小島健輔の最新論文

ダイヤモンド・チェーンストアオンライン
『従来型のカイゼンは限界に……賃上げをめざすアパレルチェーンが急ぐべき構造改革の要諦』
(2025年04月21日付)
小島健輔 (株)小島ファッションマーケティング代表取締役

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 若年労働人口減少とインフレによる賃金上昇と人手不足がチェーンストア経営を圧迫しているが、労働生産性の上昇という原資がなければ「賃上げ」は利益を食い潰すだけだ。では、どうすれば労働生産性を上昇させることが出来るのか。従来の事業構造と運営の枠内で「カイゼン」を続けても限界があるから、枠組みを変えてブレイクスルーする必要がある。

 

■賃金構造基本統計に見る若年・女性の賃金上昇

 2002年以来、停滞が続いていた賃金水準も22年から物価とともに上向いたが、厚生労働省の毎月勤労統計によれば22年は現金給与が1.9%伸びても物価が3.0%上昇して実質は1.1%のマイナス、23年も現金給与が1.3%伸びても物価は3.8%も上昇して実質は2.5%のマイナス、24年は賃上げ機運が高まって現金給与が2.9%も伸びたが物価も3.2%上昇し、実質は0.2%減と3年連続(物価が0.3%低下した21年を除けば6年連続)の実質減少となった。とは言っても、世代や男女によって賃金の伸びは異なり、若年・女性労働者の賃金上昇は全体平均を抜け出して加速している。

厚生労働省の賃金構造基本統計に拠れば、23年は男性平均が2.6%伸び、20〜24才は4.0%/25〜29才は3.3%と平均を上回ったが、女性平均は1.4%しか伸びず、10代は5.6%と大きく上回っても25〜29才は2.1%、30〜34才は2.2%と僅かに上回るにとどまった。それが24年になると状況が一変し、女性の伸びが4.8%と男性の3.5%を凌駕した。男性では10代が6.5%、30〜34才が4.7%、45〜49才が4.8%と全体平均を上回っても20代が平均を下回るなど若年世代全体が押し上げられたわけではなかったが、女性では20〜24歳、25〜29歳が5.0%、35〜39才が5.3%、45〜49才が5.8%と大きく伸び、その間の世代も全体平均の4.8%に前後するなど、20代から40代まで幅広く賃金が伸びた。

結果、男女間賃金格差も75.8%と前年から1.0ポイント、2001年からは10.5ポイント縮まり、男性から女性へ、壮年から若年へ所得移転が進んだ。とは言っても、この3年間の賃金上昇率は男女計で7.5%、男性6.7%、女性8.6%でもインフレ(総合物価)は10.4%に及ぶから、実質賃金の目減りには変わりない。

この2年間のインフレに抗して実質賃金をプラスにするには年率5.07%、女性や新卒者ではそれ以上の賃上げが必要だったが、事業構造も運営システムも変えないままの「カイゼン」では限界は目に見えている。ならば、どんな手を打っていけば良いのだろうか。

 

■アパレルチェーンに見る効率と人件費の格差

 矢継ぎ早の大幅賃上げでも給与の絶対水準でも突出しているのが国内ユニクロ事業としまむらだが、それを可能にしている労働生産性の秘訣はどこにあるのだろうか。一人当たりの平均人件費(会社負担社会保険料など福利厚生費も含む)はしまむらで572.5万円(25年2月期)、国内ユニクロで推計542.0万円(24年8月期)で、アダストリアの396.8万円(25年2月期)やハニーズの339.1万円(24年5月期の国内従業員)を大きく引き離している。

 それだけの報酬を払える原資は「一人当たり売上」であり、国内ユニクロは3844.0万円、しまむらは4263.9万円とさらに高い。国内ユニクロはアダストリアの2194.5万円を75.2%も上回り、ハニーズの1671.0万円の2.3倍に達する。しまむらはアダストリアを94.3%も上回り、ハニーズの2.55倍に達する。

