小島健輔の最新論文

繊研新聞2024年07月10日付
『在庫最適化AIは個別最適の壁を越えられるか』
小島健輔 (株)小島ファッションマーケティング代表取締役

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 アパレル業界にとって在庫問題は永遠の課題のようで、アルゴリズムやAIで最適化を謳うシステムが次々に登場しては何もかも解決してくれるような幻想を振り撒いて来たが、必ずしも期待通りの成果が得られるわけではない。どんなに優れたシステムでも「在庫最適化」という個別最適に偏れば、人間同様に視野狭窄に陥って全体最適を損なうからだ。

 

■「在庫最適化」をどう定義するか

 「在庫最適化」システムは売れ残りと欠品の両方を防止するという困難な課題の解決を謳うが、これは論理的に不可能で、どちらを優先するか経営政策で定義しないとシステムの組みようがない。そもそも「売れ残り」と「欠品」の定義からして極めて曖昧で、政策的に定義してKPIを数値設定する必要がある。

まず「売れ残り」だが、在庫が滞貨しても正価販売に徹して値引き販売を期末セールやアウトレットに限定するのか(ECという選択もある)、値引きロスが嵩んでもキックオフや期中の売価変更を機動的に行なって速やかな消化を図るのか、再値下げしても期中に売り切るのか、再値下げせずに持ち越して来シーズンに販売するのかでKPIは異なるから、「値引きロス」と「持ち越し在庫率」を数値定義するしかない。

次に「欠品」だが、顧客を限定することになっても、色やサイズの間口を絞って売り切り易いエクスクルーシブなMDを組むのか、多少の値引きロスや売れ残りは覚悟して、色やサイズの間口を広げて多くの顧客を捉えるインクルーシブなMDを組むのか、「欠品」しても良いからフェイシング(陳列)数量を抑え、補給在庫も積まないのか、「欠品」防止を優先してフェイシング数量を積み上げ、バックヤードやDCにも補給在庫を積むのか。そもそも売り切り前提の「横売り商品」※と継続補給前提の「縦売り商品」のバランスをどう組むのか、業態政策や出店政策、サプライやロジスティクスまで絡む根源的な政策を定義する必要がある。

 こうしてみると商品政策とMD設計、調達体制とロジスティクスなど政策的な定義で在庫消化の大枠は決まってしまい、「在庫最適化」システムの精度が左右するテクニカルな部分は限られることが分かる。

※「横売り」と「縦売り」・・・バラエテイを揃えて少量を蒔き切りで売り切っていくのが「横売り」、同一品を備蓄補給して大量継続販売するのが「縦売り」。

 

■「横売り商品」と「縦売り商品」の初期配分と補給

 「在庫最適化」システムの骨格は初期配分、補給、店間移動、売価変更からなるが、前述した売り切り前提の「横売り商品」と継続補給前提の「縦売り商品」で大きく異なるし、ロジスティクスがセントラルかリージョナルか※、本部の在庫運用担当者(D.B./Distributer)と地域の店舗運営責任者(エリアMgerやSV)の分担関係でも根本的に異なってくる。

 撒き切りの「横売り商品」はTC※で振り分けるだけで何処にも補給在庫は積まないから店舗(タイプ)毎の初期配分数量を設定すれば良いが、継続販売する「縦売り商品」は店舗毎の初期配分数量とDCに積む補給在庫のバランスが問われる。「縦売り」に徹するユニクロは店頭に大量の在庫を積み上げているが、店舗後方にも補充在庫を積み上げ、DCにも店舗在庫の1.5倍程度の補給在庫を積み、生産地の出荷倉庫にも積んでいるから、品番にもよるが店舗への初期配分数量は全生産在庫の三分の一程度と推察される。

「横売り商品」は店舗毎のアイテム/色/サイズの販売消化推移データからアルゴリズムが全量を一発傾斜(販売消化力スライド)配分するが、販売消化力は店舗によって何倍も違うから、棚に入り切らない店や棚が空いてしまう店も出てくる。そこで配分数量に上限と下限を設定したり、品番毎にSKU数量の組み合わせを変えたバンドルを振り分ける方法が取られるが、高効率店では欠品が生じるから、エリア内またはリージョナル内で自動振替して融通補充(テザリング)するEOSを設定する必要がある。

テザリングのEOSは客注と大差ないが、データ上の空引き当てを回避すべくPOSをリアルタイム化するか高頻度(一時間に数回)にトランザクションし、物流の時差もリージョナルロジスティクス※で最短化することが望ましい。買取型のフランチャイズチェーンの場合はテザリングが難しく、FC店と共通する各店発注システムのZARAでは客注に限られるようだ。

 「縦売り商品」もアルゴリズムがSKU初期配分数量を店別に傾斜配分して残りをDCに積むが、高効率店では陳列フェイスに入り切らず、後方ストックに積み上げることになる。「縦売り商品」は多くの場合、全店共通(販売効率と店舗規模でタイプ別に設定される)の棚割りが組まれるが、販売消化力から傾斜配分する数量とは乖離が大きく、その差は後方ストックとDCからの補給で埋める。ほぼ「縦売り商品」だけで組まれるユニクロを見ていると傾斜配分が基本で、本部指示の棚割りを店舗の実情に合わせてアレンジし、入り切らない在庫をバックヤードにパッキン積みしている。

※リージョナルロジスティクス・・・中央のDCやFCから全国の店舗や顧客に物流(セントラルロジスティクス)するのではなく、生産地から各リージョナルのTCやDCに直送し、リージョナル内の各店舗や顧客に物流するロジスティクス手法で、ルート便によるローカルテザリングや地域の宅配業者による即日配送で在庫効率と顧客利便を高め物流費を抑制する。

