小島健輔の最新論文

ダイヤモンド・チェーンストアオンライン
『消費と社会の「多変数複雑系」な変容に直面するアパレルビジネス』
(2025年04月07日付)
小島健輔 (株)小島ファッションマーケティング代表取締役

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 消費とりわけ衣料消費は気候変動のみならず景況感や実質所得、世代構成や家族構成、女性の労働力化など社会変化に大きく左右されている。24年の統計が出揃ったところで、消費と社会変化を総括してアパレルビジネスへの警鐘としたい。

 

■インフレと賃上げが相剋した24年の消費

 チェーンストア売上総額は前年から3.9%減、19年からは4.7%減、食品売上は前年から3.8%減、19年からは11.0%増、衣料品売上は前年から10.2%減、19年からは24.5%減だった。食料品は健闘したように見えても、前年から4.3%、19年からは19.4%もインフレしているから、実態は前年比7.8%減、19年からは7.0%減と見るべきだ(全て店舗調整前)。

 全国百貨店売上総額はインバウンドに押し上げられて5兆7722億円と前年から6.8%、19年からも3.6%増加、同衣料品も前年から6.2%増加したが、19年からは8.0%減と回復は鈍い。総額には免税売上高が前年から85.9%増の6487億円(総額の11.24%)も含まれるから、国内客売上は5兆1234億円と前年から1.4%増、19年からは2.0%減と完全には回復していない。経済産業省の商業動態統計でも小売業売上全体は前年を2.5%、19年を15.3%も上回ったが、衣服・身の回り品小売業売上は前年から2.8%増えても19年は20.4%も下回った。

総務省の家計調査(二人以上世帯)では支出総額が前年から名目2.1%、19年からは3.1%増えたが、インフレで目減りして実質は前年から1.1%減。被服・履物支出は前年から名目3.5%、実質1.1%増えても19年からは名目11.7%減にとどまった。22年から続くインフレで物価が19年比で10.0%、00年からは14.1%も上昇し、実質支出は19年比で16.5%、00年比では17.1%も目減りしている。

食料品の値上がりでエンゲル係数が28.3%と19年から2.6ポイント、今世紀に入って最も低かった05年からは5.4ポイントも跳ね上がって生計が圧迫され、被服・履物係数は3.33%と19年から 9掛けに、00年からは65掛けに激減している。うちアパレル(洋服とシャツ・セーター)も1.98%と19年から9掛け、00年からは65掛けとほぼ同率に落ちている。

厚生労働省の毎月勤労統計では24年の現金給与は前年から2.9%増加しているが、3.2%というインフレに負けて実質賃金は0.2%減と、前年の実質2.5%減、前々年の実質1.1%減と3年連続で実質所得が減少している。コロナ前19年から累積すると現金給与が5.4%増えた一方で物価が10.0%インフレし、実質所得は4.2%減少したことになる。

この間に消費課税を含む国民負担率は44.2%から22年には48.4%に跳ね上がり、24年は定額減税などで45.8%に低下すると財務省はアナウンスしているが、信用する国民はいないだろう。仮に46.0%として計算すれば、手取り名目所得は19年から7.3%減少する。

25年に入ってトランプ関税などの不透明要素が大きくインフレは加速しており、自動車業界などが賃上げをリードする環境ではなくなって来ているから、前年を超える賃上げ率への着地は難しく、通年で4年連続しての実質賃金減少が避けられそうもない。

 

■世代間・男女間所得移転と核家族崩壊という社会変化

実質賃金の減少が続くと言っても、若年世代と壮年・熟年世代では状況が異なり、少子高齢化の将来に備えて若年世代への社会的所得移転が加速している。

深刻な人手不足から初任給を筆頭に20代の給与は急騰しており、賃上げの恩恵を受ける20〜30代と賃上げの恩恵が薄く教育費や住宅ローン、介護保険料負担、累進課税と所得控除圧縮のステルス増税がのしかかる40代以上で明暗が二極化していく。すでにその傾向は顕著に表れ始めており、世代別所得伸び率はもちろん、「推し」(カルチャー)消費やブランド消費でもZ世代、Y世代の勢いが加速する一方、X世代以上の大人たちは生活防衛のトレーディングダウン(格下げ消費)を強めている。