それを可能としているのが店舗規模の大きさで、国内ユニクロは平均1048平米/9億9254万円、しまむらは1010平米/2億9717万円に達するのに対し、アダストリアは226.3平米/1億8360万円、ハニーズは227.4平米/6476万円にとどまる。平米あたりの販売効率は国内ユニクロが最も高く95.2万円、次いでアダストリアが80.5万円、しまむらが29.4万円、ハニーズが28.5万円と格差が大きいが、店舗規模と運営システムの違いで一人当たり保守面積がしまむらの145.0平米、ハニーズの58.7平米、国内ユニクロの40.4平米、アダストリアの27.0平米と大きく異なり、前述した一人当たり売上の格差につながる。

着目すべきは、一人当たり売上につながる店舗規模と一人当たり保守面積の拡大だ。国内ユニクロが19年8月期からの5期間で店舗規模を93平米(9.74%)/2627万円(2.72%)拡大し、しまむらは20年2月期からの5期間で店舗面積こそ3平米しか拡大していないが売上は6093万円(25.8%)も積み上げている。

この間に国内ユニクロの平米あたり売上は6.8%減少したが一人当たり保守面積が30.6平米から40.4平米に32.2%も拡大し、一人当たり売上は23.2%も増加している。RFIDタグ一括読み取りのセルフレジなど店舗DXが貢献したことはまちがいない。しまむらの一人当たり保守面積は国内ユニクロのような店舗DXが進まず5期間に3.4平米(2.4%)しか拡大しなかったが、平米あたり売上は商品政策の原点回帰で5期間に25.5%も上昇し、一人当たり売上は28.4%も増加している。

国内ユニクロの一人当たり粗利益額はこの間に34.1%増加し、一人当たり人件費は推計36.0%も上昇している。しまむらの一人当たり粗利益額もこの間に37.1%増加し、一人当たり人件費は28.7%上昇している。

一方、アダストリアの店舗規模も5期間で20.2平米(9.8%)/2583万円(16.4%)拡大し、平米あたり売上が5.1%、一人当たり保守面積も2.7平米(11.1%)拡大して、一人当たり売上は18.0%増加した。一人当たり粗利益額も16.2%増加し、一人当たり人件費も21.2%増加しているが、伸び率も絶対水準も国内ユニクロやしまむらとは格差がある。

ハニーズも5期間に店舗規模を9.2平米(4.2%)/871万円(15.5%)拡大し、一人当たり保守面積は1.8平米(3.1%)しか増えなくても平米あたり売上が10.9%上昇し、一人当たり売上は13.5%増加した。粗利益率の上昇(+2.6P)もあって一人当たり粗利益額は18.7%増加し、一人当たり人件費も17.0%増加しているが、伸び率も絶対水準も国内ユニクロやしまむらとは格差が大きい。

国内ユニクロやしまむらとアダストリア、ハニーズの効率格差は一人当たり人件費の水準に直結しており、コロナを挟んだ5期間の伸び率にも差があって格差が広がった。結局のところ、『給与の支払い能力を高めるには一人当たり売上/粗利益を年々伸ばしていくしかなく、それには一人当たり保守面積=店舗規模の拡大と店舗運営の効率化が必定』という経営理念が通底しているかどうかだ。当たり前に思うかもしれないが、給与水準は業績に左右されるものと錯覚している経営者が未だ少なくない。経営者たるもの給与水準の向上を第一義として経営戦略を組み立てるべきであり、それ無くしては少子高齢化とインフレが進む今日の我が国ではガバナンスが成り立たず、業績も上向かない。

 

■店舗運営を効率化する4つのポイント

 ではどうすれば店舗運営を効率化し、一人当たり売上/粗利益を年々伸ばしていけるのだろうか。内外の有力アパレルチェーンの成功事例から見て大きく4つの施策があると思う。

