小島健輔の最新論文

WWD 小島健輔リポート
『日常と非日常に二極化する商業施設 行き場を失うアパレル』
(2024年11月15日付)
小島健輔 (株)小島ファッションマーケティング代表取締役

 

 都心部では新設やリニューアルの商業施設が非日常を志向してインフレする一方、郊外では生活圏の日常を志向してデフレするケースに二極化しているが、その狭間で立ち位置が定まらないのがアパレル店舗ではないか。どちらを志向しても脇役を出ず、営業的にも苦しいケースが多い。

 

いったい誰の生活を想定しているの?

 

 麻布台ヒルズや虎ノ門ヒルズでは法外な家賃や高額な飲食店に腰が引けた方も多かったと思うが、いったい誰のどんな生活を想定しているのかといぶかるしかない。金銭感覚の違う外国人観光客やケタ違いの富裕層を想定しているのだろうが、いかに港区とはいえ超がつく高額所得者や富裕層ばかりではないから、非日常の来訪者だけでは小売店舗は通年の採算は難しいのではと余計な心配をしてしまう。

 有り体に言えばオフイスを核にホテルやコンドミニアムをサブ核とした複合施設だから、飲食店や物販店はそれらを利用する人々を対象とするはずで、ホテルの顧客は非日常のインバウンド需要としても、最大の顧客たるオフイス勤務者は日々の日常需要になるから「インバウンド価格」が受け入れられるとは思えない。新橋や有楽町、東京駅周辺のオフイス街の金銭感覚は、おしゃれな「丸の内」界隈を除けば庶民感覚からそんなに大きく乖離するものではないから、麻布台ヒルズや虎ノ門ヒルズだけが「外人租界」「富裕層租界」というわけにはいかないはずで、小売店や飲食店の採算は厳しいと推察される。

外資金融関係が多い六本木ヒルズだけは別格の「バブル租界」、広告費と割り切って高額な家賃が成り立っている表参道ヒルズは「メディア租界」だから、麻布台ヒルズや虎ノ門ヒルズも似たような「租界」が成立すると目論んでいるのかもしれないが、立地的にオフイス街を大きくは出られないのではないか。

採算が厳しいと推察される小売店舗の中でも「場違い」に近いのがアパレル店舗で、広域集客を狙って相応規模のファッションテナントを集積した六本木ヒルズや東京ミッドタウンとは異なって、付帯機能の域を出ない商業集積ではアパレル店舗は客数も足らず「立ち位置」を見出せない。オフィス勤務者のコンビニエンス需要、富裕層とはいえレジデンス居住者の日常生活需要、高級ホテル宿泊者の非日常なインバウンド需要、物見遊山の国内観光客需要、いずれをとってもアパレル店舗は立ち位置を定め難い。確かなのはオフィス勤務者のコンビニエンス需要ぐらいで、ビジネスウエア関連はともかく、おしゃれなブランドショップやセレクトショップに安定した需要があるとは思えない。

オフィスビルのコンビニエンス施設におまけのように文化雑貨を加えた渋谷さくらステージのケースも「場違い」の感は否めないが、元より「不要」として入れなかったアパレル店舗ほど「場違い」ではない。不要不急で嗜好性の強いアパレル店舗は立地を選ぶから「場違い」になりがちで、前述した都心の「租界」施設でも居心地が悪いのだから、郊外の生活圏ではますます居場所が限られる。

 

「食」中核に日常消費に特化する郊外商業施設

 

 郊外でもリーマンショック前まではアップスケールな広域大型商業施設(モール)の開発が相次いだが、少子高齢化が進み経済が停滞して所得が伸び悩む近年は生活圏の日常に徹する身の丈の小規模商業施設(概ね営業面積3000〜2万平方メートル)の開発が大勢となっている。閉店した都市周辺立地のGMS(総合量販店)を改築したり建て替えたりして生活圏型商業施設とするケースも目立っており、イオンの「そよら」は関東、中部、関西の13施設に広がっている。

