小島健輔の最新論文

WWD 小島健輔リポート
『「ショップリスト」売却に見るアパレルECの転機』
(2025年09月02日付)
小島健輔 (株)小島ファッションマーケティング代表取締役

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 クルーズは今年2月、ファッション通販サイトを運営する連結子会社「ショップリスト」の全株式を韓国メディコトス社に譲渡したが、OMOが広がる中でのファッションEC専業者の苦境を推察させる出来事だった。8月26日には経済産業省が24年の「電子商取引に関する市場調査」結果を公表したが、ECの転機を窺わせる指標も随所に見られる。

 

■「ショップリスト」売却の事情

 「ショップリスト」はクルーズが12年7月からサービスを開始したファッション通販サイトで、売上(流通総額)のピークは21年3月期の271.9億円だったが、以降はアパレル購入の店舗回帰とOMOの拡大、安価な中国系越境ECにも押されて23年3月期は209.4億円(営業損失3000万円)、24年3月期は175.1億円(営業利益2億900万円)、25年3月期は157.5億円(営業利益4400万円)と売上が減少し、損益も苦しい状況が続いていた。クルーズはそんな状況を鑑み、急成長する「ITアウトソーシング」事業を基幹事業に定め、「ショップリスト」事業を非継続事業として譲渡することにした。

振り返ってみれば、クルーズは16年10月、大半のゲームタイトルをマイネットグループに譲渡し、ファッションEC事業に経営資源を集中すると発表。キュレーションメディア「マーブル」を運営するキャンドルを子会社化し、「ショップリスト」をファストファッションECを代表するブランドへ成長させると宣言した。

17年3月期のクルーズ連結売上285億円中、「ショップリスト」事業の売上は190億5800万円と66.8%を占めていたが、営業利益は5億4200万円と連結営業利益21億500万円の31.3%に過ぎず、コンテンツ事業(ゲーム関連)の営業利益は16億500万円と76.2%(売上シェアは32.0%)を占めていたから、この決断は早計に過ぎたかも知れない。

当時はファッションECサイトの全盛期で、「ショップリスト」は16年3月期の売上が49.8%も伸びて146.7億円、17年3月期も30.8%伸びて190.6億円に達していたし、靴中心のロコンドもそれに次ぐ勢いがあった。24年2月にジェイドグループ(ロコンド)がNTTドコモから買収したマガシークも15年当時は売上が21%も伸びて136億円に達していたし、ワールドのファッション・コラボも16%伸びて112億に達していた。そんな過熱した状況がファッションEC事業への経営資源集中を決断させたのだろう。

それから8年強が過ぎた25年1月、クルーズはシステムエンジニアを供給する「ITアウトソーシング」事業を基幹事業と定めて「ショップリスト」事業を非継続事業に位置付け、ファッションEC「nugu」を運営する韓国メディコトス社に譲渡することを決定した。ただし、成長著しいファッションセレクトEC「Ada.(エイダ)」事業はグループで継続する。

コロナ下の店舗販売低迷でアパレル小売業のネット販売が急拡大し、コロナが明けてはアパレル購入の店舗回帰とOMO、「シーイン」や「テム」など中国系激安越境ECに圧迫され、ファッションEC専業者の業績は急速に翳っていったから、「ショップリスト」事業を非継続事業として譲渡するという決断に不思議は無い。絶句するような不祥事を3度重ねても385億円まで伸びた「グレイル」(Gio社)さえ直近は頭を打っているようだから、ファッションEC専業者を取り巻く環境は相当に厳しいのだろう。

とは言え、「ITアウトソーシング」事業の売上は25年3月期で49億5500万円と前期から62.4%伸びてもEC事業取扱高の3割強に過ぎず、営業利益も1億1800万円(営業利益率2.4%、連結は10億2500万円の赤字)という段階での決断だから、ファッションEC事業を基幹事業と定めた時と同様、意思決定の速さが特筆される。

 

