小島健輔の最新論文

WWD 小島健輔リポート
『伸び悩む衣料品業界で利益が集中するのはサプライチェーンのどこか』
(2024年11月06日付)
小島健輔 (株)小島ファッションマーケティング代表取締役

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 23年の衣料品市場統計が繊研新聞からようやく発表されたが、小売統計や消費統計、類似統計と乖離して大きく回復しており、それらと比較して需給の実態を正しく掴む必要がある。衣料消費が伸び悩んで需給のギャップが拡大すれば業界の「歩留まり率」も悪化して利益が細るが、利益はサプライチェーンのどこかに偏るもので、その本質を理解すれば打つ手も見えてくる。

 

■衣料品市場は19年比97%まで回復したのか?

 繊研新聞の調査では23年の「衣料品(小売)市場規模」は9兆3823億円と22年から5.6%拡大し、コロナに直撃された20年から12.4%回復したが、コロナ前19年には97.0%と3.0%届かなかった。とは言っても総務省家計調査「被服及び履物支出」の19年比85.3%、経済産業省商業動態統計「衣服・身の回り品小売業売上」の19年比79.7%とは乖離が大きく、回復著しい全国百貨店「衣料品売上」の19年比86.6%をも大きく上回るから、やや希望的推計が含まれるのではないか。

 23年は5月に行動規制が解除されて消費が回復し、24年も5月以降は大幅賃上げ効果で消費は上向いているが、24年の1〜8月累計で全国百貨店「衣料品売上」こそインバウンドの押し上げもあって19年比89.8%とようやく9掛けに迫っても、家計調査「衣服及び履物支出」は19年比88.5%にとどまり、商業動態統計「衣服・身の回り品小売業売上」に至っては19年比76.7%と8掛けにも届かないから、23年段階で衣料品小売市場規模が19年比97%まで回復したという繊研新聞の推計は無理がある。

 繊研新聞の「衣料品(小売)市場規模」から5日遅れで発表された矢野経済の「アパレル小売市場規模」は22年比3.7%増、20年からは11.2%回復の8兆3564億円と繊研新聞より1兆0259億円も少なかった。19年比は91.1%と、まだしも家計調査「被服及び履物支出」(85.3%)や全国百貨店「衣料品売上」(86.6%)の水準に近く、繊研新聞の97.0%よりはリアリテイがある。

両者の差は19年は5018億円、20年は8292億円だったから、23年の1兆0259億円という差は異常値に見える。矢野経済は百貨店協会の商品分類で言う「洋品」(肌着・靴下・ハンカチ・手袋・スカーフ・マフラー)を別途に集計しているのに対し、繊研新聞は集計方法から見て「洋品」が含まれると思われるので「洋品」分の売上が加わるのだろうが、それでも23年の大きな差は説明がつかない。

繊研新聞の調査はやや大きく見積もられているとしても、衣料品の供給と消費の統計は揃っているから、家計調査は8000世帯ほどのサンプルからの演繹ゆえ誤差は無視できないものの、供給と消費の乖離の推移は明確に掴める。

 

■インフレ下のトレーディング・ダウンで萎縮する衣料消費

 産地が空洞化した我が国の衣料品供給は輸入品がほとんど(23年は数量ベースで98.4%)で、国内生産からわずかな輸出を差し引いた国産品の供給数量シェアは1.6%まで落ちている。23年の供給数量は34億2533万点(下着も含むが付属品は除外して集計)と22年から4.9%、19年からは14.0%も減少。うち輸入品数量は33億7052万点と22年から4.7%、19年からは10.5%減少しているが(国産品の減少が加速した)、円安もあって金額ベースでは22年から0.9%、19年からは8.7%増えている。23年の輸入単価は881.1円と22年から5.9%、19年からは21.5%も上昇しているが、この間に円の対ドルレートが29.1%も落ちたことを思えば、輸入単価は生産地シフトなどの業界努力によって多少なりとも抑制されている。

 供給の数量・金額に対する消費の数量・金額の関係を直接に数値化するのは難しいが、家計消費の「被服及び履物支出」の推移から乖離の趨勢を掴むことはできる。

 23年の世帯(二人以上世帯)あたり「被服及び履物支出」は115,728円と22年から1.6%、19年からは14.7%減少し、家計消費支出に占める割合は3.28%(アパレルだけだと1.96%)と19年の3.67%(アパレル2.21%)から0.39P(アパレルは0.25P)落ちた。一方で値上げが相次いだ食料品支出(エンゲル係数)は29.4%と19年の25.7%から3.7ポイントも跳ね上がったから、「被服及び履物支出」に皺寄せが及んだと推察される。00年には「被服及び履物支出」が5.09%(アパレル3.00%)もあった一方で食料品支出は23.3%だったことを思えば、日本はこの間に途上国並みに貧しくなり、飢えを癒すためにお洒落を犠牲にする人々が増えたことが悼まれる。

