小島健輔の最新論文

WWD 小島健輔リポート
『「賃上げ」競争を勝ち抜くアパレルチェーンはどこか』
(2025年04月17日付)
小島健輔 (株)小島ファッションマーケティング代表取締役

Žå—vƒAƒpƒŒƒ‹ƒ`ƒF[ƒ“‚̔̔„Œø—¦‚ƐlŒø—¦,‘“àƒ†ƒjƒNƒ,‚µ‚܂ނç(˜A

 

 

 少子高齢化による若年労働力不足にインフレが加わって「賃上げ」競争が熾烈化しているが、「賃上げ」出来る原資がないと競り負けてしまう。主要アパレルチェーンの運営効率と人時効率、給与水準を比較して「賃上げ」の原資と余力を検証してみた。

 

■初任給30万円にはもう驚かない

 日本経済新聞が集計した25年春の大卒初任給は25万円以上が54.3%、中でも30万円以上が10.2%と1割を超えていたから、もはや初任給30万円はトピックではなく新たなスタンダードとなりつつある。45.7%と過半を割った初任給25万円未満の企業が採用に苦戦するのはやむを得まい。

停滞が続いていた賃金水準も22年から物価とともに上向いたがインフレに賃上げが及ばず、22年は実質1.1%のマイナス(賃金1.9%増<物価3.0%上昇)、23年も実質2.5%のマイナス(賃金1.3%増<物価3.8%上昇)、24年も実質0.2%減(賃金2.9%増<物価3.2%上昇)と3年連続の実質減少となった。コロナ前19年から累積すると賃金が5.4%増えた一方で物価が10.0%インフレし、実質所得は4.2%減少したことになる。とりわけ生活に必需な食料品の値上がりが19.4%と大きく、この間にエンゲル係数は25.7から28.3に跳ね上がり、ファッション係数(被服・履物支出)は3.67から3.33と9掛けに落ちた。

そうは言っても、若年・女性労働者の賃金は全体平均を抜け出して上昇が加速している。厚生労働省の賃金構造基本統計に拠れば、23年は20〜24才が4.0%増/25〜29才が3.3%増と若年男性の賃金が伸び、男性平均の2.6%増を上回ったが、女性は10代が5.6%増と大きく伸びても平均は1.4%しか伸びなかった。24年になると状況が一変して女性の賃金が4.8%も伸び、男性の3.5%増を凌駕した。男性では10代が6.5%増、30〜34才が4.7%増、45〜49才が4.8%増と伸びても20〜24才が2.1%増、25〜29才が2.6増%と平均を下回るなど若年世代全体が押し上げられたわけではなかったが、女性では20〜24才、25〜29才が5.0%増、35〜39才が5.3%増、45〜49才が5.8%増と、20代から40代まで幅広く賃金が伸びた。

男女間賃金格差も75.8%と2001年から10.5ポイント縮まり、男性から女性へ、壮年から若年へ所得移転が進んだが、この3年間に賃金が男性6.7%、女性8.6%上昇しても消費者物価は10.4%もインフレしている。インフレに抗して実質賃金をプラスにするにはそれ以上の賃上げが必要で、採用が逼迫する女性や若年層では毎年5.0%を上回る賃上げが必須だが、「賃上げ」競争を勝ち抜く原資はどうするのだろうか。

 

■主要アパレルチェーンの初任給格差

 「賃上げ」競争が最も過熱しているのが新卒者の初任給で、5%どころか20%も引き上げるケースも見られる。昨年はトーキョーベースの30万円が話題になったが、今年は40万円に引き上げた。40万円と言っても、一律の通勤手当(2万円)とその他一律手当(5000円)、80時間の固定残業代(17万2000円)が含まれており、給与計算の基準となる「基本給」は20万3000円でしかない。

同社は所定8時間の年間117休日だから年間所定労働時間は1984時間(8h×248日)で、給与計算の基準となる時間単価は「基本給」を12倍して1984時間で割れば1227.8円と算出できる。

