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WWDJAPAN 小島健輔リポート
『「アバクロ復活」に学ぶアパレルの立て直し方』
(2025年02月13日付)
小島健輔 (株)小島ファッションマーケティング代表取締役

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 長い凋落の果てに行き詰まって売却されたライトオンやマックハウスはもちろん、マルキュー系やストリート系でも壁に当たって伸び悩むカジュアルチェーンが少なくないが、立て直しは容易ではないようで「復活劇」は滅多に聞こえてこない。そんな中、米国では業績も評判も一旦は地に落ちたアバークロンビー&フィッチ(以下、アバクロと略す)が劇的な復活を見せ、他のカジュアルチェーンにも似たような再建策が波及していると聞く。わが国のカジュアルチェーンにもアバクロの再建策は効くのだろうか。

 

どん底からのV字回復

 

 2000年前後に一世を風靡した「アバクロ」も、多くのY2Kなカジュアルチェーンと同様にリーマンショック以降の低価格志向や等身大志向というマーケットの変質に押され、2008年1月期をピークに業績が落ち込んだ。

不採算店舗の整理とオンライン販売や海外展開、手頃価格の「ホリスター」に注力(11年1月期に「アバクロ」の売り上げを超えた)するなどして10年1月期を底に回復に転じ、13年1月期には45億1000万ドル(オンライン15.5%、海外26.5%)と売上高はピークに達し、営業利益率8.1%と収益性も回復したが(粗利益率は08年1月期の67.0%、営業利益率は07年1月期の19.8%がピーク)、他のカジュアルチェーンとは異質な「差別的・性的なマーケテイング」が社会的な批判を浴びて業績が暗転した。

14年12月には、92年にCEOに起用されてクラシックなアウトドアブランドだった「アバクロ」を過激なセクシーWASP(ホワイト・アングロサクソン・プロテスタント)コンセプトで一躍、人気ブランドに押し上げたマイケル・ジェフリーズ氏が業績悪化の責任を取ってCEOを退任。在任時からセクハラの噂が絶えなかったが、退任後の24年10月には在任時のモデル志望男性らに対する性的な人身売買に関与したとして米当局に逮捕・起訴されている。

15年には「全米で最も嫌われる小売りブランド」(米国顧客満足度指数、ACSI)に認定されるほどイメージが悪化し、年々売り上げが減少して17年1月期には33億3000万ドルまで落ち込んで営業赤字寸前に陥った。一時は身売り話も出てCEOが2年間も不在になるほど経営が混乱したが、ブルーミングデールズやサックス・フィフス・アベニュー、エクスプレスやアンテーラーでキャリアを積んで14年10月に「ホリスター」のブランドプレジデントとして入社し、15年12月に社長兼チーフ・マーチャンダイジング・オフィサーに就任していたフラン・ホロヴィッツ氏が17年の新決算期からCEOに就任し、ようやく本格的な再建に取り掛かった。

19年1月期には売上高35億9000万ドル、営業利益率3.7%まで回復したが、コロナ禍で業績が暗転して21年1月期は売上高が31億2500万ドルに落ち込んで2047万ドル(売上対比0.7%)の営業赤字に転落。翌22年1月期は売上高が37億1300万ドルと18.8%上昇して営業利益率9.2%と急回復したが、23年1月期は米国は既存店売上高が4%伸びたものの海外が11%も減少し(とりわけアジアパシフィックが29%も減少)、「アバクロ」は11%伸びても「ホリスター」が9%減少して足踏んだ。

24年1月期はアジアパシフィックの既存店売上高が26%増と急回復して全体でも13%増加し、「アバクロ」が23%、「ホリスター」も4%伸び、売上高が42億8100万ドルと15.8%伸びて粗利益率62.9%、営業利益率11.3%と本格回復。株価も1年間で5倍以上に上昇して同期間のエヌビディアの上昇率を上回り、アパレル業界を超えて復活が注目されるに至った。

売上高が急回復したと言っても店舗数を増やしたわけではない。19年1月期末の861店舗(「アバクロ」319店、「ホリスター」542店)から24年1月期末は765店舗(「アバクロ」247店、「ホリスター」518店)と96店も減少している。この間に286店舗を閉鎖して188店舗を新規に出店、44店舗を改装するなど効率化へのスクラップ&ビルドを押し進めた。

24年1月期の月坪売上高は2526ドルとピークだった07年1月期の1480ドルを70.7%も上回り、平均店舗売上高も560.66万ドル(平均184.9坪)と07年1月期の354.51万ドル(平均199.6坪)を58.2%も上回るから、この間の米国の累積インフレ率51%を割り引いても「復活」というより「変貌」というべきだろう。

