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WWD 小島健輔リポート
『アダストリアの勝算 5回目の変貌でプラットフォーマーへ』
(2025年04月09日付)
小島健輔 (株)小島ファッションマーケティング代表取締役

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 コロナから順調に回復して次々と手を広げてきたアダストリアの勢いが2025年2月期ではやや息切れた感がある一方、「中期経営計画2030」では持ち株会社体制に移行して「顧客基盤プラットフォーマー」へ5回目の変貌を果たし売上高4000億円を目指すとうたうが、果たして勝算はいかに……。

 

全力疾走が息切れた25年2月期

 

 アダストリアの25年2月期連結決算が4月4日に開示されたが、売上高は2931億1000万円と前期から6.4%の伸びにとどまり、前期の13.6%増、前々期の20.3%増からは鈍化した。今期は7月1日に「ディーン&デルーカ」などを運営するウェルカムから「トゥデイズスペシャル」(8店舗)、「ジョージズ」(16店舗)の2事業(年間売上高30億円余)を買収しているが、反映されるのは8カ月間で連結売上高への影響は軽微(コンマ以下)。アパレル・雑貨関連事業(2785億7400万円)は6.0%増、うち海外事業(239億2000万円、24年12月期)は5.0%増。子会社ゼットンに集約した飲食事業(145億3500万円)は16.0%増だった。

 コロナ前20年2月期からは31.8%増(買収したゼットンを除けば25.3%増)と大きく伸ばしたが、しまむらの27.5%増は凌駕しても、「ユニクロ」のファーストリテイリングの35.5%増、「ザラ」のインディテックスの36.6%増には及ばない。直近第4四半期(12〜2月)の減速が目立ち、国内ユニクロの13.8%増(3カ月単純平均、既存店12.8%増)に対してアダストリア(単体国内)は0.2%増(既存店2.3%減)と格差が広がったから、息切れ気味という印象は否めない。

総利益率は54.68%と前期から0.60ポイント落とし、販管費率は49.39%と逆に0.65ポイント上昇し、営業利益率は5.29%と1.25ポイント低下した。20年2月期の5.79%も下回り、06年2月期の20.32%には遠く及ばないから、4度目の変貌を図った2010年来の「垂直統合型SPA」への転換が未だ途上であることをうかがわせる(ファーストリテイリングの24年8月期営業利益率は16.14%)。

営業利益は155億1000万円と前期から13.9%減少したが20年2月期は20.4%上回り、当期純利益も96億1400万円と前期から28.9%減少したが20年2月期は51.1%上回る。一株当たり純利益も208.93円と前期から7掛けに落ちたが、20年2月期を54.7%上回る。純資産額は772億円と前期から7.8%増加して20年2月期を35.3%上回り、自己資本比率も57.9%と前期から3.1ポイント上向いた。

自己資本利益率(ROE)は13.1%と前期から7.8ポイント、総資産純利益率(ROA)も7.4%と前期から3.9ポイントも低下したから、経営効率は一転して悪化している。売上伸び率の鈍化や利益の減少より経営効率指標の悪化が大きく、コロナ明け以降の回復と拡大を支えてきた経営手法が壁に当たったと受け止められる。

 

商品財務も運営効率も人時効率も頭を打った

 

 在庫回転は4.75回(期初期末平均法)と前期から0.03回とわずかな低下だったが、CCC(Cash Conversion Cycle)が3.3日長くなって運転資金が17.2%増加し、純資産に対する比率も38.2%と前期から3.1ポイント上昇した。交叉比率も粗利益率54.68%×4.75回転の259.7と前期から4.5ポイント低下して20年2月期の336.9を22.9%下回り、07年2月期の790.5からは3分の1以下に落ちた。

とはいっても、国内での短納期生産が可能だったポイント時代の「バイイングSPA」とオフショア生産の「垂直統合型SPA」を同じ目線で比較するのもナンセンスだ。ファーストリテイリングの24年8月期の交叉比率が粗利益率53.90%×3.10回転の167.0、インディテックスの25年1月期の交叉比率が粗利益率57.84%×5.18回転の299.6であることと比べれば低効率とは言えないが、棚資産回転の低下にスライドして長期低落傾向にある。