年々、大幅に給与を引き上げているファーストリテイリングはナショナル社員(グローバル転勤ありの総合職)で今年は33万円だが、これは諸手当を含まない正真正銘の「基本給」だ。同社は所定8時間の年間120休日だから年間所定労働時間は1960時間で、給与計算の基準となる時間単価は「基本給」を12倍して1960時間で割れば2020.4円と、トーキョーベースを64.6%も上回る。

しまむらも総合職は29万400円(販売職は23万1000円)と高いが、これも正真正銘の「基本給」だ。所定8時間の年間114休日だから年間所定労働時間は2008時間で、時間単価は1735.5円とファーストリテイリングの85.9%だがトーキョーベースを41.4%も上回る。

賃上げに積極的なアダストリアの初任給は総合職で26万円(地域社員は23.5万円)。所定8時間の119休日だから年間所定労働時間は1968時間で、時間単価は1585.4円とファーストリテイリングの78.4%だがトーキョーベースを29.1%上回る。

ハニーズは給与水準も低いが初任給も大卒で21万9000円、短・専卒で20万4000円と今時とは思えないほど低い。所定8時間の114休日だから年間所定労働時間は2008時間で、時間単価は1308.8円とファーストリテイリングの64.8%、しまむらの75.4%、アダストリアの82.6%にとどまる。

初任給の時間単価がトーキョーベースと大差ないのがユナイテッドアローズだ。ユナイテッドアローズの新卒募集要項では学歴を問わず「月給」22万4000円としているが、これは14時間分の見なし残業代22,246円を含んだもので、正味の「基本給」は201,754円とハニーズ(21万9000円)もトーキョーベース(20万3000円)も下回る。所定8時間の120休日だから年間所定労働時間は1960時間で、時間単価は1235.2円とファーストリテイリングの61.1%、しまむらの71.1%、アダストリアの77.9%、ハニーズの94.3%に過ぎず、トーキョーベースの1227.9円をかろうじて上回る。

これらは諸手当やボーナスを含まない「基本給」であって年間の給与水準とイコールではないし、キャリアを積んで伸ばしていく給与所得カーブや退職金制度の有無も含めて比較する必要がある。しまむらやハニーズには退職金制度があるが、アダストリアやユナイテッドアローズは給与に乗せる前払い退職金制、ファーストリテイリングは自分で積み立てる401kだ。

因みに上記各社の平均人件費に対する初任給の割合を、会社負担社会保険料など福利厚生費を15%、新卒者のボーナスを2ヶ月分とざっくり見れば、国内ユニクロ(24年8月期の数字で給与水準が一期ズレる)で100.3、しまむらで83.5、アダストリアで107.9、ハニーズで106.4(24年5月期の数字で給与水準が一期ズレる)、ユナイテッドアローズは62.6(24年3月期の数字で給与水準が一期ズレる)ほどになる。

この数字が100を超えていると、急速に初任給を上げているため現従業員の給与水準が相対的に低くなっている状況、この数字が100を大きく下回るほど現従業員に対する新卒者の給与水準が低く、キャリアを積んでの昇給が期待できるということになるが、各社の実情は必ずしもそうとは言えない。100を超えていると業績も初任給も伸びている状態、100を下回るほど業績も初任給も停滞している状態と見る方が現実的ではないか。

 

■運営効率と粗利益率が「人時生産性」の格差を広げる

  初任給はともかく、現従業員の給与水準を決めているのは「人時生産性」(一人一時間あたり粗利益額)と労働分配率だが、所定労働時間は開示されていても残業時間を含めた総労働時間は開示されていないから、所定労働時間から「人時生産性」を概算するか、「一人当たり粗利益額」で代替するしかない。

 「一人当たり粗利益額」は「一人当たり売上高」×「粗利益率」で、全ての基盤となるのが「一人当たり売上高」だ。「一人当たり売上高」は「一人当たり保守面積」×「面積当たり販売効率」だから、店舗規模が大きく販売効率が高いほど、店舗運営が効率化されているほど高くなる。