■ランニングコストが高かった「ショップリスト」事業

 それはともかく、売上が好調だった段階でも「ショップリスト」はランニングコストに圧迫され、「ZOZOより高い」と言われた手数料率でも損益は苦しかったようだ。

 「ショップリスト」事業の24年3月期(期中に事業譲渡した25年3月期は販管費明細の開示が無い)の総利益率は38.1%、販管費率は37.0%、営業利益率は1.1%、対して最盛期21年3月期の総利益率は41.0%、販管費率は33.9%、営業利益率は7.1%だった。ZOZOの25年3月期の総利益率(商品取扱高対比、以下同)が34.5%、販管費率が23.2%、営業利益率が11.3%だから、「ショップリストの手数料率はZOZOより高い」という風評は実態を現していたことになる。

 手数料率(≒総利益率)はZOZOより高くても、営業利益率は最盛期でもZOZOに遠く及ばなかったのは販管費率が一回り以上高かったからで、最盛期の21年3月期でも25年3月期のZOZOより10.7ポイント、24年3月期では同13.8ポイントも高かった。その最大の要因と考えられるのが「物流費」の高さで、21年3月期で14.3%、24年3月期でも12.2%に達していた。

ZOZOの25年3月期では「荷造運賃」(外注宅配費)6.5%と「物流関連費」(出荷倉庫運営費)3.2%を合わせて9.7%だから、ショップリストは26〜47%も高かった。ZOZOではこの他、賃借料(出荷倉庫が大半)1.5%、減価償却費(同)0.8%、代金回収手数料2.3%が計上されているが(合計14.3%がZOZOの運営原価率と捉えられる)、ショップリストには対応する計上が見当たらない。

 ZOZOは在庫を預かって出荷する「フルフィルメント型」だが、ショップリストはファストに受注対応し倉庫運営費を抑制するべく、在庫を預からず毎日、注文分を各ブランドに納品させて出荷する「トランスファー型」だった(しまむらのEC出荷倉庫も同様)。それでも物流費がこれほど高くつく要因は何だったのだろうか。

 倉庫運営自動化の程度はともかく、最大の要因と考えられるのが出荷単価の格差で、25年3月期のZOZOの8735円(商品単価は3934円)に対してショップリストの21年3月期は5901円、22年3月期は5837円と1.5倍近い格差があった。棚入れしてピッキングするにしてもスルーで仕分け出荷するにしても宅配するにしても、単価の差はストレートにコストの差になってしまう。宅配料金など典型ではないか。

ZOZOでも手数料率はブランドによって22〜40%(コロナ前の伝聞です)と大差があるが、低手数料率ブランドはNBやセレクト系などで出荷単価が高いのに対し、高手数料率ブランドはファストカジュアルや雑貨系などで出荷単価が格段に低い。出荷単価が倍以上違うなら、手数料率に倍近い格差があるのも必然と思われる。ネットスーパーでも出荷単価(バスケット単価)は物流コスト率にストレートに反映するから、様々な特典を付けてバスケット単価を高めるよう仕組んでいる。

 これは人件費がほぼ固定費となる店舗販売でも同様で、客単価が高いほど販売人件費の負担が軽くなり、客単価が低いほど負担が高くなる。一人当たり年間売上を見るとハイブランドは億に迫るが、SCや駅ビルのカジュアルブランドでは2000〜3000万円程度が大半で、低単価の小型店では1500万円、量販店のインショップでは1000万円を切るケースも見られる。低単価店ではその分、セルフ販売に徹し、ユニクロでは一括精算のセルフレジを導入して3844万円(24年8月期)という一人当たり売上を確保している。同じ販売システム(経費構造)なら年々、客単価を上げていかないと賃上げができない理屈がお分かりいただけると思う。

 ショップリストのコストの高さはプロモーション費用(宣伝費)も大きく、21年3月期で8.8%、24年3月期では11.5%にも及んでいた(グローバルスタイルの14.3%ほどではないが)。ZOZOの25年3月期では2.3%(ポイント費用を加えても4%弱)に過ぎず、逆にオンライン広告で112億円(ZOZOTOWN受託販売額対比2.4%)も稼いでいる。これは知名度とアクティブ会員比率(ZOZOの25年3月期4Qで93.3%)の格差と思われるが、顧客流動性の高いファストファッションECの不利は否めないだろう。

