小島健輔の最新論文

ダイヤモンド・チェーンストアオンライン
『ワールドのライトオン買収は、三菱商事ファッション買収ありきだったのか!』
(2024年12月25日付)
小島健輔 (株)小島ファッションマーケティング代表取締役

 

 近年はチェーンストア業界でもアパレル業界でもM&Aが盛んで、驚くほど高額だったり逆に叩き売りだったり、「その手があったか!」と意表を突く買収があったりで、まさしく生き馬の目を抜く有様だが、「正解」と思えるものばかりではなく、残念ながら「勘違い」としか思えないケースもある。チェーンストア業界のM&Aはどうあるべきか考察してみたい。

 

■チェーンストア業界のM&Aは「水平拡大」ばかり

 チェーンストア業界のM&Aで目下、最も注目されるのはセブン&アイ・ホールディングス(以下、セブン&アイHD)の事業分割と売却であることは言うまでもあるまい。そごう・西武を二束三文で叩き売ったのも束の間、カナダの大手コンビニチェーンACT(アリマンタシォン・クシュタール)に買収を迫られ、非コンビニ事業の分離によるグローバルなコンビニ専業チェーンへと舵を切った。ACTが8月の一株14.86ドル(4兆5000億円ほど)から18.19ドル(7兆1000億円ほど)に22.4%も値上げして再提案する一方、創業家も買収による非公開化(8兆円以上と言われる)を提案するに及んで、ACTの買収提案を受け入れるか、創業家の買収提案を受け入れるか、はたまた現経営陣による独自路線を貫いて上場を維持するか、最終的な選択を迫られている。

「セブン-イレブン」という国民的生活インフラが外資の傘下になることへの抵抗感や創業家による混乱収集への期待など心情論もあるが、「巨額の買収資金を投じて回収できるのは誰か」という理性的視点からは自ずから帰結が見えているのではないか。

チェーンストア業界ではイオンを軸としたドラッグストアとスーパーマーケットの再編劇が緩やかな連合から効率的な統合へと時間をかけて王手に近づいているが、後述するように量の論理の「水平拡大」であって質の論理の「垂直深耕」ではないから、統合によるコストメリットはあっても飛躍的なプロフィットメリットは期待できない。水平的な拡大は「足し算」にしかならず、リージョナルが事業単位となるスーパーマーケットでは下手をすれば「引き算」にもなりかねないから、「掛け算」が可能な垂直深耕の方が投資効率が高いのではと疑問を挟みたくなる。

セブン&アイHDの一件もドラッグストア業界やスーパーマーケット業界のM&Aも皆、「水平拡大」ばかりだが、アパレル業界では「水平拡大」と「垂直深耕」を比較できるM&A劇が相次いだ。

 

■ライトオンとマックハウスの買収劇

10月8日に発表されたワールドによるライトオン(東証スタンダード上場のジーンズカジュアルチェーン)、10月11日に発表されたGFホールディングスによるマックハウス(同上)の買収は、どちらも業績の低迷が長引いた果ての身売りゆえ、ライトオンは前日終値の株価に対してマイナス64.6%、マックハウスに至ってはマイナス90.4%という叩き売り同然のディスカウントTOBとなった。

ライトオンの場合、業績凋落の果てに6期連続の純損失に陥り、破綻の危機が迫った24年8月期は純損失が121億4200万円にも膨れ上がって自己資本比率が1.6%と超過債務寸前まで落ち込み、法的破綻か身売りかの二者択一に追い込まれていたから、110円というディスカウント価格もやむを得なかった。マックハウスのTOBでは25年2月期中間期末(24年8月31日)の純資産が一株当たり137.44円でも買付価格が32円となったが、ライトオンの同時点(24年8月期末)の一株当たり純資産は8.49円ともっと低く、110円の買付価格は13倍近い最善の評価と見ることもできよう。

ライトオンのTOBは12月3日から始まったものの来年1月6日に終了するまで予断を許さないが、マックハウスのTOBは11月12日に予定通り終了している。TOBの成否はともかく、ワールドによる買収のメリットと再建見通しについては業界では疑問に思う人もいる。

