小島健輔の最新論文

ダイヤモンド・チェーンストアオンライン
『百花繚乱のアパレルDXを見極める「4つのポイント」とは』
(2025年02月10日付)
小島健輔 (株)小島ファッションマーケティング代表取締役

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 CADにAIモデリングが加わってバーチャルサンプルやAIモデル装着が現実になり、工場と発注者を繋ぐPDMがクラウドサービスでグローバル化し、PLMで製品ライフサイクルを管理するのが当たり前になる中、ECのOMSとPOSのトランザクションやPDM、PLMとERPの棲み分けが課題となるなどアパレルDXの変化は急激だ。それに加えてAI駆動の生産工程最適化や製品在庫最適化のクラウドサービスが競われるとなれば、それぞれの段階を効率化・最適化する様々なシステムをどう選択して組み合わせ、自社にとっての「全体最適」を実現するか、サプライチェーンも時空も鳥瞰する見極めが問われることになる。

 

■様々な局面で急進するアパレルDX

  アパレルのDXは90年代の欧米におけるCAD企画・マーキングとCAM裁断の連携に始まり、10年代に入ると韓国CLOバーチャルファッション社が開発した3Dモデリングソフト「CLO」の登場によって商品企画のデジタル化とオンライン化が急進。今やバーチャルサンプルをAIモデルに着せてECサイトやSNSに掲載して受注が先行し、生産が週サイクルで後追いするという「無在庫タイムマシン・マジック」さえ現実にするに至っている。デジタル企画に入るまでのアイデア出しも、AIクローラがネット世界を一周するトレンド情報学習と2D/3Dモデリングで極めてスピーディだから、従来のアナログなプロセスに比べればタイパもコスパも突出している。

 後出しジャンケンのタイムマシン・マジックが成立するのは「SHEIN」などファストファッションの産直越境ECに限られるが、CAD・CAMオンライン連携によるリードタイム短縮は欧米や中国で広く浸透し、一昔前には中国レッドカラー社による7Daysパターンオーダーを成立させて我が国のカシヤマ・ザ・スマートテーラーにも波及するなど、すでに一般化した感がある。

 CAD企画はオンラインCAM連携によるリードタイム短縮、バーチャルサンプルをAIモデルに着せての生産に先行するEC/SNS掲載だけでなく、オフショア遠隔地の工場と生産仕様やコスト、納期をスピーディに擦り合わせ、発注後の生産工程進行をリモート管理するPDM(製品開発管理)プラットフォームの普及ももたらした。商社が管理する我が国のオフショア生産は未だアナログなやりとりが残って複数回のサンプル製作を要するが、欧米のアパレルやコントラクター(OEM/ODM事業者)とアジア/アフリカの工場との間ではCoats Digital社のGSDCostソリューションなどの英語圏PDMクラウドサービスが広く活用されている。我が国のPDMベンダーは未だ国内工場を主対象とする日本語版が大勢であり、言葉とプラットフォームの壁が災いして我が国のアパレルビジネスがグローバルなサプライチェーンからスポイルされるリスクさえ危惧される。

 生産仕様とコスト、納期が確定して発注して以降は、発注進行と生産・物流進行、入荷から在庫配備、販売消化と売上金回収まで製品在庫の編成と運用を見える化するPLM(製品ライフサイクル管理)に役割が移る。PDMとPLMは製品段階が重複するが、PDMは開発現場が実務活用するものでCADデータがやり取りされるのに対し、PLMはマーチャンダイジングの進行を経営サイドで管理するものでCADデータのやり取りはない。システムベンダーによっては両者の区分けも異なるので、ざっくりとした認識と受け取って頂きたい。

PDMは受注側の行程管理にも使えるが、PDMもPLMも発注側の業務を効率化するものだ。縫製工場の生産工程を最適化するには生産規模や人時コスト、CAM機器や各種専用工業ミシンの装備などを考慮してTSS方式やバンドル方式など生産方式を構築し、それに適した「生産行程最適化アプリケーション」を選定する必要がある。

※CAD・CAM・・・コンピュータ・グラフィック支援の設計(CAD)と製造(CAM)。アパレルではCADはデザインからパターンメイキング、マーキングまでの設計、CAMは自動裁断機を指すことが多い。

