小島健輔の最新論文

WWDJAPAN 小島健輔リポート
『VTuber百花繚乱 両雄のビジネスを徹底比較』
(2024年12月11日付)
小島健輔 (株)小島ファッションマーケティング代表取締役

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 インフレ下で服飾支出が削られる中、なぜか推し活支出だけは伸びている。中でも成長著しいのがVTuberビジネスで、ラグジュアリー並みの利益率やVTuberの高額報酬はうらやましいばかりだ。トップを争うエニーカラー社(にじさんじ)とカバー社(ホロライブ)の両雄を取り上げて比較し、成長と収益化のステップを検証してみた。

 

VTuberビジネスの最新状況

 

 今やVTuberビジネスは花盛りで、「にじさんじ」のエニーカラー社、「ホロライブ」のカバー社を筆頭に、Brave Group(未上場、HIMEHINAのスタジオLaRaを子会社化)や774inc.(ななしいんく)、ゲオ傘下のviviON(あおぎり高校)、漫画家の佃のりおののりプロなど多数が競い合い、サンリオ(ニャンタジア)やエイベックス(バーチャルエイベックスのAVALON)などエンタメ大手も参入している。その百花繚乱ぶりはEC業界と通ずるところがあり、ユエットメディアが作成した「VTuber事務所カオスマップ」を一見すれば想像が付くと思う。

歌唱やダンス、ゲーム実況や雑談、一発芸や専門的ハウツウなど「中の人」(VTuber)のキャラクターやスキルによってコンテンツは異なるがYouTubeなど動画投稿サイトが主戦場で、近年はリアルのアリーナライブやテレビ番組、CMにも広がり、「推しグッズ」販売も急拡大している。VTuberとは出自が異なるとはいえ、アニメエンタメのサンリオやRPG(ロールプレイングゲーム)のバンダイナムコの方がアニメーション技術では数日の長があり、中でもバンダイナムコのアイドルマスター(IDOLM@STER)シリーズのステージエンターテイメント動画やアイドルの公式配信MMDモデルによる二次創作動画の水準は突出している。

動画配信という狭義のVTuber市場は800億円でもアニメ配信市場は倍の1650億円、国内のゲームアプリ市場は1兆2320億円、ゲームコンテンツ市場全体は2兆1260億円(角川アスキー総合研究所)、グローバルのアニメ市場は2.9兆円と言われるから、プレイヤーが百花繚乱でも当分は青天井だ。

 

 

VTuber興隆のヒストリー

 

VTuberビジネスが今日の盛況に至ったプロセスを簡単にまとめておこう。起点は2つあったと思う。

1つは、06年11月にグーグルがYouTubeを16.5億ドルで買収してメジャーな動画投稿プラットフォームに再構築したこと。17年6月には多言語化して日本でもスタートしている。

時を同じくして日本では07年、ヤマハが開発したボーカロイド技術を使ってクリプトン・フューチャー・メディアがボーカロイドソフトの「初音ミク」を発売してキャラクターイラストを公開。08年にはあにまさ氏が無償で公開した「初音ミク」の3Dモデル(人体型ボーン構造)を動画化するアニメーションソフト「MMD」(MikuMikuDance)を樋口優氏が開発して無償公開し(IDOLM@STERに触発されたと伝わる)、それを使って二次創作した動画がニコニコ動画で広がり、さまざまなキャラクターの3Dモデルが無償公開されて二次創作が爆発的なブームとなった。ブームは韓国や中国に広がってBiliBiliが台頭し、欧米にも広がって今日まで続く世界的なブームとなった。

12年にYouTubeの収益化が一般投稿者にも可能になったことを背景にYouTuber(本人顔出し)が広がって社会現象となり、16年11月29日に「キズナアイ」が登場して「バーチャルUTuber」を名乗ったのがVTuberの先駆けとされる。18年にはVTuberが次々と登場して「VTuber元年」と言われ、以降はスキルに通じた人がBlenderやUnityで創っていた3DアバターもVRoidやIRIAMなどで手軽に創って配信できるようになり、VTuberの裾野が一気に広がっていった。今や収益化したVTuberだけで1.5万人とも2万人とも言われ、VRoidやIRIAMを使ってスマホで楽しむ程度なら100万人に迫るのではないか。

