小島健輔の最新論文

ダイヤモンド・チェーンストアオンライン
『VTuberビジネスに学ぶ、小売業を高収益化する「レバレッジ」の掛け方』
(2024年12月16日付)
小島健輔 (株)小島ファッションマーケティング代表取締役

 

 小売業の人手不足は給与水準の低さが要因で、その根本には労働に掛かるレバレッジの低さがある。平均年収が2000万円と言われる財閥系商社など戦前から蓄積された資産と商権がレバレッジになっているからで、高給のITビジネスはオンライン・プラットフォームがレバレッジになっている場合が多い。チェーンストアが労働の生産性を飛躍的に向上させるには一体、何のレバレッジを掛ければ良いのだろうか。その参考になりそうなのが近年、飛躍的に伸びているVTuberビジネスだ。

 

■VTuberビジネスのレバレッジ戦略

  近年はYouTubeなど動画投稿サイトで広告収入分配金やスパチャ(スーパーチャット/投げ銭)収入を得るYouTuber(本人が演じる)やVTuber(アバターが演じる)が結構な商売になって、専門のプロダクションが雨後の筍のように増えて競い合い、ライバー(演者)の質も動画の質も高まってプロダクションもライバーも羨ましいほど儲かっている。

2012年にYouTubeの収益化が一般投稿者に解放されたのを契機にYouTuberが急増して一大ブームへと発展し、2016年末のキズナアイの登場を契機にVTuberブームが始まり、2018年はVTuberが次々と登場して「VTuber元年」と言われた。以降はVRoidやIRIAMなど簡易にアバターを作成して投稿できるアプリも次々に公開され、裾野が広がってVTuberが急増していった。

スマホの顔認識カメラでトラッキングして2Dキャラクターを紙芝居的に動かすLive2Dアプリで投稿する素人っぽいライバーから、本格的なモーションキャプチャースタジオと動画作成エンジニアチームを備えて洗練されたエンターテイメントを創り出すプロダクションに所属してタレント化するライバーまでピンキリだが、後者を担う大手VTuberプロダクションでは高収益化・高報酬化を目指して「ライバー労働にレバレッジを掛ける」戦略が競われている。

「配信コンテンツ」はライバーやエンジニアの人海戦術的労働が創るもので、オンライン・プラットフォームというレバレッジが掛かるものの、視聴単価は数銭〜数十銭だから視聴数が数百万、数千万単位にならないと組織的な事業としては採算が厳しい。ライブ配信のスパチャでも稼げるが(YouTubeでは7割が配信者に配分される)人気のキャラと話術が必要で、トップクラスでも年間に億に届くかどうかだから事業収入としては知れている。

「ライブイベント」ならプロダクションの組織を動員して大規模な集客と売上が可能だが、一つのイベントで数千万円から数億円になっても、準備段階から多数のライバーやエンジニア、営業要員が掛りっきりになり、演出に凝れば外注費も相応に嵩むから、プロモーション効果と売上額はともかく収益性には疑問符が付く。

そんな壁を超えてライバーの労働に大きなレバレッジを掛けられるのが業界で「マーチャンダイジング」とか「コマース」と言われるオリジナルグッズ(推し活商品)販売で、物品だけでなくデジタルコンテンツのボイス商品やAV(楽曲/動画)商品、MMDモデル(3Dアバター)とそのデジタル衣装まである。仕入れ原価率も物品で3割を切り、デジタルコンテンツは桁違いに低いから収益貢献度が高い。卸販売もあるが多くはオンラインサイトでの直販とイベント会場での販売で、「マーチャンダイジング」の比率が高まると売上対比の営業利益率は20%を超えて来る。

さらに大きくレバレッジを掛けられるのが他社の事業売上に課金する「ライセンス/タイアップ」とか「プロモーション」と言われるもので、人気ライバーが多数揃うプロダクションなら引く手数多だ。この売上比率が高まっていくと営業利益率は30%を超え、人気のラグジュアリーブランド並みになる。

 