一店平均売場面積は226.3平方メートルと前期から5.82平方メート(2.63%)、20年2月期からは16.2平方メートル(7.71%)拡大し、一店平均売上高も1億8359.5万円と前期から2.33%、20年2月期からは16.37%拡大。平米当たり販売効率は80.5万円と前期から1.51%、20年2月期からも4.14%上昇したが、一人当たり売上は2194.5万円と前期から3.2%低下した(20年2月期からは10.0%高い)。売場面積、店舗数、従業員数とも期中平均で計算しているため、開示データである平米当たり販売効率と微妙に食い違うところもあるが大筋は一致している。

 

一人当たり売上の頭打ちは一人当たり保守面積の停滞に起因しており、25年2月期は27.0平方メートルと前期から0.4平方メートル(1.5%)、20年2月期からも2.2平方メートル(9.0%)しか拡大していない。国内ユニクロの40.4平方メートル、ハニーズの58.7平方メートルとは格差が大きく(しまむらは145.0平方メートル)、国内ユニクロが19年8月期から9.1平方メートル(29.2%)拡大したのと比べても頭打ちは否めない。「一人当たり保守面積を年々、拡大していかなければ給与を上げられない」という基本認識が欠けているのではないか。

一人当たり売上高の低下は効率の低いゼットン(飲食部門)の完全子会社化と売り上げシェアの多少の上昇によるところもあるだろうが、売り上げシェアが0.33ポイント上昇しても4.96%に過ぎないゼットンの影響は限られるから、主力のアパレル・雑貨部門の一人当たり売上が頭打ちになっていると推察される。25年2月期のアパレル・雑貨部門と飲食部門を分けた従業員数は有価証券報告書の開示を待たねばならないが、前期ではアパレル・雑貨部門の従業員数は正社員6127人で臨時雇用5949人、飲食部門の従業員数は正社員467人で臨時雇用499人だったから、アパレル・雑貨部門の一人当たり売上高は2176.6万円、飲食部門の一人当たり売上高は1312.0万円(アパレル・雑貨部門の60.3%)と計算できる。

 アパレル・雑貨部門の一人当たり売上高2176.6万円という水準はハニーズの1671.0万円こそ上回るが、国内ユニクロの3844.0万円の56.6%に過ぎず、しまむらの4263.9万円の半分でしかない。一人当たり粗利益も1203.2万円でしかなく、国内ユニクロの1951.2万円の61.7%、しまむらの1488.5万円の80.8%に過ぎない。

一人当たり粗利益は給与の支払い能力に直結するもので、25年2月期の一人当たり人件費は396.8万円と前期から4.53%上昇、前期も前々期から4.46%上昇しているが、国内ユニクロの推計値542.0万円の73.2%、しまむらの572.5万円の69.3%にとどまる。これだけの格差を解消していくには同じ経営手法でゴリ押しても無理で、これまでのやり方で効率が頭打ちになった以上、根本から事業の仕組みと組織の動かし方を変える必要がある。

 

伸びる事業、効率を変革する事業が見当たらない

 

 25年2月期は売上高を連結合計で175億1400万円(6.4%増)伸ばしたが、その内訳はアパレル・雑貨事業が157億3000万円(6.0%増)、飲食事業が19億9900万円(16.0%増)。アパレル・雑貨事業の内訳が積み増し額順に「ニコアンド」が23億3700万円(7.0%増)、「ラコレ」が18億6000万円(17.3%増)、「レプシィム」が16億5900万円(12.5%増)、セレクト子会社の「エレメントルール」が14億3100万円(12.8%増)、海外事業が11億3300万円(5.0%増)、「グローバルワーク」が9億8700万円(1.9%増)、「スタディオクリップ」が8億6500万円(3.9%増)、D2C子会社の「BUZZWIT」が6億4700万円、「ベイフロー」が5億300万円(4.7%増)。「ジーナシス」は−5億9400万円(−4.9%)と足を引っ張った。

