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WWDJAPAN 小島健輔リポート
『顧客、従業員、取引先の「三方よし」実現へ アパレル業界2025年の課題』
(2024年12月19日付)
小島健輔 (株)小島ファッションマーケティング代表取締役

 

 値上げと賃上げの応酬に苦慮した24年は企業の対応次第で明暗が開いたが、トランプ2.0の怒涛が押し寄せる25年はインフレに逆らって「お値打ち」を高めて顧客に応え、「労働」にレバレッジを掛けて賃上げして従業者に応え、「取引先」にもコスト吸収を強いらず、後ろ指を刺されることのない勝者とならねばならない。では、アパレル事業者はどうすれば良いのだろうか。

 

■インフレのコスト吸収を強いられたアパレル業界

 コロナ明けのリバウンドに円安進行が重なった23年の衣料品卸価格(繊維品企業価格)は6.2%、同小売価格(消費者物価)は3.4%も値上がりし、円安が急進した24年の上半期も23年と同程度の値上げラッシュとなったが、7月末の日銀ショック以降は円安も収まって衣料品の小売価格も落ち着き、夏物の購入単価は前年を若干割り込み、秋物も2%前後の上昇にとどまったようだ。

 23年はリバウンドの勢いもあって、多少(8.0%未満)は値上げしても客数は減らず、大幅(8.0%以上)に値上げしても客単価の上昇が客数の減少を上回り、「値上げした者勝ち」の様相を呈したが、24年は大幅賃上げもインフレと社会負担増に追いつかず価格抵抗感が強まり、夏以降はインバウンド比率の高い店舗を除けば値上げが通りにくくなった。止まらない食料品の値上げが生計を圧迫して衣料支出が抑制され、「値上げした者勝ち」は通らなくなった。

 21年から23年の2年間で衣料品の輸入単価が29.8%も跳ね上がる中、川中の供給単価は17.0%しか上がらず、消費者の購入単価は6.3%しか上がらなかったから、サプライヤーの差益も小売業の差益も、それぞれ9掛けに落ち込んだ計算になり、商社のOEM事業からの撤退や小売事業者の直接調達(いわゆる直貿)を加速させた。再び円安傾向に流れる中、これ以上の差益切り詰めは困難で、サプライ体制と運営体制の根本的な再構築が迫られている。顧客には「お値打ち」、従業員には「賃上げ」、取引先には「コスト転嫁」という困難な「三方よし」を実現するにはどんな方策があるのだろうか。

 

■インフレ下で「お値打ち」を訴求するには

 これまで通りの調達方法ではコストアップを自ら吸収するか取引先か顧客に転嫁するしかないから、サプライチェーンをショートカットするかタイムワープする必要がある。

ショートカットするには「直貿」が手っ取り早いが、発注先工場や生産仕様(スペック)が同一であることが前提で、それらが変わるなら商社やOEM業者が果たしていたソーシングとスペック開発の機能を内製しなければならなくなる。パターンと縫製仕様を設計して遠隔地の海外工場と生産仕様・コスト・納期を逐一、擦り合わせ、物流も手配し直す必要があるが、小売チェーンやファブレスのブランドメーカーにそんな体制があるのだろうか。あってもコスト(固定費を含む)を外注より低く抑えられるのか、大いに疑問だ。

 タイムワープするには、ECの売上比率が高く(越境ECならなおさら良い)、デジタル企画でCAD/CAM連携するオンラインPDM体制があって、バーチャルサンプルをAIモデルに着せての先行掲載で受注が先行し、生産が短納期で後追いするタイムマシンサプライが可能であることが必要だ。我が国のアパレル業界はようやくデジタル企画が広がり始めたばかりで、パタンナーは2D/3Dでデジタルワークしてもデザイナーはアナログワークのままだったり、海外工場とオンラインで仕様・コスト・納期を見積もってCAD/CAM※連携するPDM※プラットフォームを欠いていたりで、中国企業のようなタイムワープが可能な企業は極めて限られる。

 デザイン企画力で突出すればコストを超えた「お値打ち」が可能ではと考える方も少なくないと思うが、今日ではおよそ考えられるデザインが出尽くしてリメイクの使い回しになり、ほぼ全ての新商品やコレクションがECやHPに掲載されるから、クローラが巡回収集してAI企画すれば旬のデザインが即席で出来上がる。似たようなデザインでも素材の機能や物性、パターンや縫製仕様で着心地や着崩しのポテンシャルは大きく異なるから、着る側も素材とスペック(パターンと縫製仕様)にこだわる。アスレジャー以降の軽量化・機能化・イージーケア・イージーフィットという「ウエアリング革命」の急進もあって、「お値打ち」は素材とスペックが左右するのが現実ではないか。