 

VTuberビジネスの設備投資と収益化

 

裾野が広がる一方、タレントやアイドルとしてプロを目指すVTuberは独自に機材をそろえて投稿活動したり、機材や施設がそろったプロダクションに所属してメジャーデビューするようになった。

VTuberの動画はモーションキャプチャーとMMDを組み合わせたり使い分けて制作するが、モーションキャプチャーにはパワードスーツやセンサー、多数の赤外線カメラ、複数人でのダンスなどでは設備の整った広いスタジオが必要で、モーションデータをレンダリングして背景やエフェクトを加工する高性能パソコンや操作スキルも不可欠だ。そんな設備投資やスタジオのレンタル費用、エンジニアなどへの外注費用は個人営業のVTuberには重いから、凝った動画やエンターテイメントを志向するならプロダクションに所属するという選択になる。音楽やエフェクトなどの使用許諾手続きや他のVTuberとの共演などもプロダクションに所属すれば容易になる。

黎明期は顔認識カメラでトラッキングして2Dキャラクターを紙芝居的に動かすLive2Dアプリで投稿するVTuberも多く、収益化を急いだエニーカラー社(にじさんじ)は芸人的演者が多かったこともあって3D化への設備投資を抑制し、Live2D投稿主体にVTuberのラインナップを広げていった。その一方、エンターテイメントのクオリティを優先したカバー社(ホロライブ)はモーションキャプチャースタジオに巨額の先行投資をしたこともあり、エニーカラー社より収益化が遅れた。両社の倍も違う収益力の格差はそれだけが要因ではないから後述するが、カバー社が31億円を投じた5900平方メートルのスタジオの稼働が23年5月だったのに対し、エニーカラー社が23億円を投じた4600平方メートルのスタジオの稼働は24年10月と、1年半ほど後になったことは両社の方針の違いを象徴している。

Brave Group傘下のスタジオLaRa がプロデュースするHIMEHINAのダンスエンタメ動画のクオリティーとセンスは目を見張るほど突出しているが、それを実現している設備とエンジニアへの投資は相応にかさむのだろう。IP(VTuber)事業のみならずプラットフォーム事業やeスポーツ事業、DX事業など多分野に先行投資がかさむBrave Group(24年4月段階の企業価値150億円、10月1日時点でグループ16社の従業員361人)はサンリオやテレビ朝日、松竹ベンチャーズ、三井不動産など多数の一流企業や投資ファンドから累計62億円も資金調達しても純損失がかさみ続けている。先行投資と収益実現(投資回収)のサイクルは利益率(付加価値)の高い業界ほどドラスティックで、規模のケタは違えどもVTuber業界は半導体業界に通ずるものがある。

 先行投資から収益実現へのプロセスが問われるのは設備投資だけではない。「配信」というVTuberのオンライン上の属人的営業活動に発して「ライブイベント」というオフラインの組織的営業活動に広がり、「マーチャンダイジング」というVTuberの労働を要しない売り上げの拡大、さらには「ライセンス/タイアップ」という外部企業の営業活動に課金する段階へと、どう効率的な事業分野に広げていくかが収益力を左右する。VTuberビジネスは演者のキャラクターやスキルが生み出すエンタメ価値を如何に増幅するかが肝で、演者の属人的労働たる「配信」によるスパチャ(スーパーチャット/投げ銭)や広告収入分配金を超え、組織的運営によるビッグイベントや「推しグッズ」の大量販売、外部企業に稼いでもらう「ライセンス/タイアップ」へとシフトしていくことが必定だ。

