小島健輔の最新論文

WWD 小島健輔リポート
『迷走するアパレルDXの行方』
(2024年11月21日付)
小島健輔 (株)小島ファッションマーケティング代表取締役

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 デジタル企画&3Dパターン、バーチャルサンプル&AIモデル、アバター&メタバース、OMO&リテールメディアとアパレル業界のDXは多方面から進んでKPIも怪しく、「現場から経営管理まで、企画・生産から流通・販売まで、時間とコストとミスとロスを画期的に圧縮する」というDXの本質を見失っているかに見える。その現状をサプライ系とリテイル系の両方向から探ってみたい。

 

連携が進まないサプライ系DX

 

  「アパレルDX」と言っても小売業とメーカー、コントラクター(OEM/ODM業者、商社など)やファクトリー、同じ小売業でも店舗系とオンライン系、同じ会社の中でも企画、生産、流通、販売、経営管理と、立場が違えばそれぞれ異なる姿をイメージしているのではと訝(いぶか)るほど多様なのが現実で、それぞれが推し進めるDXがうまくつながらず、別の立場にしわ寄せが及んだりもしているようだ。 

アパレルのサプライ系DXは以下の6系統がそれぞれに進行して業務もプロトコルも必ずしも連携しておらず、弊害も指摘される。加えてリテイル系DXも別系統で進行しているから、それらを統合するERP(経営管理の会計系基幹システム)は継ぎ接ぎを重ねてパンク寸前で、些細なリプレースのミスやハッキングで大きなダメージを受け、回復に長期間を要するケースが頻発している。オンプレミス(システムベンダーに委嘱して専用開発した自社保有システム)で継ぎ接ぎを重ねてきたERP自体の課題やクラウド化については本稿の課題から離れるので、専門家の論議に譲るとしよう。

 

(1)トレンド情報のクロール収集とAI企画

 

ウェブ上のデザインやスタイリングのトレンドをクローラbotが巡回して自動収集し生成AI造形するもので、指示慣れすれば極めて効率的に企画の叩き台をそろえられる。企画業務で実用するには商品企画のCAD化/データベース化が必定だから、それを待たずに使えるマーケティング系、デジタル化が進んだD2C系アパレルで先行しているようだ。注目度が高いだけに、企画・開発業務CAD化の契機になると期待される。

 

(2)商品企画のCAD化/データベース化と3Dグラフィック活用

 

デザイン段階からCADワーク化してパターンの3Dデータベースを蓄積し、AI企画も活用して企画業務を効率化・高速化するもので、データベースが蓄積されリアルとのすり合わせが進めば、バーチャルサンプルをAIモデルに着せてECに先行投入するなど、受注が生産に先行するタイムマシン効果も期待できる。

初期段階ではCADの操作スキル習得のハードルが高かったり、グラフィックソフトとのインポート/エクスポート作業を必要としたり、かえって効率を落とす嫌いもあったが、AIの普及で使い勝手が向上し(ユカアンドアルファの「CLOエンタープライズ」など)、特段のスキルがなくても使いやすくなってきている。

 

(3)生産仕様のオンライン擦り合わせとCAD・CAM連携

 

国内産地が空洞化・高コスト化した今日では海外生産が大部分を占めるから、企画仕様と生産仕様の擦り合わせは不可欠のプロセスを除いてオンラインで進める必要がある。共通したクラウドプラットフォームで3Dパターンと縫製仕様/工程を擦り合わせば、実物サンプルの制作は最小限に抑制できるから、時間短縮効果は極めて大きい。

欧米やアジアでは、生産地各工場の生産設備と環境対応、職工の習熟度と労務管理規制、時間コストも登録して、仕様のすり合わせと並行して見積もりと納期も詰めて行くクラウドサービスが普及している。布帛製品の生産では前工程のマーキングと裁断がクリティカルになるから、「ザラ」のように自社でマーキングも裁断も済ませて工場に届けるまではともかく、発注側のCADと受注工場のCAMをオンラインで連携するのは必定だ。

 

(4)適法・環境対応のオンライン見積もりと納期擦り合わせ

 

 今日ではサプライチェーンを遡っての適法管理や環境規制対応が必定だから、欧米では発注先各工場の生産設備と環境対応、労務管理規制と労働単価を登録して見積もりや納期管理に活用するクラウドプラットフォームが広く活用されており、遠隔地でも工場の選択と見積もり合わせが短時間で済む仕組みが定着している。英語圏ではCoats DigitalのGSDCostソリューションなどが浸透しているが、日系のコントラクターや商社、アパレルメーカーにはほとんど浸透しておらず、ある種の参入障壁となっていると推察される。

 わが国でもユカアンドアルファが開発を担当した日本アパレルソーイング工業組合連合会の「ACCT」(アパレル加工賃交渉支援クラウドサービス)が見積もり機能を担っているが、環境対応や労務管理規制まではカバーしておらず、日本語対応で国内用に限定される。今や海外生産が大勢である以上、環境対応や労務管理規制までカバーした英語版の開発が急務で、グローバル対応を急ぐなら英語圏のクラウドサービスを活用するという選択もあるだろう。

 

(5)受発注・生産管理と資材・製品管理、納品・決済管理(PDM)

 

 前述したCoats DigitalのGSDCostソリューションはPDM(製品開発・生産管理・販売管理の実務支援システム)だから生産仕様すり合わせ見積もりから受発注・生産進行管理と資材・製品管理、納品・決済管理までカバーしているが、PLM(製品開発・生産管理・販売管理のマネジメントシステム)の多くはCADデータベースや生産仕様すり合わせ見積もりをカバーしていない。大手アパレルからD2CアパレルまでPLMの導入が盛んだが、生産仕様すり合わせ見積もり機能を欠いたり、企画・開発実務がアナログのままなのに経営陣の総覧管理のためにわざわざデジタル入力するなど本末転倒も見られる。