 ショップリストとZOZOのコスト格差の背景はECのみならず店舗販売にも参考になるが、OMOの拡大は店舗小売業とEC専業者のECコストと利便の格差を広げつつある。それについては後で詳説するが、まずはマクロのEC市場状況を確認しておこう。

 

■24年の「電子商取引に関する市場調査」報告

 経済産業省が8月26日に発表した令和6年度(2024年)「電子商取引に関する市場調査」報告によれば、物販系B2C-ECの市場規模は15兆2194億円と前年から3.70%拡大し、EC比率は9.78%と同0.40ポイント(以下Pと表記)高まった。コロナ前19年から市場規模は51.41%、EC比率は3.02P(44.7%)も伸びている。5年で3.02P伸びたとは言え、EC比率9.78%はデジタル大国たる中国の50.1%はともかく、英国の30.7%、韓国の27.2%、米国の16.1%にも遠く及ばず、伸び率もコロナ特需が冷めた22年以降は鈍化している。

国土交通省が発表している宅配便取扱い個数(大手5社含む21事業者、「ネコポス」と「ゆうパケット」を宅配便に含む)はコロナ前19年の43億2300万個から24年は50億3150万個と16.39%しか増えていないから、出荷単価が30%も上昇したと見ることもできるが、同期間の消費者物価上昇率は8.5%だったから、差額はローカルプロバイダー(前述21事業者に含まれない赤帽など)による載せ替えなしの直行宅配と店受け取りの拡大によるものと推計出来よう。

 日本の物販系B2C-ECで市場規模が最も大きいのは「食品、飲料、酒類」の3兆1163億円だがEC比率は4.52%(前期比+0.23P)とまだ低く、「衣類・服飾雑貨」が2兆7980億円で続く。EC比率が高いのは「書籍、映像・音楽ソフト」で56.45%、次いで「生活家電、AV機器、PC・周辺機器」の43.03%、「生活雑貨、家具、インテリア」の32.58%で、「衣類・服飾雑貨」が23.38%で続く。これらは伸び代が限られるから、拡大の牽引役は「食品、飲料、酒類」に移っていく。

 「衣類・服飾雑貨」の市場規模はコロナ前19年の1兆9100億円からコロナ下20年に16.25%、21年に9.35%も急伸し、以降も5%前後の伸びが続いて24年は2兆7980億円と19年から46.49%も伸びたが、物販系B2C-EC市場全体の伸び(51.41%)には及ばない。とは言ってもEC比率は19年の13.87%から24年は23.38%と9.51Pも伸びている。24年の衣料品市場規模は19年比で92〜96%(各統計で幅がある)にとどまったから、この間のECの伸びは店舗小売を大きく凌駕したことは間違いないが、伸び代は限られて来ている。 

 かなり乱暴な計算だが、宅配便取扱い個数の19年比伸び率(16.39%)と同物販系B2C-EC市場の伸び率(51.41%)のギャップから単純計算される出荷単価の伸び率は30.09%で、この間の衣料品の購入単価の伸び率(9.64%)を割り引けば、EC注文品の18.7%ほどがローカルプロバイダーや店受け取りに回ったと推計される。

 

■ローカルOMOがEC専業者を圧迫していく

 OMO※はショールーミングやウェブルーミングから始まって、アプリの近接モードによる店舗誘導やインストアモードによるパーソナルな購買誘導、果ては外部から広告収入を稼ぐリテイルメディアにまで発展しつつあるが、OMOを仕掛ける店舗小売業とそれが出来ないEC専業者で、物流コストと受け取り利便はもちろん、在庫効率やパーソナルなタッチポイントまで格差が開いていく。