EC物流と関連サービスのGFホールディングスが自社の物流インフラとECフルフィル体制、ECのパーソナルマーケティングなどを活用してマックハウスの業績を早期に建て直すとしているのに対し、ワールドはまずは店舗と人員の削減などリストラによるコスト削減、ついでワールドグループのMDと在庫コントロール、商品開発と調達のリソースでロスとコストを削減、という二段階でライトオンを立て直すとしている。GFホールディングスによるマックハウスのテコ入れが相当に具体的、かつ売上の拡大を伴うのに対し、ワールドによるライトオンの再建はリストラ先行で売上が大きく減少するのに加え、ジーニングカジュアルとは縁遠いワールドのリソースが役立つのかという不安も指摘される。

 

■水平拡大と垂直深耕の両面買収劇

そんな疑念を一掃したのが11月28日に発表されたワールドによる三菱商事ファッションの子会社化という第3の買収劇だった。あのユニクロや無印良品、グローバルワークのスペック(生産仕様)開発とソーシングを担った「業界の宝」ともいうべきOEM事業を、無印良品部隊が24年5月(決定は23年9月)に良品計画に売却された後にしてもたったの93億2500万円で手に入れたのだから、業界に激震が走った。

良品計画が三菱商事ファッションの無印良品事業(24年3月期で919億円の売上中、328億円)を買収した価格はただ同然の「1円」だったから93億円は法外に高いという見方もあるかもしれないが、OEM納入下代で600億円近い高品質なサプライチェーンを構築するのにかかる費用と年月を考えればワールドにとっては格安であったと見るべきで、悔しさに地団駄を踏んでいるアパレルチェーンの経営者も少なくないと推察される。三菱商事にとっては平均年収2000万円という生産性にはほど遠く、人手がかかって収益の足を引っ張るアパレルOEM事業から一刻も早く手を引きたかったのだろう。

ワールドが三菱商事ファッションを手に入れれば、手薄だったカジュアルの商品開発も万全の体制が期待できる。おそらくは三菱商事ファッションの入手が見えていたからライトオンの建て直しにも成算があったのだろう。この2件の買収はセットで進行していたと見るべきだ。

 

 80年代まではニットを軸に企画から生産まで国内で高品質なサプライチェーンを構築していたワールドだが、90年代以降の国内産地が空洞化していく中での小売SPA化でSCブランドや駅ビルブランドの多くが海外生産のOEM調達に流れてバイイングSPA化していったから、ライトオンを再建する商品開発体制は期待できないと見る業界人も少なくなかった。今日のワールドは百貨店や専門店向けに自社開発するアパレルメーカー事業は一部(24年2月期ではブランド事業の4分の1弱)であって、OEM調達に依存する手頃価格のアパレル小売チェーンが大勢を占め、どちらも大人感覚のキレイめ商品ばかりだから、オリジナルスペックの開発や後加工が必須のジーニングカジュアルは「不得手」と見たのは当然だった。

 「OEM依存」と言っても大半は自社の生産プラットフォーム事業が担っているから社内にOEM専門商社的な開発体制があり、三菱商事ファッションの開発部隊が加われば「不得手」と見られたジーニングカジュアルの開発・調達という課題も解決する。ワールドによるライトオンと三菱商事ファッションの買収は、川下(小売)の水平拡大と川中・川上(製品開発・素材開発)の垂直深耕を両面同時進行するという極めて異例なケースだったが、買収政策はどちらかに特化するケースがほとんどだ。では、チェーンストアのM&Aや投資戦略はどうあるべきだろうか。

 

■小売の水平拡大か製品開発・調達の垂直深耕か

チェーンストアではマスメリットを志向して店舗投資や同業との資本提携、買収という水平拡大がほとんどで、製品の開発や調達を志向してサプライヤーを買収するという垂直深耕ケースは極めて稀だ。緩やかな資本提携やM&Aで巨大流通帝国を築き上げたイオンとて、買収したのは同業の量販店や食品スーパー、百貨店やホームセンター、ドラッグストアやアパレルチェーン、100円ショップ、TV通販など小売業が大半で、例外は惣菜チェーンや消費者金融、メインテナンスサービスぐらいなものだ。買収は小売業や関連する消費者サービスという水平拡大ばかりで、卸業や製造業といった垂直深耕は見られない。

