「縦売り」アイテムの販売ドライブには服飾雑貨などのアクセントアイテムも効果的で、柄物のスカーフやストール、雑材のバッグなどをVMDに組み込めばスタイリング提案のインパクトが高まる。

 毎月の店頭を見ていると、コントラスト/アクセントアイテムを欠いてスタイリング提案のVMDが平板な定型ルック化しているブランド/業態をしばしば見かけるが、低価格の単品構成ならともかく、値の張るセレクトショップなどでは顧客の失望を買ってしまう。手堅いオリジナルの定番商品を増やしてコントラストの効くセレクト商品を減すと覿面に見られる現象で、「縦売り」アイテムとコントラスト/アクセントする「横売り」アイテムのバランスを外してはいけない。

 

ポジションとMDの再構築が求められるとき

 

 ブランド/業態には外してはいけないポジションと崩してはいけないMDの骨格があるが、長期的なマーケットの変質に対応してポジションを移動したり、MDやサプライの仕組みを再構築しなければならなくなることもある。ポジションやMDが強固であるほど、その移動と再構築は顧客を失うリスクが大きいから、既存のポジションと手法から出られなくなってジリジリと業績が落ちていくケースが少なからず見られる。

 そんな状況に陥った時は仮説検証を繰り返して確信できてから動くべきで、軽挙拙速に動いてはならない。下手に動いては新規顧客が広がらないまま既存顧客が離れ、落ち込みが加速するリスクがある。幾度もポジションの修正を繰り返すと顧客からブランド/業態が見えなくなり(事業者側も同様に見えなくなる)、再構築の難易度も跳ね上がってしまう。

仮説検証も社内の認識に縛られず、認識が異なる外部の声も取り入れて視野を広げ、強みとなるMDやサプライの仕組みを見極めてポジションを定めるべきだ。ポジションを定めてMDやサプライの仕組みを固め、MDとVMDのスキルを積み上げて逐一、結果を検証して修正していけば加速が付いていくはずだが、MDとVMDのスキルが伴わないと期待する結果が得られない。

自社と同列のライバルしか見えていないと使えるスキルが限定され、壁を越えることが難しくなる。自社にはないが外では活用されているMDとVMDのスキルに目を開き、自社なりに使いこなせるよう挑戦すべきではないか。

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