 「一人当たり売上高」が最も高いのはしまむらの4263.9万円で、国内ユニクロを10.9%上回る。「平米当たり販売効率」は年間29.4万円と低いが、平均1010平米の標準化された店舗は年間2億9717万円を売り上げる。マニュアル化・プレハブ化された運営体制ゆえ正社員1.4人とパート5.5人(8時間換算、以下同)で運営できており、「一人当たり保守面積」は145.0平米に達する。歩留り率は高くても(「ファッションセンターしまむら」業態で90.2%)仕入れ調達ゆえ粗利益率は34.7%と低く、「一人当たり粗利益額」は1488.5万円と国内ユニクロの76.3%にとどまる。

国内ユニクロの「一人当たり売上高」は3844.0万円としまむらの9掛けだが、「平米当たり販売効率」が年間95.2万円と高く、平均1048平米の店舗は年間9億9254万円も売り上げる。RFID技術による在庫管理や一括読み取りセルフレジなど店舗DXを進めて「一人当たり保守面積」を40.4平米まで拡大し、正社員15.7人とパート10.1人で運営している。自社開発の計画生産で粗利益率が50.8%と高く、「一人当たり粗利益額」は1951.2万円としまむらを31.1%も上回る。

 アダストリアの「一人当たり売上高」は2194.5万円と国内ユニクロの57.1%にとどまる。「平米当たり販売効率」は年間80.5万円と国内ユニクロに次いで高いが店舗が平均226.3平米と小さく、平均1億8360万円売り上げる店舗を正社員4.2人とパート4.1人で運営して「一人当たり保守面積」は27.0平米と限られる。自社開発SPAゆえ粗利益率は54.7%と国内ユニクロより高いが、「一人当たり粗利益額」は1200.0万円と「一人当たり売上高」の格差で国内ユニクロの61.5%にとどまる。

ハニーズの「一人当たり売上高」は1671.0万円と国内ユニクロの43.5%、アダストリアの76.1%にとどまる。「平米当たり販売効率」が年間28.5万円と低いのに加えて店舗も平均227.4平米と小さく、「一店平均売上」は6476.4万円と限られるが、標準化を徹底して正社員1.6人とパート2.3人で運営し、「一人当たり保守面積」は58.7平米と国内ユニクロを上回る。ミャンマーの自社工場を核とした工場直調達で粗利益率が60.3%と高く、「一人当たり粗利益額」は1007.6万円とアダストリアの84.0%に迫る。

 ユナイテッドアローズの「一人当たり売上高」は単価が高いだけに3399.8万円と、国内ユニクロの88.4%に迫ってアダストリアを54.9%も上回る。単価の高さと好立地出店で「平米当たり販売効率」が年間135.8万円と飛び抜けて高く、店舗が平均239.4平米と限られても「一店平均売上」は3億2528万円と国内ユニクロに次いで大きい。正社員16.7人とパート1.0人で手厚く接客・運営して「一人当たり保守面積」が14.3平米と限られるが、「平米当たり販売効率」の高さで「一人当たり売上高」を稼いでいる。セレクトチェーンとしてはオリジナル比率が高く、粗利益率が51.7%に達して「一人当たり粗利益額」は1758.7万円と国内ユニクロの9掛けに迫り、アダストリアを46.6%も上回る。

 

■「人時生産性」と労働分配率が給与水準を決める

 残業なども加えた総労働時間は掴めないから、各社の年間所定労働時間で一人当たり粗利益額を割って「人時生産性」を算出したが、その数値と実際の給与水準には労働分配率の差で少なからぬギャップが生じる。

 最も「人時生産性」が高いのは「一人当たり粗利益額」が最も高い国内ユニクロで、「一人当たり粗利益額」を年間所定労働時間で割れば「人時生産性」は9955.1円と計算できる。推定平均人件費を年間所定労働時間で割れば2765.3円になるから労働分配率は27.8%と計算できるが、人件費を粗利益で割っても同じ数値になる。しまむらで同様な計算をすれば「人時生産性」は7412.8円と国内ユニクロの74.5%で、平均人件費を年間所定労働時間で割れば2851.1円になるから労働分配率は38.5%と計算できる。

