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WWDJAPAN 小島健輔リポート
『アパレルブランドの適正な売上規模とブレイクスルー』
(2025年02月10日付)
小島健輔 (株)小島ファッションマーケティング代表取締役

 アパレルに限らず経営は適正規模と挑戦、仕掛けとコストの数次関数だと思う。仕掛けを駆使して挑戦すればどこまでも成長できそうだが、無理をするとコストが肥大して壁に当たってしまう。ならば身の程をわきまえて最も収益性が高い規模で止めるという選択もあるのではないか。それで拡大するには多事業化やM&Aがあるし、事業のスタンスをシフトアップすればブレイクスルーすることもできるが、さてどう選択すれば良いのだろうか。

 

ブランドと業態の市場規模と風向きを見極める

 

 アパレルの事業規模には特定のマーケットを狙ったブランドや業態が望み得る「天井」みたいなものがあるようで、そのハードルを無理やり越えようとすると急激にロスやコストが上昇して収益が悪化し、逆戻りを強いられることがある。

 もちろん、販路やプラットフォーム、調達手法や運営手法を抜本的に革新すれば壁を超えられることもあるが、大半の事業者は既存のやり方をゴリ押ししてハードルを越えようとするから、手痛い挫折を味わう場合が多い。当事者は手を替え品を替えて新たに挑戦しているつもりだろうが、従来手法の延長でしかない場合が多く、いずれ無理なゴリ押しが壁に当たることになる。

アパレルで難しいのは、この「天井」が時流に押し上げられて急激に高くなったり、逆に急激に押し下げられたりすることで、見誤れば在庫の山を抱えて経営が傾くこともある。しかも、時流の風向きが変わる要因もサイクルもさまざまだから、風向きの変化を読むのは容易ではない。

ファッショントレンドによる風向きは「3年昇って3年沈む」と言われて、かつてはブランドの消長を見ているとなるほどと思うケースも多かった。時流の追い風が強いほど風が止んだ後の落ち込みも大きく、2011年に民事再生法を申請したラブボートのようにブレーキが間に合わず破綻に至るケースも多々あった。

消長のサイクルが長いのもしんどく、ゴールドウインがスキーブームの終焉で3年連続の経常赤字に転落してからアウトドアブームで業績を回復するまで、なんと20年以上を要している。スポーツメーカーが特定の競技に依存するリスクは大きく、アシックスのように技術的に突出したアイテム(シューズ)で多様な競技に対応する方向に転じている。

長い時間を要しても次の追い風が来るならまだ救われるが、03〜08年のデニムブームが冷めて以降、15年も逆風が続き、破綻もやむなきに至って身売りしたライトオンのようなケースもある。それは期せずして同時に売却されたマックハウスとて同様で、マルキュー系のギャルファッションアパレルも似たような逆風が続いている。

 

90年代後半から10年以上も続いたギャルファッションブームはY2Kのセレブデニムとも通ずるボディコン系カジュアルで、リーマンショックを契機に急失速し、13年頃からの等身大志向とアスレジャーが広がっていくとともにウエアリングがゆる抜けしてイージーフィット、イージーケア(当然に合繊志向)の奔流に押し流され、回復に転ずることなく多くのアパレルが衰退や破綻を余儀なくされた。23年春以降の渋谷109の復活はコロナ終焉による店舗回帰とインバウンド復活に加え、量産系や地雷系、フレンチガーリー系などの非ギャル系ファッションの取り込みによるもので、ギャルファッションが復活したわけではない。

 

社会変化とメディアの細分化

 

リーマンショックを契機に急失速したのは赤文字系ファッション(「愛され系コンサバフェミニン」)も同様で、青文字系(「自分好みガーリーカジュアル」)に取って代わられ、「サマンサタバサ」など人気ブランドの没落を招いた。

日本経済の凋落と女性の戦力化で「愛され系OL」は絶滅危惧種となってコンサバフェミニンも絶滅するかに思われたが、女性の戦力化でキャリア女性文化が開花して同性間でマウンティングと媚びが競われるようになり、新宿ルミネ2の2階に見られるような「女性目線フェミニンモード」に変貌してビンテージモード系やフレンチガーリー系なども派生し、意外な復活を見せている。一度は衰退したマーケットが別の時流に乗って変貌し、SNSのフイルターバブル効果もあってひとまわり細分化され復活した興味深いケースだ。

アパレルのマーケティングを支えるメディアの交代と細分化がアパレルの適正事業規模をコンパクト化していったことを軽視してはならない。バブル期までのマスメディアが90年代以降は雑誌メディアに細分化され、それもリーマンショック以降は急激に衰退して近年のフイルターバブルなSNSメディアにさらに細分化されている。