食品流通では商社が食品卸業者を買収したり、食品卸業者が食品製造業者を買収するケースはよく聞くが、食品スーパーが製パン業者や食品加工業者を買収する例は多くはないようだ。神戸物産は中小の食品メーカーや食品工場の買収を重ねて来たが、法人対象の商品供給型FC事業という「製造卸業」であって小売業ではない。

アパレル分野でも小売チェーンは同業の買収が大半で、川中のメーカー(ブランド商品の製造卸会社)や卸業者、コントラクター(OEM/ODM業者)や縫製工場、川上の染色加工業者や織布業者、紡績業者も同業の買収がほとんどだ。小売チェーンによる同業の買収はファーストリテイリングによるキャビンの買収に象徴されるように下手な「足し算」で終わることが多かったが、小売チェーンによる川中・川上事業者の買収や提携は「掛け算」となって飛躍の契機となったケースが多い。

古くはリミテッドによるグローバルコントラクターのマスト・インダストリーズの買収、買収ではないがファーストリテイリングと三菱商事、東レの戦略同盟、アダストリアによる企画開発型OEM業者ナチュラルナインの買収、いずれも飛躍の契機となったから、良品計画による三菱商事ファッション「良品計画担当事業」の分割買収も、それが抜けた後の三菱商事ファッションのワールドによる買収も「掛け算」となって飛躍をもたらす公算が高い。 

 チェーンストアなど小売業の買収は、成長期には手早く店舗網を手に入れられる小売の水平拡大もメリットがあるが、成熟期には付加価値を高め調達コストを抑制するサプライチェーンを手に入れる垂直深耕のメリットが大きいのではないか。それを論証するのが、サプライチェーンのどこに利益が集中するのかという「スマイルカーブ論」だ。

 

■スマイルカーブの現実と買収・提携政策

 半導体業界など付加価値の高い製造業では、製品の「企画・生産仕様開発」段階と製品の「販売段階」の両端に利益が集中し、「ファブリケーション」(製品化組み立て)段階の利益が薄いというスマイルカーブが指摘されるが、現実には製品化組み立て段階の「前工程」と「後(仕上げ)工程」も利益が厚く、ど真ん中の「組み立て工程」の利益が薄いという「ダブル・スマイルカーブ」になっている。製品の設計と販売に特化して生産はファウンドリーに外注するファブレスメーカー(NVIDEAやAMD、クァルコム)に利益が集中する一方、生産技術開発と巨額設備投資競争に打ち勝ったファウンドリーのTSMC(占拠率60%)も高収益を確保しているが、その競争に負けたインテルは収益の悪化に苦しんでいる。

各段階でシェアが飛び抜けて高い部材・加工事業者(東京エレクトロン、スクリーンHD、ディスコ、アドバンテストなど)も高収益を謳歌しているから「スマイルカーブ」一辺倒ではなく、「製品設計」と「ブランド価値」、「生産技術」と「特定工程の技術と占拠率」の4点に利益が集中していると理解するべきだろう。

これをアパレル業界に置き換えて見ると、かつては「製品設計」と「ブランド価値」だけのファブレスメーカーも収益を謳歌できたが、「デザイン」が出尽くしてAI企画で使い回しになり「着こなし」と「機能性」が魅力を左右する今日では「素材開発力」と「生産仕様(スペック)開発力」、「仕上げ完成力」が付加価値を決めるようになり、素材開発に加えて生産仕様開発からマーキング、裁断までの前工程とプレス仕上げや縮絨仕上げの後工程を一貫する者に付加価値が集中する構図が見えて来る。東レ、三菱商事との戦略的垂直協業で手頃ながら完成度の高い「汎用ライフウエア」を確立したユニクロ、素材開発と前工程、後工程を自製するハブ・コンビナート体制で完成度の高いファスト生産を確立したZARAがグローバルSPAの覇者となったのは必然だったのではないか。

成長期が過ぎ去った分野のチェーンストアのM&Aや提携は水平拡大より垂直深耕を志向すべきで、それはアパレルに限らずホーム関連や食品でも大差ないと思われる。ならば、資本や人材のリソースをどこに投ずるべきか自明ではなかろうか。

 

 

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