 物流コストと受け取り利便はリンクした関係にある。宅配便利用のセントラル・ロジスティクスしか選択できないEC専業者は4回の載せ替えとオーバーナイトのリージョナル間夜間移送を要して時間もコストもかかるが、チェーン展開する店舗小売業はローカルプロバイダー利用のリージョナル・ロジスティクス※を選択すれば載せ替えのないローカル直送で出荷当日中に顧客に届けられ、宅配外注費は半分ほどで済む。ましてや店受け取りなら店舗物流の定期便に混載できるから、物流費はさらに何分の一かになる。

 誤解のないように断っておくが、FC(フルフィルセンター、ECの出荷倉庫)で宅配用に梱包しては混載メリットが失われるから、店舗向け客注品のように伝票添付でビニール袋に入れて店舗物流に混載し、店舗のショッピングバックに入れて手渡しするべきだ。店在庫を引き当てることができれば、発注から最短30分で手渡しすることもできる。宅配希望に対しては地域のテザリング※母店からショッピングバック姿で出荷して、ローカルプロバイダーに宅配して貰えば良い。全国区の宅配便のような載せ替えがない直行便なので、ショッピングバッグ姿でも傷む心配はない(置き配は無理だが)。

 物流のコストと受け取り利便に加え、ローカルデザリングや店在庫引き当てによる在庫効率の向上、店受け取り客の追加購買による売上増も望めるが、最も効果が大きいのはSNSやスタッフスタイリング投稿による店舗軸のローカルコミュニケーションではないか。オンラインコミュニケーションはナショナル(時にグローバル)なイメージが強いが、SNSやスタッフスタイリング投稿は店舗スタッフと地域顧客を繋ぐローカルコミュニケーションであり、取り寄せ・取り置き試着もEC注文品の店渡しも店舗でのパーソナルな接点を増やし交流を広げる。それには少なからぬ手間も生じるが、ブランド/店舗へのロイヤルティ(好意や親しみ)を高める効果はEC専業者には望むべくもない決定的なアドバンテージとなる。

 OMOを「店舗軸の物流と交流」と捉えれば、店舗小売業とEC専業者の格差は決定的に開いていく。OMOの究極はインディテックス(ZARA)のようにFC出荷を廃して店在庫引き当ての店渡しと店出荷に徹し、顧客との関係を店舗軸のローカルコミュニケーションに集約することだと思うが、日本のアパレル小売業で競われているスタッフスタイリング投稿軸のコミュニケーションが加われば顧客とのエンゲージメントが格段に深まり、EC専業者は弾き出されてしまう。

OMOのそんな戦略的効果に気付いているアパレル小売業者はまだ限られるからファッションEC専業者もまだ生き残っているが、店舗軸のローカルロジステイクスとローカルコミュニケーションの効果に目覚めるアパレル小売業者が増えていけば、ファッションEC専業者の命運は風前の灯となるだろう。クルーズならずともファッションEC事業を非継続事業として売り飛ばしたくなるのも理解できる。店舗小売とECの相剋は、店舗小売業者のローカルOMOによって勝敗が決することになるのではないか。

 

※OMO(Online Merges with Offline)・・・ネットと店舗の垣根を超えた連携を意味し、ショールーミング(店舗からネット)による情報取得で店舗やネットの購入を促進したり、ウェブルーミング(ネットから店舗)による店取り置きや店渡し(BOPIS)、店出荷で顧客利便と在庫効率を高め物流コストを抑制するリテール戦略。

※リージョナルロジスティクス・・・中央のDCやFCから全国の店舗や顧客に物流(セントラルロジスティクス)するのではなく、生産地から各リージョナルのTCやDCに直送し、リージョナル内の各店舗や顧客に物流するロジスティクス手法で、ルート便によるローカルテザリングや地域の宅配業者による即日配送で在庫効率と顧客利便を高め物流費を抑制する。

※テザリング・・・店舗間で在庫を融通して在庫効率を高めるローカル・ディストリビューション手法で、サイズ在庫負担の大きいABCマートや紳士服チェーンでも活用されており、近年では修理加工の集約やOMOの店出荷・店受け取りと連携されるケースも見られる

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