ブランドや業態が位置するマーケット基盤が小さかったり縮小したとしても、それに見合った事業規模と運営コストに徹すれば一定の収益性は確保できるが、かつての成功体験に固執したり成長を期待して過大なリソースを投入すれば、当然ながら収益性は損なわれる。どこかで割り切って縮小したり、成長する別のマーケットに転ずるべきだったのではないか。

縮小するジーンズカジュアルでも、米国のバックル社は競争の激しいメトロマーケットから撤退してカントリーマーケットのジーニングに活路を見出し、成長は鈍化しても高収益を維持しているし、わが国でもかつてのジーンズカジュアルチェーンが別のマーケットに転じて成長した例が少なからず見られる。ポイントがアダストリアに化け、ジグ三信がアーバンリサーチに化けたのはその好例だろう。

 

事業スタンスと適正規模を見極める

 

 基盤とするマーケットの規模や消長もともかく、そのマーケットどう切り取るかの事業スタンスで適正規模は大きく異なる。

 主要な立地・販路で最大の「マスマーケット」を狙えば、汎用性の単品を競争力ある価格と品質、顧客カバー率を最大化する多色・多サイズ展開で欠品なく補給することが求められるから、相応の「非効率」に耐えて膨大な投資と開発を継続する資本力と意志力が問われる。国内衣料品市場(23年で8兆3560億円、矢野経済研究所)の10%が目安と思われるが、これに到達しているのは「ユニクロ」の国内事業(24年8月期で9322億円)のみだ。「ファッションセンターしまむら」も24年2月期で4770億円に達しているが、カバーする立地がローカルやエクサバン(郊外周辺住宅地)に偏り、仕入れ商品を無補給で売り切る横売り商売ゆえ、最寄り利便への支持であって商品への支持による事業規模とは言い難い。

 立地や客層を選ぶNB(ナショナルブランド)ビジネスは、最盛期の「バーバリー」や今日の「ザ・ノース・フェイス」のように1000億円を超えるケースもあるが、流通が高コストで価格も高く顧客層も相応に限定されるから、国内市場では1000億円を超えて成長を継続するのは難しい。グローバル展開すればその限りではないが、例示した2ブランドは販売地域が国内に限定されるライセンスブランドだから限界があった。立地・販路や客層が限定される他のケースでは数100億円が限界で、派生ブランドなどを広げて拡大すれば効率が低下して収益性が損なわれるケースもあった。

さらに立地・販路や客層が限定されるDCブランドやストリートブランドは今日では100億円が上限だが、わが国が豊かで若年人口も多かった前世紀にはNBの売上規模に迫るブランドもあった。ファッション誌をメディアとしたマーケティングが衰退して自社サイトとSNSをメディアとするOMOマーケティングが主流となる中、マーケットはフイルターバブルに細分化されるから、事業規模の「天井」は下がることはあっても上がると期待すべきではない。「天井」を超えての拡大を望むなら、越境ECやフランチャイズ、合弁による海外進出に活路を求めることになる。

 

yutoriに見るD2Cブランドの市場規模と拡大策

 

SNSでフイルターバブルな顧客層を囲い込むD2Cブランドは米国では1億ドル(約150億円)が壁と言われたが今やその勢いはなく、アパレルの市場規模が米国の17%ほどにシュリンクしたわが国では25億〜30億円程度が上限と思われる。30近いD2Cブランドを展開してSNSでZ世代の若者を捉え24年3月期で43億2000万円を売り上げたyutoriでは、各D2Cブランドが月商1000万円前後で離陸して月商4000万円以上で巡航軌道に乗るとしているから上限は10億円ほどで、どのブランドも企画、MD、SNS担当の3人体制でOEM製品仕入れに徹し、固定費を低く抑えている。

 

売上規模を拡大したければブランドのラインナップを増やすか、離陸して収益体制を確立したブランド事業を買収するかで、各ブランドに適正規模を超えた拡大は求めない。事業買収もLBO(被買収企業の資産や収益を担保とする借入による買収)が可能な収益事業に限定し、資金回収のリスクが大きい赤字事業の再生には手を出さないのは優れて賢明な見識だ。

Y世代の社会人を対象としたD2Cブランドはもう少し単価が高く自社開発体制も求められるから、上限は30億円を超えると推察される。ましてや、アパレルだけでなくインティメイトウエアやビューティ(コスメ)、ジュエリー、シューズやバッグまでラインナップするライフスタイルブランドなら「天井」は100億円を超えるのではないか。

yutoriが24年8月5日付で株式の51.0%を取得した小嶋陽菜が代表を務めるハートリレーションは、アパレルにインティメイトウエア、ビューティとジュエリーを加えたD2Cライフスタイルブランド「ハーリップトゥ」で店舗は表参道裏通りの1店だけなのに30億円近くを売り上げ、最盛期(21年12月期の営業利益率は26.5%)からは落ちたものの売上対比10.5%の営業利益を確保しているから、LBOのスキームも無理がない。