■エニーカラー社とカバー社のマーケティングミックスと収益力

VTuberプロダクションの両雄と言われるエニーカラー社(「にじさんじ」)とカバー社(「ホロライブ」)の収益力を比較してみよう。直近本決算の24年4月期(カバー社は3月期)でエニーカラー社は前期から26.3%増の319億9600万円を売り上げて123億6200万円の営業利益(売上対比38.64%)を稼ぎ、カバー社は同47.5%増の301億6600万円を売り上げて55億3600万円の営業利益(売上対比18.35%)を稼いでいる。エニーカラー社の営業利益率は2期で9.05P、カバー社も同4.87P上昇しているが、水準は倍以上の格差がある。一株あたりの利益もエニーカラー社の139.63円に対してカバー社は67.69円と倍以上の格差があり、ROEもエニーカラー社の44.3%に対してカバー社は37.1%と経営効率の格差は否めない。

一足先に収益化して上場(22年6月8日)したエニーカラー社をカバー社(23年3月27日上場)が追い上げる構図だが、そんなに単純なものではない。運用コストも技術も要する3D動画で女性ライバーたちを世界的な人気者に育て(世界VTuberスパチャ通算ランキングベスト10中、女性ばかり8人)、巨大モーションキャプチャースタジオの先行投資(31億円を投じて23年5月稼働)が嵩んだカバー社に対し、芸人やホスト的な男性ライバー中心(世界VTuberスパチャ通算ランキングベスト10中、6位と9位に男性のみ)に運用コストの低いLive2D動画主体で早期に収益化し、モーションキャプチャースタジオへの投資(23億円を投じて24年10月稼働)も後になったエニーカラー社、という収益化戦略の相違も考慮すべきだが、ライバーとエンジニアの労働にレバレッジを掛けるマーケティングミックスではエニーカラー社が一歩も二歩も先行した。

直近本決算(24年4月期)のエニーカラー社のセグメント売上バランスは「ライブストリーミング(配信)」と「イベント」で21.6%、「コマース」と「プロモーション」で77.6%というバランスだが、カバー社(24年3月期)は「配信/コンテンツ」と「ライブ/イベント」で43.9%、「マーチャンダイジング」と「ライセンス/タイアップ」で56.1%と、レバレッジが低く収益性も低いセグメントの比率がエニーカラー社の倍以上と格段に高い。これはエニーカラー社の3期前のバランスに近く、営業利益率(18.35%)もエニーカラー社の3期前の水準(19.00%)に近い。マーケティングミックスの高レバレッジシフトの遅れが収益力の格差に直結しているのは否めない。

とは言ってもカバー社の演者(ライバー)一人当たり売上は3億5489万円とエニーカラー社の2億251万円を75%も上回り、25年3月期の中間期では年間ペースで4億円を超えている。85人の演者の平均報酬も5551万円と垂涎の高額で、エニカラー社(非公開)に倍すると推察される。演者報酬はともかく、従業員の平均給与はエニーカラー社の511.6万円に対してカバー社は525.6万円と大差なく、国税庁調査の民間平均給与(23年の正社員530万円)ともほとんど変わらない。3Dアニメーション・XRのエンジニアや音楽・映像関連のアーチストも少なからず抱えていることを思えば高額とは言えず、垂涎の演者報酬との格差も指摘される。

 

■接客・精算・マテハン・物流という労働の壁を超えるレバレッジ

 VTuberビジネスのレバレッジは「足し算」から「掛け算」そして「累乗算」へと幾何級数的にシフトしているが、チェーンストアビジネスでは不可能なのだろうか。

 チェーンストアと言えども「小売業」だから店舗運営の接客や精算、マテハンや物流の人海戦術は免ず、標準化/マニュアル化と量の論理で多少はレバレッジが掛かる程度なのが現実だろう。国税庁の調査でも「卸・小売業」の給与水準は全産業平均の84.3%にとどまる。セルフレジによる精算の効率化、電子タグによる在庫管理の効率化、物流加工やロボットによるマテハンの効率化など店舗DXを駆使しても、せいぜい2〜3割しか生産性は上がらず、「足し算」どころかコストの「引き算」にしかならない。チェーンストアの「足し算」の論理(多店化)も逆風下では不採算店が足を引っ張るから、計算通りにはならない。