ファッションビジネスにおいても、売り場で顧客ごとに接客販売するより大きな売り場でセルフ販売する方が人時効率は高くなるし、オンライン販売は店舗販売の10倍前後とケタ違いの人時効率が稼げる。VTuberビジネスはそんなオンライン販売(「配信」)を起点に、さらにケタ違いの人時効率(演者1人当たり売り上げ)を目指して事業を増幅していくもので、学ぶべきことが多い。そんな視点からVTuberビジネスの両雄たるカバー社とエニーカラー社の直近業績を比較してみよう。

 

VTuberビジネスの両雄を比較する

 

 カバー社は女性VTuberグループ「ホロライブ」が世界の通算スパチャランキングでベスト10中7人(卒業生の湊あくあも合わせれば8人)を占める人気者ぞろいで(別に「ホロスターズ」の男性VTuber24人が在籍)、首位の潤羽るしあは4億9080万円、2位の兎田ぺこらは4億8830万円、3位の桐生ココは4億4150億円、10位の角巻わためでも3億550万円と巨額の投げ銭を稼いでいる。直近87人のVTuberを全員、人気者に仕立てるサポート体制のプロダクションシステムで、VTuber1人当たり売り上げは3億5501万円(24年3月期)と2期間で1.77倍に拡大しており、今期(25年3月期)は4億円を超える勢いだ。演者(VTuber)1人当たりの年間報酬も5551万円と、稼ぎに見合った羨望の水準であることにも注目したい。

 売上高は24年3月期で301億6600万円と2期間で2.21倍に拡大し、営業利益も55億3600万円と同2.98倍、純利益は41億3700万円と同3.33倍に伸びている。24年3月期の営業利益率は18.35%、純利益率は13.71%と2期間でそれぞれ4.77ポイント、4.61ポイント上昇しているが、先行するエニーカラー社とはまだ格差が大きい。粗利益率は46.37%と2期間で7.76ポイントも上昇しているが、エニーカラー社の47.53%には1.16ポイント届かない。ROEも37.1とエニーカラー社の44.3とは差があるし、売上拡大による利益の上昇力を占う限界利益率も38.9%とエニーカラー社の53.5%よりひと回りも低い。

今期(25年3月期)は売上高364億8100万円、営業利益73億円、純利益50億6400万円と見込まれているが、10月29日に中間決算が売上高で14.4%、営業利益で32.0%、純利益で14.1%も上方修正されているから、通期も相応に上方修正される公算が大きい。

 

 エニーカラー社の「にじさんじ」は、初期は男性ライバー(VTuber)が多く若い女性フアンが7割近かったが、近年は女性ライバーが多数派となり(人外や性別不明者も混じる)、フアンも女性56%、男性44%というバランスに変化している。初期は芸人的あるいはホスト的な男性ライバーが目立っていたが、近年はアイドル志向の女性ライバーも増え、「吉本興業的」と揶揄されることもあった放任マネジメントから研修育成やサポートに力をいれるプロダクションシステムに変化しつつある。世界の通算スパチャランキングでは6位に葛葉、9位に不破湊、23年通年でも2位にNIJISANJI ENのVox Akuma、5位に不破湊、9位に加賀美ハヤトが入るぐらいで、女性ライバーは上位に入っていない。

 ライバー1人当たり売り上げは2億251万円(24年4月期)と2期間で1.84倍に増えているが、同期(カバー社より決算期が1カ月遅れる)のカバー社と比べれば57%にとどまる。エニーカラー社は演者報酬を開示していないが、1人当たり売り上げのカバー社比率を下回る水準と推察される。エニーカラー社の中間決算発表は12月15日頃になるはずで、カバー社のように中間決算を反映できない事情をお断りしておきたい。

 売上高は24年4月期で319億9600万円と2期間で2.26倍に拡大し、営業利益も123億6200万円と同2.95倍、純利益は87億2600万円と同3.12倍に伸びているのはカバー社と大差ないが、利益額の絶対水準はカバー社に倍以上の差をつけている。24年4月期の営業利益率は38.64%、純利益率は27.27%と2期間でそれぞれ9.05ポイント、7.55ポイント上昇しており、カバー社を倍も引き離している。今期(25年4月期)は売上高390億円、営業利益148億円、純利益103億6000万円と見込んでおり、カバー社が本決算を上方修正しない限り差は縮まらない。