社会的所得移転は男性から女性へも進行している。かつてはパートや補助職の性格が強かった女性労働者も男性と対等に成果と所得を競う実力勝負に移行しており、男性社会と似たような女性間の階級闘争が熾烈化してマウンティングと媚びの関係が衣料消費も変容させている(2月3日掲載の『ルミネ新宿4館に見る「棲み分け」と「女性目線のマーケティング」の妙』を参照されたい)。

そのルミネなど駅ビルや都心商業施設のアップスケール化は危うさを感じさせるほど急ピッチで、インバウンド頼みのラグジュアリーブランドはともかく、キャリア女性向けや消費力が高まる若者向けのワンクラス上ブランドへの入れ替えが目立っている。それは郊外やローカルでの大人世代やファミリー世代へ向けての等身大なトレーディングダウンとは真逆で、社会的所得移転の現実を痛感させる。

郊外やローカルでは「ファミリー対応」を謳うリニューアルや新店舗が目立つが、少子高齢化が急進する中、子育て世代は急減しており、22年段階で「夫婦と未婚の子供」という「核家族」は全世帯の25.8%、18歳未満の児童のいる世帯は同18.3%しかなく、その母親の75.7%(その40.2%が正社員)が仕事を持っている。女性の労働力化は既に欧米の水準を超えて限界に達しており、今後は正社員化・高キャリア化・高所得化して有職女性への所得移転が進むことになる。

そんな現実の中で、団塊ジュニアの「ニューファミリー」がブームとなった90年代(30年も前ですよ!)のような幻想を抱いているとしたら、相当な時代錯誤ではないか。ファミリーエンターテイメントや子供服・玩具への過大な期待、母親による夫や子供の服の代理購買期待など、異世界の幻影ではないかと訝りたくもなる。

 

■温暖化より賃上げとインフレが大きく売上を動かした

 もうひとつ、データを集計して意外に思ったことがある。それは温暖化による売上の季節指数・月指数の変化より賃上げなどの景況動向の方が影響が大きかったことだ。

 24年10月16日に掲載した『「亜熱帯化」でも売上を伸ばすユニクロ、伸び悩むアパレルとの違いとは』で温暖化が売上の季節指数・月指数を大きく変化させたことを検証したが、24年8月までの12ヶ月を10年前の12ヶ月間と比較したら大きく変化していたのに、25年2月までの12ヶ月(24年)をコロナ前20年2月までの12ヶ月(19年)と比較したら全く違う結果が出た。

近年の日本の季節推移は温帯から亜熱帯へ変化しているから実態とは多少ずれるが、上場各社の四半期売上(月次の売上実額は開示がない)を反映すべく春期は3〜5月、夏期は6〜8月、秋期は9〜11月、冬期は12〜2月とした(百貨店と国内ユニクロは月末締め、しまむらは20日締め)。

 全国百貨店「衣料品」の14年の売上季節指数は秋冬期52.18%対春夏期47.82%と秋冬とりわけ冬期に偏っていたが、24年では秋冬期51.03%対春夏期48.97%と1.15Pも動いたから、温暖化の影響は顕著だった。とりわけ、「亜熱帯化」した夏期は21.63%から22.94%へ1.31Pも上昇していた。より変化が顕著だったのが国内ユニクロで、14年は秋冬期56.68%対春夏期43.32%という極端な秋冬偏重だったのが24年は秋冬期52.00%対春夏期48.00%とシーズンバランスは4.68Pも動いた。百貨店「衣料品」と同様、夏期は20.42%から22.60%へ2.18Pも動いたことが特筆される。

 そんな中でも、バラエティを揃えての売り切り「横売り」型で年間の山谷が無いしまむらは14年の秋冬期49.73%対春夏期50.27%から24年でも秋冬期49.03%対春夏期50.97%と0.70Pしか動かず、夏期も25.30%から25.64%と0.34Pしか上昇しなかった。同一商品を大量継続販売する「縦売り」のユニクロとのボラティリティの違いが如実に現れている。