※PDM(Product Data Management)・・・企画と生産のCADデータ連携、コストと納期の見積り、ワークフロー管理の実務マネジメントシステム。

※PLM(Product Lifecycle Management)・・・商品の企画・開発から生産・物流、流通・販売、二次流通までライフサイクル全体の流れを戦略的に管理・運用して品質とブランド価値、利益とキャッシュフローを最大化するマネジメントシステム。

 

■OMO/リテールメディアとERP

 製品の販売段階は店舗販売のPOS(販売時点管理)システムとオンライン販売のOMS(受注管理システム)が連携してIMS(在庫管理システム)が作動し、WMS(倉庫管理システム)に指示がいくという構図だ。この構図が時差なく連携して見える化していないと、「在庫最適化アプリケーション」も期待するような成果はあげられない。

日締めのバッチ管理で開発されたPOSとオンラインのリアルタイム管理が要求されるOMSをトランザクションしてはギャップが生じるし、そもそも店舗在庫と店舗向けのDC在庫、EC向けのFC(Fulfillment Center)在庫を別途管理しては在庫運用に壁があって移動にも時間とコストを要する。顧客利便とエンゲージメント、在庫効率向上と物流コスト削減を図ってOMOを推進するなら、どちらも一元化してセントラルロジスティクスとリージョナルロジステイクスに再構築する必要がある。

 取り寄せ試着やEC注文品の店受け取り/店出荷のOMOは顧客エンゲージメントを含め本来、ローカルに運用するものだから、リージョナルロジスティクスの方がコスパもタイパも格段に高い。ECと店舗の顧客情報を一元化してOMOアプリとiD-POSで個客にリコメンドするのが基本で、それができればリコメンドやクーポン発行を外販するリテールメディアにも道が開ける。

 商品開発から販売まで各プロセスを統合して経営管理するのがERP(基幹情報システム)で、人材と資材・製品と資金の運用を見える化して「全体最適」で管理する。会計管理と人事管理にPOSやPDM/PLM、EC絡みのOMSやWMSなどが繋がって接続が複雑になり負荷が重くなって、システムベンダーのパッケージやフルスクラッチで開発して長期間が経過したオンプレミスな基幹システムは限界に近づいているケースが多いとされる。

基幹システムに直結する必要のないシステムは別途にクラウド運用してバッチな出力データを活用するなど基幹システムの負荷を軽減して時間を稼ぎながら、抜本的なリプレースへ構想を固めていくのだろうが、クラウドが定着しAIが急速に普及する今日では各段階のシステムも高度化しており、ERPの役割は限定されていくのではなかろうか。

※OMO(Online Merges with Offline)・・・ネットと店舗の垣根を超えた連携を意味し、ショールーミング(店舗からネット)による情報取得で店舗やネットの購入を促進したり、ウェブルーミング(ネットから店舗)による店取り置きや店渡し(BOPIS)、店出荷で顧客利便と在庫効率を高め物流コストを抑制するリテール戦略。

※DC(Distribution Center)とTC(Transfer Center)とFC(Fulfillment Center)・・・・入荷した商品を棚入れしてからピッキングして出荷する保管型のDCに対し、棚入れせず仕分けして送り出す通過型の物流施設がTCで、FCは通販の出荷用DC。

 

■調達方式に適したシステムの組み合わせ

 アパレルDXで要となるのが、誰が何を目的として活用するのか、導入前に目的に必要な交通整理はできているのか、という二点だ。

 アパレルの商品企画・開発・調達プロセスを効率化するには企画段階からのデジタル化が不可欠だが、プランナーやデザイナーが2Dや3DのCADを使いこなすのが必須というわけではない。AIがモデリングした原案やどこかで見つけて来た画像を読み込んで、AIがサポートする半自動CADを操作すれば意図するイメージが容易に造形できる。

そこから2Dパターンを作成して3Dモデリングするのはパタンナーの仕事だが、データベースの類似アイテムの2Dデータを修正する作業だから手早く進むし、3Dモデリングもバーチャルモデルへの装着もAI駆動で格段に速く高解像度に仕上がるようになった。必要なら動きを付けて見せるのも簡単だから、容易にイメージが分かって企画の決定も早くなり、修正もCAD上で手早く済む。