 そんな現実を直視すれば、円安インフレ下で高付加価値シフト(値上げ)に走る一部のアパレル事業者の思い込みは危なっかしく見える。移民と投資資金の流入で経済成長が続き株価が高騰する米国でさえ、ラグジュアリーに続いてNBと百貨店も失速し(ドル高ゆえインバウンドも期待できません)、手頃なカジュアルチェーンや量販店衣料品へのトレーディング・ダウン(格下げ)が広がっているのだから、永らく経済が停滞してG7最貧国に転落し、収入が伸び悩んでインフレと社会負担で実質手取り所得が目減りする我が国で高付加価値シフトが受け入れられるとは到底思えない。百貨店のアパレルNBの萎縮が止まらずユニクロなどのお手頃衣料品に流れ、手頃なSPAのジーンズに押されてNB依存のジーンズカジュアルチェーンが次々に破綻していく現実から目を背けてはなるまい。

 

■需給の乖離で利益が細る衣料品業界

家計調査のアパレル(洋服+シャツ・セーター)の平均支出単価を「購入単価」、小売市場規模(繊研新聞調査値)を供給点数で割ったものを「供給単価」と仮定すれば、後者は下着まで含んで単価が低くなるからイコールではないが、「購入単価」を「供給単価」で割った指数の推移を見れば業界の歩留り率(供給売価に対する実現売価)がどう変化しているかは推察できる。

23年の供給単価は2739円と19年から12.8%(輸入単価は21.5%)も上昇したが、世帯あたり購入点数(雑貨、下着を除く外衣のみ)は17.74と19年から17.3%減少し、購入単価も3899円と供給単価とは逆に19年から2.5%落ちている。消費者は値上げを受け入れず安い商品に流れ(トレーディング・ダウン)、購入数量も抑制したから、業界の歩留り率は15.7%低下した計算になる。その分、衣料品業界の利益は大きく削られた。

「購入単価」を「供給単価」で割った指数は11年から14年までの円高サイクルでは平均1.90倍だったのが、円安が始まった15年には1.70に落ち、以降は年々下がって円安が急進した22年は1.49と1.5倍を割り込み、23年は1.42倍まで落ちているから、業界の利益は格段に薄くなったと推察される。業界総体の利益が薄くなる中、限られた利益はサプライチェーンのどこに偏っているのだろうか。

 

■利益はサプライチェーンのどこに集中しているか

 コストインフレ下で需給の乖離が広がって衣料品業界の利益が圧迫される中、川上(素材)、川中(製品企画・製品化)、川下(流通・販売)のどこに皺寄せされているのだろうか。川上から川下まで株式上場企業(業績開示の非上場企業も一部含む)の最新業績をマップ化してみれば、利益の偏在は明らかだ。

 データ検証は別の機会に譲るが、産業界で一般に言われるサプライチェーンの「スマイルカーブ」(両端に利益が偏って中間の製造段階の利益が薄い)は衣料品業界にも共通するが、異なる部分もあるように見える。「異なる部分もあるように見える」というのはサプライチェーンを「川上➡︎川中➡︎川下」と配列するからで、半導体業界のように製品設計と製品製造(ファブリケーション)を分け、「製品設計➡︎前工程(素材・部品)➡︎後工程(組み立て・製品化)➡︎製品販売」と並べ替えてみれば、やはりスマイルカーブが成り立っている。

半導体業界では製品の設計に特化した事業者(ARMやSiFive)、製品の設計と販売に集中して生産はファウンドリー※に外注するファブレスメーカー(NVIDEAやAMD、クァルコム)に利益が集中する一方、中間の各段階でもシェアが高い事業者(東京エレクトロン、スクリーンHD、ディスコ、アドバンテストなど)、生産技術開発と巨額設備投資競争に打ち勝ったファウンドリーのTSMC(占拠率60%)は高収益を確保しているが、衣料品業界では中間段階に高収益企業は見当たらない。衣料品業界で高収益企業(高利益率/高ROE)が集中しているのは、半導体業界で「ファブレスメーカー」(製品設計と自社ブランドによる販売に特化して生産は外注)に相当するSPAとブランドメーカーだが、その中でも収益力には格差がある(その理由は後述する)。