※DC(Distribution Center)とTC(Transfer Center)とFC(Fulfillment Center)・・・・入荷した商品を棚入れしてからピッキングして出荷する保管型のDCに対し、棚入れせず仕分けして送り出す通過型の物流施設がTCで、FCは通販の出荷用DC。

 

■在庫運用の組織分担

 アパレルチェーンではPOSデータに基づいて補給やテザリングがEOSで自動運用されるが、週次の販売消化進行が計画を下回れば、キックオフ(期間限定の小幅値引き)や「出前」による多重露出を仕掛けて販売消化を押し上げる対策が打たれる。

 「縦売り商品」はフェイシング管理(定時チェックして棚割りと陳列数量を維持)する「元番地」があって、営業的な必要に応じて色やサイズを絞って持ち出し、他のアイテムとコーディネイトを組むのが「出前」だ。ジーユーが判り易いが、「縦売り商品」のスカートやパンツを「元番地」から持ち出し、幾つかのデザイントップス(「横売り商品」)と組んで多重露出を仕掛けている。

「出前」の多重露出は販売消化を加速する手法であって、消化が停滞した「横売り商品」を人気の「縦売り商品」と組んで売り切る場合もある。「横売り商品」中心のファストなアパレル店舗でも、一つのアイテムを相手を変えて異なるルックを組み、複数箇所に仕掛けるのは珍しくない。アダストリアの「ジーナシス」など、結構な頻度で多重露出を組み替えている。

「縦売り商品」はもちろん「横売り商品」も、色やサイズが欠けてくると販売消化にブレーキがかかる。蒔き切りで補給のない「横売り商品」は類似商品をまとめて色欠けは色別に、サイズ欠けはサイズ別に編集陳列すれば消化が進むが、偏りが大きい場合は販売力のある店舗に集約して色やサイズが揃った状態に近づけて消化を進める。売価変更はその後の手段とするべきだ。

「縦売り商品」は色・サイズが揃った陳列フェイスの維持が命だから、DCからの補給が切れて棚が欠けてくると売り逃しが増えて売上が覿面に落ちてくる。「縦売り商品」は陳列フェイスを崩しての編集陳列は最後の最後の手段で、大きく欠けた店舗から在庫を引き上げて販売力のある店舗に集約し、色・サイズが揃った陳列フェイスを維持して消化を進める。

「縦売り商品」でも「横売り商品」でも、販売期間末期の集約移動の巧拙で値引きロスや売れ残りが大きく左右されるが、それを誰がどう指揮するかの組織分担が問われる。

本部集権型の大手チェーンではアルゴリズムやAIに基づいて本部のD.B.※が指示するが、売場の構成や陳列、コーディネイトバランスを実見しての判断ではないから、品番あるいはSKUごとの個別最適になりがちで、店舗全体の販売消化力が高まるわけではない。SKU単位の移動はEOSで自動化されているから、販売期間末期の集約移動は品番やアイテム単位の移動になるが、アルゴリズムやAIは全体最適の判断は苦手のようで、売価変更(マークダウン)に流れることが多い。

結果だけ見ると、本部D.B.が指示するより、エリアのMgerやSV.(スーパーバイザー)がデータと売り場を見比べて判断する方が値引きロスを抑えて消化が進むようだ。典型的なのが米国ジーンズカジュアルチェーンにおけるバックルとギャップの収益性の格差で、25年1月期のギャップとバックルを比較すれば、売上規模はギャップの150.9億ドルに対してバックルは12.2億ドルと12倍以上の大差があるが、粗利益率※はギャップの47.2%に対してバックルは58.9%、営業利益率はギャップの7.4%に対してバックルは19.8%と収益力が格段に違う。

中央集権型で本部D.B.が在庫運用するギャップとエリア分権型でエリアMgerが在庫運用を主導するバックルという構図になるが、元祖SPAたるギャップの自己完結型SPAに対してバックルは仕入れ品が半分強を占めるセレクトSPAで、しまむら的なサプライヤー活用のJB(Joint Development Brand)によるVMI※も高収益につながっていると思われる。

※DB.(Distributor)・・・一般には在庫を所有して配送する卸業者(所有しない卸御者はBroker)を意味するが、チェーンストア運営では調達した商品を多数の店舗に最適配分・補給・移動する在庫運用責任者を指し、値入れの減耗率をマーチャンダイザーやバイヤーと連帯して評価される。

※粗利益率・・・ギャップ社もバックル社も商品原価にオキュパンシーエクスペンス(地代家賃)含んで開示しているから、その分、見せかけの粗利益率が低くなっており、本稿では商品原価からオキュパンシーエクスペンスを差し引いて粗利益率を算出している。

※VMI(Vendor Managed Inventory)・・・あらかじめ定めた陳列棚割と販売計画に基づいてベンダーに在庫管理と補給・補充生産を委任する取引形態。同一商品を継続補給する「台帳型サプライ」が一般的だが、アクセサリーやベルトなど服飾雑貨では類似アイテムをリレー供給する「トコロテン型サプライ」も多い。

 

■政策と仕組みを確立しないと「在庫最適化」システムは使えない

 以上、商品政策とマーチャンダイジング、調達体制とロジスティクスなど政策的な定義を問い、初期配分・補給から売り切り消化の在庫運用まで業務フローを検証して来たが、このプロセスを欠いては「在庫最適化」システムは成果を得られない。すべてのシステムは政策的な定義と業務フローを前提として稼働するものであり、「全体最適」視点で的確に機能定義しないと「個別最適」に陥って思わぬ弊害が生じ、期待とは異なる結果を招くことが多々ある。「在庫最適化」システムを検討する機会に、事業の政策的な定義と業務フローを徹底検証してみてはどうか。

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