決定した企画を2Dパターンと縫製仕様書に落としてクラウドに上げ、コントラクターや工場とオンラインで生産仕様とコスト、納期を擦り合わせ、必要なら工場を変えてシミュレートして決定し、多くの場合は一回のサンプリングで修正を加えてCAD上で確認し、発注することになるのだろう。完成度やタイパを追求する発注者は自社でグレーディングしてマーキングも済ませ、CADデータを工場のCAM裁断機に直送したり、ZARAのように自社で裁断まで済ませて付属も用意して工場に送るという方法も選択される(この場合は工賃払いになる)。

以上は発注者が直接に工場やコントラクターと仕様、コスト、納期を詰めていく方式で、クラウドベースのPDMが必須になる。工場と直取引するブランドメーカーやコントラクターには必須だが、アパレルチェーンの多くはコントラクター(OEM/ODM事業者)に商品の開発・調達を依存する製品仕入れであり、PDMを使う意味がない。ならば、製品仕入れのアパレルチェーンにおいては、マーチャンダイジングを総覧して製品調達の進行とコスト・納期を管理し、POSと連携すれば消化進行まで管理できるPLMの方が適しているということになる。

もちろん、バイヤーやマーチャンダイザーが2Dや3DのCADを触る必要もないが、クローラがネット世界の最新トレンドを学習してモデリングしてくれるAIサービスを活用するメリットは大きいから、それを使える程度のスキルは必要だ。フォトショップ程度の難易度だから、数時間も触っていれば誰でも自然に使えるようになる。その2D/3Dビジュアルがあれば、コントラクターに対する商品企画要望(ODM)も仕様作成依頼(OEM)も極めて具体的でスムースになるから(相手もCADに落とし込める)、一石二鳥のメリットが期待できる。

具体的なケースを知る機会は限られるが、Z世代向けのD2CアパレルでM&Aも駆使して急成長しているyutoriは年商43億円段階の24年3月期に米セントリックソウトウエアのPLMを導入している。同社はZ世代のフィルターバブルなマイクロマーケットをSNSで捉える年商一億円未満から10億円弱の28ブランドを展開して23年12月に東証グロースに新規上場した注目アパレルで平均年齢23.8歳の若者企業だが、幹部は金融やIT出身でアパレル出身者が存在せず、その経営センスは想像を超える強かさがある。

同社の各ブランドは企画・MD・SNS担当の3人で運営されており、デザイナーやパタンナーは抱えていない。取り組むOEM業者が企画担当の提案を縫製仕様に落としてサンプルを作成し、アナログなやり取りでZ世代にウケる「下北系」アパレルを生み出している。仕様開発も生産手配も外注の製品仕入れだからPDMは必要なく、マーチャンダイジングを総覧して製品調達の進行とコスト・納期を管理し、POSと連携して消化進行まで管理するPLMが適切であるのに加え、まだ事業規模が限られるのでERPが存在しておらず、販売管理をPLMでカバーする必要があった。PLMがカバーできない経理処理はフリー会計を使っている。

セントリックのPLMを導入しているのはオンワードやワコール、アシックスなど、直接に工場を管理する調達も多い大手企業が目立つが、大手では社内商社的開発セクションが調達を担っており、そちらではPDMが使われていると推察される。

※マーキングと収率・・・・デザインを縫い代も確保した工業パターンに落として縫製パーツに分解し、柄の合わせや織地の方向に違和感がないよう無駄なく使えるよう、一定幅の素材にパーツをレイアウトする工程がマーキング。その際の素材利用率を「収率」と言い熟練職人は85%を目安とするが、最新のマーキングCADはその水準を超えている。

※フィルターバブル・・・・アルゴリズムで最適化された検索とレコメンドで心地よい情報だけに包まれるネット現象を言い、似たような仲間だけがシンクロしてネット空間に細分化されたクラスターを形成する

 

■在庫最適化には前提の整理が必須

 インフレも災いして衣料消費が伸び悩む中、適時・適量に配分して欠品なく補給する一方で過剰な在庫を再配分あるいは集約して消化を最速化する「在庫最適化アプリケーション」が注目されているが、期待通りに最適化するには、導入の目的を明確にして前提を交通整理しておく必要がある。