 ならば、スペック開発力で突出するOEM業者と組むか、自社でスペックを開発する機能を持つか、洗練された物性の高機能軽量イージーケア素材を開発・供給してくれる合繊メーカーやテキスタイルコンバータと同盟する必要があるのは自明だろう。生産地の工場が手当する現地の流通素材や出来合いのスペックに依存するOEM/ODM仕入れでは付加価値は付かず、コストインフレを吸収するのは難しい。

東レと三菱商事との戦略同盟をベースに自前のスペック開発体制を築いて顧客の間口が広い「汎用ライフウエア」を確立したユニクロ、自前のスペック開発のみならず自前で素材を染色整理し、マーキングと裁断という前工程、プレス仕上げと物流加工という後工程を自製して完成度とファスト生産を両立させたZARAがグローバルSPAの覇者となったのは必然だった。

※CAD・CAM・・・コンピュータ・グラフィック支援の設計(CAD)と製造(CAM)。アパレルではCADはデザインからパターンメイキング、マーキングまでの設計、CAMは自動裁断機を指すことが多い。

※PDM(Product Data Management)・・・企画と生産のCADデータ連携、コスト&タイム見積り、ワークフロー管理の実務マネジメント。

 

■「人時生産性」を高めるには

 商品開発で付加価値を付けてコストを吸収する一方、販管費とりわけ店舗運営と物流の人時効率を高めないと、利益を確保しながらライバルに勝る給与水準へと「賃上げ」していくのは難しい。人時効率は「一人時間あたり粗利益額」を言うが、所定労働時間は開示しても総労働時間を開示する企業は極めて稀だから「一人当たり年間売上額×粗利益率」で代替する。

 「一人当たり年間売上額」を高めるには1)商品単価あるいは購入点数を高めて客単価を上げる、2)店舗を大型化して保守坪数を広げる、が基本で、これに3)交代不要の営業時間[最大9時間]に収める、4)開店・閉店の作業を簡素化・プレハブ化・時間内化して営業時間を短縮する、5)社員に変形労働時間制を導入しパート勤務者と組み合わせてシフト効率を高める、などが定石と思われる。

 現行事業より低価格の事業を広げると、よほどの運営効率化を仕組まない限り人時生産性は低下し、給与水準を保てなくなるから、人時効率を事業戦略の根幹に据える必要がある。

 さらに高めるには、6)電子タグを導入して在庫管理とマテハンを効率化し、7)セルフレジを導入して精算人時量を圧縮する、8)物流加工で品出しをプレハブ化し陳列番地管理してマテハン人時量を圧縮する、9)VMD運用をマニュアル化・単純化・定時集約してマテハン人時量を圧縮する、10)品出しやフェイシング管理、VMD運用を外注化・自動化してマテハン人時量を圧縮する、などが挙げられる。

ユニクロは6)7)で効率化しているが8)9)が今ひとつ遅れているし、しまむらは逆に8)9)が進んでいるが6)7)は未導入だ。ユニクロが若い従業員の体力に依存してマテハン労働の軽減が遅れているのに対し、しまむらは主婦パートのマテハン労働軽減にきめ細かく留意しており、結果として一人当たり売上はしまむらが上回るが、粗利益率の違いで一人当たり粗利益額はユニクロが上回る。10)は食品スーパーでは一般的に行われていてもアパレル業界では稀だが、ギャップは開店前の定期的な品出し陳列を外部スタッフ(美術系学生のアルバイト)に任せていた。

人時効率を高めるには既存の作業をすべて見直して順序と頻度、タイミングと分担を再構築するのが基本で、思い付きで部分的な改変を繰り返すと却って非効率になりがちだ。店舗での作業は本部の管理都合やDC※の出荷都合(宅配便を使うとデイサイクルで出荷時間が決まってしまう)で皺寄せされる面もあり、それら「変えられない前提」をすべからくリセットすれば驚くような改善が実現する。後述するローカルOMOなどはその好例だと思う。

 

 店頭販売より一桁、人時効率が高いECだが、さ・さ・げに手間取れば人時効率が落ちるばかりか、掲載までのタイムラグが伸びて「在庫があるのに売れない」という事態になる。そんなバカなと思われるかもしれないが、モテルのキャスティングなどで撮影が手間取ったりして、ECの商品掲載は平均して店舗投入から一週間程度遅れるのが実態だ。

さ・さ・げを効率化する自動撮影や商品説明作成のAI活用などが試行されて来たが、デジタル企画とAIモデルの普及で画期的に効率化され、EC掲載が店頭投入より先行するのが当たり前になろうとしている。今やサプライチェーンDXとAIモデルを活用すれば誰でもSHEIN流のタイムマシン・マジックが使えるはずで、在庫を寝かせて売り減らすという悪習もいずれ業界から消えていくのかも知れない。

※DC(Distribution Center)とTC(Transfer Center)とFC(Fulfillment Center)・・・・入荷した商品を棚入れしてからピッキングして出荷する保管型のDCに対し、棚入れせず仕分けして送り出す通過型の物流施設がTCで、FC(Fulfillment Center)は通販の出荷用DC。