25年1月期も3Q累計で売上高が前年同期比19.0%増、粗利益率が65.4%(同プラス2.5ポイント)、営業利益が同85%増、営業利益率14.4%(同プラス5.1ポイント)と絶好調を継続しており、通期業績を売上高15%増(49億2300万ドル相当)とわずかながらも上方修正し、営業利益率を15%と見込んでいるが、着地はさらに上回るかもしれない。売上高はピークだった13年1月期を超えて過去最高を更新するのは確実で、営業利益もピークだった08年1月期を超えるかも知れない。

 

 

17年度から新CEOに就任したフラン・ホロヴィッツ氏は後述するテクニカルな施策もともかく、従来のイメージを一新する「インクルーシブ戦略」を突破口としたが、これはわが国の低迷するカジュアルチェーンにも効く「特効薬」だと思う。

 

「インクルーシブ戦略」に学ぶ教訓

 

  「inclusive」とは「exclusive」(排他的)の反対語で、包括的、開放的という意味だ。マイケル・ジェフリーズ氏の「アバクロ」が過激なセクシーWASPコンセプトで白人プロテスタントのセクシーな若者を理想として、そうでない人々を差別することによってブランドイメージを確立したのに対し、フラン・ホロヴィッツ氏の「アバクロ」は人種も宗教も体格もハンサムか否かも問わず、かつて若者だったミレニアル世代(現段階で30歳前後〜40歳前後)まで取り込もうという「緩い」ターゲティングに転じた。

当然ながら、価格帯もラグジュアリーストリートを志向してNB(ナショナルブランド)に近付いた往時に比べれば一回り手頃なモデレートプライス(「ギャップ」の「定価」と大差ない)とし、フィットも往時のボディコンとは訣別してアスレジャーを取り入れて「ゆる抜けた」着崩しやすさに配慮し、幅広い顧客に門戸を開いた。危なげなナイトクラブのようだった暗い店舗環境も明るく健康的な内装に変え、販売員も強面WASPの半裸のマッチョから人種も多様な親切なお兄さんやお姉さんに変わった。その一方で「ホリスター」は新学期商戦で30以上の大学と提携して限定コレクションを投入するなど、Z世代のキャンパスマーケットに寄り添うマーケティングで「アバクロ」と棲み分けている。

 

 これで客数が増えないわけがなく、期待を超えて幅広い客層が来店するようになり、業績を大きく押し上げた。

 私はこれまで多くのアパレルチェーンやブランドメーカーに関わってきたが、マニアックな感性や先端的な感性にプライドを持って上から目線でマーケットに仕掛ける会社も多かった。それでファッションリーダーを捉えれば追従する顧客が広がるという認識だったのだろうが、私は必ずしもそうではないと思ってきた。

 ブランドの成長期にはそんな構図も成り立つのだろうが、一度頭を打って「神話」が崩れれば、とんがっていては顧客が広がらないし、一回り大きなマーケットに飛躍するには「inclusive」に歩み寄って顧客カバー率を上げなければならない。そんな転機を私は「メジャーになれ」とアドバイスしてきたが、受け入れられることは稀だった。カジュアルチェーンの中にはふた昔も半世紀も前のマニアックな感覚を売り物にするケースもあるが、それを支持する顧客は減り続けて「絶滅危惧種化」しているのに加え、そのとんがった臭いが一般客を遠ざけていることに気付いていない。

 Z世代向けのチェーンでも、求められるのは仲間や家族とコミュニケーションできる服であり、浮き上がるほどとんがった服やアングラっぽい服は好まれない。おこづかいの限られる小中高校生では、親御さんが許容できる「良い子感」を逸脱するのはリスクが大きい。「スクール系」や「量産系」「ガーリー系」が鉄板になるのも当然だろう。

少子高齢化が進んで若者人口が減り、長きに渡って経済が停滞して所得が伸びず、社会負担が重くなって可処分所得が目減り、食料品や燃料など生活必需品がインフレして衣料・服飾品への出費が削られる現実を見るべきだ。生計が逼迫して若者も女性も老人も須く労働戦力化していく中、洋服には「労働着」としての機能性が求められるから、軽量・高機能・イージーフィット・イージーケアは必定で、自然素材にこだわるのも無理がある。

ギョーカイ人的なこだわりに囚われず顧客の現実に目線を合わせて「inclusive」に歩み寄り、それなりの「メジャー」を見出さないと業績の回復も成長も難しい。「アバクロ」の復活劇に学ぶべき最大の教訓だと思うが、如何だろうか。

 

5つのテクニカル革新「Always Forword Plan」

 