 一つ目の前提は店舗在庫と店舗向けDC在庫、自前のEC向け在庫と外部EC向け在庫の一元化だが、自前のEC向け在庫は一元化できても外部EC向け在庫の一元化は難しく、データ上は可能でも移送のタイムラグが長すぎて実際の引き当ては不可能に近い。外部EC向けは相手に在庫を預けず、受注データ連携のドロップシッピングに徹しないと一元化の障害になってしまう。

 二つ目の前提はロジスティクスの選択だ。OMOを効率化するには店舗在庫の引き当てと店渡し・店出荷が必須だが、セントラルロジスティクスでは物流のタイムラグが大きくデータと実態のギャップが生じるし、宅配では遠隔地物流のコストも嵩む。物流のタイムラグもコストも最小化するにはリージョナルロジステイクスへの再編が不可欠だが、生産地でのプレハブ仕分けと全国各リージョナルにTCを布陣する必要があり、全国に4桁級の店舗をドミナント展開するしまむら(リージョナルTC)やユニクロ(リージョナルDC)、ワークマン(セントラルDCから部分シフト中)でないと難しい。

 それに満たないアパレルチェーンでも、ドミナントを形成する地域ではテザリング(在庫融通)と店出荷を担う母店(家賃が安く入出荷が容易な大型の路面店が好ましい)を置いてルート便を回せば、タイムラグが小さくデータとのギャップが許容域に収まり、コストも削減されてローカルOMOが上手く回っていく。

 三つ目の前提は、在庫が残っても欠品を回避して顧客カバー率を優先するか、欠品して顧客カバー率は落ちても売れ残りを回避して在庫消化を優先するか、の戦略的選択だ。

前者では品番数を絞って色・サイズを拡充し、在庫を店舗・店舗後方・消費地DC・生産地出荷倉庫と多段階に積み上げて縦売り(継続販売)するから、欠品が回避されて顧客カバー率も販売効率も高まるが売れ残るSKU在庫も相応に発生し、値引き販売しても売れ残る(持ち越す)在庫を一定量覚悟する必要がある。後者では色・サイズを限定して多数の品番を小ロットでひと蒔き投入して横売り(無補給売り切り)するから、在庫の消化は速く売れ残りも限られるが欠品が常態化して販売効率が低く、顧客カバー率も低位にとどまりがちだ。どちらを選択するかは立地戦略とサプライ政策に拠るが、在庫最適化のロジックは大きく変わらざるを得ない。

 四番目の前提は集権と分権、成果評価の組織ガバナンスだ。中央集権で本部のディストリビューターやAIが全社の在庫をマネジメントするのか、エリアマネージャーや店長に全部、あるいは一部の発注や在庫運用を委任するのか、その場合は成果をどう評価するのか。

レギュラーチェーンは中央集権、フランチャイズチェーンはジーに分権が原則だが、レギュラーチェーンでもシーズン末の売り切りサイクルになるとエリアマネージャーに集約移動と売価変更の権限が移るチェーンもあれば(米国ジーンズカジュアルチェーンのバックル社)、端から各店舗の部門マネージャーが発注と販売消化の権限を持つチェーン(ZARA主力のインディテックス社)もある。欧州発祥のアパレルチェーンはフランチャイズを並行するケースが多く、レギュラー店も含めてフランチャイズのシステムで運用されることがあるが、ワークマンも参考にするべきだろう。

 

これら四つの前提を明確に整理した上でないと、どんなに最新のAIが駆動する「在庫最適化アプリケーション」とてアルゴリズムの学習要件を最適化できず、期待する成果を上げるのは難しくなる。優れた「在庫最適化アプリケーション」とて全体戦略下で「在庫最適化という部分最適」を担うツールであり、導入を検討する機会に全体戦略を再展望してフォーメーションを検証し「四つの前提」を見極めるべきだ。

 

※ドロップシッピング・・・モール事業者に在庫を預けず、受注した宅配伝票をモール事業者から受信して出品者が自社倉庫から顧客に直送する方式。

 

 

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