小島健輔の最新論文

ダイヤモンド・チェーンストアオンライン
『ルミネ新宿4館にみる「棲み分け」と「女性目線のマーケティング」の妙』
(2025年02月03日付)
小島健輔 (株)小島ファッションマーケティング代表取締役

 伸び悩むアパレル業界でも、独自のマーケティングで変貌していく市場を捉えて業績を伸ばすルミネ新宿。ルミネ1、ルミネ2、NEWoman、ルミネエスト(元の新宿ステーションビル)、4館の棲み分けストーリーが絶妙で、アパレルマーケット最前線の縮図を見るようだ。

 

■全国ナンバーワンの駅ビル

 「ルミネ新宿」は新宿駅南口の「ルミネ1」、「ルミネ2」を合わせて営業面積19,406平米、24年3月期売上47,331百万円。甲州街道の向こう側に16年に開業した「NEWoman新宿」(営業面積7,883平米/24年3月期売上18,144百万円)、東口の「ルミネエスト」(営業面積19,112平米/24年3月期売上47,162百万円)を合計した「ルミネ新宿4館」は営業面積46,401平米、24年3月期売上112,637百万円の全国ナンバーワン駅ビルだ。

 「ルクア」と「ルクアイーレ」(元のJR三越伊勢丹)を合わせた「ルクア大阪」(営業面積54,000平米、24年3月期売上88,300百万円)が続くが、坪当たりの販売効率は「ルミネ新宿4館」の年間801万円に対して「ルクア大阪」は年間540万円と7掛けにも届かない。25年3月期は、「ルミネ新宿」(1、2のみ)が4〜12月で9.3%増(インバウンド比率約8%)に対し、インバウンド(月によって10〜14%)や梅田地区の商業施設新規開業が押し上げた「ルクア大阪」は4〜10月で19.5%増と差を詰めているが、そのペースでも通期1055億円ほどで、通期で1200億円を軽く超えると見られる「ルミネ新宿4館」には及ばない。

「ジェイアール名古屋タカシマヤ」も24年通年で前年比12.9%増の2136億円に達しているが、百貨店部分を除く駅ビル部分(ゲートタワーモール/営業面積32,000平米)は580億円前後と推計されるから、「ルミネ新宿4館」には遠く及ばない。

売上で突出する「ルミネ新宿4館」はファッションテナントの開発・導入でも全国の駅ビルをリードしており、「ルミネ新宿4館」の販売成績を見て他の駅ビルが後追いする図式が定着している。そんな「ルミネ新宿4館」のマーケティングは女性のライフスタイル変化を先取りするもので、実に興味深い。

 

■「ルミネ新宿4館」のマーケティング・ミックス

 「ルミネ1」、「ルミネ2」、「NEWoman新宿」、「ルミネエスト」の4館はどのようなマーケティングで棲み分けているのか。客層の世代が異なるのに「ルミネ新宿」(「ルミネ1」「ルミネ2」)、「NEWoman新宿」、「ルミネエスト」の年間販売効率はほとんど差がなく、客数×客単価のマーケティング・ミックスが上手く仕組まれている。

私は何年も毎月、ルミネ新宿4館を一周して定点観測しているから、各テナントの商品政策やVMDはもちろん各館・各フロアの客層の違いも実感しているが、ルミネ新宿4館の棲み分けを以下のように捉えている。

 世代は「ルミネエスト」が一番若く、ジェネレーションZの学生層から20代の社会人(一部はアラサーにかかる)、ついで「ルミネ2」がジェネレーションYのアラサー〜アラフォーのキャリア女性中心の社会人、「ルミネ1」がアラフォー〜アラフィフのキャリア女性中心の社会人(ジェネレーションはYとX)、「NEWoman新宿」は「ルミネ1」卒業のジェネレーションX〜ベビーブーマーの成熟キャリア女性中心の社会人とざっくり分けられるが、総じて自活力のある(男性パートナーの稼ぎに依存しない)キャリア女性が主役であって、各館の女性/男性/カップルの様相は微妙に異なる。ルミネ独特のキャリア女性文化ついては次に解説するとして、4館の客数と客単価の構図は客層の世代にスライドしており、客数と客単価の掛け算の結果である販売効率は極めて近似している。

最も客層が若い「ルミネエスト」の価格帯はロワーモデレート〜アパーモデレートという駅ビル専門店価格(ユニクロ価格と百貨店NB価格の間)で、客単価の低さを客数でカバーして年間坪当たり814万円という高販売効率を稼いでいる。ジェネレーションY〜Xのキャリア女性を主体とするベタープライスのセレクトショップやブランドショップで構成される「ルミネ1」、それより若めで駅ビル専門店価格のテナントも多い「ルミネ2」を合わせた「ルミネ新宿」は2館の客数と客単価がバランスして年間坪当たり805万円、「ルミネ1」卒業のX世代以上の成熟キャリアを主対象とする「NEWoman新宿」はベタープライス中心で、甲州街道の向こう側の新南口にあって限られる客数を客単価の高さでカバーして年間坪当たり760万円と遜色ない販売効率を稼いでいる。

実は、南口の「ルミネ2」と東口の「ルミネエスト」の間の東南口には小田急不動産の「フラッグス」があり、お手頃SPAの「ユニクロ」「GU」や「GAP」、セレクトショップの「シップス」や「ジャーナルスタンダード」などが揃って「ルミネ2」と「ルミネエスト」の間隙を曲がりなりにも繋いでいる。直近の「ルミネエスト」はNBプライスのD2Cブランドなどを導入して低価格テナントと入れ替え、客単価の向上を図っているから、「新宿ミロード」が3月16日をもって閉館することもあり、「フラッグス」にZ世代向けのお手頃カジュアルチェーンが導入されれば世代的にも価格帯的にも繋がりが一段とスムースになるのではなかろうか。