 唯一、「掛け算」が成り立つのはネット販売で、アパレル分野では店舗販売の10倍近い一人当たり売上が可能だが、外部プラットフォームに依存しては手数料負担が重く(販売手数料に少なからぬ検索広告費が加わる)、自前のプラットフォームでは倉庫運営費と宅配外注費にシステムの投資償却と運営費が加わるから、売上は「掛け算」になっても利益は「足し算」の域を出ない。その壁を越えるにはO2O(取り寄せやBOPIS)、さらにはローカルOMO(テザリングと店出荷)へと踏み込むか、自前のプラットフォームをオープンマーケット化して在庫負担のない売上を拡張し(自前物流にこだわらないドロップシッピングが正解)、ネット広告と店内広告でリテールメディア収入を稼ぐ必要があるが、システム投資に加えて倉庫や店舗のマテハン労働も嵩むから利益は「足し算」を出ない。

 ネット販売でもVTuberビジネスのような「デジタル商品」なら物流もマテハンも要さないから容易に「掛け算」が成り立つが、実物商品では「足し算」しか成り立たず、下手をすればコストが嵩んで「引き算」になりかねない。では実物商品の販売で「掛け算」は成り立たないのだろうか。販売(店舗運営)委託型の商品供給FC事業なら近い効果が得られるのではないか。

 食品ではコンビニエンスストアや神戸物産、衣料品ではユニフォーム代理店(受注営業)や「ワークマン」、INDITEX(24年1月期でも店舗数の19.4%、売上高の15%をFCが占める)や往時のベネトンなどが好例で、「買取」の商品供給であることが共通している。外部の個人や法人に働いてもらって課金するFCビジネスはVTuberビジネスの「ライセンス/タイアップ」に相当する究極のレバレッジで、個人に対しては労働搾取、法人に対しては資本搾取といえば聞こえが悪いが、フランチャイジー側にも有利なレバレッジがあるから成り立っている。個人の「労働」に対してはフランチャイザー側のシステムとブランドのレバレッジ、法人の「資本」に対してはそれに加えてキャッシュフロー上のレバレッジ(EBITDA/利払い・減価償却・税前利益)というメリットがある。

 

■労働のレバレッジから資本のレバレッジへ

 レバレッジは労働にも資本にも掛けられる。労働のレバレッジに依存する小売業より資本のレバレッジを効かせる金融業や不動産業、装置産業の方が収益力も給与水準も格段に高い。接客販売やマテハンの労働コストが嵩む小売業ではレバレッジに限界があるから、暖簾(ブランド=投資の結果)や資本のレバレッジを利かせないと高収益は望めない。

 サプライチェーン戦略においても、川下にリソースを投ずるほど労働依存が高まって収益力が低下するが、川上とりわけ素材と後加工やコア部品、川中の生産仕様開発や前工程、後工程(組み立て工程は労働依存が強い)にリソースを投ずるほど資本依存が高まって収益力も高まっていく。半導体業界のスマイルカーブを見るまでもなく産業界に共通するロジックだが、それに逆行してファブレス化した我が国の家電業界やアパレル業界が辿った転落の軌跡を忘れてはなるまい。

 チェーンストア業界は川下の水平投資(店舗投資や同業の買収)ばかりで労働集約的体質を脱せず、収益力を飛躍的に高めるマジックとは無縁だったが、一部の事業者は川上への垂直投資や戦略同盟によって資本依存と付加価値を高め、突出した収益力を手に入れた。バイヤーMDの延長のようなSPA化は資本装備に繋がらず飛躍的な高収益化は望めないが、垂直投資や戦略同盟による生産装置と生産仕様の確立というディープなSPA化は飛躍的な高収益化を可能とする。

「労働のレバレッジから資本のレバレッジへ」という視点を欠いては、DX投資もサプライチェーン戦略も高収益という果実には繋がらない。全ての事業戦略をそんな視点で見直すべきではないか。

 

 

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