大手アパレルの新ブランドでは、かつての成功体験から過大な事業規模を期待して過大な開発体制やマスメディア広告を仕組んで大コケするケースも見られたが、さすがに近年は細分化されたマーケットを認識して適正規模を想定し、投入するリソースやマーケティング予算を相応に絞るようになった。アパレルに限らず、狙うマーケットの規模と事業スタンスに相応して無理のない事業規模を想定し、無理のない体制で採算計画を組むべきで、勢いで無理押しすべきではない。

 

事業スタンスのシフトアップでブレイクスルー

 

 無理のない事業規模に見合った無理のない体制とは言ったが、「事業スタンス」をシフトアップするならこの限りではない。狙いのマーケットの市場規模という限界はあるが、占拠率を飛躍的に高めれば事業規模の「天井」も跳ね上がる。占拠率を飛躍的に高めてブレイクスルーするには(A)バリューポジションを高める、(B)汎用性を高める、(C)顧客カバー率を上げる、(D)購買利便を高める、の4つの方法が考えられる。

 (A)バリューポジションを高める、には品質を高め仕様の完成度を上げる一方で手頃な価格にする必要があるから、必然的に自社開発体制になって調達ロットの桁も上がる。自社開発体制になれば開発固定費が嵩むから、調達ロットの桁が上がらないとコストを吸収できない。

(B)汎用性を高める、には多くの顧客に受け入れられる確立された「定番」を今時の着こなしができるパターンと機能的な素材で商品化する必要があるから、素材とパターンを開発する体制が求められる。(C)顧客カバー率を上げる、には色・サイズのバリエーションを広げる必要があるから、サイズ別のパターンをデリケートにグレーディングするスキルも問われる。

 

色・サイズを展開してSKUを広げ、欠品を回避すべく補給在庫を積んで縦売りすれば、オンデマンドな補正生産とてSKU欠品対応にとどまるから(余剰在庫には対応できない)、いかにアルゴリズムやAIを駆使して精緻な在庫管理・運用システムを構築しても在庫効率(回転と歩留まり率)には限界がある。多SKU展開で欠品回避を優先するなら、在庫効率の低さを圧倒的な売上規模と大ロットの低コスト生産でカバーする必要がある。

(D)購買利便を高める、には販売チャネルや出店立地を多様化する必要があり、今時はOMOなお試しや受け取りの利便も必然だ。チャネルや立地を広げOMOな利便を図るほど在庫の連携と物流の効率(リードタイムとコスト)が問われるから、在庫管理・顧客管理の一元化はもちろん、物流体制も抜本的な再構築が必要になる。全国展開して各商圏にドミナントを布陣するなら、セントラル在庫の物理的な集中(店舗向け、自社EC向け、他社EC向け)、店舗在庫のリージョナル運用(欠品のテザリングとシーズン末の集約消化)とEC受注引き当て、店渡し、店出荷(テザリング母店)が必須になる。

 (A)(B)(C)(D)は連携するものだから、どれが欠けても占拠率と事業規模は制約される。「ユニクロ」は(A)(B)(C)を確立しているが成果評価の仕組みもあってか(D)のリージョナル運用に制約があり、「ザラ」は(A)はもちろんFC(Fulfillment Center)を廃して(D)の店舗軸ローカルOMOも確立しているが、モードトレンドをファストに追う以上は(B)C)には目をつむり、フランチャイズシステムに発する成果評価の仕組みもあって(D)のリージョナル運用は原則、行われていない。

 

 各社の戦略によって(A)(B)(C)(D)の優先度は異なり、どれかが全部あるいは部分的に欠ける場合もあるが、既存のやり方の延長と比べれば「事業スタンス」のシフトアップは格段にハードルが高い。余程の資金力と組織力が伴わない限り一気呵成のシフトアップは難しく、ステップを踏んで進めるしかない。 

 (A)(B)(C)は連携するものだが、(D)は並行するもので、特定商品カテゴリーで(A)(B)(C)を連携して突破口とするのが現実的と思われる。現状は製品仕入れのOEMやODMであっても定番の縦売り商品はあるはずで、そこを突破口にして手応えを積み上げていけば次のステップが見えてくる。すでに自社開発体制なら、やはり定番商品から(B)(C)に挑戦し、(D)で販売の機会と利便を高めていけば良いのではないか。

 

※DC(Distribution Center)とTC(Transfer Center)とFC(Fulfillment Center)・・・・入荷した商品を棚入れしてからピッキングして出荷する保管型のDCに対し、棚入れせず仕分けして送り出す通過型の物流施設がTCで、FCは通販の出荷用DC。

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