 

■男性に依存しないキャリア女性の目線

 若者中心の「ルミネエスト」と成熟世代向けの「NEWoman新宿」は少数派とは言え男性客も男女カップルも少なからず見受けられるが、「ルミネ1」になるとキャリア女性ばかりで男性や男女カップルは稀有になり、「ルミネ2」の2階に至ってはキャリア女性と女性カップルばかりで男性や男女カップルは滅多に見られない。「駅ビル」のルミネはキャリア女性を主体とするタイパな(時間効率利便)都市生活文化に立脚しており、両親と子供の「核家族」が全世帯の25%を切り、共稼ぎが当たり前になって専業主婦が23%まで減少した今日では、「自活力あるキャリア女性」のライフスタイルやカルチャーを前提としたマーケティングとなるのは必然だ。

男性パートナーの稼ぎに依存しない(第3号被保険者でない)キャリア女性にとってお洒落は社会人として不可欠な装備であり、社会生活や仕事の中で男性目線ではなく女性目線で選択されることが多い。男性目線に媚びる「愛され系OL」(かつての「赤文字系」)はもはや絶滅危惧種であり、周囲の険しい女性目線に追われて減少するばかりだから、女性目線で勝負したり媚びたりするお洒落が主流とならざるを得ない。「勝負したり」は地位や稼ぎを競う男性同様な社会的マウンティングであり、「媚びたり」は頼れるパートナーへの求愛に他ならない。

 日本の経済も生産性も所得も伸び悩んで、生計を支えるべく老若男女(女性も老人も学生も)総労働力化が否応なしに進む中、産業革命以来の男性主導社会が崩壊して女性が対等に生計も社会も支えるようになり、女性は異性同性を問わず生計や人生のパートナーを選択するようになりつつある。それは支え合う社会関係であって、男女のように性愛を伴うものとは限らない。信頼できる、頼れるパートナーとして男女を問わない選択であり、粗雑で家事能力や育児能力も低い男性より気の置けない同性が選択されることも多くなる。

 ルミネ新宿は「自活力あるキャリア女性」のそんな変貌と女性目線のお洒落をマーケティングしているように見えるが、その最先端を実感させるのが「ルミネ2」の2階だ。このフロアは女性を対象としたファッションとビューティのテナントばかりで男性には用がなく、フロアを歩くのは女性ばかりで女性同士のカップルも目立つ。

いかにも第一線で活躍しているようなボディラインを強調した(男性目線ではなく女性目線のエロス※)フェミニンモード系の背の高い女性が多く、似たような背の高い女性同士のパワーカップルだったり、中背のフェミニンな女性が寄り添うこともある。男性目線だと百合なカップルに見えるかもしれないが、仕事や生活でのパートナー関係が大半だと思われる。

 とまれ、同性をパートナーに選択する女性が増えていくと、男女が子供を産み育てるという社会システムも見直しが迫られる。お隣の韓国(0.72)ほどではないが、我が国の合計特殊出生率は1.20と過去最低を更新し出生数も70万人を割り込む限界状況だから、国家が試験管ベイビーを計画育成し高齢者は姥捨てされる「ベビーファーム」や「ソイレントグリーン」のようなSFの世界が現実になるのに10年もかからないかも知れない。

 

※女性目線のエロス・・・ギャルファッションやボディコンは男性目線だが、「ルミネ2」の2階に並ぶアラサーブランドの多くは女性目線のエロスが効いたフェミニンモード。岩見樹代子が描くコミック「今日はカノジョがいないから」の女性目線は参考になるかも。

 

■チェーンストアの衣料品は「女性目線」に対応できているか

 そんな社会変化、とりわけ「自活力あるキャリア女性」のライフスタイルと「女性目線」にチェーンストアの衣料品は対応出来ているだろうか。いまだに専業主婦やパート主婦のエレガンスマインドを引きずっているのが実態ではないか。男性と対等に生計も社会も支えるとなれば「労働者」として機能的な衣料品が求められるが、夏場や冬場の機能商品で部分的に対応するのみで、アスレジャーに発する軽量化・機能化・イージーケア・イージーフィットという「ウエアリング革命」には対応出来ていない。  

「ウエアリング革命」の典型はビジネススーツの加速度的なアクティスブスーツ(カジュアル仕立ての合繊セットアップ)シフトで、女性のビジネスウエアにも急ピッチで波及している。チェーンストア衣料品で言えば、その営業的成否はともかく、イトーヨーカ堂の旧PB「ギャローリア」とアダストリアと取り組んだ新PB「ファウンドグッド」の違いと言ったら分かってもらえるだろうか。ユニクロだって、「ウエアリング革命」に対応したのは2023年の「ユニクロ:C」秋冬コレクション投入以降だから、今からでも遅くはない。

機能下着で「フェムテック」に対応しても、アパレルで「女性目線」のシルエットやデザインに対応しているわけではない。それは「SNIDEL」や「FRAI I.D」「CELFORD」などマッシュグループの主要ブランドやBストーンの「AMERI VINTAGE」を見れば多少なりとも分かるのではないか。

男性が「女性目線」を理解するのは難しいが、女性中心の組織における競争(マウンティング)と依存(媚び)の関係は男性社会と大差ない。ファッションのフィーリングやフェムテックな機能性は女性スタッフに任せるにしても、マーケティング戦略や商品政策を構築・判断する認識は経営陣に欠かせないのではないか。

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