 

■FC出荷の全国区宅配から店舗出荷のローカルOMOへ

DXとAIを駆使してもコスト抑制も所要時間抑制も難しいのが物流で、24年からトラック運転手の超過勤務規制が強化されて労働需給が逼迫し運賃が高騰する中、物流プロセスを根本から再構築することが急がれる。そのポイントは高コスト化するFC出荷の全国区宅配を廃するか部分に限定し、距離も時間もコストも画期的に圧縮する店舗出荷・店舗渡しのローカルOMOへ転換することだ。

人時効率では店舗販売を一桁凌駕するECだが、それはオンライン・プラットフォームのレバレッジ効果であって、客の注文に応じて一品一品ピッキングして梱包しFCから出荷し、ヤマトさんや佐川さんに宅配してもらうのは全くの人海戦術でレバレッジの効かせようがない。燃料費や人件費の高騰ですっかり高くなった宅配料金だが、高いのには訳がある。

全国区の宅配便はエリアで集荷した荷物を全国の各リージョナルターミナルに集約し、深夜に大型トラックでリージョナル間を移送し、到着した各リージョナルターミナルからそれぞれのエリアに仕分けて宅配するという、載せ替えや仕分けが必須のハブ&スポーク方式で、一晩を跨ぐワンナイト・ローテーションだから集荷も出荷もデイサイクルで、必然的にコストも高くつく。加えて、FCでは商品を棚入れして保管し、注文に応じて逐一、ピッキングして出荷しなければならない人海作業だから、高価なロボットシステムを駆使しても運営効率には限界がある。

ちなみにZOZOは24年3月期に5744億円を取り扱って、取扱高対比で22.9%の販管費を計上しているが、そのうちFC(出荷倉庫)運営に関わる費用が社員の人件費を除いて取扱高対比5.6%、外注宅配費が同6.2%、計11.8%を要している。それに代金回収手数料の同2.3%を加えた14.1%が直接的な運営原価と考えられる。

FC出荷を廃して、顧客からの受注に最短距離のローカル店舗在庫を引き当て、店舗で渡したり店舗出荷でローカル宅配すれば、FC運営費はゼロ、宅配外注費は半減するから、取扱額が同じなら取扱高対比で8.7ポイントもコストが落とせる。もちろん、ローカルOMOでは地域内店舗間のテザリング(在庫融通)とそれを担うルート便の巡回が必要だし、店舗在庫をピッキングして顧客に手渡す人時量の増加もあるから、実際のコスト抑制は5〜6ポイントと思われるが、それでも十分な増益効果が期待できる。

加えて、店舗受け取りで来店客数が増え、ついで買いも期待できるから、店舗売上の増加と在庫効率の向上も望める。顧客にとっても宅配到着が全国区宅配に比べて地域によって0.5〜2.0日程度早くなり、希望店舗に在庫があるなら最短、30分程度で店受け取りできる。

店舗を物流拠点としたローカルOMOはインディテックス(ZARA)やウォルマートが大きな成果を挙げているが、我が国のヨドバシカメラや英国のアルゴスはその先駆けだった。ECやOMOは後発でも、ローカルのテザリング体制が確立されていれば容易にローカルOMOの果実が手に入る。

OMO以前から全国10リージョナルのルート便テザリング体制が確立されていたしまむらでは新規投資がほとんど不要で、25年2月期上期でEC比率は1.9%に過ぎない後発ながら店舗受け取り率は83.9%、23年2月期の報告では店舗受け取り客の店舗購買率は44%だったから、今後のEC拡充とオープンプラットフォーム化でOMO効果が加速すると期待される。

アパレル業界では未だセントラルFC体制のままOMOを推進する事業者がほとんどだが、宅配料金の高騰やそれに伴うプラットフォーム業者の手数料上昇はもちろん、店舗スタッフのインフルエンサー化というローカル・エンゲージメントの広がりをセントラルFC体制では活かし切れないことが指摘される。OMOは地域の店舗を拠点に顧客とのエンゲージメントを深め、顧客の利便を高めることが第一義で、結果として地域の売上と在庫効率が高まって利益も伸び、「賃上げ」や福利厚生で地域の従業員にも報いることが出来る。

ナショナル展開のチェーンはもちろん、ローカル展開のチェーンなら必然的にローカルOMOの果実に手が届く。もとよりロジスティクスも顧客エンゲージメントもローカルなもので、兵庫県知事選挙で明らかになったようにSNSコミュニケーションもオフライン交流が加わるローカルの増幅効果が格段に大きい。OMOをローカルシフトすれば運営効率も在庫効率も収益力も一変する。インフレに圧迫される25年、アパレルビジネスは「三方よし」を実現するローカルシフトを決断すべきではないか。

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