合繊メーカーでシェアが高い東レ(営業利益率2.3%/ROE1.3%)や帝人(営業利益率1.3%/ROE2.3)は設備投資の重い装置産業で高収益とは言えないが、テキスタイルコンバータ(生地のファブレスメーカー)であるスタイレム瀧定大阪(営業利益率5.7%)は相応の利益を稼いでいる。川中の企画問屋やOEM/ODM事業者はトレンドや市況で業績の振れが大きいが、総じて薄利体質は否めない。その中でも比較的高収益なのは企画・設計に秀でた事業者で、とりわけ「素材開発」と「生産仕様(スペック)開発」に注力している事業者の利益率が高い。

※ファウンドリー・・・半導体の受託製造事業者。高性能半導体の生産技術と生産効率・歩留まりが生命線で、巨額の設備投資と生産技術開発が競われる。台湾のTSMCやグローバルファウンドリーズが代表的。

 

■生産地の遠隔化が競争要件を変えた

マーケティングの優劣はともかく、AI活用が当たり前になりウエアリング(着こなし)次第で魅力が左右される今日では「デザイン」で突出するのは難しく、似たようなデザインでも素材の物性/機能性やクオリテイ、着こなしに直結する「スペック」(パターンと縫製仕様)が商品価値を大きく左右する。

SPAやブランドメーカーでも社内にデザインチームと生産管理部隊を抱えてスペックを自社開発する事業者は高収益だが、OEM/ODM事業者のスペックに依存する「企画仕入れ」事業者(バイイングSPA)は収益力が低く、トレンドや市況にも左右されがちだ。国内産地での短納期生産が成り立っていた08年頃まではスペック開発力の無いバイイングSPAも高回転して高収益だったが、国内産地の崩壊が加速して生産地の海外シフトを強いられ、リードタイムが長くなって需給ギャップが肥大し消化回転も歩留まりも悪化して収益力を失った。

素材とスペックで勝てなくてもファストに調達できれば優位に立てたが、ファストに調達できなくなれば素材とスペックのガチ勝負になる。海外生産が必然となりコストインフレで遠隔地シフトが進む中、利益の源泉は調達スピードから素材とスペックの開発力へ移っていった。そのシフトをリードして優位に立ったのがユニクロであり、立ち遅れて劣後したのがH&Mだった。

今日でもアジアのアパレル産地ではファストな地産地消(いわゆる現地市場(いちば)商品)が成り立っており、そのファスト生産を産直越境ECのプラットフォームに載せたSheinやTemuの爆発的な成長をもたらしたが、素材とスペックは許容限度ギリギリに際どいもので、コストも時間も要するSPA流通では競争力は無い。

日本と同様に空洞化するイベリア半島のアパレル産地において、時代をリードしたDX投資(デジタル企画によるCAD/CAM連携のPDMとPLM※)とアパレル生産の出入り口(染色整理とCAM裁断、プレス仕上げと物流加工)を押さえたコンビナート投資で素材開発とスペック開発、ファストな生産・物流を両立させるという奇跡を実現したのがインディテックス(ZARA)だ。

スペック開発は開発組織の固定費負担を吸収できる売上規模が必要で、数十億円規模と数百億円規模では売価が倍も違ってしまう。数百億円規模と数千億円規模の開発固定費負担の違いは想像の域を出ないが、素材開発では同一価格で素材品質が2ランクほども違ってしまう。

素材開発はパートナー次第だが、ロットによるコストの低減が製品生産より格段に大きいから、売上規模とMDスケールによるロットの増幅(サイズ/カラーのSKU展開や多品番展開)が決め手になる。ユニクロはサイズ展開とカラー展開、ZARAはカラーを絞ってのサイズ展開と自社染色整理工場による面変え異デザイン展開で素材の調達ロットを稼いでおり、相応の売上規模がないと「お値打ち」で太刀打ちできない。

事業規模の足枷はあるが、アパレル事業の利益の源泉は「素材開発」と「スペック開発」に集中しており、そこで勝てないと高収益は望めない。売上規模(ロット)拡大と開発体制深耕の両輪の投資をどう采配するかが問われるから、素材メーカーやサプライヤーとの製販同盟や商品供給型FCといった策も仕組んで最短の到達を図るべきだろう。

 

※PLM(Product Lifecycle Management)・・・商品の企画・開発から生産・物流、流通・販売、二次流通までライフサイクル全体の流れを戦略的に管理・運用して品質とブランド価値、利益とキャッシュフローを最大化するITマネジメントシステムとされるが、アパレル生産ではPDM(Product Data Management)による企画側と生産側のコスト&納期見積り、CAD/CAM連携、ワークフロー管理の実務マネジメントが要となる。

 

 

 

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