 最も積み上げの大きかった「ニコアンド」にしても20年2月期からは12.1%しか伸びておらず、今期は12.5%伸びた「レプシィム」とて浮き沈みがあって20年2月期からは3.9%しか伸びていない。3.9%伸びた「スタディオクリップ」も同様で、20年2月期からは2.0%しか伸びていない。4.7%伸びた「ベイフロー」もポジションが二転三転して浮き沈みを否めず、成長軌道に乗ったとは言えない。

20年2月期からは26.3%伸びたとはいえ、主力業態の「グローバルワーク」の積み増しが10億円に届かないでは「壁に当たっている」という指摘は免れない。順調に見える「ラコレ」とてポジションもMD編成も商品開発スタンスも流動的で、パルの「スリーコインズ」のような確立されたデスティネーション性は見出せない。「エレメントルール」はキャリア女性の所得増という潮流に押し上げられているが、セレクトとしてのMDやVMDのスキルが確立されておらず、成長を継続できるかどうか見通せない。

いずれの事業も「業態」や「ビジネスモデル」が定まらないまま属人的な創意工夫と組織の熱量で拡大に走っているから施策の巧拙と時流環境による浮き沈みが避けられず、収益力も安定しない。属人的な運営によるコストの高さを企画力と値上げでカバーしてきたが、値上げと賃上げの循環がスタグフレーションで崩れるリスクも否めず、経営政策と組織運営のガバナンスを根幹から見直す必要がある。

海外事業の営業利益率は中国本土の不振で前期の4.8%から2.2%に落ち、飲食事業は売上高を16.0%伸ばしても営業利益率は前期の1.4%の黒字から2.8%の赤字に転落しているから、利益貢献は当分は期待できない。アパレル・雑貨事業とて調達と人件費のコスト増で収益性が低下しているから、飛躍的に収益性が高い新規軸の事業を拡大する必要がある。そんな中、成長性も収益力も高く店舗販売を押し上げるOMO効果も期待できるのが「ウェブ事業」であり、オープンマーケット化とローカルOMOの両輪が揃えば成長と収益を牽引する「プラットフォーム」となり得る。

 

「中期経営計画2030」をどう評価するか

 

 25年2月期決算と同時に発表された「中期経営計画2030」では、2010年の「垂直統合型SPAへの転換」に続く5番目の変貌たる「プラットフォーマーへの転換」がうたわれた。

 「SPAからプラットフォーマーへ」というテーゼの主旨は、服や雑貨というモノを超えてカルチャーやエンターテイメントまでライフスタイルをトータルに、かつ企業の枠を超えてパートナーを広げ、国の際を超えてグローバルに広げていく、というものだ。核となるのが「ウェブ事業」であり、自社のID(顧客データ)に基づくLTV(顧客生涯価値)を基盤にオープン・プラットフォーム化してパートナー企業とカテゴリーを広げ、顧客と売り上げの拡大を加速していく。アパレルの枠を超えてカテゴリーと顧客を広げ国内市場を拡大するとともに、成長著しいアジア市場にも広げていく。

 30年2月期をゴールとして連結売上高4000億円、営業利益率8%、プラットフォーム事業の流通総額1000億円を掲げている。その内訳はプラットフォーム事業が340億円(連結消去後200億円)で営業利益率31%(連結消去後22%)、グローバル事業が400億円で営業利益率8%、ブランドリテール事業が3400億円で営業利益率7.2%(連結消去後5.8%)で、他にM&Aで500億〜1000億円上乗せしたいとしている。

 ブランドリテール事業はアダストリアで2800億円、マルチカンパニー(エレメントルール、BUZZWIT、ゼットン)で600億円としているが、アダストリアは25年2月期から469億円(20.1%)、マルチカンパニーは205億円(51.9%)を積み増すことになる。年率で言えばアダストリアは3.735%、マルチカンパニーは8.720%になるが、アダストリアの過去5年間の売上伸び率はコロナを挟んで17.0%、マルチカンパニーはゼットンを除いて同83.7%だったから、売上高も営業利益率も無理な数字ではない。 