日常生活を支えるべく食品や飲食、日用雑貨や医薬品、生活サービス中心に最寄り性のテナントを集積するからファッション店、中でもアパレル店は脇役で、生活圏でも応分の客数が得られる間口の広い大衆価格業態に限られる。「ファッションセンターしまむら」「アベイル」や「パシオス」(田原屋)を筆頭にミセスの「タツミヤ/ティーズコレクション」、若向きの「ハニーズ」や「シュラルー」(ワールド)、カジュアルシューズの「ABCマート」などが常連の顔ぶれで、やや大型の施設では縦売り志向の「ユニクロ」や「ジーユー」も見られるが例外的だ。

勢いがあるのはスーパーマーケットなどの食物販やドラッグストアで、日本ショッピングセンター協会が発行した「SC白書2024年版」によれば、新設SCテナントに占める衣料品店の割合が18年の18.9%から23年は13.4%に激減したのに対し、食物販店は11.8%から13.4%に増えている。

 円安と人手不足で値上げが止まらない食品と外食は家計消費支出に占める割合が18年の25.7%から24年1〜8月は29.6%に跳ね上がって生活を圧迫しており、不要不急の衣料消費にしわ寄せされている。事実、「被覆・履物」支出比率は18年の3.76%から23年は3.28%、アパレル(洋服・シャツ・セーター)は同2.25%から1.96%に落ちている。経済産業省の商業動態統計によれば、この間に「飲食料品小売売上」が7.1%増加した一方、「織り物・衣服・身の回り品小売売上」は22.9%も減少しており、矢野経済研究所の「アパレル小売市場規模」も18年の9兆2349億円から23年は8兆3564億円と9掛けに落ちている。食品と外食のインフレが続く限り、衣料消費の回復は望み薄なのが現実ではないか。

 インバウンドや富裕層の非日常消費が集中する一部の都心百貨店や商業施設ではラグジュアリーなどブランド消費もまだ勢いを保っているにしても(続きませんよ!)、地域の生活者を対象とする都市郊外やローカルの商業施設は「食」を中核とした日常消費に特化せざるを得ず、アパレルの出番は限られる。

 

賑わいで食品に負けるアパレル店舗

 

郊外生活圏の商業施設ではアパレル店舗が賑わうのはセール時でも稀だが、「グローサラント」が盛り上がるスーパーマーケットの夕刻は活況を呈している。

グローサラントとは「グロサリー(食品)」と「レストラン」を合わせた造語で、売られている食材をその場で調理してもらって食べられるサービスを指し、スーパーマーケットに賑わいと付加価値をもたらす。食事代の高騰やチップの負担から「外食」を嫌気してスーパーマーケットやコンビニの惣菜・弁当で済ます「中食」(「外食」と自宅で調理する「内食」の中間)から発展し、調理実演のエンタメ性やフードコートのだんらん性が加わった提供スタイルで、米国のウェグマンズや中国のフーマーシェンシェンが先駆けとされる。

 精算に関わる人件費を抑制すべくセルフレジが広がる中、スーパーマーケットのタッチポイントは限られてきており、グローサラントにおける食材の対面販売や調理スタッフとのやり取り、フードコートでの家族や仲間とのだんらんは賑わいと熱量で集客と売り上げに貢献しているが、残念ながら我が国ではウェグマンズのようなエンターテイメントなグローサラントはまだ例外的だ。米国にも進出したイータリー、米国より日本で成功したディーン&デルーカが分かりやすい例だが、スーパーマーケットのグローサラントは成城石井やイオンなどが一部で手掛けているとは言え、未だスーパーマーケットのスタイルとしては定着していない。

スーパーマーケット各社はリージョナルPC(食品加工のプロセスセンター)を軸とした宅配事業や惣菜強化を競っているが、店内加工ではないから売場の熱量と賑わいに繋がるものではなく、中央集権型チェーンストアの限界を感じさせる。グローサラントも店内調理型の惣菜も人件費負担が大きく、リージョナルPCを軸とするチェーンストア運営とは相反するから広がり難いのだろう。ならばリージョナルどころかセントラルなロジスティクスにとどまるアパレルチェーンには、なおさら賑わいの熱量は期待できそうもないのだろうか。