 復活への突破口となったのは「インクルーシブ戦略」だが、それだけで回復が進んだわけではない。当然ながら、アパレルチェーンとして今時のテクニカルな革新が並行されたからこそ飛躍的な回復につながったと思われる。22年6月の投資家向けコンファレンスで発表された「Always Forword Plan」(止まらぬ前進計画)と名付けられた実行計画に24年1月期決算の投資家向けプレゼンテーションでの経営方針も加え、私なりに重要順を整理してその骨子をまとめてみた。以下の5項目に通底するのはDXとデジタルマーケティングに他ならない。

 

(1)DXによるデータコンシャスな企業運営

 

(2)DXによるファストな商品開発と検証(適正な調達と在庫運用)

 

(3)デジタルマーケティングによるOMOと顧客エクスペリエンス

 

(4)デジタルマーケティングによるパーソナルな顧客エンゲージメント

 

(5)デジタルマーケティングによる店舗網の再編・拡張とグローバルな成長戦略

 

全ての企業運営を最新のDXで見える化・効率化・高速化し、デジタルマーケティングでパーソナルに顧客を捉えようとするもので、前者では商品開発・調達を効率化・高速化するPDM※1.、マーチャンダイジングの調達進行と在庫運用・販売消化を一覧管理するPLM※1.、商品・人事・資金のフローを統括管理するERP、後者では店舗とオンラインのデータと物流の連携によるOMO、iD-POSとモバイルアプリによるリアルタイムのパーソナルリコメンド、SNSと店舗を連携した顧客エンゲージメントを想定したものと思われる。OMOと顧客エンゲージメントのローカルデータがそろえば科学的な店舗網の適正配置が可能で、再編が先行した国内に続き海外でも店舗網の再編が進むことになる。

アバクロのデジタル販売比率は13年1月期の15.5%から18年1月期は27.9%に上昇した後、コロナ下の行動規制で20年1月期には54%に膨張し、コロナが明けて22年1月期は47%、23年1月期は44%と店舗回帰で若干戻ったが、OMO利便の拡充もあって24年1月期は50%に達したと開示されている。「アバクロ」と「ホリスター」では店舗網の差(247店vs518店)もあってかデジタル販売比率に差があり、24年1月期では前者が60%に達するのに対して後者は30%にとどまるから、「ホリスター」はデジタル売上拡大の余地が大きい。

既存店売上高を見ても、24年1月期では「アバクロ」が23%増に対して「ホリスター」は4%増にとどまっていたが、25年1月期の3Qでは「アバクロ」が11%増に減速したのに対し「ホリスター」は21%増に加速。3Q累計でも「アバクロ」の20%に対して「ホリスター」は16%増と迫っており、通年では逆転する公算が高い。アバクロの復活劇は「アバクロ」から「ホリスター」に主役が転じつつあり、デジタル販売比率の格差もあってOMOによる売り上げの拡大が予想される。

 

アバクロ復活劇の第一幕は「インクルーシブ戦略」による顧客層の拡大だったが、第二幕はDXとデジタルマーケティングによるテクニカルな売り上げと効率の向上に移っている。OMOローカルマーケティング※2.による店舗網の絞り込み最適再配置は「ザラ」を運営するインディテックスとも共通する最先端の定石だが、集約大型化するインディテックスと違ってアバクロは店舗の適正規模化(過大店舗の縮小)を進めており、業態間、地域間、店舗間の格差をDXとデジタルマーケティングで埋めていけば、まだまだ業績を伸ばしていけそうだ。24年1月期決算の投資家向けプレゼンテーションで示された「人材・システム・プロセスへの財務規律ある投資の継続」という一項も、現経営陣の手堅さをうかがわせる。

とはいえ、排他的なイメージを一掃する「インクルーシブ戦略」が突破口を開かなかったら、DXとデジタルマーケティングによるテクニカルな革新も空振りに終わって投資倒れになったかもしれない。いや、そうなった公算が極めて高いのではないか。

アパレルビジネスの経営においては、テクニカルな施策の巧拙よりマーケットとの対話力が遥かに大きく業績を左右する。感性の高みから上から目線で「神話」を仕掛けるファッションシステムの成功体験が色濃く残るアパレル業界だが、インクルーシブに広く門戸を開いて多くの顧客に共感してもらえるメジャーマーケティング、あるいはフイルターバブルな小さなマーケットを共感で顧客化するD2Cマーケティングなど、事業の規模とライフサイクルに適した柔軟な発想が必要ではなかろうか。

 

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※PDM1.(Product Data Management)とPLM(Product Lifecycle Management)…PDMは企画と生産のCADデータ連携、コストと納期の見積り、ワークフロー管理の実務マネジメントシステム。PLMは商品の企画・開発から生産・物流、流通・販売までライフサイクル全体の流れを戦略的に管理・運用するマネジメントシステム

 

※2.OMOローカルマーケティング…地域ごとに店舗利用とオンライン利用の顧客分布・交錯を掴んで、最適な店舗配置と在庫配置、物流手法と顧客アプローチを仕組む

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