小島健輔の最新論文

ダイヤモンド・チェーンストアオンライン
『「ニュウマン高輪」に感じた強烈な違和感の正体』
(2025年09月26日付)
小島健輔 (株)小島ファッションマーケティング代表取締役

 JR高輪ゲートウェイ駅直結の大型複合施設「高輪ゲートウェイシティ」の中核商業施設「ニュウマン高輪」が9月12日に開業したが、あまりに生活離れした高尚なコンセプトと偏った構成に強烈な違和感を否めなかった。首都圏ターミナルの駅ビルで連勝して来たルミネだが、乗降客数が限られる新設の高輪ゲートウェイ駅で結果を出せるのだろうか。

 

■「ニュウマン高輪」ってこんな世界

 「ニュウマン高輪」はJR高輪ゲートウェイ駅直結の大型複合施設「高輪ゲートウェイシティ」の中核商業施設としてJR東日本の商業施設子会社ルミネが開発したもので、オフィスやホテルが上層部に入るツインビル「ザ・リンクピラー1」サウス棟の1〜5階、同ノース棟の1〜5階と28〜29階(ルフトバウム)、26年春に開業する「ザ・リンクピラー2」(ノース棟の北側)の2〜3階からなる総床面積6万平米の、ルミネとしては最大規模の商業「文化」施設だ。

 3ゾーン合計165店舗が9月12日にオープンし、ポップアップストア12店舗を加えて177店舗が9月から2カ月で揃う。業種構成は、ファッション4割、コスメ・ライフスタイル3割、飲食・サービス3割で、 ファッション関連の比率が高い「ルミネ」よりライフスタイルと飲食コミュニケーションにシフトしている。

循環型ファッションの未来をつくるプロジェクト、サステナブルな価値観やサーキュラーエコノミーを体現するアパレルやバッグのブランド、リユースストアの導入などSDGs意識の高さに加え、サウス5階には自由で楽しい書店、遊び心あるアート、カフェ、オールデーダイニング、文具、雑貨が融合した大人も子どももそれぞれの価値観で過ごせる3300平米の「こもれびら」を設置している。

極め付きは28・29階の2フロア8000㎡に500本以上の植物を配した飲食フロアの「ルフトバウム」で、高級レストランやバー、割烹など1000席以上を集積している。意表を突く環境のハイセンスな飲食コミュニケーション空間で話題性は十分だが、他にお手頃なフードコートのような施設は存在しない。高邁な酔狂という印象は否めなかったが、ここからの眺望は素晴らしく、ウォーターフロントの景観はもちろん、鉄道ファンには垂涎のジオラマが見下ろせる。

足元の高輪地区住民も意識して、高級スーパーマーケットの明治屋(ノース1F)と成城石井(サウス1F)も導入しているが、動線が2F以上(内向き)と1F(外向き)で意図的に分断されており(1F店舗は「高輪リンクライン」と名付けた明治期線路跡の外側通路に面する)、館内からのアクセスは分かり難い。両店とも規模が小さく品揃えが限られ、コンビニ的な印象は否めないから、日常消費の核となる集客力は望むべくもない。

総じて高邁な理念やデザイン性が前に出て、商業施設としての業種構成や配置、利便性が詰められておらず、卓越したコンセプトで広域から薄く集客できたとしても、足元の日常消費で高い占拠率を確保するのは困難と思われる。JR高輪ゲートウェイ駅の限られた乗車人員と「高輪ゲートウェイシティ」の勤め人やホテル客、足元商圏の住民だけで「ニュウマン高輪」を維持する売上を確保できるのか、当事者ならずとも不安になってしまう。

文化的なパビリオンかお洒落な人達のソーシャル・コミュニケーションの場としては人気を集めるかもしれないが消費の拠点とはなり得ず、アクセスの偏りや駐車料金の高さ(30分500円、税込5000円以上のお買い上げで1000円分が無料になる297台の駐車場)を考えれば、人気の継続性にも疑問符が付く。