必要とされているのが実務支援のPDMなのか、経営管理目的のPLMなのか、自社の課題と優先順序を見極めるべきではないか。

 

(6) 製品開発・生産管理・販売管理を総覧するマネジメント(PLM)

 

 PDMやPLMの多くは流通・販売段階の在庫移動と決済まで管理するが、小売業の場合はPOSを軸とした販売・在庫管理システムやWMS(倉庫管理システム)が併存し、小売業でもメーカーでも経営管理の基幹システムたるERPは必ず存在しているから重複が大きく、不要なデータ連携を要したりバグの要因となったりする。小売業ならPLMは不要でPDMに徹するべきだし、アパレルメーカーでもERPが稼働しているなら現場の使い勝手が良いPDMに割り切る方が賢明ではないか。逆に中小のアパレルメーカーの場合、PLMで決済とキャッシュフローまで管理できるなら、重装備なERPは不要という判断もあるかもしれない。

 

OMO統合が進むリテイル系DX

 

 ものづくりからは離れるが、小売業では店舗系のPOS(販売管理システム)やEDI(自動補充システム)とオンライン系のOMS(受注管理システム)が並行し、ロジスティクス面でもそれぞれのIMS(在庫管理システム)とWMS(倉庫管理システム)が並行していた段階から一元化が進み、顧客対応面でもCRM(顧客管理システム)とOMOアプリで両者を一元化してBOPIS(店受け取りや取り寄せ試着)などのOMOサービスが競われる段階へ、急ピッチで統合が進んでいる。

 

それらと並行して急進しているのが店舗運営を効率化するDX(ストアオートメーション)で、RFID技術を軸に在庫管理(入荷検品、フェイシング管理、迷い子品や移動品の探索、棚卸しなど)、セルフ精算と防犯を連携するシステムが国内外で競われている。ユニクロのようにパッシブ型RFIDによるセルフ精算を絶対単品照合するシステム(アスタリスク社と裁判沙汰になったセルフレジです)は低コストだがプロの手口は防ぎきれないから、「ザラ」のようにバッテリーを内蔵する防犯タグとRFIDを一体化(精算済み信号が来ないと外れない)して循環利用するシステム、近年はAIカメラによる画像データベース照合と連携するシステムなどが開発されている。

 

 これら基幹系に加え、CRMとPOSを連携したiD-POSなどによる個客プロモーション(レコメンドや広告訴求)も急速に広がっており、自社ECサイトのオープンマーケット化と並行したネット広告に加え、店舗でも多数のサイネージを投入してリテールメディア化が進んでいる。CRMが確立していれば追加のシステム投資はほとんど不要で、在庫負担なくコスト負担も軽く利幅が大きい広告収入が得られるから、アマゾンやZOZOなどオンラインプラットフォーム事業者はもちろん、ウォルマートを筆頭にディスカウントストアや食品スーパー、家電チェーンなどにも広がっている。

外部からの広告収入まではともかく、マス広告からセグメント広告、個客プロモーションとパーソナル対応が進めば広告効果が加速度的に高まるから、自社の広告販促費も大きく削減できる。マスメディアとチラシに依存していた段階から自社サイトやSNS、店舗での個客プロモーションにシフトしつつあるユニクロ(未だチラシが目立つが)やしまむらのケースは典型だ。

 外部の広告出稿者は「広告」予算も「販促」予算も豊富なNB(ナショナルブランド)消費財メーカーになるから、食品スーパーや家電量販店、ドラッグストアやコスメストアは極めて有望だが、アパレル店舗とりわけオリジナルブランドだけのブランドショップやSPAにはハードルが高い。とは言っても化粧品や美容家電、オンラインゲームやエンタメ関係の出稿が期待できるが、まずは自社商品のパーソナル訴求による売上増が先だろう。アパレル店舗で有望なのがスタッフ・インフルエンサーによるライブコマースを店舗イベントと連携するようなプロモーションで、来店誘導効果と賑わい熱量、即売効果が期待できる。

 

 もう一方の発展が企画・開発段階の3D・CADデータを活用したバーチャルサンプルとAIモデル着装によるオンライン販売で、PDMによる短納期生産と連携すれば中国系産直越境EC的な無在庫タイムマシン商法も成立する。低価格帯なら海外生産地起点の越境EC(郵便小包による個人直送)、中価格帯以上なら国内産地起点のライブコマースと時差連携(バーチャル段階と実物段階)する自社ECが有望と思われる。

バーチャルサンプルをグラフィック変換すればアバター向け3Dウエアとして売り出すこともできるし、3DアクションRPG(ロールプレイイングゲーム)や3Dアニメのコスチュームを提供することもできるが、3DアクションRPGはともかくアバター交流型メタバースの商業化は遅れており、単価の低さもあって3Dコスチュームの市場規模は限定される。

 

リテイル系DXの肝は、(1)店舗系とオンライン系の統合一元化による顧客利便と体験価値(CRM、OMO)、在庫効率と物流効率の向上、(2)自社ECサイトのオープンマーケット化とリテールメディアによる顧客と売上、収益の拡大、(3)ストアオートメーションによる店舗運営業務の効率化と運営人時量の圧縮であり、EDIを除けばサプライ系と連携する必然性は薄い。リテイル系とサプライ系はERPを通して間接的に連携するのが現実的であり、その意味でも旧態化して継ぎ接ぎを重ねたオンプレミスなERPはリスクが大きいのではないか。

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