1)店舗規模の拡大と標準化

2)店舗DXとマテハンのプレハブ化

3)ECの拡大と店在庫引き当てシフト 

4)ローカルOMOマーケティングで店舗網を再配置

 「店舗規模の拡大と標準化」は最も基本的な施策だが、店舗面積の拡大にはラインロビングやMDの「縦売り」化、ライフスタイル業態化が必要で、売上が付いて来ないと販売効率も人時効率も却って低下してしまう。「縦売り」「横売り」バランスなどのMD政策とVMD手法、物流が一致してマテハンが定型化されないと運営人時量が嵩み標準化から遠のくから、日間週間の店舗作業工程をロジスティクスから精緻にシミュレーションする必要がある。

「店舗DXとマテハンのプレハブ化」は店舗運営効率化の要で、RFIDとAIカメラで在庫管理やフェイシング管理を効率化したり一括読み取りセルフレジで精算人時量を圧縮する一方、生産仕上げ段階や出荷段階で店舗タイプ別にSKUフェイシング量をバンドル化して陳列番地表記するなどプレハブ化すれば店舗のマテハン人時量を圧縮できる。マテハンについてはプレハブ化に加え、ギャップやユニクロで見られるような専門スタッフや派遣スタッフの活用という選択もある。

「ECの拡大と店在庫引き当てシフト」は店舗ではなく事業全体の運営効率と人時効率を画期的に高めるものだ。店舗販売の人時効率はどう効率化しても限界があるが、販売に人手を要さないシステム販売のECは出荷倉庫運営を除けば店舗販売の10倍以上の人時効率が可能だから、EC販売比率が高まるほど人時効率は加速度的に高まっていく。手数料率の高い外部モールサイトに依存する場合はともかく、自社サイト中心に運営するEC部門のセグメント営業利益率は店舗部門を15ポイント以上上回る。

ECの収益力の足を引っ張るのは外部モールサイトの手数料とFC(出荷倉庫)運営費、宅配外注費で、出荷単価が低いと僅かな利益しか残らない。全国区展開のナショナルチェーンならFCを廃して店在庫引き当てのローカル店出荷/店渡しにシフトすれば、FC運営費が不要になり宅配外注費も半減するから、店出荷のマテハン人時量が多少増えても収益力は格段に高まる。ローカルな店出荷はセントラルなFC出荷より1日ほど着荷が早くなり、店渡しなら最短で注文から30分後には受け取れるから顧客利便が高まるのはもちろん、店受け取り来店客による追加購入も期待できる。

ECをオープン・プラットフォーム化して外部商品の受け取りが広がれば、来店客数が増えて新規顧客獲得にもつながる。店舗販売とECの顧客別売上履歴を統合してローカル管理すれば在庫の配分精度も高まり、全体の在庫効率も高まる。

それを店舗網の再配置に繋げるのが「ローカルOMOマーケティング」で、顧客別売上履歴を統合してローカル管理し、店在庫引き当てのEC出荷/店渡しにシフトすれば、店舗網の理想的な再配置が可能になる。おそらく世界で最初にそれを実行したのが「ZARA」のインディテックス社で、コロナ前20年1月期から直近25年1月期までの5期間で平米当たり売上は49.4%、一店平均売上は81.2%も跳ね上がり、EC販売比率も13.9%から26.4%に上昇している。米国アバクロ社の急激な業績復活もインクルーシブ・マーケティングに加え、ローカルOMOマーケティングによる店舗網の再配置が押し上げた。

この4つの施策は「店舗規模の拡大と標準化」が実は最も難易度が高く、「店舗DXとマテハンのプレハブ化」はDXの設備投資も嵩む。「ECの拡大と店在庫引き当てシフト」はOMS(受注引き当てシステム)などシステム変更さえクリアすれば、投資も軽く効果が大きい。それを果たせば「ローカルOMOマーケティング」も容易になるから、時間をかけて店舗網を再配置していけば年々、人時効率が上昇して他社を凌駕する賃上げを継続できる。真摯に検討してはどうだろうか。

 

 

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