ルミネは『商業の枠組みを超えて100年先のまだ見ぬ生活価値をデザインし、単なる物販ではなく普遍的・本質的価値を追求する体験・共創を重視した施設』と謳っているから、凡人の理解を超えた高邁な思想に基づく壮大な実験場と受け止めるべきだろうが、それで膨大な投資(高輪ゲートウェイシティ全体で6000億円)を回収できるのだろうか。損失が嵩んで運賃に皺寄せされるのはごめん被りたい。

 

■錯覚から始まる「ニュウマン高輪」の現実

 こう説明してもピンと来ない人も多いと思うし、現地へ行ってみてもおそらく大半の人は後背地とのリアルな位置関係が掴めないと思う。そうなってしまうのは「高輪ゲートウェイシティ」がJRの田町操車場(東京総合車両センター田町センター)約20ヘクタールの西側13ヘクタールを再開発したもので、「高輪ゲートウェイシティ」の開業と同時に新設された「南口」を出ると正面に聳える「高輪ゲートウェイシティ」が操車場側(東側)だと錯覚してしまうからだ。

 現実には「高輪ゲートウェイシティ」は田町操車場の西側を南北に細く再開発したもので、山手線の駅はその東側に位置するから、「高輪ゲートウェイシティ」に面する「南口」は西側を向いている。「西口」と名付けてくれれば錯覚しないで済むと思うが、他には20年3 月14日の高輪ゲートウェイ駅開設時に設けられた「北口」(北西口)があるだけで、「東口」(芝浦側)は存在しない。芝浦側からは未だ完成していない全長240mの自由通路跨線歩道橋を渡って西側の「南口」にアクセスするしかないが(お化けトンネル経由だと徒歩で10分以上かかる)、鉄道マニアでない限り相当な苦行だと思われる。

 こんなことを延々と説明したのは、大型の商業施設が成り立ちそうもない立地だと言うことを実感してもらいたいからだ。実際、JR高輪ゲートウェイ駅の1日平均乗車人員(JRは乗降客数を開示していないが倍すれば近似する)は開業した20年の6,785人から24年は14,209人まで増えてはいるが、JR新宿駅の666,809人(私鉄、地下鉄を合わせれば乗降客数約350万人でギネス認定世界最多)とは桁が違う。

「高輪ゲートウェイシティ」背後の国道15号線(第一京浜)にある都営地下鉄泉岳寺駅は都営浅草線で押上駅に続く第二位の乗降客数で195,118人に達するから、JRと合わせた乗降客数は351,639人に膨らむが、京急本線との乗り換え客が大半でJR高輪ゲートウェイ駅と乗り換える客数は限られるから大幅に割り引いて見る必要がある。とは言っても、合計乗降客数はJRの225,204人と東京メトロの104,761人を合わせて340,535人が乗降する山手線の恵比寿駅に匹敵する。「高輪ゲートウェイシティ」の開業でJR高輪ゲートウェイ駅の乗車人員が大崎(145,194人)や浜松町(133,902人)ぐらいまで増えれば、泉岳寺駅と合わせた実質の乗降客数は恵比寿駅に迫ると期待できるかも知れない。

 恵比寿駅にはJR東日本の駅ビル「アトレ恵比寿」があって営業面積17,227平米で286億4000万円を売り上げているが(月坪販売効率は457千円)、営業面積が推計3万平米に迫る「ニュウマン高輪」はどれほどの売上が期待できるのだろうか。

 跨線歩道橋でも指摘したが、駅の東側(芝浦側)からアクセスするのは極めて困難だし、そもそも工場や倉庫ばかりで生活人口は限られる(品川寄りや田町寄りにはマンションも増えているが)。ちなみに25年9月段階の住民基本台帳に基づく芝浦港南地区(芝浦、海岸、港南、台場)の人口は60,514人、高輪地区(三田4〜5丁目、高輪、白金、白金台)の人口は65,569人に過ぎない(いずれも外国人を含む)。

 突出した高所得とは言え、合計12万6000人ほどの居住人口から見れば、量販店核のコミュニティセンターか、せいぜい小振りのイオンモールが成り立つかどうかという商圏規模であり、推定営業面積3万平米弱の駅ビル?が成り立つ立地とは思えない。インバウンド客が押し寄せない限り、集客も売り上げも厳しいのではないか。

 