ただし、全方位の拡大は人的リソースの分散による運営精度の低下を招くリスクがあり、現状の分散展開のまま拡大すれば利益率が期待に届かず拡大も見直しを迫られる事もあり得る。リソースを集中して1000億円級の「メジャーブランド」を確立する方が拡大ペースは加速するのではないか。

 グローバル事業は撤退した米国事業を除いて224億円の積み増し(2.27倍)になる。国際情勢は予想がつかない状況で売上見込みの妥当性は分からないが、グローバル事業の売上はゴール売上高の10%、積み増し額の21%であり、計画の成否を左右するものではない。

 要となるのが「ウェブ事業」からオープン化してパートナー企業もカテゴリーも格段に広がるプラットフォーム事業で、流通総額は現状の403億円(728億円からリアル店舗帰属売上高を差し引いた純額)から1000億円に597億円増加、パートナー売上比率は現状の3%から40%に拡大し、売上高は340億円(連結消去後200億円)を見込んでいる。

自社商品売上は25年2月期の392億円から600億円と5年で1.53倍(年率8.94%)の増加を見込んでいるが、過去5年間の「WEB事業」売上伸び率も1.67倍だったから無理な数字ではない。パートナー売上高は25年2月期の11億円から400億円と5年で36.4倍(年率105.18%、倍々以上のペース)を見込んでいるが、プラットフォームビジネスとしては絶対流通額が小さく、創業期の拡大ペースとしては異例ではない。

店舗受け取りなどOMOを推進して店舗をプラットフォーム端末化するには自前のロジスティクスに乗せるフル・フルフィルメントサービスが要であり、出品者のロジスティクスに任せるドロップシッピングの比率を抑制できるかが問われるが、中期経営計画には明示がない。OMOに関わるDX人員の陣容と自前ロジスティクスを謳っているから、実現度はともかく自前ロジスティクスによるフル・フルフィルメントサービスを重視する方針と推察される。

オープン・プラットフォーム化に備えて24年10月には公式ウェブストアを「ドットエスティ」から「アンドエスティ」に名称変更、12月にはECモール運営事業をアダストリア単体からアンドエスティ社に会社分割して事業承継している。

 

M&Aによる異分野リソースの獲得が成長を加速する

 

M&Aによる拡大は09年のスタディオクリップ(衣料・雑貨)、17年のアリシア(衣料)、22年のゼットン(飲食)、24年のトゥデイズスペシャル(生活雑貨)と実績があり、13年のナチュラルナイン(商品企画・開発)のような商品開発体制強化を目的としたケースもある。昨年のウエルカムからの「トゥデイズスペシャル」「ジョージズ」の買収は生活雑貨領域の拡充を狙ったものと思われるが、ウエルカムの至宝は食物販とフードサービスが相乗するグローサラントの「ディーン&デルーカ」であり、一括買収がかなわなかったことが惜しまれる。

アダストリアのM&Aは再生型ではなく、買収企業のリソースを生かして事業領域を拡大し成長を加速する育成型だから、今回はかなわなかったグローサラント事業も遠からず手に入れるに違いない。経営効率とりわけ人時効率を嵩上げるにはグローサラントを含んだ大型ライフスタイル業態の開発が必須であり、M&Aの次なる一手が注目される。

25年9月1日より「アンドエスティ・ホールディングス」が各子会社を統括するホールディング体制に移行し、グループにない特色を持つ企業のM&Aを加速させてマルチカンパニーを実現していくとしているから、5番目の変貌を軸とした「中期経営計画2030」は企業体制も組織熱量も極めて本気度が高い。全方位的拡大によるリソースの分散がもたらす運営精度(=経営効率)の低下というリスクはあるものの、M&Aによる異分野リソースの獲得も加わって成長への勢いは再加速すると期待される。

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