 同様に、アダストリアの「人時生産性」は6097.6円と国内ユニクロの61.3%で、平均人件費を年間所定労働時間で割れば2016.8円になるから労働分配率は33.1%と計算できる。ハニーズの「人時生産性」は5017.9円と国内ユニクロの50.4%で、平均人件費を年間所定労働時間で割れば1688.7円になるから労働分配率は33.7%と計算できる。

 ユナイテッドアローズの「人時生産性」は8973.0円と国内ユニクロの9955.1円に90.1%と迫るから、結構高い。平均人件費を年間所定労働時間で割れば2709.2円になるから労働分配率は30.2%と計算できるが、人件費を粗利益で割ると30.4%になる。前者は単体指標からの計算、後者は連結指標からの計算なので、多少の差が生じる。

 着目したいのが労働分配率で、最も高いしまむらの38.5%からハニーズの33.7%、アダストリアの33.1%、ユナイテッドアローズの30.4%(連結)、最も低い国内ユニクロの27.8%の順になるが、この差は何を意味するのか。不動産費(賃料と減価償却費)や物流費、広告宣伝費などとのバランスもあるだろうが、営業利益を資本への分配と看做せば、国内ユニクロは労働分配率の27.8%に対して資本分配率は32.9%と5.1ポイント高いが、しまむらは労働分配率の38.5%に対して資本分配率は25.6%と逆に12.9ポイントも低い。同様に、ハニーズも労働分配率の33.7%に対して資本分配率は20.4%と13.3ポイントも低い。アダストリアも労働分配率の33.1%に対して資本分配率は9.7%と23.4ポイントも低く、ユナイテッドアローズも労働分配率の30.4%に対して資本分配率は9.7%と20.7ポイントも低い。

 労働分配率より資本分配率が高ければ労働者が搾取されているという見方があるかもしれないが、現実には資本分配率が最も高い国内ユニクロの給与水準はしまむらに次いで高く、昨年8月と今年2月の決算期のズレを考慮すれば実態はしまむらを抜いていると思われる。国内ユニクロは資本分配率が高くても給与水準も高く、さらに給与水準を上げていく余裕があるということではないか。しまむらは給与の絶対水準は国内ユニクロと競っていても賃上げ余力は劣るから、来期は逆転されるに違いない。ハニーズは賃上げ余力はしまむらに次いで大きいのに絶対水準が低く、採用面でもガバナンス面でも水準の嵩上げが急がれる。

 アダストリアとユナイテッドアローズは賃上げ余力が限られるのは似ているが、「人時生産性」に対する初任時給の比率が大きく違う。アダストリアが26.0%と現従業員の33.1%の8掛けに近いのに対し、ユナイテッドアローズは13.9%と現従業員の30.4%の半分にも満たない。初任時給は基本給のみ、現従業員は諸手当やボーナスも含んでいるから同列の比較はできないが、比率の違いには大きな意味がある。

アダストリアは新卒初任給を急速に上げて現従業員給与水準の嵩上げを迫られているが、ユナイテッドアローズは新卒初任給を極端に抑えて現従業員給与水準と格差があり過ぎる。賃上げ余力は限られるから、現従業員の給与水準を切り下げていく方針なのかと訝られる。両社ともこのままでは賃上げ競争に競り負けるのは必定で、「人時生産性」の抜本的なブレイクスルーが急がれる。

店舗運営の効率化には1)店舗規模の拡大と標準化に加え、2)RFIDやセルフレジなど店舗DX、3)マテハンのプレハブ化やロジスティクスの効率化が必定で、4)EC比率の拡大と顧客購買履歴のOMO一体管理を経て、5)店舗在庫引き当て店出荷/店渡しへの転換という「ローカルOMOシフト」、6)「ローカルOMOマーケティングによる店舗網の再配置」がゴールとなる。インディテックスの劇的な効率上昇※1もアバクロの復活※2もその定石によるものだが、具体的な手法とプロセスについては近々に詳説することにしよう。

※1・・・3月18日掲載の『ザラ磐石の店舗効率の凄み それでもユニクロに勝ち目がある理由』参照

※2・・・2月13日掲載の『アバクロ復活に学ぶアパレルの立て直し方』参照

論文バックナンバーリスト