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『ワコールを追い詰めた「三つの革命」』
(2025年11月25日付)
小島健輔 (株)小島ファッションマーケティング代表取締役

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 延べ千人を超える希望退職など相次ぐリストラや固定資産売却益で出血には一応の歯止めをかけたものの、コロナ明け以降のワコールの業績悪化は急激で、遡ってみれば16年3月期をピークにジリジリと業績が落ちて行ったことが分かる。ピーチ・ジョンの二の舞かと危ぶまれた海外事業の買収失敗もあったが、業績悪化の根本要因は主力の国内市場における三つの「革命」の急進にあった。

 

■業績の落ち込みが止まらないワコール

 

 26年3月期中間期(4〜9月)こそリストラ効果や固定資産売却益もあって国内ワコール事業の営業利益が見かけ上は186億3200万円と前中間期から119.3%も増加したが、固定資産売却益が大半であって事業利益は6億8400万円に過ぎない。連結営業利益も215億4100万円と前中間期から86.5%も増加したが、同様に事業利益は30億4500万円に過ぎない。国内ワコール事業の売上収益は1.8%減、連結売上収益も2.9%減と前期よりは落ち込み幅が縮まったが、売上の低下も止まっていない。

 直近本決算の25年3月期は売上収益が1738億9600万円と前期から7.1%、ピークだった16年3月期の2029億1700万円からは14.3%減少し、営業利益は前々期の34億9000万円の損失、前期の95億300万円の損失からは脱却したものの33億2800万円と、16年3月期の138億6500万円の4分の1(24.0%)に落ち込んでいる(営業利益のピークは1984年の141億700万円)。国内ワコール事業の売上も878億2800万円と前期から6.8%、ピークだった16年3月期の1205億7000万円からは27.2%減少し、固定資産売却益に押し上げられた営業利益は29億7000万円と16年3月期の88億1000万円の3分の1に踏みとどまったが、実態を現す事業利益は47億7700万円の損失に落ち込んでいる。

 

■二段階で奪われたワコールのシェア

 

 マーケットでの主導権を失って売上の減少が止まらず、資産売却で利益を補填するミノムシ装飾が常態化しているワコールだが、主力とする国内ワコール事業は二段階で落ち込んでいった。

低価格アパレルチェーンの機能下着に価格負けしてシェアを落としたのが第一段階で、ユニクロが2003年に発売した「ワイヤレスブラ」、08年に発売した「ブラトップ」(こちらは第二段階の先鋒だった)が契機と言われる。以降、消費者は手軽なアパレルチェーンの機能下着に流れ、ユーロモニターに拠れば20年段階で女性下着のシェアはユニクロが22%を占めてワコールは20%と2位に落ち、しまむらも14%を占めるに至っていた。

それでもワコールはセール依存と海外事業の拡大や買収で事業規模を保ったが、17年3月期以降は主力とする国内ワコール事業の売上が減少して連結売上も伸び悩み、19年10月の消費税増税に続くコロナで大きく落ち込んだ。国内ワコール事業の売上はコロナ明けの回復も鈍く、25年3月期も20年3月期の82.8%、16年3月期の72.8%にとどまる。その要因と考えられるのが近年の夏場の亜熱帯化で、アパレルチェーン各社が競って下着機能を兼ねた(下着を不要とする)トップスや機能下着を拡大し、ワコールのシェアをさらに奪っていったのが第二段階だったのではないか。

それを推察させるのが国内ユニクロとジーユーの合計売上と国内ワコールとピーチ・ジョンの合計売上の23年から25年にかけての明暗で、前者がこの間に14.4%伸びたのに対し、後者は14.6%減少している。増減はほぼ同率だが、前者の増加額が1711億6400万円だったのに対し、後者の減少額は158億2600万円と一桁小さく、すでに掃討戦の様相を呈している。

夏場の急激な亜熱帯化で「ブラトップ」など下着に代わるトップスや機能下着が拡大し、ワコールとピーチ・ジョンの売上を奪った構図が見えるが、それはアパレル市場(下着も含む)とインナーウェア市場の全体でも言えることだ。矢野経済研究所に拠れば、アパレル市場が23年、24年と21年のコロナの落ち込みから13%ほど回復したのに対し(それでもコロナ前19年比は93.7%にとどまる)、インナーウェア市場は21年からさらに1.1%落ち込んで回復しておらず(19年比は90.6%にとどまる)、アパレル市場に対するインナーウエア市場のシェアも21年の9.78%から24年は9.04%に落ちている。