 

拡張型OMOとグローサラントなカフェで賑わいを取り戻せ

 

 鮮度が問われる食品の世界は宅配(ネットスーパー)でも店舗販売でもリージョナルPCを軸としたロジスティクスが定着し、アマゾンなどの大手総合ECもリージョナルFC(フルフィルセンター/出荷倉庫)やローカルデポにシフトして顧客に近づいているが、アパレルの世界は未だセントラルDC/FC軸のロジスティクスを出ていない。食品に比べれば鮮度が問われず?賞味期限(物理的な消費期限ではなく感性的な限界)も長いゆえなのだろうが、それで良いのだろうか。

 長年、アパレル業界に関わってきた経験則だが、トレンド性や季節性の商品は売場投入から8週間が「正価」が通る限界で、それを過ぎると売価変更して売り切るか、一旦は後方や倉庫に引き上げてから期末セールにかけるのが定石のようだ。もちろん定番性の商品はこの限りでなく、シーズン末まで引っ張ってからセールにかけるか、来シーズンに持ち越して再販するかの選択になるが、持ち越しても「正価」で売れるわけではない(ユニクロは持ち越し品番をほぼ半値で売っている)。「週」という悠長なスパンで鮮度が問われるのなら、数時間から1日の違いにこだわる意味もないのだろう。そんなアパレル業界の時間感覚を変えるのがOMO(オンラインと店舗の融合)ではないか。

 OMOというとCRM(顧客化管理)と在庫管理の一元化が必定だが、地域で生活する顧客の利便に立つなら店舗在庫とEC在庫を一元に受注や試着に引き当てたり、宅配と店受け取りを選択できるようにするべきで、今や必須の利便となった感がある。しまむらのECは後発だが業態を超えてグループの国内全店舗(8月20日段階で2193店)で受け取れ、店舗受け取り比率が84%(25年2月期上半期、EC比率は1.9%)と高いし、ユニクロやジーユーでも半分近くは店舗受け取りだ。店舗受け取り品は店舗物流に乗せられるので、宅配外注費や梱包費の節減効果も大きい。

店舗受け取り比率が高まると客数が増えて賑わいが出るし、ついで買いによる売上も期待できるが、受け渡しの手間も増えるから人時負担も相応に増加する。これを別途のバックヤード業務にしてしまうと経費倒れになりかねないが(米国では利益を削る要因になっている)、精算カウンターや試着の付随業務とすればタッチポイントになって顧客化や売上増で吸収できる(「しまむら」下高井戸店の写真参照)。

これに社内インフルエンサーのスタイリング投稿などSNSによる顧客とのリンケージや来店誘導が加われば、取り置き・取り寄せの試着もタッチポイントになり、多少の賑わいは期待できる。それをエンタメ性まで高められるかどうかは精算カウンターや試着質回りの仕掛け次第ではないか。アダストリアのアンドSTストアやオンワードのクローゼットセレクトの次なる進化に期待したい。

アパレル小売事業者は6月4日掲載の「ユニクロが抜けた空白マーケットを手にするのは誰か」(★リンク貼るhttps://www.wwdjapan.com/articles/1829781★)で論じたような生活圏の日常消費に応えるニューコンセプトを開発するのに加え、拡張型OMO(自社サイトを他社商品も揃えるオープンマーケットにして店受け取り客を飛躍的に増やす)やグローサラントなカフェ(ディーン&デルーカを庶民的にしたようなイメージを想像してください)の併設で日常のタッチポイントを増やし賑わいを盛り上げることを真剣に考えるべきではないか。ドラッグストア業界が食品を併設することで店舗売上規模を1.7倍に伸ばした驚異的な事実を見ても、見当違いな発想ではないだろう。

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