■首都圏「駅ビル」の売上と販売効率

 「ニュウマン高輪」はJR高輪ゲートウェイ駅直結の「駅ビル」(郊外なら「駅前型SC」とも言える)だから、首都圏JR駅ビルの売上や販売効率と比較してみよう。

 首都圏のJR駅ビルで売上でも販売効率でも頂点に立つのが「ルミネ新宿」(売上561億9600万円/営業面積20,432平米)で、月坪販売効率は756千円に達する。JRの駅ビルではないが、売上では「東京ソラマチ」(568億6600万円/営業面積31,000平米/月坪販売効率505千円)が僅かに凌駕する。スカイツリーの集客力に加え、東武伊勢崎線のとうきょうスカイツリー駅と押上駅(京成線、東武線、都営浅草線、メトロ半蔵門線)に挟まれた稀有なターミナル立地だ。

それに続くのが「ルミネエスト」(売上494億9400万円/営業面積19,260平米)で、月坪販売効率は707千円とルミネ新宿に迫る。売上では「ルミネ大宮」(428億3800万円/営業面積24,275平米/月坪販売効率485千円)、「ルミネ立川」(369億7000万円/営業面積24,712平米/月坪販売効率411千円)、月坪販売効率では「ルミネ北千住」(312億4700万円/営業面積16,154平米/月坪販売効率532千円)、「ルミネ横浜」(333億3700万円/営業面積17,933平米/月坪販売効率511千円)が続くが、いずれも極めて販売効率が高い。

 郊外ターミナル駅でも吉祥寺の「アトレ吉祥寺」(254億5800万円/営業面積12,190平米/月坪販売効率574千円)、船橋の「シャポー船橋」(167億3600万円/営業面積9,027平米/月坪販売効率510千円)、千葉の「ペリエ千葉」(293億8400万円/営業面積23,780平米/月坪販売効率340千円)、山手線の非ターミナル駅でも前述した恵比寿の「アトレ恵比寿」(286億4000万円/営業面積17,227平米/月坪販売効率457千円)などはターミナル駅に遜色ない。これらはJRだけでも1日平均乗車人員が10万人を超える(私鉄や地下鉄を合わせた乗降客数は30万人以上)繁華な駅だが、もっと乗降客数が限られる駅ではどうだろうか。

 1日平均乗車人員が52,343人のJR茅ヶ崎駅の駅ビル「ラスカ茅ヶ崎」は売上147億5200万円/営業面積 12,300平米/月坪販売効率330千円とまずまずだが、同56,371人のJR辻堂駅前のSC「テラスモール湘南」は売上568億8800万円/営業面積63,000平米/月坪販売効率248千円と、営業面積が大きいだけに売上規模は大きいが販売効率はやや落ちる。JR高輪ゲートウェイ駅と1日平均乗車人員が近いJR海老名駅(JRは14,226人だが相鉄53,736人、小田急68,004人)の駅前に位置するSC「ららぽーと海老名」は売上421億円/営業面積54,000平米/月坪販売効率214千円と駅前型の強みを活かしてまずまずの効率だが、同じららぽーとでも1日平均乗車人員が13,645人と限られるJR武蔵野線、新三郷駅前の「ららぽーと新三郷」は売上252億円/営業面積59,400平米/月坪販売効率117千円と格段に厳しい。

 JRの1日平均乗車人員だけ見れば、高輪ゲートウェイ駅は新三郷駅や海老名駅並みだが、「高輪ゲートウェイシティ」の開業でインバウンド客も動員し、都営地下鉄浅草線の泉岳寺駅を加えた実質乗降客数は恵比寿駅に迫っていくのでは。などと当てずっぽうなことを言えば、『志も格も違う、こちらは100年先の未来を作ろうとしている』とルミネに叱られそうだが、逆に言えば今日のリアルな生活感を欠いているわけで(今風の生活感をリードする「アトレ恵比寿」とは対照的)、パワーカップルな?芝浦港南地区の60,514人、セレブな?高輪地区の65,569人の日常ライフスタイルに寄り添わなければ集客も売上も目論見に届かない、というリスクは否定できないのではないか。

論文バックナンバーリスト