夏場の亜熱帯化と真夏日の長期化は今年、さらに進んだから、下着機能を代替するトップスや機能下着は一段と拡大し、インナーウェア事業者のシェアを奪ったに違いない。ワコールの苦悩は深まらざるを得ないのが現実だ。

 

■あらゆる際を崩した「三つの革命」

 

 アパレルがインナーウェアを侵食するに至った背景として、社会構造とライフスタイル、それがもたらすウェアリングの構造的な変化が挙げられる。

 長く続いた日本経済の凋落に近年の円安インフレと社会保障負担の増大が加わって家計は逼迫しており、世帯主(男性とは限りません)の稼ぎだけでは足りず、配偶者や子女、引退した高齢者まで全員が働いて生計を支えざるを得ないのが現実で、女性や高齢者の労働参加率は欧米先進国を超えて限界に近づきつつある。そんな状況では主婦や高齢者に家事や育児を依存するのは難しいから、産業革命以来の核家族による家事分担が崩れて子育ても困難になり、少子高齢化が加速している。

 そんな社会とライフスタイルの変化で衣服とウエアリング、TPOも大きく変わっていった。アイロン掛けやクリーニングを要さないイージーケアはもちろん、軽量で動き易い素材と緩いパターン、TPOの簡略化と際を超えるウエアリングが進み、アパレルとインナーウェア、ナイティとルームウエア、ルームウェアとワンマイルウェアの際も崩れていった。前世紀と今世紀を分ける「衣服の社会機能革命」とでも呼ぶべき歴史的変化だったが、変化を理解できないインナーウェア事業者やアパレル事業者も少なからず、取り残される側となった。

 そんな変化を加速したのが「アスレジャー革命」だった。スポーツウェアの機能性とイージーケア、ジェンダーレス性やTPOレス性がカジュアルウェアに波及していき、トラックスーツ(ジャージの上下)がルームウェアからワンマイルウェア、果てはオシャレなタウンウェアとして広がった。アスレジャーの奔流に圧されて旧来のカントリー&ワークなジーニングは衰退し、ジーンズカジュアルチェーンやジーンズブランドの凋落を招いた。

 アスレジャーはビジネスシーンまで波及し、18年に登場した「アクティブスーツ」(機能合繊のテーラード・セットアップ)はコロナを経て瞬く間にウーステッドな既製スーツを駆逐し、今や若年世代(20代から40代)ビジネスウェアの主流となった感がある。

 女性の労働戦力化はビジネスウェアのみならずカジュアルに至るまで、ジェンダーレスな変化をもたらした。リーマンショック(08年)以前の赤文字系「愛されOL」は絶滅し、青文字系「カジュアルOL」を経てキャリア系「自立OL」に変貌した。男性目線の「可愛い」も「セクシー」もセクハラとして否定され、女性目線の「大人可愛い」や「ハンサムグラマラス」な価値観に変わっていった。その過程で大手アパレルの旧態な価値観のブランドが軒並み衰退し、女性目線に徹したマッシュグループは軽々と1000億円の大台を超え(25年8月期売上は1363億円)、小嶋陽菜の率いるハートリレーションはユトリ傘下となってもその成長と収益をリードしている。

 そんな変化の中で女性のインナーウェアも機能本意になり、かつて一世を風靡した「ビクシー」(米国のビクトリアズ・シークレット)や「ピーチ・ジョン」「ラヴィジュール」などセクシーイメージのブランドは路線変更を余儀なくされた。今やJC(女子中学生)の「初めてブラ」もワコールからユニクロやGUのスポーツブラとなり、キャリアOL向けでは機能性も備えた「大人可愛い」や「ハンサムグラマラス」なインナーブランドも台頭している。ハートリレーションの「ロジア バイ ハーリップトゥー」などその好例だと思う。

 ワコールを追い詰めたのはこの「三つの革命」であり、アパレルとインナーウェアどころかスポーツウェアとカジュアルウェア、ジェンダーの際さえ崩してファッションビジネスの世代交代をもたらした。貴方の会社は「三つの革命」に乗って飛躍した側、それとも追い詰められた側、どちらだったのだろうか?

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