 今回、25年2月までの12ヶ月間(24年)をコロナ前20年2月までの12ヶ月間(19年)と比較したが、全国百貨店「婦人服」売上の売上季節指数は19年の秋冬期50.68%対春夏期49.32%から24年は秋冬期51.81%対春夏期48.19%と、前回の全国百貨店「衣料品」(今回は「婦人服」)とは逆に秋冬期が1.13P上昇し、亜熱帯化が顕著な夏期さえ23.18%から23.04%へ0.14P落ちている。国内ユニクロは19年の秋冬期54.85%対春夏期45.15%から24年は秋冬期54.49%対春夏期45.51%と春夏期は0.36P、夏期さえ20.34%から21.43%へ1.09Pしか上昇していない。しまむらに至っては、19年の秋冬期49.35%対春夏期50.65%から24年は秋冬期50.32%対春夏期49.68%と秋冬期が0.97P上昇し、夏期も25.05%から24.96%へ0.09Pと僅かながら低下している。

 亜熱帯化の影響は夏期の売上増加というより秋期(特に9〜10月)の売上減少が大きいが、19年比では消費税率増税(19年10月から8%➡︎10%)に伴う駆け込みと反動の方が大きかった。全国百貨店「婦人服」の19年9月の月指数9.44%が24年9月は7.32%と2.12Pも落ち込み、逆に同10月は19年の7.52%が24年は8.46%と0.94P上昇している。

 全国百貨店「婦人服」売上の春夏シフトが思いの外進まなかったのは、季節毎の売上19年比の差に起因している。春期が98.3%、夏期が101.5%、秋期が99.0%と伸び悩んだのに対して冬期が110.0%と大きく伸びたからだが、前年比も11〜1月は合計106.8%と伸びており、賃上げとボーナス増加による消費支出の伸びが寄与したと思われる。

国内ユニクロの24年の季節毎の売上を19年と比較しても、春期は13.0%増、夏期は22.7%増、秋期は14.4%増、冬期は16.9%増と夏期と冬期の伸びが大きい。しまむらも同じく春期は23.1%増、夏期は27.1%増、秋期は28.7%増、冬期は31.4%増と冬期、次いで秋期と夏期の伸びが大きかった。既存店売上前年比で見ても、国内ユニクロの8月(+25.3%)、9月(+22.1%)、12月(+15.3%)、6月(+14.9%)は際立っている。

 主要上場アパレルチェーン9社※平均既存店前年比で見ても、24年は賃上げ効果とボーナス増効果が波及した夏期(+4.1%)と冬期(+2.3%、11〜1月は+4.9%)の伸びが大きく、6月、8月、9月、11月、12月が6.0%を超えた。現金給与の伸びが大きかったのは6月(4.5%)、7月(3.4%)、11月(3.9%)、12月(4.4%)、消費者物価の伸び率と相殺した実質所得がプラスとなったのは6月(+1.1%)、7月(+0.3%)、11月(+0.5%)、12月(+0.3%)の4ヶ月だけで他はマイナスだったから(執筆段階では25年2月は未発表)、所得の伸びが衣料消費に直結したことが見て取れる。

 

■アパレル経営は「多変数複雑系」と覚悟せよ

業界が躍起になった温暖化、亜熱帯化より、もちろんファッショントレンドより、消費税増税やインフレと賃上げの方が大きく売上を動かしたということになる。上場アパレルチェーン各社の売上伸び率を客単価と客数に分解して経年変化を追うと、22年以降のインフレ対応の巧拙が客数と売上に直結していることも明白で、インフレ時代の価格政策(同時に品質政策でもある)が業績を大きく左右している。結論から言うと、価格を多少(シーズンによるが4〜8%)上げても品質を追求するのが「正解」だったが、詳細は別の機会に譲ろう。

アパレルの売上や利益を左右するのは天候やトレンドだけでなく、経済や消費の環境、サプライや物流の環境、マーチャンダイジングや在庫運用の戦略とスキル、店舗の布陣や運営とロジスティクス、組織ガバナンスや現場のモチベーションなど様々な要素が複合する「多変数複雑系」であり、多くのコンサルタントが提唱するような異様に単純化された図式で解決できるものではない。「多変数複雑系」の全てを読み切るのは不可能だが体系化して「見える化」することは可能で、内外の状況を単純化せず複雑系の全方位に目を光らせ続けるのがアパレルに限らず経営の鉄則だと思う。

 

※上場アパレルチェーン9社・・・国内ユニクロ、良品計画衣料品、アダストリア、ユナイテッドアローズ、ハニーズ、バロックジャパン、ライトオン、しまむら、ワークマン

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