 

 演者報酬は両社で格差があるようだが、従業員の平均給与は近似している。22年はエニーカラー社がわずかにリードしていたが、カバー社が追い上げて24年は525.6万円とエニーカラー社の511.6万円を追い抜いている。両社で職種分類も違うので対比は難しいが、企画・デザイン系と技術系の合計比率はエニーカラー社の35%に対してカバー社は44%(メタバース部門を含む)と一回り高いようだ。逆に見るなら、企画・デザイン系と技術系の人材をそれほど抱えているにしてはカバー社の平均給与水準は低過ぎるし、平均5551万円という演者報酬との10倍もの格差もどうかと思う。

 

両雄のデッドヒートを占う

 

 カバー社がエニーカラー社を追い上げて売上高は接近してきたが、利益は額も率も倍近い差が残る。来期以降、この差がどうなるかだが、私はかなり縮まっていくと推察する。それを論証するのがセグメント売り上げの構成比変化だ。

VTuberの属人的労働たる「配信」収入に依存していては生産性が高まらないから、組織的運営で大きく稼げる「ライブイベント」(外注経費が大きいのが難だが)、さらには手が掛からず利幅が大きい商品販売の「マーチャンダイジング」、外部の企業さんに稼いでもらう「ライセンス/タイアップ」の比率を高めるほど収益性は高まっていく。カバー社の「マーチャンダイジング」仕入れ原価率は、23年3月期は27.8%、24年3月期も29.7%とエニーカラー社の「コマース」(商品販売)よりそれぞれ2.7ポイント、1.0ポイント低く、「マーチャンダイジング」拡大による収益率向上効果が期待される。

カバー社の24年3月期では「配信/コンテンツ」25.3%、「ライブ/イベント」18.6%、「マーチャンダイジング」41.4%、「ライセンス/タイアップ」14.7%のバランスで、2期間で「配信/コンテンツ」が13.1ポイント低下して「ライブ/イベント」が2.5ポイント、「マーチャンダイジング」が6.0ポイント、「ライセンス/タイアップ」が4.6ポイント上昇しているが、これはエニーカラー社の3期前の水準でしかない。両社のセグメント区分は多少異なるので、カバー社の「配信/コンテンツ」と「ライブ/イベント」、エニーカラー社の「ライブストリーミング」と「イベント」を合計した比率で見ると、カバー社の24年3月期は43.9%とエニーカラー社の22年4月期の31.7%よりひと回り高く、21年4月期の39.3%よりまだ4.6ポイントも高い。21年4月期のエニーカラー社の営業利益率は19.0%と24年3月期のカバー社(18.35%)と近似しており、カバー社のセグメントバランスはエニーカラー社の21年4月期の段階にあると考えられる。

カバー社の25年3月期見通しでは「配信/コンテンツ」と「ライブ/イベント」合計比率は33.4%になると見込まれているが、これはエニーカラー社の22年4月期の水準(31.7%)に近い。カバー社の25年3月期決算は上方修正が確実視されるから、エニーカラー社の22年4月期の営業利益率(29.59%)にかなり近づくと期待されるが、エニーカラー社の25年4月期も営業利益率水準を維持する(0.69ポイント低下の37.95%)と見込まれているから、なお10ポイント以上の差が残る。

 結局のところ、両社の収益化プロセスは3期の差を2期の差まで縮めることは読めるが、それから先は分からない。カバー社が人気VTuberのブランディングで付加価値を高め「マーチャンダイジング」と「ライセンス/タイアップ」の拡大を加速して利益率を高めていく速度がエニーカラー社の過去のプロセスを凌駕するかどうか、VTuber達の才覚と人気、バーチャルエンターテイメントの技術とセンス、谷郷社長の才覚と運気にかかっている。なんだか急成長中のD2Cアパレルみたいに聞こえてくるのは偶然ではないだろう。

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